第75話 呪われたドラゴンの領域

「これで全員か……」


 時間はまだ遅くないはずだが、高い山に日が隠れたので、辺りは既に薄暗い。生温い風でじっとりと気分が滅入る。


 災厄に見舞われた複数の宿場を巡り、ひとまずすべき事を終えた僕は一息ついた。

 僕達調査団の全員が被害者への対処によって疲労困憊だ。南方の魔法使いも優秀で、戦士達も被害者を運ぶのに大いに活躍してくれた。

 幸い死者はいない。

 だが被害は甚大だ。何処も子供から大人まで無事な者もいなかった。


 それにしても不思議な症状だった。

 まず特徴的なのは、体に幾つも見られる黒い痣のようなもの。その部分が症状が重いという訳ではないようで、ただ色が変わっているだけらしいのが不可解。

 それに高熱等の分かりやすい症状がない。

 それでも酷く苦しんでいた。精神に苦痛を与えるだけ、となればやはり呪いに近かった。

 とはいえ、まともに動けないので食事もとれず衰弱しており、不衛生で他の病気を引き起こしかねない。

 全滅もあり得る恐ろしい事態だ。

 僕達に出来たのは栄養補給と衛生管理、苦痛を紛らわせる類の魔法ぐらいだ。

 僕達に使っている防護の魔術もどれほど効果があるだろうか。師匠謹製の魔力を遮断する魔術なので大いに信頼しているのだが。


 あらゆる建物を活用して被害者を寝かせた宿場は、最早戦地。苦しげな呻き声が絶えず聞こえてきてこちらまで辛い。

 中には以前派遣された調査団の姿もあった。この事態を書き留めた記録は見つけられたがそれを報告出来ずに倒れてしまったようだ。記録は活用し、意志を引き継ごう。


 この惨事を解決すべく、休みなく師匠や魔法使い達と相談する。


「さあて、どう見る?」

「やはり呪いらしき魔法ですね。獣にかけられた命令と魔力が似ていますが同一の術者と断定出来る程ではありませんし、それ以外となると全くの未知です」

「ああ。しかも原因が追えない。応急処置は出来ても根本的な解決に届かないね」

「いや原因は鱗でしょう」


 南方の魔法使いが、分厚い手袋をした手で黒い鱗を差し出してくる。

 ドラゴンの鱗。信仰のシンボルとして宿場のあちこちに飾られていた物だ。

 その分析結果からは、確かに呪いらしき何かと同じ魔力が検知されていた。

 しかし師匠は否定する。


「それはあくまで媒介しただけだろうね。取り除いても消える訳じゃない」


 発生源ではあるかもしれないので新たな被害者を抑えられる可能性はあるが、治療には至らないのだ。回収しておいて損はないだろうが。


 ムッとした南方の魔法使いが尚も言い募る。


「それでもドラゴンが原因である事に変わりないでしょう?」

「……いや、それにも違和感がある」

「そうだね。断定しない方がいい。鱗に残る魔力と、この呪いの魔力の性質が違う。第三者が利用したのかもしれない。無論ドラゴンが原因の可能性も捨てきれないけどね」

「……そう、ですか」


 彼は僕達の意見を聞いて引き下がった。未だ不満があるようだが、師匠にも物怖じせずに考えを言うその意気は好ましい。


 呪い以前に、そもそもドラゴン自体が詳細不明だ。

 有名なのは伝説や御伽噺に登場するからであって、実際にはどんな生物なのかまるで分かっていない。だからこそ今回の調査は貴重だったのだ。

 いや、事前調査によるとダイマスクの王家にドラゴンと契約を交わした伝説があった。今日の繁栄はそのおかげであり、だからこそ信仰が続いているのだ。

 しかしそのドラゴンは黄金に輝く、と伝わっている。

 伝説が真実と異なるのか、別種のドラゴンなのか、また異なる理由か、現状では判断が出来ない。


「だからまあ、確かにドラゴンを調査しない事には始まらない」

「鉱山の町にも被害が出ているだろうしね」

「今から強行軍したい者はいないか?」


 数人の魔法使い達は顔を伏せた。無言の意思表示が重い。

 疲労困憊のこの様子では責められまい。それにそもそもここに残って看病する人間は必要だ。


 シンと場が静まる。

 そこに、新たな責任者となった役人、ワイアが勇んで駆け寄ってきた。


「私が案内します!」


 彼は専門外なれど応急処置の手助けに加わってくれ、記録もとってくれていた。

 正義感と責任感が強い人物。

 僕としては責任者が変わった事でやりやすくなったし、好感が持てるようになった。

 快く歓迎し、手を差し出す。


「助かる。役立ってもらうぞ」

「仕事ですから」


 固く握手を交わす。不敵に微笑み、決意を共有。心強い仲間が増えて胸が昂ぶる。


 そして続けてもう二人、男女の戦士が前に進み出てくる。


「力なら有り余ってるぞ!」

「微力ながらお手伝いさせて頂きます」

「えぁ!? 二人は行く気なの!?」

「おう、ザック。助けが必要な人がいるってんなら当然だろ」

「そりゃリカルゴとモルフィナはまだ元気だけどさ……」

「活躍する絶好の機会です。キチンと評価して下さるでしょう?」

「ええ。勿論活躍は記録して報告します。報酬は上乗せされるでしょう」

「だってよ!」


 先程の議論に参加していた魔法使いを加えて三人組。なにやら揉めていたが全員手伝ってくれる事で落ち着いた。

 どんな理由であれ助力は素晴らしい。世のため人のために働けば報われるのは当たり前だ。

 彼らに触発されたか、続けて手が挙がった。

 全体の半分程度、二十人弱。

 しばらく待ったが他に手は挙がらないようだ。顔を見れば疲れだけでなく、未知への恐れもあるか。仕方ない。


 後は勿論、僕と師匠も向かう。

 それにワコ。

 冷えた水で癒やし、清潔にする。

 水と縁深い彼女の精霊魔法は重宝する。居れば有難い。

 と考えていたら、いつの間にか近くに来ていた。


「ん。行く」

「随分やる気なのだな。やはりドラゴンを見たいか」

「……これが気になる」


 モデル目当てだと予想したが、違う反応に興味をそそられた。


「ほう? 詳しく聞かせてくれ。是非参考にしたい」

「……神殿の絵に似てる」


 神殿で見た、壁画。歴史あるそれは信仰を集める聖画とも呼ばれる。

 確かにそれもドラゴンがモチーフだが平和を描いており、酷薄な光景とは正反対だ。

 だが彼女には切り捨てられない真剣さがある。新たな切り口でもあるので続きを促す。


「もっと詳しく頼む」

「これ、筆の跡」


 黒い痣を指した。

 確かに痣のかすれ具合は、筆で描いたようにも見える。しかし顔料ではなく拭っても落ちない。あくまでそれらしく見えるだけだ。

 それに聖画が描かれたのは百年以上前。

 偶然か、何か関わりがあるのか。

 あるとすれば、あの鱗等、ドラゴンやこの地域由来の物を顔料の素材に使ったのかもしれない。神殿の関係者がこの件の黒幕という可能性はあるだろうか。あの絵が魔法陣の役割を果たしており今になって発動した、なんて事も考えられる。

 今はまだなんとも言えない。

 手がかりが薄い現状、覚えておいた方が良さそうだ。


 と、あまり考え込んでもいられない。

 これで全員。この宿場より大きな街を救うには心許ないが仕方ないか。被害を抑えるには急いだ方がいい。


「という事でグタン、頼めるな?」

「ああ。軽いものだ」


 グタンは大型の荷台を引いてきていた。

 ちなみにそれを引く毛深い動物は無事だった。呪いは人だけに影響を及ぼしている。そこもまた気になる点だ。

 命令の影響下にあったので眠らせているのだが。

 僕達は手早く荷物を乗せていく。

 しかしワイアが口を挟む。


「何をしているんですか? 穏驢羊アシュパマを起こすのは危険では……」

「心配は要らない。急ぐからな。それには頼らない」

「え、はあ……?」


 首を傾げながらも、背中を押す僕に従って乗り込む。広い荷台は人と荷物でギュウギュウになった。

 困惑しながらも全員が乗ったところで、グタンが唱える。


「雄大なる大地、高遠なる天空、猛き戦士たる力を我が内に」


 グタンの雄々しい体が、更に迫力を増した。強化の精霊魔法が頼もしい。

 それから僕達を荷台ごと軽々と持ち上げ、背に担ぐ。


「飛ばす。舌を噛まないように」

「そうだね、対策しておかないと。“展開ロード”、“薄白ハイランダー”」

「え?」


 まさか、と僕達以外の面子がどよめく。

 彼らが戸惑う内に、ぐん、と一気に加速した。

 荷台の壁に押し付けられた。人の圧が強くて息も辛い。

 師匠の空気を調整する魔術があってなんとか耐えられる程。


「うわあああああっ!」


 悲鳴はワイアのものだった。荷台の縁を必死に掴んでいる。

 彼が特に顕著だが、僕達も似たようなものだ。

 グタンは山道を飛び跳ねるように駆けていく。

 整備された道も不安定な足場や獣も関係なく、障害を軽々と避ける。人命救助の為に最高速度で突っ走る。

 当然上下左右に大揺れ。荒事に慣れていてもこんな事は多くの人は初体験だろう。いや何回目でも厳しい。


 雄大な景色。珍しい動植物。

 残念ながら観察している余裕はない。あまりの速さに視認出来ずに流れていく。

 遠く高く見えていた山が、もう間近。

 出発から時間はかからず、空の暗さも変化は少ない。

 やがてグタンは速度を緩めていく。僕達はようやく荒ぶる移動から解放された。

 心身を落ち着ける薬を全員に配って飲ませておく。涙ながらに感謝された。


「到着だ」


 街の入口でグタンは止まる。

 顔を出せば、やはり人が倒れているのが確認出来た。

 早速応急処置に動こうと荷台から飛び降りる。そして被害者の下に走った。


 その、矢先に。


『ペルクス先生!』


 魔術を通して、切羽詰まったようなシャロの声が届いた。

 即座に懐からまるまるとした鳥の人形を取り出す。

 シャロの力と音楽魔術等を併用した、念の為に用意していた通話手段が活用されたのだ。ここまでの遠隔地でも使える画期的な技術。シャロが主導していて未知の部分も多かったので、実用の機会に気持ちが昂ぶる。

 だが、そう、念の為。これは緊急事態への備え。


 余程の事件が起きてしまったのか。

 嫌な予感に鼓動が揺れる中、彼は言った。


『ヤバいよ! 都で疫病みたいな呪いが広まってる!』

「なんだと!?」


 驚愕に声を震わせてしまった。


 恐らくは同じ症状。未知の恐ろしい事態が同時発生。

 混迷を深める事態に、僕は頭を抱えたくなった。

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