第84話 怨嗟を聞いた悪魔

「来い! クロムジード!」


 シャロさんが叫んで召喚の魔法が発動した。

 神殿に現れた人影は、少し怖かった。

 スラッとした細身の人に見える。黒と白の縞模様の服で、穴が空いた高い襟が口もとを隠す。手には弦楽器や太鼓、いろんな楽器が合体してるみたいな物。見た目はともかく、気配や魔力がなんだか不気味に感じた。

 シャロさんがずっと力を借りていたけど、初めて見る。


 音楽の悪魔。


 珍しい見た目で、しかもいきなり現れた。

 だから神殿の目が一斉にそっちを向く。ギョッと驚き、悲鳴まであがる。

 どうしたらいいんだろう。このままでいいのかな。困ってしまう。

 でもサルビアさんとティリカさんが目配せして、すぐに対応する。


「嗚呼。なんと、なんとおぞましき姿。やはり邪悪の手先だったのでしょう!」

「いいえ、いいえ! 邪悪は私にとっても仇敵。今こそ手を取り合うの!」

「信じられないわ。信じられない。騙そうとしているのでしょう」

「それこそ悪魔の思惑通りよ。見て、味方同士で争う私達を嘲笑っているわ!」


 咄嗟の事なのに息が合う。

 それにまた合わせて、シャロさんが不気味な笑い声を響かせた。演出として誤魔化している。

 そうと信じて再びお客さんが盛り上がった。

 二人の熱演で、神殿は劇場のままだ。


 その内にシャロさんは小声でこっそり、だけど威勢よく命じる。

 だけど。


「さあ、その力を見せろ! …………ん? あーえー、だからなんとか……」


 なんだか変な感じだった。とりあえず呼んでみただけで、それ以上は考えていなかったんだろうか。

 ベルノウさんもそうだったけど、声はシャロさんにしか聞こえないみたいだ。


「そうそれ! やってやって!」


 いまいち締まらない。

 心配になってくるけど、信じて待つ。


「地下か! え、あっ。これ凄い! 全部分かる! エコーロケーション!」


 でもなんとか上手くいく手を見つけたみたい。ショーを忘れたみたいで声が大きくなった。


「サルビア頑張って! オレが元凶ぶっ飛ばしてくる!」

「待ってシャロさん!」


 さっさと神殿の奥へ行ってしまう。クロムジードさんという悪魔も並んで姿勢の良い走り方で去っていく。

 わたしも急いで追いかけた。衛兵さんをクグムスさんやベルノウさんに任せるのが心配だったけど、二人共笑顔で送り出してくれた。

 振り返れば、サルビアさんとは目が合わない。堂々とショーを続けている。


「そう。邪悪は逃げる。逃げる。隠れる。隠れる。人々が争う間に。足を引く間に。どんなに優れた英雄も無辜の民には勝てないの」


 自分の役割を果たす。

 お客さんを夢中にして、釘付けにして、悪魔の力を削る。信頼の為に。

 呪いの苦しみを隠して。

 その綺麗さに憧れる。

 だから、早く助けないと。

 わたしは気合を入れた。



 迷いなく走っていったシャロさんはもう姿が見えなかったけど、足音を頼りに追いつく。

 神殿の裏庭の影。床の一部が蓋みたいになっているのを持ち上げようとしていた。


「お、ぐぅ……重っ」

「これ退かせばいいんだね!」

「うお! ありがとっ」


 わたしが開ければ、シャロさんはすぐに床の下へ入っていった。口調はいつもの通りだけど、それだけ強く慌てているんだ。わたしも急いでついていく。


 そこは地下への階段がずっと続いていた。

 暗い。狭い。妙な臭いもする。

 なのにシャロさんは勢いよく駆け抜けていく。足を踏み外さないのは隣に並ぶクロムジードさんの力なんだろうか。


「精霊さん、明るくしてください」


 階段は危ないからわたしは低く飛んでいく。狭くて気を付けているから、シャロさんにはなかなか追いつけない。

 この先が、元凶の居る場所。

 確かに嫌なゾワゾワする気配が強くなってきた。


 地下はかなり古い造り。

 壁は結構崩れかけで、汚れも酷くて虫も多い。長い間誰も入ってないみたいだ。

 それだけ歴史があるはずだから、師匠さんなら喜びそう。


 階段が終われば広い空間に出た。

 なんとなく神聖な雰囲気。立派な彫像や複雑なレリーフがあるからだ。

 それに、並んでいるのは棺。

 お墓みたいだった。もう使われていないお墓。そこに、今回の元凶が隠れている。

 悲しかった。色々と想像して、辛い。


 でもじっとしていられない。

 横に続く通路が何か所かあって、その一つからシャロさんの声が聞こえてきた。


「見、つ、け、たぁ!」


 急いで追いついたそこは、また異様な空間だった。

 まず目に入るのが、周りを埋める壁画。

 全体的に黒っぽくて、人が倒れて苦しんで、酷い有り様を描いた絵だ。嘆く表情が細かく鮮明で、更にところどころが黒く塗り潰されている。

 まさに都と同じ光景。見てるだけで苦しくなってくる。

 魔力も淀んで気持ち悪くて、精霊も活気がない。


 その前には、人影がたっていた。

 たくさんの色が使われた分厚い布の服。顔にも鮮やかな化粧。獣人みたいな毛皮で、フサフサの尻尾。手には大きな、彫刻に使うノミみたいな物。


 芸術の悪魔。


 嫌な気配に、強く警戒する。口の中がかわいて、唾を飲み込んだ。


「ん? 悪魔だけ? まー幽霊なら見えないか。いいや、やっちゃって先生!」


 あくまで軽い雰囲気で。

 シャロさんは指を突きつけてクロムジードさんに命じる。


 すると、爆発的な衝撃が巻き起こった。


「うわ!」


 踊りみたいな軽やかなステップから、綺麗だけど強烈な蹴り。

 服から染み出した青色が空中で石の塊に変わって、発射。

 二つがぶつかって弾けたんだ。荒々しい風がわたし達の方にまでぶつかってくる。


 続けてクロムジードさんが甲高い足音を鳴らしながら背後に回ると、赤い石が迎え撃つ。

 服から出た紫の花びらがばらまかれたら、リズムに乗った蹴りの連打が撃ち落とす。

 動き回る悪魔と、全く動かない悪魔。

 二人はお互い、同じくらいの力で渡り合っていた。


 そこでクロムジードさんは、両手と足を使って合体楽器の弦と太鼓と笛を同時に奏でる。

 すると、なんと全く同じ姿が三人になった。

 軽快に打ち鳴らされる足音と楽器の音が増えて、まるで楽団。綺麗なのに強さを持ったダンスが次々と攻撃を弾いて、前進。

 遂には防御を潜り抜けて、相手の頬を強烈に打ち抜く。

 空気が弾けてビリビリ震えた。


 至近距離で睨み合い。

 でもクロムジードさんの足元に青が落ちると、足がズボッと沈んだ。青く塗られた床が水になっている。深くて、そのまま体まで呑み込まれていく。

 そんな中でクロムジードさんはパチャパチャ水面を叩く。遊んでいるみたいだけど、まるで楽器みたいな綺麗な音色とリズム。更に他の二人がそれに乗って演奏。

 すると、水が踊りだした。軽快に波打ってクロムジードさんを持ち上げる。支配下にあるみたい。勢いに乗って相手に迫る。

 そこに、黄色い花びらが降った。

 青と混ざれば、緑。水からツタへ。きつく巻き付いて動きを封じる。完全に縛られてしまった。

 でも他の二人が複雑な演奏をすれば、またもう一人増えた。


 わたし達とは根本から違う魔法。肉体も並外れて強い。


 悪魔の戦いは激しくて、未知の連続だった。

 わたしも加勢した方がいいんだろうけど、隙は見えない。何が起こるか分からない。

 狭い地下だと飛べないし、精霊魔法で余波を防御するのが精一杯だ。助けたいのに、どうすればいいか分からない。


 シャロさんはまたクロムジードさんと会話している。それが突破口になりそうだった。


「え? いや聞こえるはずって言われても、誰も……うわ!」


 声につられて、シャロさんの視線を追えば、まさか。


 壁画に描かれた獣人のおじいさんと、目が合った。

 ギロリと、憎しみのこもる視線に貫かれる。

 その人は、絵の中で生きて動いていた。

 ゾクリと背中が冷たくなる。


「邪魔をするな」


 絵の中の人が冷たく呟く。

 平面なのに存在感が凄い。筆を持って、今も描いている。人々が苦しむ酷い光景の絵を。


 多分、神殿の絵を描いた、昔の画家さん。

 今、ここに、しっかり存在している。

 これも悪魔の力なんだろう。

 シャロさんは無理矢理元気を取り戻した感じで声を張る。


「よし、壁ごと壊すか! カモちゃん手伝って!」

「え……」


 驚いて言葉につまる。

 神殿の絵は壊さず解決するって決まった。

 だけどこの絵は、その中の画家さんは、都の異変の原因。確かに壊せば解決するかもしれない。

 少し心が痛むけど、画家さん以外のところなら、と力を入れて構える。


「う、うん。分かった!」

「邪魔をさせるな」


 でも、向こうの悪魔がこちらを向いた。

 たくさんの色が石や花、虫になって飛んでくる。

 派手な見た目以上に不気味な力を感じた。魔法の風と手足で、懸命に弾く。

 シャロさんは頭を抱えてうずくまる。

 増えたクロムジードさんも攻撃を捨てて助けてくれるけど、足りない。

 肌が切れて、痛みが走る。そこから力が抜けていくみたい。


「うっ!」

「カモちゃん!」

「精霊さん、もっと風を吹かせて!」


 とりあえず精霊魔法をもっと強く。なるべく攻撃を横へ流して、残りがビシバシと当たっても耐える。地上ではもっと頑張っている人達がいるから。

 それから思いっきり壁を蹴った。

 かなり力を込めたはずだけど、びくともしないし、絵も消えない。魔法と獣人の力は強いはずなのに。

 ただただわたしの傷が増えていくだけ。


 そうしている間に、画家さんが、新たに絵を描く。

 それは。


「わたし……?」


 素早く描きあがった、わたしの絵。鏡みたいにそっくりな絵。

 その肌が、乾いた黒で塗り潰された。


「あ……っ!」


 同じ場所が黒くなる。更に痛くて苦しくて、力が抜けていく。立っていられない。

 呪い。

 こうやって都や鉱山の人達も苦しめているんだ。

 体の痛みより、それが悲しくて、叫ぶ。


「ねえ、なんでこんな事するの!?」

「邪魔をするな」


 話をしてくれない。わたしの気持ちが伝わらない。

 それが辛い。呪いよりも、もっと苦しい。

 だって。


「わたしは、あなたの絵が好きだよ!」

「……ほう?」

「神殿で見て、素敵だって思った。温かくて、優しくて、もっと皆に見て欲しいって思った!」


 気持ちを素直に伝える。

 ワコさんも同じはずだ。サルビアさんは合わないみたいだけど。

 本当なら、劇で絵から目を逸らさせる、なんてせず、むしろ絵で劇をもっと素敵にできたはずなんだ。


 そう思いを込めた声で、画家さんの筆が止まった。


 やった。気持ちが通じたんだ。

 と、喜んだのに。


「お嬢さん。駄目なんだ」


 冷たく、冷たく、告げる。


「足らん。一人では足らんのだ。より多くが我々の美を捨て、新しき絵に目移りした。否定され価値を失った。われわれの価値が捨てられた。栄光の日々は失われた。永く残さなければいけないのだ。その為には我々を認めない者は、邪魔なのだ」

「……でも」

「邪魔をするな」


 またわたしの絵に黒が重なる。

 呪いが強くなる。

 痛くて苦しくて、でも画家さんの言葉の中の悲しさに負けたくなかったから、踏ん張って立つ。


「カモちゃん!」

「大丈夫。サルビアさんも頑張ってるし!」

「健気! ってこれじゃオレ役立たずじゃん!」


 自分も傷だらけになってるけど、わたしの絵に駆け寄って必死にゴシゴシこする。でも絵は消えない。


 そういえば弾いた色の石が壁に当たっているのに、傷がない

 余波が壁を叩いても、絵は消えない。

 しっかり守られているんだ。

 どうすればいいんだろう。困る。

 わたしには力がある。でも使い方が分からない。

 悪魔の戦いは互角。攻めきれない。勝てない。

 だからわたしが手伝いたいのに。


 落ち込んでしまいそうになるけど、それは駄目だ。精霊魔法が弱くなったら、それこそ助けられない。

 無理矢理にでも、笑う。

 なるべく素敵な事を思い出して、楽しい事を想像して、そうすれば痛みも──


「あれ?」


 気付けば本当に痛みが軽くなってて、見れば黒が薄くなっていく。

 気のせいじゃない。

 不思議。画家さんも分からないみたいで怒っている。


「何故だ。何故だ。邪魔するな」


 悪魔同士の戦いは今も互角。平行線。クロムジードさんが優勢なわけじゃない。

 じゃあ上の、サルビアさんのおかげで芸術の悪魔の力が弱まったのかも。

 そう思ったら、答えは別の場所から来た。


『シャロ、カモミール、今はどんな調子だ?』


 シャロさんの荷物から、通話の魔法を通して、声が聞こえた。


『こちらでドラゴンに働きかけ呪いの吸収を試している。どうだ、効果はあるか?』

「ペルクス先生ぇ!」


 泣きそうな声でシャロさんは喜んだ。


 わたしも嬉しくなって、口元に笑みが浮かぶ。

 この部屋だけじゃない。上の神殿だけじゃない。

 わたし達には仲間がいて、一緒に立ち向かっているんだ。


 それなら、わたしは大丈夫だ。

 ふわり、尻尾が揺れる。

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