第74話 趣味と実益を兼ねる冒険

 上空では雲が速く流れていた。太陽が隠れては表れてを繰り返す。

 気温は高め。上着は不要な陽気。

 不快さに精神が削がれる事のない、良好な研究日和だった。


 僕達がドラゴン調査の為に都を出発したのが昨日。それから鉱山へ向かう道中。

 昨日はまだ都に近かった為、気になる物といえば文化的な物が主だったが、離れれば環境はガラリと変化してきた。

 大河から続く運河、畑や民家。行き交う人々。

 それらが、未知の密集する森が周りに広がる、珍しい動植物に溢れた、心躍る光景になったのだ。

 標高が上がってくると、また絶景。

 道は険しく、切り開かれた山肌が雄大さを誇る。植生も変わって面白い。

 その一方で重要な鉱山であるが故に道は整備されていた。大型の馬車も余裕で通れる程に。

 鉱山までには複数の宿場もあるという。だがそこも、今は正常に営業出来ているとは思えない。

 人と自然がせめぎ合う、厳しく力と知恵が求められる場所だ。


 だからこそ興味をそそられる未知の数々に、僕は既に大いに満足していた。


「また初めて見る動物だ! 雄々しい見た目だが大人しそうだな!」

「ほう。石積みで模様を描いているね。しかもこれは物語じゃないのかい?」

「ん……ゆっくりしたい……」


 僕だけではない。

 師匠は道そのものと獣や土砂避けらしき防壁に興味津々。

 ワコは景色に目を奪われた。立ち止まっては素早くスケッチを繰り返す。

 素晴らしいものはあらゆる人に影響を与えるものだ。


 と、納得して頷いていると、グタンが冷静に声をかけてくる。


「……三人共、目的を忘れないようにな」

「勿論だとも!」


 返事はハッキリ答えた。ドラゴン調査が主目的でそこにこそ力を尽くすべきだとは十分理解しているし、楽しみにしている。

 それはそれとして、視線は固定して観察も続行。目前の調査も怠らない。

 どれか一つだけにこだわる必要はなく、全てを突き詰めればいいのだ。自分が苦労するだけなのだから。

 グタンは理解してくれたようで、ふっ、と優しく笑う。


「ならばあちらの対応は自分がやろう」


 そう言って前を行く数十人もの人々を見た。


 僕達以外の調査団だ。

 ダイマスクから責任者の役人や学者、護衛が十名程。

 残りは大陸で一番南の国、シュモットから派遣された人員だという。鮮やかな武装は師匠の好奇心を刺激したが質問攻めは無視された。

 彼らは遅れている僕達を時折睨む。

 遊んでいるから、というだけでなく重要な調査にたったこれだけの人数を派遣してきた、という点も不興を買っているか。

 向けられる目は非常に冷たいが、そんなものは障害にもならない。


「まあ、流石に見えなくなるまで遅れるのはマズイな」

「やれやれ、仕方ないね」

「ん……」

「残念だが、また帰りにでも時間を作ればいい」


 後ろ髪を引かれつつも歩を早めた。

 が、まだワコは後ろ向きに歩きながらスケッチしている。危ないので手を引いて進ませる。

 大人しいようで一番剛情だ。その内引きずっていく必要があるかもしれない。

 前方とはかけ離れた長閑な空気だった。


「いや、今から作れるかもしれないね」


 それが、師匠の言葉で崩れる。


 鋭い目線は上へ。

 空から、敵意。

 馬程もある大型の鳥が集まってきていた。

 鉤爪は凶悪。人は餌として認識されているようだ。

 前方の護衛も察知し、上空に弓矢の狙いをつける。

 キリキリと引き絞られる弦。集中しており、彼らの高い練度が窺えた。


「“展開ロード”、“水底ホロウドロップ”」


 しかし、矢が放たれる前に鳥は硬直し、空から落ちた。

 師匠の空気を扱う魔術だ。

 急降下の勢いのままに墜落し、鈍い音が鳴る。絶命したようだ。

 他にも同種の鳥がいたが、学習したらしく近寄ってこない。だが諦めずに上空で輪を描いて僕達を見ている。

 師匠はそちらを注視したまま、僕達に指示。


「次は任せたよ」

「はい!」


 空の次は陸から。道の脇から獣が押し寄せてくる。

 山羊のような角、熊のような体格。低音の唸り声。大きさと数の圧力が凄まじい。

 先程観察していた動物の群れだ。大人しそうに草を食んでいたはずが、急変。


 並んで真っ直ぐに丘を駆け降りてくる。まるで騎兵突撃。

 身が竦むが、精神は努めて冷静に。

 まずは小型ゴーレムドルザを突っ込ませた。投石機の如き勢いが一体に直撃しつつ、丘を崩す。

 猛烈な土煙。恐慌して散り散りになる獣。

 そしてグタンが飛び出した。


「はあっ!」


 突出した一頭の角を掴み、ぶん投げる。石畳に激突すれば鳥と同じ末路。

 やや遅れて調査団の戦士達も動いた。

 剣や弓矢が獣を穿つ。

 軽装ながら重い突進を受け止め、横から確実に仕留める。

 連携は巧みで個々の技量も高い。危なげなく凶暴な生物の数を減らしていく。

 なんとかなりそうだと思ったところ、またも師匠が警戒を促す。


「後方、下からだね」


 蛇だ。太く長い、石に紛れる体色。

 獣への対応で前に出ているせいで戦士は少なく、役人や学者が慌てふためく。

 しかも下方を素早く這うので剣では対処が難しい。前方の戦士達が焦り出した。

 鋭い牙が怯える役人に迫る。


「川は群れ。陸に流れ。排除の雨。渡る舳先に」


 しかしその寸前に蛇は消えた。

 足元を土砂が流れ、蛇を押し流したのだ。


「助かった!」

「ん」


 ワコの精霊魔法だ。

 親和性が高いのは水だがその応用か。

 戦士も態勢を持ち直し、土砂から頭を出す蛇を手早く退治していく。


 だが、まだ多い。多種多様な獣が増える。

 奇妙な事態に疑問が渦巻く。ついつい答えを求めて思考したくなる。

 それを後回しにし、あくまで対策が先だと行動する。


「“展開ロード“、“薬品工房ケミカルラボ”」


 安全を確保した上で素早く調合。

 ここまでの道中で有用な素材が採取出来ているし、その分野の研究はかなり進んでいる。お手の物だ。

 短時間で獣を昏睡させる毒を作り出し、それから師匠に目配せをする。


「“状態変化チェンジ”」

「“展開ロード”、“空霊ソウルチェイン”」


 それを煙として放出。薄い黄色がもうもうと広がったところを、更に師匠が操作。味方を的確に避け獣だけに吸わせる。

 群れは鳴き声を発する事なく倒れていく。成功だ。

 味方もその場から動かれると困るが、それ以上の害はない。危機が終わってほっとしている。

 やっと落ち着けた。姿勢を正して祈る。


「神よ、彼らに安らかな眠りを」


 とはいえ休む訳にいかず、責任者に近寄っていく。


「さて、聞きたい事がある」

「あ、ああ。助かった。これまでの問題行動は……」

「これらの獣は普段通りではないのだろう?」


 不自然な獣の動き。

 いくら考察を重ねようと、現地の人物に聞いた方が早い。

 責任者は驚きつつも淀みなく答える。


「ああ。あの大猛禽ダーケンデルはともかく、凶山羊ディアバマ石膏蛇チチェンダは普段は大人しく、積極的に人を襲うのは異常だ」

「では、やはり鉱山の異変と関係ある可能性が高いか」


 ひとまずの確認で調査が進んだ。

 予想出来た事だが事実の検証は大事だ。

 しかし責任者の方は戦闘で混乱していた頭がようやく理解したか、顔色を変える。慌てて指示を出した。


「急ぐぞ! 獣が凶暴化しているなら被害が……」

「まあ待つんだ。“展開ロード”、“生物研究サンクチュアリ”、“分析アナライズ”」


 そう、検証は大事だ。

 詳細を調べるべく、動物の死体を魔法陣で覆う。

 周囲が苛々している中でも冷静に魔術。


 そうして出た結果に、言葉を失う。


「……師匠」

「きひっ。これはまた酷いね」


 師匠も口元は笑いつつも表情は強張る。それだけ深刻だった。

 僕達の様子で重さを察したが、責任者が怯えも露わに詰め寄ってくる。


「なんだ、何か分かったなら早く教えてくれ!」

「何者かからの命令、のようなものを受けている」

「命令……!? 後ろで糸を引いている者がいるというのか!」


 調査団に動揺が広がる。

 偉そうにしていた役人も勇ましかった戦士も顔色を変え、警戒心を高める。


「ああ。しかもこの命令、未知の部分が多く人の魔法ではないように見える。あなた方は何か知っているか?」


 南方の魔法使い達は揃って首を横に振る。

 やはり彼らにとっても未知らしい。


 それならそれで心当たりならある。

 奇跡、あるいは悪魔。まだまだ研究不足なそれらと同類だ。

 確証はなく、ややこしくなるので伏せておいた方がいいだろうか。


「とはいえ縄張りに入ってきた者を攻撃して追い払う命令。殺意はなかったようだが」

「攻撃である事に変わりはない! 我々は進んで大丈夫なのか!?」

「目的地までに複数の襲撃が予想されるが、これだけ戦力がいれば大丈夫では?」


 詳細不明。興味深い事例に興奮がある。それを胸に秘めつつ前進を主張した。多分に楽観的ではあるが、やはり先程の戦闘を見た限りは問題ないと判断。

 しかし伝わらなかったか。

 責任者は険しい顔で声を震わせる。


「……一旦報告の為に帰還せねばなるまいな」

「きひひっ。怖気づいたのかい。いいよ、ワタシらは勝手にやるさ」


 逃げ腰の責任者が強気にジロリと睨むが、師匠は何処吹く風。互いに我が強い。


 ただ、情報を得たなら方針が変わるのも道理。役人達が離れて話し合うのを見守る。

 結果、十人程度は帰還する事に決まった。


「調査は任せた。解決を期待している。解決が叶えば褒賞は望むままだ!」

「その言葉、忘れるんじゃないよ」

「勿論だとも!」


 責任者は威勢よく足早に帰っていく。しっかり護衛に守られて。

 口を挟めないままだったが、報告も重要な仕事なので否定はしない。無事を祈ろう。


 残された調査団は、まず新しいまとめ役の挨拶から始まった。


「済みません。これよりは私が調査団長となります……あ、あの……とりあえずは、慎重に進みますか……?」


 新たなリーダーはおずおずと聞いてきた。

 いかにも下っ端らしい若者だ。厄介事を押し付けられたか。他に率いる事が得意そうな者はいない。

 僕は遠慮なく意見する。


「いや、急いだ方がいい。宿場が心配だ」

「しかし我々の安全は……」

「きひひ。少し怖がらせ過ぎたかい? 心配しなくたっていいよ」

「しかし私は荒事に詳しくなく、確認のしようが……」

「ならば僕達が先頭を行こう。何かあれば見捨てて帰還すればいい」

「ああ、文句は言わないよ」

「そ、そんな事はしませんよ! 事態を解決しないといけないんですから!」


 その表情には覚悟があった。どうやら彼は責任感が強く信頼出来そうな人物だった。


「そうだな。ならば知恵を出し合おう」


 だから勝手に話を進めようとした事を反省し、皆で協議して今後の方針を決めた。



 ここからは獣対策をしながら進む。

 南方の魔法使いと協力し、気配を隠す魔法や感覚を惑わせる薬を用いる。時折斥候を出して先に発見すれば迂回や先制攻撃等もしていった。

 余計な戦闘は避けながらもずんずんと進む。

 それでも寄ってくる数少ない獣はグタンが危なげなく追い払ってくれた。一頭ずつなら全く問題ない。

 いつの間にやら全員から怖気も消え、士気も高い。むしろ二手に分かれる前より速いようなペースで踏破していく。


 そうして昼頃になって宿場に到着。

 建物が立派で、品も豊富に並び、よく栄えた場所だ。土地の重要性や景気の良さが窺える。


 が、詳しく調べるまでもない。

 道に、人々が倒れていた。品は腐りかけ、ゴミが散乱。人の営みが絶えた、廃墟になりかけていた。


「これは……」

「まだ息はある! 救助に入る!」

「ほら、アンタらも手を貸しな!」

「は、はい!」


 絶句する暇はない。

 僕と師匠、他の者らも動員。

 怯える者らも無理矢理働かせ、忙しく助けていく。


 調査は早くも暗雲が立ち込めていた。

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