第79話 龍穴に入らずんば
『ヤバいよ! 都で疫病みたいな呪いが広まってる!』
「なんだと!?」
薄闇に寒々しい風が吹き抜けていく。遠くから届く獣の遠吠えが心をざわつかせた。
予想通り、鉱山街は惨い状況だった。人々がそこかしこに倒れ、呻き声が満ちている。
しかし都でも同じような事態が広まっているという。
僕が疑問を明確な形にする間もなく、グタンが慌てて叫ぶ。
「カモミールは無事なのか!?」
『あ、うん。オレ達は全員無事。今のところ都の人だけ』
「そうか。良かった……」
答えを聞くと大きな体を脱力し、安堵。普段静かな分、強い心配が表れていた。
僕は頭が冷え、思考力が戻る。
グタンの剣幕に押されていたシャロも、気を持ち直して聞いてくる。
『えーと、それで意見とか聞きたいんだけど……』
「それがな、こちらでも同じような事態が起きているのだ」
『え! そっちでも同じ症状が広まってるの!?』
「ああ。とりあえず処置を行う。落ち着いたらまた相談しよう」
『あーうん。分かった』
情報は欲しいが、優先すべき事があるとシャロとの連絡に区切りをつける。
都からの報せを受け、僕は正直頭を抱えたくなっていた。それでも冷静に行動に移す。流石に興味深いと言っていられない。
ひとまずは有効だと思われる応急処置を教えたので、あちらはあちらに任せる。
こちらも手分けして処置を施す。幸いな事に手遅れだった者はいない。かなり大規模な街だけあって宿場より人数が多く重労働。しかしその分多くの物資が調達出来たのは助かった。
宿場から休む間もなく、疲労が溜まる。体力魔力、手持ちの薬も尽きかける。
それでもひとまずは落ち着いた。二度目で慣れていたのも大きいだろう。
が、まだまだ働かねばならないと強壮薬を飲み下し、会議を始める。
「まずは情報を整理しようじゃないか」
『はい。整理してあります』
鉱山と都、二箇所の異変。
違いはあるか、本当に同じ原因の症状なのか。それらの確認から始める。
僕と師匠、クグムス、南方の魔法使い達が中心となって各種の情報を交換。とはいえ他の視点からの意見は貴重だ。介抱の合間にカモミール達にも参加してもらっている。
症状は精神的な苦痛が主。黒い痣のようなものが肌に浮き出る。それらから同一だと確認。
しかし完全に同一ではない部分もあると判明した。
「こちらは僕達調査団以外の全員が患者だ。そちらは違うんだね?」
『はい。症状がある場合と無い場合が混在していますね。法則性が見つけられません。あ、いえ、ゴーレムが少し気になります』
「何?」
僕は予想にない言葉に興味を引かれた。
大人しく続きを聞く。
『こちらの歌劇ゴーレムは全て呪いに染まっています。しかしディップヒック劇団所有の動物型ゴーレムに影響はありません』
「……ほう」
「気になるねえ。対象を形で判断しているかもしれない。後で変形して実験してみな」
『分かりました』
クグムスは師匠の言を素直に受け入れた。
こちらも人だけで動物に症状はない。異常な凶暴化はまた別の原因なので気を付けるべきだが、この違いは重要になりそうだ。
続けて、鋭い目で師匠が呪いと仮定した魔法について纏める。
「これから魔法陣は感知出来ない、つまり別の場所から発動した魔法による間接的な影響。直接解呪も分析も難しい。だけど、その影響を与える魔力の性質が別物なんだね?」
『そのようです。こちらは多種多様な魔力が美しく規則的に配列されていますが』
「こちらは火の性質が強くなっていて無秩序な並び、と」
『魔法使いの集団が事を起こしたのでしょうか』
「それにしちゃ違和感だらけだ。目的も見えない」
流れるように交わされる言葉。会議は順調に進んでいる。
だが他の者はついてこれていない気配を感じた。以前にもあった僕達の悪い所だ。
『え? 別物なのに同じ効果なんてのが普通にあるの?』
戸惑う彼らを代表するようにシャロの疑問が差し込まれる。
全体の理解と協力が不可欠。他の者にも必要だろうと、僕が簡単に説明する。
「何色のインクだろうと字が綺麗でも汚くても同じ文字なら同じ意味、というようなものだ。あくまで例え話だがな」
『へーなるほど。つまりこっちとそっちじゃ別人? だから複数犯?』
「普通はそうなる……のだが」
僕は言葉に詰まる。
師匠の言う通り違和感だらけだったからだ。
今は集めた情報から予測し、発展させていく場面。曖昧な段階ではあるが、整理する意味でも口に出す。
「その片方がドラゴンという点が不可解だ」
宿場での調査結果からドラゴンと関係があると見ていい。
発症は鉱山周辺が先。都での発症と数日もの差がある。そこもドラゴンが原因とする推測を裏付ける。
ただ、都には唐突に広まった。間の土地も調べなければ断定出来ないが、少なくとも宿場までに被害のあった土地はなかったはずだ。徐々に伝播していく形ではないだろう。
だから複数犯が現実的。
なのだが、どうやって人とドラゴンが手を組むというのか。
そこを考えると、可能性は捨てきれないがあまり現実的とは考え難いのだ。
となると、両方とも人の仕業かもしれない。
ドラゴンを何らかの形で利用したのなら調査結果と矛盾しない。それも難しいはずだがまだ実現可能ではありそうだ。
しかしそんな手口は、当然準備も大掛かりになるはず。一切感知されないのは奇妙。
強力かつ賢明な魔法使いだとしても、やはり違和感がある。
それに、宿場には触媒らしき鱗があったが、それに近い物が都にあるだろうか。
『いえ、少なくとも劇場にドラゴンと繋がる物はありません』
この説も弱い。確証もなく可能性だけが積み上がっていく。
師匠は南方での知識を求めて役人に尋ねた。
「この呪いに見覚えはないんだね?」
「……ありません」
「御伽噺や伝説、噂なんかに類似例も?」
「……は、はい」
「悪魔、は知っているかい?」
「え? 御伽噺でなら聞いた事はありますが……」
役人は困惑顔で答えた。つまり現実に存在するものとは思っていない。
師匠も悪魔の可能性を疑っているのだ。が、彼からは情報が得られそうにない。
形振り構わず直接悪魔の関係者に聞いてみる。
「シャロ、ベルノウ、近いものは感じるか?」
『んー、よく分かんないんだよねー』
『患者からというよりも、都全体から薄っすらと気配は感じるのです』
『あ、そうそれ! 言われてみればそんな感じ!』
「そうか……ならば人ではなく空間を対象にしたものだな」
情報は増えたが、すぐ解決に繋がる成果ではなく、手詰まり。
切り口を変えてみても、手応えはない。
「犯人がいるとして、目的はなんだ? 規模からすれば国家転覆、侵略の足がかり、という線もあり得るが」
『お、動機から追う?』
「ちなみに都の外に荒事の気配は聞こえるか? いや内部でも被害のない地域はないか?」
『ゔぇ? そんなの、まー聞いてみるけど…………んー……ないよー?』
「こっちは数日放置されてたのに物取りもない。となれば、呪い自体が目的かねえ」
重大な思想があるなら潜伏場所の目安もつけられるものだが、この線では難しい。
情報不足だ。
現状で出来る数々の仮定や推測を検証し終えて、結論を出す。
「結局、ドラゴンを直接調査するしかないか」
そこに行き着く。元凶と仮定した、ドラゴン。恐ろしき生物との対峙。
無意識に身震いした。
本来の目的であり期待していた事だ。なのに喜べない。
急がなければならないが、現状は不調。万全の態勢で挑むべき相手にこれでは無謀もいいところだ。
しかし真っ先に立ち上がる者がいた。
グタンは真剣な面持ちで僕達を見回す。
「任せてもらっていい。調査が終わるまで守り通す」
雄々しく宣言。その凛々しさから力をもらえるようだ。
カモミールが心配なのだろう。今は無事でも、いつ被害が及ぶか分からないのだから。
楽観は危険。
やはり無理を押してでも挑む必要がある。
「僕も当然行くぞ」
「ん」
勇気を奮わせる僕に続いてワコもやる気を見せてくれた。
しかし師匠はまた別の役割を示す。
「ワタシは残って調べる。他の治療も試したい。アンタらも手伝いな」
「あ、はい」
「ぼくもですか!?」
ワイアと南方の魔法使い達にも声をかける。
確かに看病の役割があり、全員で挑む訳にはいかない。師匠なら安心だ。なんなら治療法を発見してくれそうでもある。
が、それに残る二人が異を唱えた。
リカルゴとモルフィナという、この鉱山町に向かった時も真っ先に手を挙げた者達だ。
「それは困る。オレらもドラゴンと戦いに行くんだからな」
「ザックは我々パーティの大事な後衛だ。外せない」
「ならばその役割は僕が務めよう。看病の人員を残す重要性を理解してくれ。それに本人は行きたくないようだぞ?」
「そんな事ないだろ! な?」
「ドラゴンなんて無理だよ!」
と、一悶着があったが、最終的には納得してくれた。多少強引だったのは否めないが。
そう、この危険な調査を無理強いは出来ない。
相手はドラゴン。数が多ければいい訳でもないのだ。他の戦士達は看病に励んでもらおう。
こうして、五人。
ドラゴンに挑むには心許ない人数が揃う。
それでも行くしかないのだ。
この国と人々を救う為には。
「ここが……」
険しくそびえる鉱山。南方一帯を支える、金属の産地。
その主要採掘坑とは別の洞窟の前に僕達は立つ。
門が造られ、重厚な鉄扉が塞ぐ。見張りの人間が倒れていたので応急処置をしておいた。ついでに無骨な盾を拝借させてもらう。
漏れ出る魔力は濃厚。ドラゴンの住処へと通じる入口は、妙に禍々しく見えた。
顔を見合わせ、最後の覚悟を確認し合う。
そして僕が魔術で解錠。明かりも灯す。
早速盾を構えるグタンを先頭に、慎重に足を踏み入れた。
と、いきなり歓迎があった。
甲高い鳴き声。人の顔より大きなコウモリの群れが殺到してくる。
僕達は無理せず屈んで避けようとした。
が、コウモリは牙を剥いて向かってくる。
「これも支配の影響下にあるな」
明確な敵意があった。この先には通さないというように攻撃の意志が。
ただ、高速で噛みついてくるだけなら怖くもない。
面で来るそれらをグタンが盾と剛腕で激しく打ち払う。リカルゴとモルフィナも棍棒と槍で次々と落としていく。
上方に集中する彼らに、僕は警告。
「下にもいるぞ!」
ネズミだ。地面を埋める程に多い。
ムカデ等の虫も蠢く。気味悪さ以上にこの数と毒は危険だ。
「川は群れ。陸に流れ。排除の雨。渡る舳先に」
とはいえそれも易々と対処。
ワコが精霊魔法で土砂を操りネズミも虫も纏めて押し流す。足場は多少悪くなったが構わず突き進んだ。
「“
僕は薬品を気化。僕達が吸わないような下方に留めて眠らせる。
とにかく消耗せずに進む事が重要だ。
洞窟に元々生息する生物だけなのが救い。
打ち払う。押し流す。眠らせる。
即席の五人組は息を合わせて突破していった。
そうして無事に最奥へと辿り着く。
「……!」
開けた視界に、僕達は息を呑んだ。
存在感に圧倒される。頭が、体が、心が、絶対的な強者を前に竦んで動けない。
最奥には洞窟内とは思えない程広々とした空間があり、巨大で真っ黒な影が座していた。
威圧感のある体躯、輝く眼、口から覗く鋭い牙、太く長い角、分厚い鱗、立派な羽、強靭な尻尾。纏う風格は、禍々しくも王者のそれ。
ドラゴン。
それを照らすのは煌びやかな宝だ。金銀、宝石、彫像や武器までが地面を覆う。
宝を溜め込むのは有名なドラゴンの習性だ。
そして、侵入者から宝を守るのも、また有名。
──グオオオオォォォォォォオオ!!!
咆哮が反響。
洞窟を激しく震わせる。僕の恐れは更に極まり、頭は真っ白になっていた。
前脚が持ち上がり、そして落とされる。
ただの動作が災害と化す、ドラゴンの一歩。
「……う、おおおおぉぉ!」
立ち向かうのはグタンだ。
いち早く我に返って、負けじと雄叫びをあげて突貫した。
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