第82話 強行探索カプリチオ

 劇場から見える空には、もう星や月が光っている。

 客席や舞台の上には呪いで苦しむ人達がたくさんいる。

 上下で反対の世界が、わたしは辛かった。


 どうすればいいか分からなくて、とにかくわたしは皆の言う通りに魔法を使ったりしていた。忙しくても、それだけが皆の為に出来る事だったから。


 でも、今は。

 遠くのペルクス達と話をして、やる事が決まった。

 希望が見えて、わたしはグッと張り切る。


「神殿で絵を調べればいいんだね!?」

「はい。とりあえずはそれが第一です」

「第一?」

「その絵で手がかりが掴めなければ例の画家の他の作品や子孫にも当たっていきます」


 クグムスさんが説明してくれて、気が引き締まる。

 これからが大変なんだ。まだ解決には遠い。


 でもシャロさんはとぼけた風に首をかしげる。


「でもそれって合ってるの? 結構あやふやでしょ?」

「信じていいと思うわ。あの子のセンス良いもの」

「そうですね。仮に間違いだとしても、最も可能性が高いところから当たるのは定石です」

「だから信じなさいって言ってるでしょ」

「はい……済みません」


 強く言われてクグムスさんは縮こまる。

 サルビアさんはワコさんの事をかなり気に入って信用しているみたいだ。

 わたしもそうだ。ワコさんも、ペルクスも信じたい。


 気を取り直してクグムスさんが言う。


「調査はボクに任せてください。皆さんは引き続き看病をお願いします」

「一人でいいの? 手分けした方が良くない? いや調査とか分かんないけど」

「はい。看病の手は必要ですし。こちらの方の道案内は欲しいですが」

「それなら私が案内しますわ」

「助かります」


 ティリカさんが手伝ってくれる事になった。そのまま二人で荷物をまとめて出発準備を始める。

 張り切っていたけど、わたしはお留守番みたい。それなら看病をしっかり頑張ろう。改めて気合いを入れる。


「ところで、貴族御用達の劇団との話を聞きましたが、交渉の渡りをつけて頂くのは可能でしょうか」

「それは……難しいでしょうね。基本的に団長が全て取り仕切っていましたので。お力になれず申し訳ありませんわ」

「いいえ、お気になさらず」

「それに、件の画家の子孫との協力も難しいかと。なにせ」

「あ! 待って!」


 出発直前まで打ち合わせをしていたけど、シャロさんが慌てた様子で何かに気付いた。


「なんか兵士っぽい人達が来るよ?」

「国からの派遣でしょうか? それともここが上手くいっているので助言が欲しいのでしょうか」

「んー……どうかなー」


 クグムスさんと相談している内に、すぐにその人達が劇場の通路から姿を現した。

 劇場の様子を見回して顔を曇らせる。

 それから真面目そうな衛兵さんは固い声を張り上げた。


「シャルビア歌劇団とやらがいるはずだな。都に起こる異変を引き起こした疑いがかかっている。大人しく出頭せよ」


 あんまりな出来事に言葉を失った。

 どうやらまた疑われているみたいだ。

 驚きとか悲しさとかは振り払って、わたしは全力で主張する。


「そんな! 違うよ! わたし達じゃない!」

「どうせあのアレが吹き込んだんでしょ」

「だよねー」


 サルビアさんが言ったのは団長さんだろう。

 逃げたと思ったらこんな事をしていたなんて。気分が落ち込んでしまう。


「衛兵の方々。こちらは信用に足る方々です。納得する理由を仰って頂けませんか」


 ティリカさんも援護してくれる。その背中は頼もしくて、嬉しい。

 でも衛兵さんは静かに首を横に振った。


「……我々は無知です。調査し判断するのは学者の役目。とにかく話を聞きたいとの事です」


 衛兵さんは冷静に、なんだか辛そうに喋る。

 仕事をこなしているだけで、わたし達が犯人だとは思ってないみたいだ。


「ついていっても酷い目に合う訳じゃない、かな?」

「しかし絵の調査が出来ません。……あなた方が神殿の聖画を調べられますか。この事態を解決する鍵かもしれません」

「……我々に判断する権限はありません」


 クグムスさんが交渉しようとしても断られた。衛兵さんはずっと困っている。


 信じてもらうのは難しい。

 人と人が分かり合うのは大変だ。


「お逃げなさい。こんな理不尽、無視すればいいのですわ」

「そうだ! あんたらを信じる!」

「今のうちに行きな。ここはおれらでなんとかするからよ」


 ティリカさんが強引な提案をしたら、観客の人達も揃って壁になって、衛兵さんの前に立ちはだかった。


 信じてもらうのは難しい。

 だから、こうやって信じてもらえたらとっても嬉しい。それもこれもサルビアさんのおかげだ。


 クグムスさんが険しい顔で空を見上げる。


「行きましょう。こうなったら五人共脱出した方が安全です」

「私も行くのです? 残って看病する方が向いているし、囮にもなるのです」

「でもここの人達は守ろうとしてるし、下手すると巻き込んじゃうよ?」

「そうよ。ここの皆の為にも出てった方がいいわ」

「うーん。それもそうなのですね」

「なら、皆で行こう!」


 わたしはサルビアさんを抱える。クグムスさんはシャロさんを背負ってベルノウさんを前に抱えた。


「精霊さん、空を飛ばせて!」

「“展開ロード”、“野性喚起ワイルドバック”」


 劇場から一気に外へ。

 吹き抜けの頭上から、星空めがけて脱出。生暖かい夜風を突き抜けて飛んでいく。

 衛兵さん達が慌てて追いかけてくるのが小さく見えた。

 クグムスさんも軽々とジャンプして、まるで飛ぶみたいに移動する。

 五人で激しく軽快に。

 空と屋根に並んで、まずは神殿を目指す。


「警戒をお願いします」

「索敵だね! ……あれ、なんか衛兵以外の人も騒いでる?」

「今度は何?」

「下!」


 警戒の声の直後。

 風を鋭く裂いて敵意が飛んでくる。


「うわ!」


 石がシャロさんのすぐ近くを通り抜けた。

 続いて、重なった怒号も届く。


「息子を治せ!」

「逃げるな!」

「悪魔共め!」


 怒った人達が睨んでいる。

 弓矢、石。棍棒やナイフ。武器を手に敵意が満ちている。

 獣人が多いからか、普通の人でも力強い。ただの石でも危険だ。

 夜道を松明や魔法の光で照らして、迫ってくる。


「違うよ!」

「黙れ!」


 止まらない。やっぱり話は聞いてくれない。

 必死の形相で追いかけてくる。ジャンプして屋根まで上がってくる。次々凶器が飛んでくる。

 危険だけど、それより信じてもらえないのが辛かった。


「うわあ、あのおっさんかなあ……」

「最低ね。アイツもコイツらも」

「いえ、これだけの惨事です。冷静さを保つのは並大抵の事ではありません」

「は? なに、庇うワケ?」

「サルビアこそ冷静になって! 仲間割れなんてしてる場合じゃないよ!」

「……シャロにマトモな事言われるなんて」

「こんな時だからね! オレだって真面目な事言うよ!」


 いつもの感じだけど、話の間にも攻撃が飛び交っていた。

 わたしはより高くへ飛んで、サルビアさんを落とさないように強く抱えて、ぐるりぐるりと見た目だけは自由に飛ぶ。

 クグムスさんはジグザグに駆けて、時には人を蹴り飛ばして、二人を抱えたまま力強く突破していく。

 今のところはなんとか逃げ切れている。でもいつまで持つか。

 耳や尻尾まで重く感じた。

 クグムスさんが静かに悩む。


「しかしこれでは先が不安です。神殿の調査も妨害されるでしょう」

「じゃあわたしがあの人達を引き付けるよ。調査とか難しい事は分からないし」


 決意をしてわたしが言う。

 わたしの強さは、こういう時に使うものだ。あの時のおとうさんみたいにやってみせる。

 だけどそれを、ベルノウさんが止めた。


「空を飛べるカモミールちゃんはこの先も活躍するはずなのです。だから私がなんとかするのですよ」

「一人では危険です」

「シュアルテン様がいるから大丈夫なので

す」


 ベルノウさんはあくまで柔らかく微笑む。そして荷物からお酒を取り出した。

 シュアルテン様を呼ぶつもりだ。

 確かに頼りになる存在だけど、それでも心配にはなる。


「話には聞いていますが本当に大丈夫ですか」

「任せてほしいのです」


 温かい笑顔で、だけどハッキリした強い声は覚悟の重さの表れだ。

 クグムスさんも認めた上で、一際高い建物の屋根に降ろす。

 不安を呑み込んで、わたしは先へ進む。


「気を付けてね!」

「ありがとうなのです」


 追いかけてくる人を前に、平常心。

 ベルノウさんは踊る。口ずさむ。

 そこを狙って何人か人が来ても、クグムスさんが守る。お腹や足を蹴られて悶絶した人が屋根に転がった。

 そうして、準備が整う。


「ヨイヨイヨイヨイヨイツクヨイツク」


 召喚。

 魔法陣が輝き、大柄の人影が出現する。


 筋肉が凄くて、毛皮の服に蔓草や木の板を身に着けた赤ら顔の人。

 シュアルテン様だ。

 最初は怖かったけど、お酒造りや畑仕事、宴会の後始末、ベルノウさんが色んな場面で呼んで会ってきたからもう平気になった。おとうさんに似てる気もするし。

 嫌な気配や魔力はあるけど、悪い存在じゃない。頼りになる人だ。


 シュアルテン様がパンと手を打てば、急に空が曇って、雨が降り始める。

 暑い時なら気持ち良いくらいの小雨。

 しかもそれは、水じゃない。


「なんだ?」

「ただの雨じゃねえ?」

「酒だ!」

「うお、うめえ! 良い酒じゃねえか!」

「おいこんな時に止めろ。奴らを追いかけろ!」


 すぐに皆が気付いて騒ぎが大きくなった。

 最初は戸惑いや喧嘩が多かったけど、しばらくすれば皆が酔う。

 口に入って、匂いをかいで、段々顔が赤くなる。すっかり怖い雰囲気は消えた。

 道端ではしゃいだり寝たり、攻撃する人はいなくなった。


 それだけの仕事をベルノウさんを任せて、クグムスさんが素早くわたしに追いつく。


「うおお……これやっぱ範囲攻撃えげつないねー。しかも無傷だし平和だよ」

「酔っ払いだらけなんて酷い平和ね」

「凄まじい効力ですね。それにボク達に影響を与えないよう制御まで……」


 シャロさんとサルビアさんがいつも通りに喋って、クグムスさんはブツブツと呟く。ペルクスにも似てる研究モード。深く集中していた。

 それを見ていたらハッと我に返って、それから恥ずかしそうに前を向く。


「……いえ、分析は解決後ですね。急ぎましょう」


 邪魔がなくなったから、一直線に神殿に向かう。

 お酒の匂いがして、騒ぎが聞こえる、見た目だけは陽気な都を並んで進む。

 また、見た目だけじゃない本当の素敵な姿に戻ればいい。戻してみせる。


 わたしはやる気十分で駆け抜けていく。

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