第71話 そんなことよりドラゴンが気になる
「ドラゴン調査に行ってこい」
レオンルークが唐突に言った。
疲労の中に期待が混ざった表情。不躾ではあるが上に立つ者の威厳を感じられなくもない。多少は立場を意識しているのだろうか。
立派な主の屋敷、協議の場に呼び出されての第一声である。同じ部屋ではギャロルがこちらの様子を窺いながら黙々と書類仕事をしていた。
相変わらずの態度に苦笑しつつも、好奇心が遥かに勝った。
ドラゴンは言うまでもなく興味深く、是非に研究したい対象だ。
「何処にいる?」
「トゥルグの南、最大勢力の国ダイマスク。その鉱山だ」
「ほう?」
一転、きな臭さを感じた。
先日、各国の要人を招いての式典と歓迎の演劇を終えたばかり。
僕は関与していなかったが、その後彼には政治的な交渉があったという事だろう。無論そういう機会も織り込み済み、むしろ期待していた事ではあった。
ただ、貴重なドラゴンの棲家に他国の人間を招くとは、それだけ厄介な案件だと警戒せざるを得ない。
「他国からの要請か」
「ダイマスクの鉱山は各種金属の一大産地。一国だけの問題じゃねえ。ここでも必要だろ?」
「鉱山に住むドラゴンがどう関わる? まさか鉱夫を襲っているのか?」
「ああ。それが疑われてる。ここのところ納品が滞ってて、連絡もなく、詳細不明。んで派遣した一団も消息不明。かといって近衛だとか重要戦力も出したくねえ。で、余所に要請って訳だ」
簡潔というより投げやりに説明された。
ギャロルが何か言いたげに目を向けてきたが、結局沈黙したまま書類仕事に戻った。補足したい事柄があるのか、態度を直してほしいのか。どちらにせよ不機嫌そうだった。
最大勢力となれば揉め事も多く抱えているだろう。元々ダイマスクという国はドラゴンの扱いに困っていたのかもしれない。
事情は大体分かった。
「しかしそれでは、鉱山のトラブルとドラゴンは無関係という事もあるだろう」
「かもな。他の獣、疫病、反乱、可能性は幾らでもある。が、だとしてもドラゴン調査の機会は逃せねえ、だろ?」
その言葉に、僕はニヤリと微笑んだ。
全くもって同感だ。
レオンルークもドラゴンの研究をしたいと、間違いなくうずうずしている。机に町の資料より研究資料の方が多いのがその証拠。
自分で調査したいがここを離れられない。いや研究はしたいが危険を冒したくない、という一面もあるか。
可能ならば鱗程度はお土産として回収したいところだ。
手柄を立ててダイマスクとの繋がりを作りつつ、個人的な研究を進める。
得られる物は多い。
無論、その分危険性は高い。
十分に備え、警戒を持って当たらねば成功はないだろう。
しばらく振りの冒険だ。胸が昂ぶる。
「その様子なら他に言う事はねえな。任せたぜ」
「ああ。未来を最良へ導く成果を持って帰ろう」
僕は覚悟をもって約束する。互いの利を、己の矜持に懸けて。
だから強気に笑ってみせるのだ。
そして屋敷を出る。
外は快晴。そよ風は涼しい。気分は良好。必要な準備に考えを巡らせる。
人員。荷物。
入念な計画を立てなければいけない。
だが、すぐにそれどころではない騒ぎが起きる。
「ペッさーん! ねえ、ペッさーん! なんかすごいの来てる! すぐ来てえ!」
僕が出てくるのを待っていたらしいシャロが、大袈裟に騒ぎながら駆け寄ってきていた。
本当に一大事なのか、それとも珍事なのか。
僕は溜め息を吐きつつも、穏やかに受け入れた。これがこの町らしさだと。
ただ、予想外の出来事に僕は唖然としてしまった。
「これはまた……」
「ね? 大変でしょ?」
すごいの、が何を指すかはすぐに分かった。
港に停泊する船だ。
まず巨大である。本来は海で用いるような立派な船体。広い川幅でも圧倒的な存在感を誇示している。
そしてギラギラと輝いている。金銀宝石で飾られているのか、外装が眩しい。魔法による効果もありそうだ。
帆には精緻な絵。一つの芸術が惜しげもなく使用されていた。
貴族の物だとしても普通ここまではない。御伽噺から出てきたような船だった。
様々な住人が仕事を放って見物に来ていたが誰も咎められない。酒盛りを始める者までいて、すっかり見せ物になっていた。
その船から、一団が降りてくる。やはり服装からして豪華絢爛。色とりどりの生地に精緻な刺繍を施した服を重ね、煌めく宝飾品をジャラジャラと身に付けていた。
多くの付き人を引き連れて、先頭の獣人の男が声を張る。
「シャルビア歌劇団とやらを出せえい!」
肥満体型の彼は唾を飛ばして叫んだ。
ざわざわと騒ぐ群衆の中でも埋もれず、濁声を響かせる。
「汚い手を使った田舎劇団が、我が劇団の評判を超えるなどあってはならんのだあ!」
どうやら彼らも劇団のようだ。
それも先日の歓迎歌劇と関わるらしい。恐らく招待した要人とも繋がりがあり、話を聞いたと思われる。
そして思い込みが激しい人物のようだ。
なるべく関わりたくないのだが、そうも言っていられない。
カモミールやシャロやマラライア、集まってきた者と視線を交わす。
結果、マラライアが代表して前に出た。
「失礼ですがどなたでしょうか。名のあるお方だとお見受けしますが、なにぶん私共は田舎者なので無知でして」
「むう! 吾輩を知らぬとは! だが北からの客人であれば確かに知らずとも無理はあるまいな。よかろう!」
大袈裟に動作をつけ、仰々しく名乗る。
それはシャロを連想させたが、言わぬが花か。
「吾輩はダイマスク王室御用達、都に構えるディップヒック劇団。長のバグラマイ・オンテスである! 光栄に思うがいい!」
腕を広げ声を張り上げる。付き人達が揃って拍手して盛り上げた。
さながら劇の一幕。
しかし僕達側では、誰一人として反応しなかった。
「……やれやれ。吾輩の威厳が伝わらんとは。やはり田舎者は芸術を知らん。ゴーレムだの妖精との混血だの、歌劇と無関係な部分で観客の関心を引こうとするだけはある」
肩をすくめて嘆息。一方的で、自分が上だと確信している態度だ。
僕も穏やかではいられないような発言に顔が強張る。
が、それより強くサルビアが反応。ずかずかと出てきて対峙した。
「言いたい放題言ってくれるじゃない。あたし達の舞台の何が悪いってのよ?」
表面的には静かな苛立ち。だが心の奥ではどれだけの熱が滾っている事か。
団長は物怖じせず、堂々応じる。
「我らは都と共に歩んできた由緒ある劇団である。そして観客たる方々も芸術への造詣が深い。真っ当な手段で敵わぬから物珍しさを売りにする等、卑怯な手であろうが!」
「それ、むしろ観客の人達を馬鹿にしてるでしょ」
「すぐに飽きるような珍奇な舞台を続けては劇の価値を貶めると言っておるのだ。そんなもの先人が洗練してきた歌劇の歴史には必要ない」
「その歴史をアンタみたいなのが潰すのね。古臭さでふんぞり返ってるだけの人間なんて一流じゃないわ」
「失敬な! ものを知らぬ田舎者が我輩を侮辱する等!」
「はあ? あたし王都出身だから!」
「ちょっ、サルビア!」
勢いを増していくサルビアをシャロが後ろから止める。
彼女は抵抗し、恐ろしい剣幕で言い返した。
「なによ、あんなの黙ってられないじゃない!」
「喧嘩を買ってもこっちの損だよ!」
「あんなの叩き潰せばいいのよ!」
「だからさ、ほら。腕じゃなくて物珍しさで負けた、っていう夢ぐらい見せてあげないと可哀想でしょ?」
シャロは貼り付けた笑顔で言った。
途端にサルビアも意地悪く微笑む。溜飲を下げた様子。
やはり彼も彼で腹に据えかねていたらしい。
当然団長は面白くはない。
「ふん! 物を知らぬ田舎者風情が! 狭い世界で己が上等だと勘違いをしておる」
「いやあ、うちの歌姫は最高なもので」
「仕方あるまい。無知なままでは、それこそ可哀想というものだ」
ごほんと咳払い。
そして再び芝居がかった動作で、高らかに告げる。
「卑怯な真似が出来ぬよう我が劇場へ招待し、お歴々の前で真の実力を披露してもらおうか!」
直接対決の申し出。
また厄介な事に発展した、と僕は悩む。
が、シャロは顔を輝かせていた。
「おお……劇団対決! いいね、やりたい! よろしくお願いします!」
「む、お? 殊勝な態度は評価しよう。だが不正は許さぬからな! それとゴーレムと妖精の混血も出演させよ。改めて演じ、目の肥えた観客には通じぬと思い知るがいい!」
唐突に乗り気になったシャロに困惑しつつも、団長はあくまで堂々とした態度で言い切る。
「では我がピラケケサス号へ乗り込むがいい!」
「え。それ船の名前? というか今すぐ?」
「当然! 工作の時間を与える訳にいかぬのでな!」
今日来たばかりで出発とは流石に急過ぎる。彼らも移動の疲れなどがあるだろうに、それだけ逆恨みが強いのか。
楽しげだったシャロも一転して困り顔で僕を見てきた。
「……えーと、行っていいよね?」
「丁度いいというか悪いというか。僕もダイマスクに用がある」
「え、なんかあったの?」
「ドラゴンの調査だ」
「ドラゴン?」
そこで唐突に加わったのはワコ。豪華な船をスケッチしていた手を止めて僕らに迫ってくる。
顔を輝かせている事から、どうやら描きたいらしい。
他にもドラゴンに興味ある人は多かったようで、騒ぎが大きくなっていく。新たな話題は群衆を大いに騒がせた。
「ええい、田舎者がいつまでもはしゃぎおって。早く乗れと言っておろうが!」
「申し訳ありません。話が纏まるには時間がかかるようです」
団長が顔を赤くして激昂している。
相手が敵意を持っていようと、確かにこうまで無視して待たせるのは失礼だ。マラライアだけに任せておくのも忍びない。
ドラゴン調査。
危険な冒険で戦力が必要。鉱山のトラブルが他の原因だった場合も想定すれば、更に人員は考えねばならない。
都での劇団対決。
指名されたシャロとサルビア、カモミールは決定。
それにゴーレムの整備の人員。楽器や衣装を管理する人手も欲しい。念の為に護衛の戦力も必要だろうか。
どちらに誰が行くか決める時間が欲しい。それぞれに荷物も多い。
やはり今すぐ、というのは難しい。
無茶な要求をどう答えるべきか。
と、そこに慌てて駆け込んできたのがギャロル。
素早く荒れた息を整え、恭しく一礼する。
「これはこれは! 私はここの長であるギャロルと申します。いや此度は下々の者が失礼をしでかしたようで大変申し訳ありませんでした」
「ほう、ようやく話の分かる人間が出てきたか」
「せめて一日待ってもらえないでしょうか。高名な方を歓迎する宴を開きたいと思います。田舎の食べ物は口に合わないかもしれませんが」
「うむ。殊勝な心がけは感心だ」
「贈り物も御座います。是非に御一考を」
流石の対応力には感心するしかない。流れるように歓迎へと持っていく。振り向きざまに睨まれ舌打ちされたが甘んじて受けよう。
なんとか猶予はもらえそうだ。
ただしシャロとサルビアは不満げだ。あんなのもてなさなくていいのに、と二人でぶーぶー抗議していた。
そうして宴。豪勢なそれは町全体を巻き込んで開かれた。
食事に酒。工芸品の贈り物。それらに満足したか、一団からは文句はなかった。あの不満があれば嫌味ったらしく言いそうな人間がだ。
やはりこの街が持つ魅力や技術力は素晴らしいのだと証明された。
その間に、僕達は二組の出発の準備を整えられたのだった。
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