第73話 前哨戦バチバチ
太陽がかなり低くなって、空が薄暗い。冷たく風が吹いて何処からか美味しそうな匂いを運んできた。
人の流れはまだ多い。冷えた空気を温めるぐらいに賑やかだ。
あちこちで明かりが灯る。酒場なんかはむしろここからが本番みたいだ。舞台を変えた音楽が漏れ聞こえてくる。
楽しそうな雰囲気に混ざれないのが残念だけど、楽しい気分で歩ける。
わたし達は観光を終えて、劇場に戻ってきた。
大きくて立派な門は、豪華な物に見慣れてきた今でも圧倒してくる。
都でも凄い目立つ、これだけの建物が劇の為に造られただなんて凄い。
それを自分の事みたいに自慢げに、団長さんはふんぞり返って立っていた。
監視の人が耳打ち。その報告を聞き終えると、大袈裟な身振りをつけて言う。
「怪しい動きはなかったか。正々堂々と勝負するようだな」
「当たり前でしょ」
団長さんに言い返すサルビアさん。その目付きはきつくてまた喧嘩になりそうだ。
その横に、綺麗だけど派手な女の人。毛が銀色の獣人で、ツヤツヤしたドレスみたいな衣装に宝石をジャラジャラとつけている。光を反射して眩しい。
多分向こう側の主役なんだろう。その人がわたし達を指差す。
「ふぅん。ね、ホントにこれが?」
「うむ、ティリカ。此奴らが北から来た卑怯者だ」
「うふふ……」
ティリカさんというらしいこの人は嫌な感じだった。
なんだか馬鹿にしてるみたいな顔で、サルビアさんを上から下まで眺めた。
そこから更にクスクスニヤニヤと笑って、顔を近づける。
「田舎者らしい貧相な顔ね。これじゃ天より授かった歌声だなんて信じられませんわ」
「見る目がないのね。だからゴテゴテ着飾るしかないんでしょ」
「田舎者にはこの価値が分からないのでしょうね。どれも上流階級御用達の職人が揃えた一級品なのですよ」
「ほら、自分の美意識なんてないから価値とか他人の評価を当てにするんじゃない」
「負け犬が吠えますわね。自分が認められないからって認められた人間を馬鹿にする。御伽噺の悪役みたいですわ」
「あたしは認められたのよ。それを信じたくないからって卑怯だなんだ喚き散らしてるのがそっち」
「話が通じませんわね。これだから品のない人間は嫌ですわ」
「同感。下品に罵るしか出来ないなら舞台まで引っ込んでればいいのよ」
二人は面と向かって言い合った。見えない火花が散る。
わたしはハラハラして不安になる。空気が痛いくらいの口喧嘩。
止めたいけど入れない。助けを求めてシャロさんを見る。
だけどシャロさんは、わたしとは全然違う風に見ていた。
「フウゥゥ! いいね、もっとやって! このバチバチは気分が盛り上がってくるよ!」
何故だかワクワクしていた。目を輝かせて、いかにも手に汗握るといった感じ。
これが舞台みたいに思っていそうだ。
喧嘩していた二人はジロッとにらんだ後、顔から怖い感じを消した。
「ほら見なさい。品のない人間の見本とはコレの事ですわ」
「それも同感。そろそろ本格的に反省したらいいのよ」
「あれえ!? オレのせいで一時休戦んん?」
シャロさんは複雑な表情で叫んだ。
結果的に止まったから良い、んだろうか。
ベルノウさんが「真似しちゃ駄目なのですよ」って言って、クグムスさんもうなずいている。
シャロさんが可哀想になってきたけど、確かにああいうのをはやし立てるのは悪いと思う。
「ウォッホン」
団長さんがわざとらしい咳払い。
わたし達をジロリと見回した。
「そろそろよいかね? 話を先に進めたい」
プイッとそっぽを向くティリカさん。まだ言い足りなかったけど仕方なく引き下がるみたいだ。
「我々は卑怯者ではない。公平に貴様等にもこの舞台で稽古させてやる用意がある」
「いやぁ、こんないいトコで公演させてくれるなんて有り難いですぅ」
「フン。呑気なものだな。見定めてやるから覚悟しておけ」
「了っ解〜」
シャロさんはあくまで軽い。敵意なんてお構いなしだ。
それが気に入らないのか団長さんは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
どうしてもお互いの反発が強い。
でもわたしは、出来れば同じ事に頑張ってる人同士、仲良くしてほしいと思っていた。
中に入るとまた豪勢な内装が広がっていた。
ただの通路が、まるでお城。
フカフカの絨毯。花瓶には鮮やかな花。本物みたいな彫刻や絵もたくさん飾られている。
圧倒されて、感動する。はしゃぎたくなるけど、団長さんやその部下の人達に見られてると落ち着かない。
たまにすれ違う他の人も睨んでくる。
怖い。
森の動物とは全然違う怖さ。人の嫌な戦い。
体が縮こまるし、心細くなってくる。
そんな時に、ベルノウさんが手を握ってくれた。
「カモミールちゃん。嫌なら一緒に宿へ行ってもいいのですよ?」
「ううん、大丈夫」
思いやりのある言葉に、わたしは迷わず答えた。
サルビアさんは真っ直ぐ堂々と歩くのが格好いい。
シャロさんはニヤニヤしている。何を考えているのか分からないけど楽しそうだ。
クグムスさんは後ろに目を光らせていた。頼もしい。
そんな皆を見ていたら、怖さなんて耐えられる。
「皆と一緒だから、平気」
「それならいいのです」
やっぱり柔らかい笑顔が温かくて好きで、尻尾が揺れる。
舞台はまた豪華な造りだった。
天井はなくて吹き抜けで、夜になっていく空が頭上に広がっていた。幻想的に照らすのは魔法の明かり。
わたし達が通ってきた通路は客席の下を通っていた。周りの客席はどれだけあるか数え切れなくて、驚きは何度目かも分からない。
シャロさんは興奮して騒ぎ、キョロキョロしながら歩き回る。
「うおおお……っ! ここで! ここでやっていいの!? 本当に!?」
「ふむ。この舞台の価値を見る目はあるようだな」
団長さんは自慢げに胸を張った。
やっぱり褒められたら嬉しいみたい。ヒゲもピクピクしている。
サルビアさんは呆れ顔だけど。
そこに、またティリカさんが突っかかる。
「あら、品のない真似はしないのですね?」
「そうよ。シャロの相手するのは大変なの」
「お子様でお荷物な殿方を抱えなきゃいけないだなんて、田舎者は苦労しますわね」
「でも、音楽に関しては誰より凄い。身の程知らずなんかに負けないから」
サルビアさんは強く断言。
シャロさんへの信頼が見えた。普段の冷たい態度より、本音らしい。
わたしまで嬉しかった。
そこに舞台に夢中だったシャロさんが慌てて戻ってくる。
「ねねね、ねえ!? 今デレてなかった!?」
「うるさい!」
サルビアさんに引っ叩かれて、シャロさんはあーれーとふざけて回っていった。
さっきのいい感じが台無しだけど、この二人はこうなんだから仕方ないと思えてきた。
クスクス笑いが響く。
「お笑い専門の演劇。そういうのもいいんじゃないかしら? お似合いですわ」
「残念な見立てね。自分で確かめればいいじゃない」
「そうそう! つて事でもう舞台使って稽古していいんだよね!?」
「うむ。我輩を含め、貴様らの動きはよく見ている。くれぐれも卑怯な真似は慎む事だな」
「はーい」
軽い返事を残してシャロさんはさっさと移動。
サルビアさんも言い合いを止めて颯爽と歩き出す。
少し遅れてわたし達もついていった。
舞台袖に移動すれば、人間みたいなゴーレムが並んでいた。他にも楽器や衣装や小道具も。
全部劇団が、仕掛けがないか調べていたみたい。
それを改めてクグムスさんが調べる。
「“
魔法陣が舞台の道具全てを覆う。真剣な表情でじっくりと取り組む。
それから落ち着いた声で結果を言ってくれた。
「異常はありませんね。劇にも問題ないと思います」
「あー、そうなの? てっきり罠とかあると思ったのに」
「だからなんで残念がるのよ」
「だって代用品でなんとかするとかの定番ネタやりたかったし……」
また変な事を言って呆れられるシャロさん。
舞台とか音楽を作る人にはこんな感性が必要なのかもしれない。
そんな事を言うと、サルビアさんには違うって言われた。
そこから気を取り直して準備を終えて、舞台へ。
あの人達に、どれだけシャロさんとサルビアさんが凄いかを見せてあげるんだ。
「さあさ皆様、大変お待たせ致しました! これよりシャルビア劇団のショーを始めさせて頂きます。未熟な我々ですが皆様にはお楽しみ頂ける事を保証致しましょう!」
シャロさんが舞台上で堂々と口上を言い切った。普段とは雰囲気も衣装も違って、威厳があって格好いい。
後ろにはベルノウさんやワコさんが協力して作った幕。綺麗な背景も舞台を彩る。
そして楽器を演奏。今回は笛だ。澄んだ音色が滑らかに流れる。
続いてゴーレム。三体は太鼓や弦楽器を奏で、残りは歌う。
クグムスさんの魔術による操作は完璧だ。シャロさんの演奏と合わさって、今までに聞いたものより豪華で賑やかな音楽になっている。
舞台袖から見る分にはいい調子だ。
わたしも綺麗な音楽で楽しくなってきた。
「あいつら態度悪いわね。散々品がどうとか言ってた癖に……」
だけど、サルビアさんが怒った顔でささやく。
客席には団長さんやティリカさん、劇団の人が座っている。
でも確かに座り方が雑で、全然楽しそうじゃない人が何人かいた。関係ない話もしてる。
頑張っているのにこんな態度は悲しくなる。
「戦おうとしちゃ駄目なのです。心を乱すのがあちらの思惑だと思うのです。自分の集中した方がいいのですよ」
「うん、そうだよ。気にせずに頑張ろう!」
「……その通りね」
ベルノウさんに続いて、わたしも応援。力強く励ます。
そうしたらサルビアさんはニコッと笑ってくれた。
「じゃあ、もう出番だから」
「うん、頑張ろう!」
わたしはサルビアさんを抱えて、そして精霊魔法を使った。
一緒に舞台上へ飛ぶ。
上から登場する演出だ。
しばらくシャロさんの上を回って、降ろしたら、一人上で音楽に合わせて踊る。楽しさに乗って、遊びじゃなくて役目として盛り上げる。
皆のおかげで舞台はどんどん温まる。
でもサルビアさんはなかなか歌わず、焦らすみたいに客席を見回す。
その中で、ティリカさんと目を合わせた。強気に、挑発的に笑う。
そして、歌が生まれる。
──あなたがいればそれだけで幸せなの。
やっぱり綺麗だ。
じっくり聞きたいけど、気を抜くと落ちちゃいそう。我慢して、ちゃんと踊りで盛り上げる。
シャロさん、ゴーレム達が、歌声を引き立てる為に演奏を変える。寄り添って支えるみたいに、サルビアさんを主役として舞台を作る。
客席をチラッと見たら、あれだけ敵意があった人達が驚き顔だ。うっとりした顔の人もいた。ちゃんとお客さんになっている。
しんみり聞き入って、歌の世界に入り込んでいた。
反応が楽しい。わたしも嬉しい。
歌は終盤。
増々歌の凄みに磨きがかかる。お客さんとして聞けないのが残念なくらいの、感動して心が熱くなる歌声が響く。
──愛しいあなた、帰ってきてくれたあなたに口づけを。
演奏が終われば、静か。
余韻が心地良くて、壊したくない静けさが満ちる。
だからなのか、遅れて拍手が鳴った。悔しそうに、でも音高く。
団長さんも、変な事はしてないって分かってくれたみたいだ。
本番前の稽古は大成功。またたくさんのお客さんが喜んでくれそう。
わたしは、それにシャロさん達も皆、心からの笑顔になった。
だけど。
「……っ!」
敵意に満ちた気配を何処かから感じた。
憎しみ。怒り。敵意に染まった、身震いしてしまうぐらいに怖い感覚を。
だけど幾ら探してもそれらしい人は見つけられなかった。
本番が、少し不安になる。
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