第76話 トラブルは定番なので
ダイマスクの都に来て二日目。
青空に気持ちいい風が吹く。朝から素敵な日和だったけど、わたし達はずっと稽古や衣装の調整で忙しかった。
舞台に向けて一生懸命頑張る。劇場は向こうの劇団の人達が使うから、宿で周りに気を付けての稽古。
音を抑えて、簡単に合わせたり確認したりするくらいしか出来ない。それがサルビアさんには不満で機嫌が悪くなっていた。
それを上手くシャロさんがなだめる。稽古そっちのけで二人が面白い。
昼頃、ベルノウさんが作ってくれた料理は美味しかった。珍しい味付けもいいけど、やっぱり食べ慣れた味は大好きだ。簡単な稽古だけでも、夕方までみっちりやれば疲れる。それが吹き飛ぶくらい。
観光している余裕はなかった。でも楽しい。
皆で歌劇を作る、その一体感が気持ちよかったから。
そして、夕方。いよいよ本番が近い。
わたしは緊張してきて、凄く不安になった。落ち着かなくて、少し苦しくもある。
これじゃいけない。舞台を台無しにしそうだ。
「どうしよう。ドキドキしてきたよ……」
「安心してカモちゃん。昨日と同じ事をやるだけだよ」
「そうだけど……」
「よく思い出して。いつもお客さんは喜んでくれてるでしょ。ほら、不安にならなくていいんだって。ね?」
シャロさんが笑いかけてくれた。
考えてみれば確かに、不安になんてなる理由はないはずだ。
なんだか頼もしい笑顔もあって弱気が薄れてくる。
それに、ベルノウさんも優しく手を握ってくれる。
「大丈夫なのですよ。カモミールちゃんはたくさんの人の前で挨拶していたのです。立派に出来ていたのです」
「そうですよ。もっと自信を持っていいんです。それだけの実績があります」
「そうよ、安心していいの」
「……うん、ありがとう。元気出てきた」
クグムスさんも勇気づけてくれた。
最後にサルビアさんがギュッと抱き締めてくれた。
おかげで不安は止まった。もう大丈夫。
一人じゃ怖い。だから皆がいるんだ。
暗くなっても人が多くて賑やかな道を、皆で並んで劇場へ。
門の所には、また団長さんが威圧するみたいに待っていた。
ふんぞりかえって睨んでくる。
「いよいよだな。目の肥えた観客の評価というものを思い知らせてやろう。首を洗って待っているがいい」
偉そうな口振りで言われた。
でも、実際はあんまり余裕がないみたい。最初に見た時と比べて顔から自信満々みたいな感じが弱くなっていたから。
シャロさんもそう思ったのか、あくまで軽く受け流す。
「あれ、今日はそっちの歌姫いないの?」
「出番を前に集中しておるのだ。芸術に必要な繊細な機微が分からんか」
「いや、そりゃこっちも……まー、面倒臭いからいいや。もう飽きたし」
「失敬な!」
「はい、そうですね。すいませーん」
口喧嘩はすぐに終わった。
後ろでサルビアさんが笑う。笑顔だけど挑発しているみたい。
団長さんは顔を赤くしながらも、話を切り上げて劇場へ入っていく。わたし達はそれに続いた。
相手の劇団の方が先に披露する。
わたし達は後だから、まずは客席で観る事になっていた。その為に特別な席が用意されていた。
空の下、冷える空気も熱気に負ける。
高い場所にあって、他のお客さんがよく見える。既に満員なのがよく分かる。ザワザワしていて、また緊張してきた。
だけどそれ以上に楽しみだ。
ただ、サルビアさんは険しい顔つきだった。
「さあ、どれほどの舞台なのかしらね。口だけじゃないって見せてもらおうじゃない」
「フラグ立ってない? 悪役みたいじゃない?」
「いいのよ。悪役が勝つ話もあるんだから」
「まあまあ。敵だなんて考えは一旦忘れたいいのです」
「そうだよ! きっとこの人達の舞台も凄いよ!」
「はい。純粋な目で観た方が理解も深く、自らの糧にもできます」
ベルノウさん、クグムスさんもわたしと同じで、敵意なく楽しもうとしていた。
そっちの方がずっといい。ってそう言うと、サルビアさんも分かってくれたみたいだ。
「……そうね。自分から印象悪くするのは良くないわ」
「え、悪役ムーブ終わりなのー。もっと見たかったのに」
「はあ?」
不満そうなシャロさんをサルビアさんがきつく睨む。圧に負けてすぐに謝った。
これはシャロさんが悪いと思う。
そんなこんなで、始まる。
まずは舞台の上に団長さんが上がって、よく響く渋い声で宣言。
「紳士淑女の皆様方、ようこそおいでくださいました! 今宵は特別な一幕をご用意しております。夢のような一時を、どうそどうぞご堪能くださいませ!」
期待が膨らんで、幕が開く。
楽器を持った人達が素早く舞台に並んだ。
それからゆっくりと、優雅に歌姫ティリカさんが現れる。両端にはズラリと楽団を従えて、女王様みたい。
派手な衣装もツヤツヤした肌も綺麗。宝石が眩しく光る。まずは見た目の豪華さに圧倒される。
演奏は滑らかに始まった。
独特な楽器は独特な音を出す。
テンポは陽気。速くて、高らかで、気分を盛り上げる。皆が笑顔で楽しそうで、揃って一つの音楽を作っている。
まるで宴会みたいに親しみやすい賑やかさで、でもちゃんと整っている。気付けば体が音楽に合わせて動いていた。
「ふぅん。まあ? なかなかの腕なんじゃない?」
「おお。なんかラテンっぽさもあるけど別物かな。初めて聞いた」
素直じゃないサルビアさんと身を乗り出すシャロさん。二人も凄さを認める。
そして。歌姫ティリカさん。
胸を張って堂々と立つ、それだけでも惚れ惚れするくらい綺麗なのに、口から歌を生み出せば、また。
──豊かな国よ。賢明なる国民よ。常に誇りあれ。
凄い。
その一言。
叫び声みたいな迫力を感じるのに、綺麗で華やかな声が劇場を支配する。力ある歌が、心を包み込んで熱くする。
この凄さはサルビアさんと同じくらいかもしれない。世界の広さには驚くしかない。
そうして純粋に音楽を楽しんでいると、歌姫と楽団の前に、また別の豪華な衣装の人が出てくる。
音楽を流しながらお芝居をするみたいだ。
その内容は初代の王様とドラゴンの物語、この国の成り立ちについての伝説だった。
ドラゴンの試練を乗り越え、力を得て、人々をまとめて敵対する国を傘下にして、一つの国を造るまでのお話。
それを歌い上げるティリカさん。
金色のドラゴンとの話し合いや、戦いの場面で、熱気を煽って盛り上げる。演奏も力強くてお話の壮大さを引き立てる。
いいや、主役はやっぱり音楽だ。お芝居は分かりやすくしたり、派手にしたり、ティリカさんの歌を支えている、そんな感じだった。
とにかく全ての要素が組み合わさって、劇場を伝説の中にしていた。
それに、凄い所は歌以外にもあった。
動物も出てきたんだ。
丸い動物や、もこもこの馬みたいな動物や、怖そうな狼と猫が混ざったみたいな動物。南方の動物達がたくさん。
試練の相手として王様と戦ったり、逆に協力したり、一緒にお芝居をしている。時には音楽に乗って、跳んだり回ったりステップを踏んだりまでしていた。
わたしはもう驚きっぱなし。
「凄い! ね、ほらすっごい!」
小さな動物は可愛く。大きな動物は格好よく。
どの動きもしっかり劇の一部で、客席は大盛り上がりだ。
「うわあ、やられた! そうか、その手があったか!」
「認めてもいいかもね……」
二人は悔しげだ。すっかり劇にのめり込んでいる。
わたしは感動のままに、誰へでもなく喋る。
「ちゃんと劇通りで凄いね! とっても賢い!」
「……いえ、あれはゴーレムです」
皆が一斉にクグムスさんを見る。
集まる視線にギョッとしつつも、すぐに説明に入った。
「詳しく分析は出来ませんが、精巧な獣型のゴーレム。剥製……いえ毛皮等は使っているようですが主に木製でしょうか」
「えぇ〜? もしかしてオレ達のやつ盗んだ?」
「それはなんとも言えません。元々あった技術かもしれませんから」
空気が変わってしまった。
責任を感じたみたいで、クグムスさんは申し訳なさそうに縮こまる。
「なら確かめようか。んんっ、デビルイヤー!」
シャロさんが耳に手を当てて小声でなにか言う。
悪魔の力。わざわざ言うなんて今までやってなかったし、多分意味もなくやってる。シャロさんらしくてサルビアさんは溜め息を吐いた。
少し待つだけで結果は判明する。
「やっぱ初めて見た、って言ってる人ばっかりだよ」
「ほら。盗んだのよ」
「いえ、ボクらの魔術と南方の魔法は根本から違います。真似するのは簡単ではありません。せいぜい発想を参考にした程度でしょう」
「それ、盗まれてるのと同じじゃない」
「いえ、知識や技術を広く伝える事も研究者の存在意義、というのが師匠の教えなので……」
「はあ?」
サルビアさんは納得しない。
ペルクスからも似た感じの話は聞いた。研究は自分の為でもあるけど、世の為にもならないといけないんだって。
でも残念で怒る気持ちも分かる。
複雑な気分で、改めて舞台を見た。
何も変わらず進んで、終盤。
王様が敵の将軍をやっつければ国の統一だ。
人々の前で建国を宣言して、幸せにする事を誓って、皆の希望が溢れて輝く。
歌姫の勝利の歌は勢いよく心になだれ込んで、大きな感動を残す。壮大な音楽で胸がいっぱいになるのが気持ち良い。
そうして、思う。
「やっぱり、楽しいよ」
それが本音だ。
うん、今は集中したい。怒ったりするのは後でいい。
この気持ちが伝わったのか、サルビアさんにまじまじと見られている。
こっちから目を合わせれば、ふっと笑った。
「そうね。でもね、もっと凄くて楽しい舞台を見せてあげるわ」
静かに闘志が燃えている。
戦う敵なんじゃなくて、競い合う相手。傷つかない戦い。それならわたしも素直に楽しめる。
ます先手は大成功。
ひたすらに大きな拍手と歓声が劇場を包んで、惜しまれながら幕は降りた。
「さあて! 向こうも凄かったけど、オレ達も実力をちゃんと発揮すれば大丈夫。絶対勝つぞ、おー!」
「おー!」
「おー!」
シャロさんが手を上に突き出すのをわたしも真似した。それを見たサルビアさんも少し遅れて続いた。
それからシャロさんは皆で輪になって士気を高めようって提案。
わたしが早速参加して、他の皆も集まる。
だけどクグムスさんは反応しない。不思議に思っていたら、苦い顔で告げてくる。
「ゴーレムが動きません。魔法陣に異常が生じているようです」
「えっ!?」
「……ふぅん」
サルビアさんがピリッと怖い感じに呟く。
でもシャロさんは声高くはしゃいでいた。
「ええぇ〜! なになに嫌がらせ〜!? 困っちゃうなぁ〜!」
「だからなんで嬉しそうなのよ」
「こんな大変なのに嬉しそうだなんて酷いなぁ! 心配してるのは本当だよ。ただこのシチュエーションにテンション上がってるだけなのに!」
「……本当に犯人じゃないわよね?」
変な事を言うシャロさん。サルビアさんが呆れた風に睨む。いつも通りだ。
皆で集まって調べる。
歌劇ゴーレムには黒い模様があった。拭いてもとれないし、ただの汚れじゃない。不思議な魔力を感じるから、これが動かない原因みたいだ。
「誰かの妨害なのですか?」
「……原因が分かりません。少なくともすぐには直らなそうです」
動物ゴーレムは凄かったしお客さんからも人気があった。対抗するには歌劇ゴーレムがいると思う。
シャロさんが時間稼ぎとかいっそ新しく作るかとか、色々楽しそうに案を出している。
だけどサルビアさんは晴れやかに笑っていた。
「丁度いいわね。元々引き立て役なんて不要だったのよ」
堂々と、不敵に。歌姫は強さを誇るみたいに背筋を伸ばす。
「あたしが一人で舞台に立つわ」
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