第85話 賢者から贈り物を
ドラゴンの情報と神殿の絵が疑わしいと伝え、都の調査を頼む。
都とその連絡を終えて、僕は一息ついた。
鉱山町の夜はまだ長い。涼しい風が戦闘と思考で火照った心身を冷やすが、心中は尚も熱い。
「さて、僕達も動かねば」
僕はカモミール達に負けじと勇む。
「調査を待つだけでは時間の無駄だからな」
より効果の高い処置を探す。
そう宣言したのだから。
無論、今まで通りの被害者への処置は続ける。それを純粋に向上させるのも必要。
しかし、それに加えて別の基軸での改良点も欲しかった。一応既に案はある。
それを察してか、話をしやすくするようにグタンが振ってくる。
「とはいえ何をする?」
「ドラゴンの力を高めようと思う」
前提として、悪魔については未知だらけだ。そもそも悪魔という呼称も、シャロの発言にしか根拠がない。
特定の何かから力を得て、その何かに繋がる力を発揮する。ハッキリしているのはこれだけだ。
故に根拠は薄い。それでも試行錯誤。迷わずに手を打つ。
「ドラゴンへ供物を捧げ、力を高める。そうすれば呪いへの抵抗力も強まり、被害者を救う事に繋がるはずだ。限界を超えたせいで呪いが溢れたのだから」
「成る程。道理だ」
「となると、財宝が必要だが……融通を頼めるか」
話す途中で本来の纏め役である役人、ワイアをじっと見た。
彼はビクリと反応。そしてオドオドと返答してくれる。
「え、はい。それは勿論、この事態で輸送出来ていなかった分の鉱石や宝石はあります……が、ドラゴンが悪魔だとか、絵の悪魔だとか言われましても……本当に宝を差し出す事が解決に繋がるんですか?」
疑問はもっとも。いかにも怪しい。
他の人員も同様の反応だ。ただでさえ悪魔は未知の話なのに、仮定ばかりなのだから更に胡散臭い。
時間がないからといって説明を省くのは真摯さに欠ける。
だが、やはり理解されるまで説明の時間を割くのは難しい。手遅れになる前に解決するのが第一だ。
だから僕は、地に膝をついて頼む。
「そうだ。信じてほしい。必要とあらば契約を結ぶ。後に代償を払う事も誓おう」
「……いえ、そんな……分かりました」
悩んだ末に承諾してくれた。少々無理強いした気もして申し訳ない。
ただ、そこからは早かった。
ワイアは管理簿や帳簿を見つけ、量や価値の計算までこなしてくれた。手を尽くしてくれて、重ね重ね恩に着る。
それを参考に、看病する者と手分けして町中から宝を集めた。
山と積まれたそれらは、当に壮観。国を支える財宝、土地の価値が可視化されて圧倒される。
だが、それだけ集めれば問題が生まれる。
「これを洞窟に運ぶのか? 重量はともかく狭いのが困る」
「いや、心配無用だ。考えがある」
グタンに言われて、僕はニヤリと笑う。
奮闘続きで痺れる頭も構わず、昂る気分で魔術を展開。
「“
魔法陣が宝の山を含めて広場ごと覆う。魔力の輝きが反射して、吐息が漏れる美しさだ。
周囲の空間を制御下に置き、僕の工房へ変化。その中で素材を加工。
「“
無数の鉱石が組み合わさり、一つの形を為していく。
石の蛇。
硬さとは裏腹に滑らかに動き、洞窟を通れる程度には細長い。完璧だ。
「これで問題は解決だろう」
「確かに」
「でも、宝じゃない」
僕とグタンが頷き合うも、ワコが鋭く割り込んだ。
蛇ゴーレムを凍てついた白い目で見つめている。
「造形が不格好。色の配置が綺麗じゃない。磨きが途中の物も混ざってる。原石まであるのは論外」
次々と、普段より饒舌に指摘していく。容赦がない。
美的感覚は優れているのだから否定はすまい。
しかしやはり、僕としては不満。
「作品としては下等なのだろう。しかし鉱石宝石はそれ自体が希少な価値がある訳で、ならば供物としては適しているはず」
「いえ、国の守護神に捧げるというのなら最上級品が相応しく、それに話を聞く限り価値が高い方がよりドラゴンの力を高める事に繋がるのでは」
「悪ぃけど雑だよな」
「ですね」
「むう」
南方の魔法使い、ザックにも指摘されて言い返せなくなった。道理が通る。
他多数の人々にも同意されては大人しく従うしかない。
「ならば整えてくれ。ワコのセンスならば確かだ」
「ん。分かった」
心なしか楽しそうな彼女の手で蛇は作り変えられていく。精霊魔法により流動する鉱石の様子は作業中でも心惹かれるものがあった。
僕も言われた通りに工房魔術で加工。石を磨いて、不純物を取り出して、素材自体の価値を高める。
配置を変え、形を変え、みるみる内に輝きが増していく。
そうしてみると確かに最初の形はあまりに不格好だったと思い知らされた。
『報告! 色々分かったよ!』
と、その作業途中でシャロから通信の魔法。
神殿の聖画を調査したところ、描いた画家本人が犯人の可能性が高い。
そこで絵の悪魔の力を弱める為に劇をする、という結論に至ったようだ。
「よし。よくやってくれた。僕も劇は有効だと思う。そのままやってくれ」
向こうの組を労い、通信を終えた。
解決に向けて一歩進んだ。その事実で安心する。より気分が高揚してくる。
が、突如冷水をかけられたように、暗い声に打たれた。
「犯人は、あの画家?」
ワコの作業が止まっていた。
こちらを見て、微動だにしない。集中力が凄まじく一度始まれば無理矢理止めるのも難しいはずの彼女の手が、止まっている。
表情は乏しくてもショックなのが痛々しい程に分かる。
「の、ようだな」
「そう……」
僅かに目を伏せる。その小さな動作にどれだけの感情が込められているのか。
あれだけ熱中して鑑賞していたのだ。
心中は計り知れない。
僕も作業は一時中断。
近付き、優しさを意識して肩を支える。
「大丈夫か? 無理はしなくていいが……」
「ん……やる……」
「……ならいいが、うむ。偉大な先人と腕を比べる二度とない機会だからな」
「……それは、いいかも」
ワコは微笑んでくれた。
僕も一安心して笑う。罪悪感と感謝を頭の隅に残して。
作業が遅れるというばかりでなく、友の一人として力になりたかったが、無事に立ち直ったようだ。少なくとも表面上は。
そしてまた作業の続き。
職人技は美麗。淀みない。むしろ研ぎ澄まされているように感じるのは、画家への意識の表れか。
仕上げまで迅速で、かつ完璧にこなす。
そうして、蛇は飾られ、変貌。
石の塊なのに生命を感じる造形に、宝石が互いに引き立て合う色彩。眩く光る芸術作品となって完成した。
「見事だ」
「ああ、言葉に出来ない」
「ん!」
称賛はそこかしこからあがった。協力者は疲れが消えたように、意識のある呪いの被害者達は苦痛を忘れたように魅入る。
ワコは胸を張る。誇らしげで、嬉しそうだ。先程の影はすっかり消えたよう。
これで準備は整った。
「さあ再びドラゴンの下へ行こうか」
仲間は頷く。前回と同じ五人が揃った。
戦意は上々。顔つき凛々しく、気力をみなぎらせる。
月は天頂。その明るさに照らされて、僕達は挑む。
洞窟入口。
死地を思い出し、無意識に唾を飲み込む。それでも迷わず怯まずに進む。
暗く閉塞感のある道には、一度目と違い、邪魔はない。
しかし代わりに精神的な障害があった。
炎に追われた記憶。残る熱と死臭。
足を踏み出すには勇気が必要で、作業の合間に補給した食事を吐きそうだった。
まあ幸い、財宝の蛇に乗っているのだからまだ楽だったが。
「捧げる宝に乗ってもいいのか?」
「戦闘が予想される。体力は温存しておいた方がいい」
「これだけの物を捧げるのに?」
「呪いにより暴走しているからな。可能性は高い」
上手くいけば捧げるだけで終わる。
しかし供物が受け入れられない場合や問答無用で攻撃される場合もあるだろう。
それを聞いてもグタンとワコは平然と構えていた。あくまで自然体の頼もしさだ。
南方の戦士の二人、リカルゴとモルフィナもいい感じに緊張感がある。再戦の為に準備を整え、今度こそ活躍すると燃えているようだ。彼らの存在も心強い。
奥への道中、成功を信じて、それを掴み取るべく、僕はギリギリまで思考を巡らせる。
そして、遂に二度目の邂逅。
先頭を征く蛇ゴーレムの頭が、宝物の集まる広場へ、ドラゴンの間へと出る。
慎重に、最大の警戒をもって対峙。
攻撃はない。何の反応もない。ドラゴンは睡眠時のような態勢。ひとまずは無事か。
僕達は蛇から降り、呼びかける。
「ダイマスクの守護神よ! どうかお受け取りください!」
高らかに叫べば、ドラゴンは動く。むくりと体を持ち上げ四つ脚で立った。
喉が鳴る。緊張の時間。
「っ!」
そして突然の魔力と風圧に叩かれた。
前脚が振るわれたのだ。グタンが弾けるように前へ飛び出す。
失敗。戦闘。
即座に意識を切り替えようと一呼吸。
しかし、剛腕は、蛇に当たる寸前で速度が緩まった。
そのままガシリと掴む。
財宝、己の力の源は認識している、という事だろうか。
ゆっくりと自らの下に引き込み、寝床の収集品として横たえた。
すると、一部の黒が剥がれた。眩い金の鱗が見える。
少し荒々しい気配が薄くなった気もする。
効果が証明されたのだ。
ただ、足りなかった。圧倒的に。
金がまたすぐに黒に覆われてしまったのだから明白。状況は改善されたはずだが、その程度を確認出来ないが故に負の印象だけが残る。
歓喜する間もなく、ギリッと歯噛みした。他の仲間も同様だ。沈鬱な空気が漂う。
『報告! もうすぐ劇始めるよ!』
と、場違いなシャロの声が空気を変えた。
また通信が入ったのだ。切り替えに丁度よく、有り難かった。
肝心の内容はといえば、劇の準備を終えたらしい。
それと、クグムスがゴーレムを修復したのだとか。ワコ、竜人の痕跡が呪いを引き込んだとの事だ。
貴重な情報に感謝し、通信を終える。
応用も可能になる大きな進歩かもしれない。が、今は考える余裕が──
「いや、ゴーレム……そうか!」
新たな手を思いつき、即座に実行に移す。
「“
まず壁面を隆起させ、線を引いて人型に切り取った。
が、ドラゴンにギロリと睨まれる。これは宝ではないし、敵対行為と見なされたか。
それでも勇気を持って続行。
「“
次は隆起した岩壁をゴーレムに仕立て上げる。複数の巨人を、ドラゴンを囲むように。
ドラゴンの攻撃がいつあってもおかしくないと、防御用の壁も作っておく。
「ワコ、頼む。人らしく彩ってくれ」
「ん」
再び合作だ。
ワコは即座に顔料を取り出し、魔法を用いて岩に色を乗せる。
意図が伝わったか不安だったが、仕事は上出来。岩とは思えない、リアルな人の顔が描かれていく。
不思議そうにグタンが問うてくる。
「これは何を?」
「呪いを移す」
身代わり。呪いをゴーレムに肩代わりさせるのだ。呪いには元々そのような技法がある。
ローナの一件で似たような事を既にしている。
未知の多い呪いでも、人為的に移すのは師匠の得た情報を頼りにすれば可能だ。
そしてクグムスによればワコ、竜人の痕跡があれば相性の良い対象として十二分なはず。
「しかしそれには、またドラゴンに直接触れられる距離にまで接近しなければいけないな」
「了解だ。その覚悟に応えてみせよう」
グタンと視線を交わして、闘志を共有。
頼もしい背中に身を預ける。
そんな僕達の怪しい動きに反応してか、ドラゴンが口を開け、魔力を高めていく。
放出されるのは、豪炎。
再戦の幕が上がる。
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