第72話 まずは観光を楽しみましょう
「わあ……すっごぉい!」
わたしは周りを見回して、感じたままに声をあげた。
南で一番大きいっていう国ダイマスク、その都。
そこは今まで見てきたよりも凄い物でいっぱいだった。
並ぶ建物は色んな色の石やレンガがキッチリ積まれて、綺麗で可愛い。更にいい香りの花や鮮やかな布がたくさん飾られていておしゃれだ。
平らで整った石畳はピカピカ。川から続く広い水路は涼やか。
店員さんが元気に呼び込むお店には、たくさんの品物が広げられていた。食べ物、服、武器、よく分からない物まで。珍しい物は見るだけでも面白い。
モコモコの知らない動物が荷物を運んで、また別の硬そうな動物が荷車を引く。
匂いだけでも幸せで、音は賑やか。
人も色々だ。道を埋めるぐらい多い。獣人が多くて親しみを感じる。でも服は見慣れない感じだった。色とりどりなのが可愛くて、手足を結構出している人も多い。
わたし達は目立つと思ったけど、こっちを見てきた人は少なかった。皆は自分のやりたい事に集中しているみたいだ。
皆がそれぞれ幸せになれそうな、とても良い場所だと思う。
わたしが知ってる場所はそんなに多くない。
ペルクスの研究所。その近くの村。異端審問から逃げてる時に立ち寄った町。
森のキャンプ。マラライアさんの奇跡で現れた街。フロンチェカ。
それぞれの場所も良かったけど、ここはやっぱり人の活気が一番に満ちている。
わたしは楽しさでふわふわしてきた。自分じゃ見えないけど、耳や尻尾はどうなっているんだろうか。
後ろでシャロさん、サルビアさんが笑っている。二人は元々北の王都に居たからか、これだけの人の多さにも慣れてるみたいでそんなに驚いてなかった。
それでちょっと恥ずかしくなる。
ここには劇団同士で対決する為に来たんだ。遊びに来たんじゃない。
だけどこの気持ちは止められなかった。
この素敵な場所の仲間に入りたくて、走り出したくなった。
「カモミールちゃん。元気なのはいい事なのですが、周りをちゃんと見ないと危ないのですよ。気を付けるのです」
「うん、わかった!」
そこを引き止めたのがベルノウさん。
衣装の手入れや管理なんかもあるけど、まとめ役としてここに来ている。心配だからとペルクス達が頼んで、引き受けてくれた。
一緒で嬉しい。好きな人が多いのは幸せだ。
それにもう一人。
「じゃあ皆で行こ! ほら、クグムスさんも!」
「え、ああいえ、ボクは……」
クグムスさんは困った風に言いよどむ。
真面目に一歩引いている、だけじゃない。
険しい顔でチラリと後ろを見た。
そこには剣を腰に下げた男の人と、キッチリした服装の真面目そうな男の人。二人共怖い顔でわたし達を見つめていた。
劇団からの監視役。
その人達が何かしてこないかと警戒しているんだ。
わたし達は劇団からの招待を受けてここに来ている。
あの豪華な船で一日以上かけて川をさかのぼって、到着したのがついさっき。
移動の休息や準備があるから舞台は明日にするみたいで、それまでは監視付きだけど都で自由にしていいと言われていた。
だからわたし達はこうして都を見て回っている。
でも確かに団長さんはわたし達に敵意を持っていて、舞台以外のところで邪魔しようとしてもおかしくない。急に不安になってきた。
だけどシャロさんは軽い感じで言う。
「いやー大丈夫でしょ。人目多いし」
「そうね、無駄な警戒は空気が悪くなるわ」
「だから青春しようぜ! なんか修学旅行みたいなんだしさ!」
「また変な事言ってる。それどんな旅行なの」
「青春だよ青春。恋に友情、主人公が抜け出してこっそりバトルなんかも定番だね」
「は? 恋? カモちゃんはダメだからね。もしかしてさっきのも良いトコ見せようとしてた?」
「そ、そんな事ないですって!」
サルビアさんに睨まれて、クグムスさんは赤くなって否定。照れてるのもあって一方的に押されてたから「わたし達の為に頑張ってくれてるんだよ!」って助けたけど、余計に慌てさせてしまった。
こういうのは難しい。反省する。
そのまま二人が観光を押し通して、結局、監視の人達は気にしない方向になった。ベルノウさんもクグムスさんも認めてくれたから。
皆で楽しめるのなら、それが嬉しい。
広場には人が集まっていた。
中心には勇ましいドラゴンの彫像。
周りに露天があったり、音楽や大道芸をしている人がいたり。
わたし達は座って、串焼きやパンみたいなもの、麺料理、それぞれに選んだ食べ物を食べる。
なんだか似ていたから、マラライアさんの街での事を思い出した。
「シャロさん達も混ざる? 前みたいに」
「うーん、まー、明日があるからねー」
「そうね。わざわざ敵に手の内見せなくていいわね」
「そっかー……」
「あ、聞きたい?」
「ううん、大丈夫。ここの人達の音楽も良いし!」
音楽に合わせて体を揺らしながら、わたしは笑う。
楽器から初めて見る。いくつも繋がった笛や、種類がたくさんある太鼓、こすって音を鳴らす楽器。どれも明るくて楽しくなる音がした。
演奏に合わせた踊りも凄い。目が離せなくて、こっちまで体がつられて動く。
その服装も素敵。やっぱり獣人が多いからか、わたしが着られそうな服もいっぱい。着てみたい。
特にスラリとして真っ白で、花の刺繍がされた服が気になった。
「ね、あれ凄いね」
「随分薄い生地ですね。この辺りの気候からすれば納得ですが」
「だめかな?」
「あ、いえ、そういう事でなくて……」
「我慢しないで買うといいのです」
「そうだね! おかあさんにも見せてあげたいし!」
「きっと喜ぶのですよ」
「そうですね。似合うと思います」
ベルノウさんが勧めてくれたから買ってみる。羽織ればクグムスさんも褒めてくれた。シャロさんとサルビアさんがはしゃいで、ふたりも服や装飾品を買っていた。
おかあさんやマラライアさんや他の人の為にも、似合いそうなお土産を買った。頭に巻く布がおかあさんの体の大きさにちょうどいいし、マラライアさんにはとびっきりカラフルな服だ。
思う存分、これ以上ないぐらいに楽しめている。あの団長さんは嫌な感じだったけど、これは感謝するしかない。
それから移動。次はこの都でも象徴的な場所に向かう。
神殿だ。
ここダイマスクの建国に関わったといわれる、ドラゴンを奉る神聖な場所。
今日見てきた中でも特に立派だ。どの建物より高くて大きい。綺麗でピカピカに磨かれた外壁は、細工がびっしりと飾っている。
中に入ればまた息を呑んだ。真剣に祈る人がズラリと座る。奥にある像は広場のものより手の込んだ造り。長椅子がないけど、北の教会にも似てる。
それになんだか空気が違う。ピリッとした感じで緊張してきた。
シャロさん達も同じように黙って中を見ている。
と、そこで安心出来る人影を見つけた。
「あ、皆!」
「おお、カモミールも来たか」
「楽しめているようだな」
ペルクス、それにおとうさんと師匠さんだ。
わたし達に気付いて、作業を止めて声をかけてくれる。師匠さんは真剣に調べ続けていたけど。
こっちの組もあの船で一緒に来ていた。団長さんは最初「招待していない者は乗せん」って断っていたけど、「目の届く所に置かないと何をしでかすか分からないぞ?」と言いくるめて乗せてもらった。ちょっとズルい。
港で降りてからは別行動。まずは要請した代表と顔合わせ。それからドラゴン調査の前段階として、都で出来る限り調べておくと言っていた。
この神殿もその関係だった。
「よく見ておくといい。信仰の形は聖女としての振る舞いにも参考になるし、多くの人の生活を学ぶのもそうだ」
「ペルクス。あまり強いるのはよくない。声が大きいのもそうだ」
「うむ。もっともだな、済まない」
おとうさんに言われ、ペルクスは反省。
わたしは頑張りたいから良かったけど、確かに疲れる。今日はめいっぱい遊ぶ日だ。
と、よく見たら、一番奥にも一人。
ワコさんが大きな壁画に見入っていた。じっと動かずに。
わたしも近くまで行って眺める。
「凄ぉい……」
ドラゴンが丸くなって寝ていて、周りにはたくさんの人や動物が集まる絵だ。
光り輝く鮮やかな色。隅々まで細かく丁寧な仕事。
描いた人の熱意が伝わってくるみたいで、心が震える。
ワコさんが夢中になるのもよく分かる。
ペルクスが声量を落として解説してくれた。
「国の守護、平和を願って描かれたものだな。当時の宮廷画家の最高傑作でもあるが、やはりモチーフのメッセージ性が高い」
「うん。皆仲良さそうで良いと思う」
「とはいえ裏話もあってな。当時は竜人との交流が盛んになって、竜人美術の人気に元からある美術文化が押されていた。そこでこの国最高の画家が誇りと意地を掛けて描いたのがこれだ。王家も支援したらしい。結果見事に評価された。しかし流れは止まらず、結局竜人の文化が……」
「ペルクス。その辺りで」
おとうさんがまたペルクスを止める。
気にはなるけど、仲良しで素敵な絵にそんな話はあんまり聞きたくないのも本物だ。
ゴホンと咳払いして、ペルクスは話を変えた。
「情報収集は十分。そろそろ出発したいのだが……」
「ああ、そうだね」
師匠さんは立ち上がったけど、ワコさんはピクリとも動かない。
そもそも集中していて、聞こえていないのかもしれない。
ペルクスはワコさんの肩に手を乗せて言う。
「ここに残るか? 僕はそれでもいいが、本物の方は見なくていいのか?」
「……見る」
「ならば向かおう」
「ん……」
名残惜しそうにチラチラ振り返りながらも、神殿を出ていく。
「と、いう訳でしばらくお別れだ。カモミール、しっかりするんだぞ。シャロ達も頼んだ!」
「うん!」
「いえーい!」
「クグムス、ここの調査報告も期待してるよ」
「はい、任されました」
「カモミール。気負わずに楽しんでくるといい」
「うん、おとうさん! 帰ったらおかあさんにもいっぱい話す!」
ドラゴン調査に行く四人は、危険なはずなのにわたし達と同じで観光に行くみたいに気軽。
おかげでわたしも心配せずに見送れる。
少し寂しいのはある。でもまた会えるから平気だ。
そうしてわたしは鉱山へ行く四人の背中が見えなくなるまで手を大きく振り続けた。
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