第83話 舞台の英雄切り結ぶ

「着いた! 中に邪魔しそうな人もいない!」


 ベルノウさんのおかげで無事に神殿へ到着。

 床に降りたら、失礼だけど謝りながら皆で走る。

 急いで奥の壁画へ。

 早速クグムスさんが魔術を使った。


「“展開ロード”、“分析アナライズ”」


 真剣な顔で調べる。魔法陣が絵の具を光らせて綺麗だ。

 しばらく待っても沈黙したまま。集中を邪魔しちゃいけないとは思ったけど、落ち着かなくて質問する。


「どう?」

「……魔法は特に発動していません。異質な魔力も感じられません」


 結果は良くないみたい。

 でも終わりじゃない。険しい顔でまだ調べていく。


「筆の跡が似てるって言ってたよね」

「そちらで追っていきましょうか」


 魔術を変える。

 魔力じゃなくて、今度は絵や絵の具そのものを調べていく。

 するとクグムスさんの顔色が変わった。


「確かに同じ色です」

「えーと、ただ黒いって意味じゃなくて?」

「はい。完全に一致します。珍しい植物の炭を使っているのですがその特徴も、それから掠れ具合の癖も」


 黒にも色々濃さとかに違いがあるけど、完全に同じ。

 じゃあやっぱりワコさんは正しかったんだ。凄いと感心する。


「やはり無関係ではありません。が、この絵自体に惨状を引き起こす効力はなく、だとすれば力を与える供物なのでしょう」

「あれだよね。オレの音楽とかベルさんの酒とかと同じ感じの」

「それは、他者の所有物も捧げられますか」

「え? んー、いや? あの劇団とか、他人の音楽じゃオレの力にはならないよ。ただ楽しんでたっぽいけど。まー、オレの音楽で誰かが楽しんだなら力になるけど」

「では所有者が悪魔と繋がっている証明にはなりましたか」


 クグムスさんは真面目に頷いて言う。

 一歩進んだんだ。

 でもその先は、まだまだ長い。


「しかしこの画家は既に亡くなっています」

「子孫とか弟子の人なのかな? それかこの神殿の偉い人?」

「本人の幽霊かも」


 シャロさんの意見にサルビアさんは冷たい目を向けた。

 でもクグムスさんは鋭く反応。


「幽霊?」

「え? いないの?」

「死霊術がありますし、霊魂についての研究はかなり進んでいます。確かに執着が強い霊魂は──」


 話す途中で、バッと絵を見上げる。


「……この絵は竜人の美術に対抗するべく描かれ、しかし流れを覆すには至らなかった。そして画家は失意の内に失踪した」

「え、それの復讐?」

「確定ではありませんが……」

「納得は出来る?」


 シャロさんのが先を言えば、ためらいがちに頷いたクグムスさん。


 わたしはショックだった。尻尾も力なく垂れる。

 前も聞いたけど、やっぱり気分が落ち込む。こんなに綺麗なのに、それを純粋に楽しめない。

 ワコさんだってあんなに没頭していた。

 この絵もワコさん達の絵も、皆が、全部が良い。比べなくてもそれでいいのに。

 悲しい。確かに間違いで、正したい。

 勿論だからって呪いをかけるのも間違っている。


 少し下を向いて悩んでいたら、サルビアさんが前に出てきて冷たい顔で絵を見た。


「あの子の絵の方が好みね」

「え? この流れでそれ言う?」

「壊してみる? 悪魔の力を削れるかも」

「は!? いえ、歴史的価値のある壁画を壊すだなんてっ!」


 クグムスさんが引きつった顔で叫んだ。

 でもやっぱりサルビアさんは冷たく返す。


「後で直せばいいじゃない」

「修復はあくまで修復。そもそも必要ないように保護すべきです」

「じゃあ汚すとか上に描くとか」

「それも同じです」

「効果ないの?」

「……ある、と思います」


 否定していたクグムスさんも、効果は認めた。

 捧げた供物を台無しにして悪魔の力を削ぐ。

 解決の為なら、してもいいんだろうか。皆の苦しみを早く消してあげたいし。

 でも……。


 迷っていると、シャロさんが新しく提案。


「あ。じゃあさ、無視する、無視させるってのはどう?」

「へえ。あたし達の音楽に注目させて、誰も壁画を見ない状況を作るワケね。いいわよ、それ」

「イエーイ、以心伝心!」


 楽しげな二人は高々と音を鳴らして手を合わせた。


 折角飾っている絵なのに、全然見られない。

 それは確かに酷い。悲しい。

 だから効果が高いんだろう。壊すよりはずっと良さそう。

 クグムスさんも乗ってくれる。


「確かに儀式となり得ます。ですが観客をここに集める必要があり、危険です」

「わたしが守るよ!」


 今度こそ、わたしの強さを使う時だ。聖女として。

 強気に笑ってみせる。おかあさんみたいに。

 クグムスさんも頼もしい背中を見せて言った。


「……それなら、ボクも守ります」

「じゃー決まりだね」


 静かで神聖な神殿で、シャロさんが子供みたいな笑顔で叫ぶ。


「シャルビア歌劇団、国を救うショーを開催します!」


 その為に、皆が一つになって、頑張るんだ。




 わたしは都の空を飛ぶ。

 まだお酒の雨が降っているから、精霊魔法の風で跳ね除けていく。

 下はお祭りみたいな騒ぎが続いているけど、建物の中では呪いとの戦いも続いているはず。早く解決しないと。


「ベルノウさーん!」


 まずは合流。

 屋根の上に着地したら、ベルノウさんは少し疲れた顔だった。シュアルテン様の魔法が大変なんだろう。

 それでも柔らかく微笑んで、優しい声で聞いてくる。


「カモミールちゃん。神殿の調査は終わったのですか?」

「うん。それでね、絵の力を弱める為に神殿で歌劇をやる事になったの」

「……はい、分かったのです。私はどうすればいいのですか」

「神殿に人を集めてほしいんだって!」

「それなら」


 ベルノウさんが目で合図をすれば、シュアルテン様が抱き上げる。

 そして屋根から地面に、ずん、と勢いよく降り立った。


 途端に雨が止む。

 でもまだお酒の匂いが残っている。人々が酔っているのは変わらない。

 突然現れた怖い見た目のシュアルテン様にもあんまり驚いていなかった。むしろ気分良く話しかける人までいた。

 そこに明るく呼びかける。


「さあ、皆で神殿に行くのです!」


 よく分かってなさそうな雰囲気のまま、たくさんの人がベルノウさんについて神殿に向かった。

 普段ならこうはならなかった。酔っているのが丁度いいのかもしれないし、これもシュアルテン様の魔法なのかもしれない。

 ズルいなんて言ってられない状況なんだ。


 わたしも頑張ろう。


「皆さーん! これから神殿でシャルビア劇団のショーを始めまーす!」


 空から宣伝。大きな声で明るく楽しく、だけど必死に呼びかける。

 

 ベルノウさんから離れれば、お酒の影響は少ない。人の反応は色々別れていた。


「おー? 行ってみるかぁ」

「余所者め、神殿に隠れてやがんのか!」

「ああ!? 違うだろ! あの子達は味方だ!」


 酔った都の人が騒いで、喧嘩まで始まってしまう。わたし達の味方もいるのは嬉しいけど、止めて欲しい。

 それでも宣伝は続けた。更に一回りしている間に、噂は大きくなって人の間を流れていく。

 後は勝手に広まっていきそうだ。


 心配はあるけど、わたしは神殿に戻る事にした。




 神殿には、早くも結構な人数が来ていた。

 声を聞くと、酔ったままよく分かってない人、ショーを見に来た人、わたし達を疑って捕まえようとする人、信じて味方になってくれる人、色んな人がいるみたいだ。

 でも入ろうとするのをシュアルテン様に押し止められていた。先に戻ったベルノウさんがまた違う形で頑張っている。

 その頭上をわたしは飛び抜けていく。


「宣伝してきたよ!」

「ありがとう! こっちも準備出来てるよ!」


 シャロさんは陽気に笑いかけてくれた。神殿の見た目は変わらないけど、鉱山のペルクス達も含めた劇の打ち合わせが終わったみたいだ。

 サルビアさんは衣装を整えて、真剣に集中している。


 更にクグムスさんも、ダンッと人波を飛び越えて合流してきた。


「済みません、遅くなりました」


 そう言って、抱えていた歌劇ゴーレムを床に降ろす。

 劇場でティリカさんに話を通すっていう話のはずだったから、わたしは驚いた。


「直ったの?」

「はい」

「いやダメになってんじゃん! なんでえ!?」


 シャロさんの痛々しい悲鳴が響く。

 それもそうだ。ゴーレムは綺麗な顔の塗装がなくなって、木材そのままの肌になっていたから。

 クグムスさんがシャロさんに掴まれながら説明する。


「塗装を消したところ、呪いの影響が軽減されました。ワコさん、竜人の魔力が関わっていたからでしょう。これにより竜人美術への憎悪が根底にあるという仮定が証明されました」

「え? あーそう……元に戻るよね?」

「はい。勿論」


 不満のある顔のシャロさんだけど、なんとか納得したみたい。

 ゴーレムに楽器を持たせて、準備の仕上げ。ペルクス達にも連絡しておいた。

 後は、いつでも始められるよう意識しながら、ある人の登場を待つ。


 その人は、あんまり時間もかからずに、来た。


「遂に堕ちる所まで堕ちたようだな、余所者め」

「お、来た来た」 


 団長さんだ。衛兵さんを引き連れて、悪を糾弾する為に踏み込んできた。

 都の人をかき分け、ベルノウさんとシュアルテン様は止めずに、わたし達の前まで肩を怒らせて歩いてくる。


 ゴーレムが楽器を鳴らす。速いリズムで、心震わせる激しい音楽。戦いの場面の曲だ。

 それに合わせて歌うみたいにシャロさんは語りかける。


「おお、我が好敵手よ! 今こそ決戦の時ぞ!」

「何を言うか! ささ、皆様方彼奴らめを捕縛し、罰を!」

「嗚呼哀しきかな! 決闘を放棄し、他者の剣に頼るとは!」

「正義はこちらにある! 挑発には乗らん!」

「誇りなき濁声は聞くに耐えん! さあ! 決闘ならば己の剣を掲げよ!」


 団長さんを劇に参加させようとするけど、なかなか乗ってこない。衛兵さんをけしかけようとする一方。

 でも衛兵さんはわたしやシュアルテン様、クグムスさんが抑えている。しっかり守っている。

 団長さんだけで舞台に上がるしかないように場を整える。お客さんの目が、じっと期待を込めて見つめていた。


 団長さんはぐっと歯を食いしばる。

 それから、やっと、歌った。


「ならば問おう。何故我らが麗しき都を乱した!」


 低く渋みのある良い声だった。流石に団長なだけはある。

 シャロさんは格好良く笑う。

 演奏は更に激しく、炎みたいに熱くなる。


「我らではない。我らではないのだ。この美しく栄える都をどうして壊せようか」

「虚言で惑わすが其方の剣か。決闘に相応しき振る舞いを見せよ」

「おお、おお。我らはこの都を愛している。愛しているのに。どうして同じ物を愛する者同士で争うのだ」

「愛故に奪おうとするのだろう。欲するのだろう。しかし我らこそがこの都を誇るのだ」


 言い争いも、飾った言葉と音楽で、立派な一場面にしてしまった。どっちも凄い。

 お客さんがかぶりつきで歓声や罵声を浴びせてくる。団長さんを応援する人、シャロさんを応援する人も真剣そのもの。

 本気で悪と戦う雰囲気だけど、夢中で盛り上がってもいる。

 わたしも面白くて気分は最高。精霊魔法が絶好調だ。

 皆が皆二人に注目して、いい調子で進んでいた。


 そして、最後の役者も、お客さんが自然に空けた道を通って、舞台に上がった。


「北の客人よ、貴女は本当に私達を呪っていないの」

「南の住人よ、私達はあなた達を救いたいの」


 サルビアさんとティリカさん。

 強気に苛烈に微笑む、舞台で映える表情で向き合った。


 音楽がゆっくりめに、だけど重厚な感じに変わる。

 シャロさんと団長さんが一歩下がる。二人の温めた空気を引き継いで、歌姫が更に引き上げる。

 壁画の前。目立つ綺麗な絵が、今はもう完全に単なる壁。

 神殿中の目が、二人にだけ注がれていた。


「示して頂戴。客人が訪れた途端に呪いは広がったのよ」

「いいえ、呪いは遥かな過去から振りまかれていたの」

「ならば何故、何故今まで悲劇は起きなかったの」

「嗚呼、忘れてしまったの。勿論守護神の加護があったからよ」

「そうよ、守護神が居てくださるわ。ならば都は見限られてしまったの」

「いいえ、いいえ。守護神は今も、今も呪いと戦ってくださっているわ」

「それなら信じて待てばいいのね。お祈りをして縋りましょうか」

「いいえ、いいえ。祈りを──!」


 掛け合いの途中で、サルビアさんの歌が止まってしまった。

 苦しげに喉を押さえる。

 その手に、黒い痣が浮き出ていた。

 呪いだ。


「サルビア!」


 シャロさんが叫ぶ。必死に、取り乱して、楽器もショーも放りだして、情けない顔で駆け寄ろうとした。


 だけど、それを手で制して。

 サルビアさんは綺麗に笑った。


「祈るだけだなんて子供のようね。施しを待つばかりではそれこそ見限られてしまうわ」

「ならば何が出来るの。何をすればいいの」

「悪を討つのは守護神の役目。人はただ眼の前の隣人を救えばいいの」


 苦しみを感じさせないサルビアさんの熱演に、ティリカさんも応える。シャロさんもグッと心配を呑み込んで楽器を拾った。

 美しい歌声の掛け合いを続ける。

 お客さんは少し途切れた演奏なんて気にせずにのめり込んでいる。夢中のまま。背景の壁画を見ずに歌声に耳を澄ませて。


 その中でこっそり、動揺で顔を曇らせたシャロさんがクグムスさんに聞く。


「え、これ失敗? 逆効果だった?」

「……いえ、魔力がサルビアさんに集中しています。都全体を『聞いて』みてください」

「え、あ……」


 言われた通りに実行して、シャロさんの顔色が良くなる。


「他の所じゃ症状が軽くなってるっぽい」


 確かに悪魔に影響を与えている。

 代わりに、サルビアさんが憎まれて、狙われてしまった。でもそれはつまり、引き付けて、皆を守っているんだ。

 これが、皆の戦いなんだ。


「じゃあ……オレも良いトコ見せなきゃね!」


 シャロさんはあくまで軽く、だけど強い覚悟を感じさせる表情で、呟く。


「……うん、これだけあればいける……来いっ! クロムジード!」


 珍しい魔法陣が広がり、輝く。

 きっと今、音楽の悪魔が召喚されようとしていた。

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