第81話 逆転推論

 洞窟から命からがら撤退した僕達は、休息もそこそこに師匠達と合流すべく街へ走る。

 夜も更けた暗闇は静かで風は冷たい。火照った体を冷ますのに丁度よかった。

 街は明かりが灯り、忙しなく調査団が立ち回る。一時的に活気が戻ったようでもそれは異常。早く平穏を取り戻さなければ。


 そして早速得た情報を報告しようとしたのだが、待ち受けていた光景に愕然とする。


「師匠、まさか……」

「自分の体ならよく分かるからね。おかげでかなり把握出来たよ」


 師匠の体にはあの黒い痣が浮き出ていた。顔色も悪く、いかにも不調。

 南方の魔法使いが付き添い魔法陣が体の上で光る。通信魔術からクグムスの怒ったような声も聞こえてくる。

 呪いだ。

 本人の言からすると、呪いを理解する為にわざとその身に受け入れたようだった。

 強気な笑みからは余裕そうな印象を受ける。そんなはずはないのだが。


「詳しい見解はクグムスらに伝えてある。そっちの収穫を言いな」

「……はい」


 その言葉は力強い。

 僕は敬意を持って心配を飲み下し、話を先に進める。多分に好奇心もあるだろうが、これは覚悟だ。僕達が必ず解決するという信頼も受け取った。

 あくまで冷静に平静に、僕は報告する。


「ここにいるドラゴンは悪魔です。それに呪いを受けていました」

「そうかい。ならまず、司るものは何だと考える?」


 流石に話が早い。

 悪魔、にはまだまだ未知が多く、そもそもその呼称も的確かどうか分からない。

 それでもハッキリしている事はある。

 シャロの音楽、ベルノウの酒。

 悪魔はそれぞれ、捧げれば力の源となり、権能そのものでもある要素を持つ。

 対応するにはその力を把握する事が肝要だ。


 そういった蓄積を師匠とは共有しているが、知らない他の面子は当然キョトンとしている。

 悪いが説明は後回し。多様な意見は貴重なので聞いておきたくとも師匠の容態が優先。なるべく早く休ませたい。

 早口でここに来るまでに考えた結果を話す。


「ドラゴンの住処には多種多様な宝が溜め込まれていました。それが供物だとすれば、財宝の悪魔、である可能性が高いと」

「……ふうん、良い線だ」


 師匠は僕の考えを受け入れて微笑んだ。


 炎、力、栄誉。

 ドラゴンを象徴する要素は幾つも思いついたが、二つの前例を鑑みるにこれが自然だと考えた。

 ドラゴンそのものではなく悪魔であれば、そして他の何かを司る悪魔であれば、財宝を溜め込む理由がないのだから。


 そして根拠は他にも。


「悪魔ならば契約し、依代となる人物がいるはずですが、それはやはりあれ程の供物を捧げられるだけの財を持つ……」

「ダイマスク王家だね」


 台詞を先取りした師匠。体の不調をまるで感じさせない。


 事前の下調べで、建国の伝説については把握済みだ。

 それにおいて初代王は、鉱山に住まうドラゴンと契約を交わしている。

 黄金のドラゴンとだ。

 ベルノウの「シュアルテン様」の姿は、板や蔓草に赤ら顔と、樽や葡萄に酔漢を連想させるものだった。酒に纏わる姿である。

 ならば財宝の悪魔も、それらしい姿をしているはず。

 それが財宝を溜め込む伝説を持つドラゴンであり、黄金という色なのだ。

 黒く変色しているので確認出来ないが、伝説と照らし合わせれば確度は高い。


 王家の守護者となれば悪魔呼ばわりは問題があるが、便宜上このままで進めさせてもらう。やはりいずれは他の名称をつけるべきか。解決したら考えよう。


 周りの反応は様々だ。大国の真実にどよめきが広がる。

 通信の魔術も活きており、クグムス他都からの驚きの声も漏れてくる。

 それでも直接僕達には口を挟まず見守っていた。


 師匠は次の問題に進める。


「呪う側じゃなく呪われた側、って方はどうなんだい」

「直接得た分析結果です」


 黒く変質した鱗、肉体、魔力の分析に自信を持って答える。

 接近に苦労した故に信じたい、そういった感情や、未知の多さを差し引いても間違いはないだろう。

 あのドラゴンは元凶ではなく、呪いの影響を受けた被害者だ。


 更に別の視点からも裏付けはある。


「獣に僕達を追い払う命令を与えていた点もそれを補強します。呪いの領域に入らないように守っていたのでしょう」

「調査の妨害じゃなく、呪いの被害を減らす為の行動をしていたと」

「はい。あくまで守護者なのでしょう。国の敵を呪い害する力もありそうですが、呪いの被害は国民。そもそもこの調査はダイマスクからの命令ですから、ドラゴンを利用した策略という事も考え難いかと」

「ああ。王家が関わってる可能性は潰していいだろうね」

「しかし、長い歴史の中で真実が失われた可能性もあり、だとすれば契約を掠め取った何者かがいると言われると……」

「いやあ、それはないだろうね。都の様子を見た限り、ちゃんと受け継がれてる」

「ではやはり」

「ああ。この惨状はドラゴンによるものじゃあない」


 悪い方に考えていけば切りがないが、それでも師匠と二人、一番強い可能性を確信して、言った。

 大きな進捗ではある。

 ただ、それはまた別の疑問を生んだ。


「となれば問題は次だね。じゃあ呪いの大本は?」


 そう、事態を解決するにはこれを突き止めなければならない。

 ドラゴンは呪われた被害者。それがヒントになる。


「悪魔に影響を与えられる存在は限られるでしょう」


 以前、ベルノウの「シュアルテン様」と戦闘になった際は全く歯が立たず、あちらの道理に従ってやっと穏当に済ませる事に成功した。

 真っ当な武力や魔法ではまず無理だ。ただ、聖人かローナ程の力があれば通るのかもしれない。

 希少な人物がそうそう居るものではないと思うが念の為に確かめる必要はあるだろう。


 しかし、やはり本命は別。

 分析結果によると、独特な魔法陣に見覚えがあり、呪いが悪魔であるドラゴンと馴染んでいる。というのであれば、やはり。


「もう一体、悪魔がいる」


 師匠も頷く。

 そろそろ辛そうだ。表情に陰りが見える。焦る気持ちをなんとか宥めた。


 まだ手がかりは乏しい。

 その乏しい手がかりから導けるものが、一応はあった。


「絵画、芸術の悪魔」


 ワコがピクリと反応した。

 眉根を寄せ、悲しそうな辛そうな顔で呟く。


「……絵の、悪魔?」

「この黒い痣が絵筆の跡であるならば、それが現状一番疑わしい」

「ん……」


 僕が指摘すれば自身でも納得したようだ。

 彼女の感覚に頼った、細い糸口。

 それだけに否定されると推論が続かないので助かる。とはいえ絵を愛する彼女の心情はいかばかりか。


 心を痛めつつも推測を繋げる。

 神殿の聖画を始め、都には芸術を捧げ、悪魔が力をつける下地がある。


「ならば、都にこそ悪魔は居るのでしょう」

「……だから都でも呪いが発生した。じゃあここでも起きたのは何故?」

「……ドラゴンは守護者です。単に呪われたのではなく、むしろ何者が引き起こした呪いから国の要を守ろうと自ら受け入れたのでは」

「つまりは、逆だね」


 見解が揃う。

 顔色とは裏腹に、体調の感じさせないハキハキとした口調で師匠は僕の議論に付き合ってくれた。

 無理に喋らないよう、僕が語る。


「発生源は都。ドラゴンは国を守護する為に呪いを引き受け、しかし限界を超えた結果、周囲に溢れた」


 これが結論。

 発生した時間が前後したせいで誤認させられたが、この方が筋が通る。

 それを示す根拠もある。

 鉱山と都での違いだ。被害者の範囲、魔力の性質。

 本来の呪いからドラゴンを通した影響で変質したとすれば納得だ。


 とはいえ、信じ難くはある。


「……しかし、少々無理があるでしょうか。守護者故に呪いを引き受ける、とは。守護であっても財宝とは無関係ですし」

「財宝の定義にもよるだろうね。使わず、集めて眺めるのが財宝とするなら、蒐集に纏わる力があってもおかしくないだろうさ」

「呪いを蒐集……価値ある宝として扱ったのですか」

「曰く付きの品は独特な魅力がある。だろう?」


 凶器、血濡れた逸話を持つ品物は、確かに蒐集する好事家はいる。獣への命令も同じ理由が通るか。


 ……いや、本当に理屈は通る、だろうか。

 推論に次ぐ推論。状況証拠があるとはいえ、確証が得られたとまでは言えない。


 ふと、頭に影がもたげた。

 都合の良い解釈に飛びついていないだろうか。

 薄い根拠を誤魔化していないだろうか。

 読み違えていれば時間を無駄にする。被害者が出る前に解決しようという焦りが思考を濁らせていないか。

 師匠の覚悟に負けられないと検証を欠いていないか。

 本当にこのまま話を進めてもいいのだろうか。


 不安が募る。

 冷静にしようと努めていたのに、心が乱れていく。


 それが、つい顔に出ていたようだ。


「大丈夫だ。信頼している」

「やれやれ未熟だね。もっと胸を張りな」


 グタンが僕の肩に手を乗せた。

 師匠も苦言でありながら温かみをくれた。

 未熟。

 そうだ、僕は未だに未熟だ。


 一度、目を閉じて深呼吸。

 よく考えた。

 意識して精神を落ち着ける。

 もう大丈夫だ。間違えるより、迷って停滞するのが最悪。間違いが発覚したら、また急いで調べ直せばいいのだ。


 師匠も当分は大丈夫だ。

 一度今の結論を真実と仮定し、今後の方針を定める。


「今必要なものは鉱山では得られない」


 仮称芸術の悪魔は都にいるはずだ。

 神殿。聖画。彫像。画家。王家。

 調査するとすればこの辺りが候補。

 こちらはまだ情報が足りない。外れているかもしれないが、外れを潰していくのも前進だ。

 そう伝えた上で、こう締める。


「都の調査は頼む」


 通話の魔術を通し、都の仲間に託す。


『任されました』

『わたしも頑張るよ!』


 クグムス、カモミール。続けて頼もしい声が大きく聞こえた。

 調査にはシャロの耳も、カモミールの魔力を辿る感覚も有用だ。

 安心して待てばいい。とはいえ無論、待つだけではいられない。


「僕達はより効果のある処置の方法を探す。焦らなくていいから気を付けるのだぞ」

『うん、頑張ってね!』

「ああ。そちらもな」


 応援を交わして議論を終えた。

 僕は息をゆっくりと吐く。

 師匠はいつの間にやら眠っていた。姿勢を正して真摯に無事を祈る。


 さて、やる事は山積みだ。

 こちらとあちらの全員が一丸となって、反撃の狼煙をあげよう。

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