第78話 千両役者への報酬
客席が少しざわめいていた。
演奏が止まれば当然だけど、演出と思っているのか歌声に惹き込まれているのか、気にしていない人も多い。
サルビアさんは異変に気付いているはずだけど、こっちを見ずに歌い続ける。演者としての意識なんだろう。全く動じずに素敵な歌声を響かせている。
だから劇場は、見た限り今も何事もなく上演されていた。
実際には恐ろしい事件が進んでいるのに。
わたしは慌てる気持ちをなんとか落ち着けて、小声で相談する。
「皆を助けないと! とりあえず意識がない人を集めたらいい?」
「どうしようか? まず中止にする? でも混乱したらマズイかな?」
「こちらの責任者に連絡しましょう。それから師匠達の方にも」
「それが先決なのです。私達だけでは無理なのです。力を合わせるのが大事なのですよ」
「うん。そうだね!」
「ええい、貴様ら何をしておる!?」
相談の途中、いきなり団長さんが大声で割り込んできた。
強そうな護衛の人達を四人も従えて怒り心頭。まだ何も知らないみたいで一方的にわたし達を非難してくる。
丁度いいタイミングだけど、これじゃ話を聞いてくれそうにない。
「はっ! 舞台中に余所事とは、やはりなっておらんな。だから半端者は困るのだ」
「いや、それどころじゃないんだって! 客席にも外にも呪いが広がってんの!」
「呪い? 何を言っておるのだ?」
「ほら、まず見て! 外も調べれば分かるって!」
シャロさんの言葉で団長さんは静かになって、怖い顔で護衛の一人に顎で指示。その人は通路を何処かへ向かった。
団長さんの方は悠々と舞台のすぐ近くまで歩いてきて、慎重に客席を見る。
呪いを確認するとサッと顔色を変えた。
「ふむ? 確かに具合が悪い者がおるようだな」
「だからどうするか相談したいんだって」
「協力して! これじゃ折角の素敵な舞台が悲しい思い出になっちゃう!」
「ふむ…………いや……ぐっふふっ。そうかそうか。遂に正体を表しおったのだな」
団長さんは護衛の人達の所にゆっくりと戻りながら笑う。
一生懸命に話しているのに不思議な事を言い始めて、わたしは困ってしまう。
皆も同じで、顔を合わせて首をかしげた。クグムスさんだけは険しい顔で、皆をかばうみたいに前に出る。
そして団長さんは、わたし達への敵意を全開にして言い放った。
「貴様らの仕業だな! 真っ当な勝負から逃げ劇場を汚す等、不届き千万である!」
「……え?」
まさか、疑われるなんて。
なにより意味を理解するのに遅れて呆気にとられた。それから悲しくて苦しくて言葉に詰まる。
真っ先に否定したのはシャロさんだ。
「は!? いやそんなん言ってる場合じゃないって!」
「笑止! 潔く罪を認めるがいい! 罪人を捕らえよ!」
団長さんが手を掲げれば、護衛の人が戦意を剥き出しにした。
三人が棍棒を突きつけて囲み、ジリジリと迫る。そして一斉に攻撃してきた。
「“
魔術で対抗。
体が大きくなったクグムスさんが抑える。
右からの横薙ぎを叩き落とし、正面からの振り下ろしを避け、振り被っていた左の人を蹴りつける。素早い動きは軽やかに殴打を潜り抜けていく。
だけど相手も強い。狭い舞台袖でも、上手く連携。攻撃が止まらない。
右、左、揺さぶって前から。クグムスさんも反応しているけど辛そうだ。
他の二人に対処している隙に肩を殴られそうなって、慌ててわたしも加勢。精霊魔法の風で棍棒を吹き飛ばす。
「止めて! わたし達のせいじゃないよ!」
「罪人の言葉に耳を貸すでないぞ!」
勘違いであって、この人達が悪い訳じゃない。
だからなるべく戦いたくない。話を聞いてくれないから暴力、なんてやっぱり嫌だ。
傷つけない為に風で押し留める。相手も踏ん張っているけど、通さない。このまま話し合いに移せればいい。
だけど、後ろからまた人がやってきた。護衛と、魔法使いまでいる。最初の人は外への確認じゃなくて、人を呼びに行っていたみたいだ。
魔法で風に対抗されて、自由になった護衛がまた進み出す。数も多いから、仕方なく奥へ逃げた。
シャロさんとベルノウさんを先頭に、舞台にまで出てしまった。
驚くお客さんと、サルビアさん。
これは流石に演出じゃないと大きくどよめいた。怖がり怯えて、幸せな時間も台無しだ。
すかさず団長さんは甲高く主張する。
「皆々様! 客席の病人にお気づきでしょうか! それは此奴らの仕業でございます!」
「はあ!?」
サルビアさんも流石に歌を止めて反応。今まで見た中でも一番怖い顔で睨む。
それでも団長さんは怯まない。
客席からの視線が釘付けなのを全部分かった上で、自分勝手を通そうと喋る。
「此奴らは我々に勝てぬと理解して有耶無耶にすべく皆々様を呪ったのです! いや、いいや! ややもすれば初めからこの都を混乱に陥れ、悲劇を撒き散らす事が目的だったのやもしれませぬ!」
「ふざけないで! そんな事する訳ないでしょ!」
「しかしご安心下さい! 我々は荒事に備えて優秀な戦士を雇っております。必ずや悪の徒を取り抑え、断罪すると約束しましょう!」
「そんな! 違うよ!」
「黙れ黙れ黙れ、この極悪人共めが!」
こんな事してる場合じゃないのに。早く助けないといけないのに。
悲しい。辛い。心がしおれてしまう。
それでも棍棒から守らなくちゃ。クグムスさんと並んで防ぐ。風で姿勢を崩し、武器はないけど手足で弾く。ジンジンとしても大丈夫。負けないって気合を入れる。
そんな中、目を相手から離さないまま、静かにクグムスさんは提案してきた。
「……いざとなれば劇場から逃走する事も視野に入れなければなりません」
「あの人達を助けないの?」
「ですから最後の手段です」
「うぅ……仕方ないのかな……」
確かにこのままじゃ助けられない。むしろわたし達が逃げて劇場が落ち着けば、他の人が助けられるようになるかもしれない。
そうなったらいいけど、気分は落ち込んでいく。
どうしたらいいんだろう?
後ろではシャロさんがベルノウさんに話しかけていた。
「ね、シュアルテン様は?」
「お酒は控室にあるのです」
「そっかー」
「でも少しだけ力を借りる事は出来るのです」
「それならすぐ……うあ! こっちからも来るよ!」
シャロさんが警告してくれて、注意を向ける。
確かにカツカツと反対側から足音がした。
その甲高い足音だけでも強い感情が伝わってくる。
「恥を知りなさい!」
新たな声が舞台の喧騒を追い払うみたいに響く。
もう一人の歌姫、ティリカさんだ。
綺麗な顔に、明らかな怒りの表情。余計に怖い。戦う力はなくても威圧感がある。
ただ、その指は、団長さんに向けて突きつけられていた。
仲間のはずの人に対して、堂々と批判する。
「オンテス団長、悪の徒は貴方です!」
「ティ、ティリカ? 何故我輩に向けて言うのだ?」
「事態を悪化させようとしているからに決まっています!」
「悪逆の罪人を捕えるのは、なによりの解決手段ではないか!」
「いい加減になさい! 優先するものを間違えておいて、それでも格式あるディップヒックの長ですか!」
「な……な……」
開いた口が塞がらない様子。ティリカさんが味方になってくれない事が、そんなにも信じられないんだ。
それから、更に味方は増える。
客席からも団長さんと護衛の人達に向けて反対の声があがった。
皆、わたし達の方を信じてくれている。
すっかり逆転。護衛の人達もこの空気の変化を感じて手を止めたから、わたしは楽になっていた。
なのに団長さんは諦めずにわたし達が悪いと訴える。
「くっ……騙されおって! 此奴らは呪いを用い、我々と舞台を貶めたのだぞ!?」
「自らの妄想を信じる人間に言われたくありません!」
「も、妄想だと!?」
「彼らは正々堂々、真摯に舞台へ向き合ったが故の実力を魅せてくれました。それが分からないのなら劇団の長としては失格です!」
「我輩より、余所者の戯言を信じるのか!」
「当然でしょう! そうですよね、皆々様!」
ティリカさんが客席に呼びかければ、お客さん達は口を揃えて賛同してくれた。引っ込め、大人しく認めなさい、と口々に言っている。
嬉しい。それもこれもサルビアさんがあれだけ頑張ったからだ。
そのサルビアさんは平静にしようとしているみたいだけど、口元が少しにやけていた。
「くっ……痛い目を見ても知らぬぞ!」
団長さんは捨て台詞を残して去っていく。
護衛の人達はオロオロしていたけど、慌てて団長さんについていく人とその場に残る人に別れた。
まるで滑稽な劇の一幕。
わたしはティリカさんに向かって、笑顔で飛びつくみたいな勢いで駆け寄る。
「ありがとう!」
「いいえ、こちらこそ失礼しました」
「……昨日とは随分態度が違うのね」
「良い物は良いと認めただけです。さ、これ以上の話は後回し。そうでしょう?」
「……そうね。その通りよ」
複雑な顔だったサルビアさんも、ティリカさんの真剣な声にひとまずは収めた。
確かに昨日とは全然違う。最初は団長さんに味方すると思ったくらいだし。
でも違った。実力と歌に懸ける思いが伝わったんだ。それならとっても嬉しい。
強化の魔法を解除したクグムスさんが話を進める。
「人手が必要です。協力してくださいますか」
「勿論。どうかお客様方もご協力してくださいまし!」
呼びかけに大きな大きな歓声が応えた。
ようやく看病ができる。ほっと安心した。
クグムスさんや劇団のゴーレムを担当していた魔法使いの人が中心。わたしとベルノウさん、専門じゃない人も手伝う。
症状のある人を集めて寝かせ、原因を調べる。
魔法や薬で苦しみを和らげる応急処置。
外の状況を確認して、役人と連携をとる為に人を派遣。
皆が皆、忙しく立ち回る。劇が中止になったけど、文句も言わずに助け合う。
そんな中、クグムスさんは眉間にしわを寄せて悩んでいた。
「大丈夫?」
「……厳しいですね。全く未知の……いえ、悪魔の魔法に近いという事は分かりましたが、これだけでは治療法には繋がりません」
力不足で済みません、って謝る。そんなの要らないのに。
わたしは言われた通りに癒やしの精霊魔法を続ける。あくまで一時的に症状を止めるだけなのが悔しいけど、一生懸命にやり通す。
「ペルクス先生!」
シャロさんはまるまるっと可愛い小鳥の人形に話しかけていた。悪魔の力と魔術を利用した物で、ペルクス達に報告しているんだ。
ペルクスと師匠さんならなにか分かるかもしれない。分からなくても研究すれば分かるようになるはずだ。
きっと大丈夫。
そう希望を持っていたら、シャロさんが緊迫した感じで叫んだ。
「え! そっちでも同じ症状が広まってるの!?」
あまりのショックで少しの間、息も忘れた。
都全体どころか更に広い範囲、もしかしたら国全体かもしれない。
予想以上に大きな事態だ。
挫けそうになる心を、わたしはそれでも頑張りたいって気合を入れた。
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