第五章 邪悪退治の英雄歌劇

第70話 いつの日か語った夢

「おおぉ、おおおお……遂にこの日が!」

「ああ。完成だ」


 暗い室内に二人分の声が響く。

 広い空間に反響する事で、多くの声に祝福されているかのようだ。事実それだけの偉業だとの自負がある。増々気分が昂ぶってきた。


 僕はシャロと固く熱く握手を交わす。

 笑い合い、長い健闘を称え合う。

 そして改めて、二人でとうとう完成した成果を見やる。


 舞台上には、主に木を素材としたゴーレム。

 ただし以前作ったカンディとは全くの別物だ。

 まず、見た目が見目麗しい女性だった。

 きめ細かい加工と着色により、肌は木材とは思えない。顔の造形も精緻な彫刻のようでいて、人肌の柔らかさも感じられた。

 服も着せており、華麗なドレスがまた似合う。綺羅びやかな装飾も美を際立たせる。

 まるで人間。ゴーレムと知っていなければ見分けがつかないだろう。

 それが、五体並んでいた。


 これがシャロがかねてより要望していた、「美少女ロボット」の代わりになるらしい。


「ありがとう……ホントありがとう! 夢が叶った!」

「いやこちらこそ感謝してもしきれない」

「そっちこそ分かってない! これはさあ……!」


 僕の言葉を押し退け、シャロがその夢を熱く熱く語る。

 曰く浪漫であり、生きる希望であり、人類の目指すべき理想なのだと。

 僕は黙って全てを聞く。正直理解し難い内容も多々あったが、情熱は本物だ。理想を追究する姿勢にもいたく共感する。


 思えばシャロとは短くとも濃厚な付き合いをしてきた。

 危険な冒険を共にし、愉快な日常を過ごした。

 見事な演奏は、圧巻の一言。ただの演奏でなく、戦闘にばかり使わせて申し訳ないとも思う。

 明るくふざけたような言動も辛い状況の救いとなっていた。

 いつしかグタンやローナにも並ぶ、かけがいのない友となっていた。


 今回で恩を返せたと思う。

 言うならばこれらは友情の証か。

 二人横に立つと、じんと温かな心の動きを感じる。


 しかし、それに水を差すように。


「また変なもの作ったのね」


 サルビアが冷たい声で割り込んできた。肩をすくめて呆れ顔。

 熱い物のこみ上げる空気は霧散した。

 シャロが口を尖らせてつっかかっていく。


「なにおう。男のロマンを理解できないのかよー」

「分かる訳ないでしょ」

「そう拒絶してくれるな。技術を進める新たな発想はいつでも世間の理解が追いつかないものだが、新しいものは応用も可能で旧来の知恵も価値を高める。変なものと蔑んでいては進歩はないのだぞ」

「そうだぞー。新技術なんだぞー」

「あんたらズレてるのに気付いてないの?」


 幾ら言っても、呆れた風にサルビアは言った。

 僕とシャロでは、いまいち話が合わないのは十分察している。同じ物を作っていても情熱の行き先は別だった。

 それでも気は合う。話も弾む。ならば問題はない。


 それより、なんとか有用性を示したい。


「これらの作製にどれだけの人間が関わってきたと思う?」

「二人じゃないの?」

「違う」


 僕は長い苦難の道程を分かりやすく説明する。

 木材や魔力に馴染む素材は奥地の森から。

 ドレスはベルノウが中心となりエイルータ村の人々が丹精込めて作ってくれた。

 木材の精密な加工は陸鮫が担当。

 顔の造型にはワコも協力してくれた。

 魔法陣の組み立てには師匠とクグムスの力を借りている。

 動力となる魔力は豊かな環境と、そしてカモミールが精霊を活性化してくれた事により確保。

 マラライアの奇跡により具現化した人員や設備も大いに有り難かった。

 神官ジオリットの助けであの神殿の魔法からも技術を拝借。


「つまりはこの地、この町の人々の知恵と技術の結晶なのだぞ!」

「そうだ、特産品だぞ!」

「えぇ……これがぁ……?」


 明らかに不満そうだ。目は淀んでおり、舞台上の可憐な歌姫からは考えられない顔をしている。


 確かに、ここまで高性能では、様々な危険性も考えられる。

 それこそ人を騙すのは容易で、量産すれば人も仕事を失いかねない。国にも目をつけられ警戒させてしまう。

 懸念はもっともだ。


「いやそうじゃなくて、単に嫌なだけ」

「えー、ワガママじゃなーい?」

「そう言うアンタは何をやったのよ」

「甘い部分のリテイクに細々とした指示、総監督として全体を見て調整するっていう重要な役割だね」

「つまり横から文句言ってただけね」

「言い方悪いよぉ!」

「そうだ。研究や効率優先の視点だけではこの域まで辿り着けなかった。新たな視点は有り難い。職人の感覚はやはり必要なのだ」


 シャロの注文は技術革新をもたらしてくれた。

 今まで僕が作ったゴーレムは戦闘や作業用。見た目にこだわってはこなかった。

 今回の用途を考えれば、それでは経験不足。

 執着とも言える細かい要望に、僕は極点を目指す心意気を見たのだ。


 だがサルビアはあくまでも否定的だ。


「男っていつまでも子供ね」


 呆れと諦め、冷たい視線。

 残念だが僕も分かり合うのは難しいと判断するしかない。


 そこでシャロが空気を変えた。


「あ、というか嫉妬? 大丈夫サルビアが一番だから!」

「はあ?」

「ごめんなさい」


 痴話喧嘩はあっさりと決着。

 ただ、彼らなりの愛情表現、照れ隠しだと信じている。微笑ましい事だ。

 今はそれよりも。


「素晴らしさを教えなければな」

「そうそう、見た目だけじゃなくて肝心の機能! サプライズの為に完成まで隠してたんだから!」


 魔術を発動すれば、ゴーレムは歌い出す。

 口を開けば完璧に整ったハーモニー。耳に心に心地良い。

 音の魔術を発展させた事で、人でも類稀な美しい歌声が響く。言うならば歌劇ゴーレムだ。


「何? あたしの歌じゃ不満って訳?」


 が、増々苛立つサルビア。

 先程までとはまた異なる気配。プライドを刺激してしまったか。


「違う違う、これバックコーラス! 主役はあくまでサルビアだから!」

「……ふぅん」

「じゃあ証明する。ちょっと命令してみて」

「はあ? 命令?」

「いいからやってみて! お願い!」


 シャロに懇願され、サルビアはゴーレムの前に立つと渋々と命ずる。


「一礼しなさい」


 五体のゴーレムはスカートをつまみ、優雅に礼。

 続けて命令すれば、直立と礼を繰り返す。

 サルビアは顔色を変えた。


「へえ……」

「ほら、やっぱり女王様ムーブ似合う!」


 シャロはまたギロリと睨まれた。

 懲りない。もう直す気はなくずっと続けるのだろう。置いて話を先に進めよう。


「納得したのなら予行練習に入ってくれないか」

「え、まさかこれをあの舞台に使う気?」

「勿論」


 明日、式典が開かれる。

 トゥルグを初めとして南方の国々から話し合いの為に要人を招き、その歓迎の一環として歌劇の舞台がある。

 サルビアの衣装もその為に新調したものだった。歌劇ゴーレムのものより手間暇かけた最上級の一品である。

 シャロが今更ながら似合うと褒めたがあまりに遅かった。機嫌は良くならない。


「ねえ。サルビアさん、まだなの?」


 突然カモミールの声が聞こえてきた。

 それにサルビアは、忘れていた、というような顔をする。

 外に待機していたようだ。

 どうも歌劇ゴーレムが怪しくて近寄らせたくなかったらしい。失礼な。


 僕が代わりに声をかける。


「カモミール! 大丈夫だ、入ってきていいぞ!」

「あ、ペルクス! じゃあ入るね!」


 姿を見せたカモミールは、正に聖女だった。

 衣装が神聖さを表現していた。

 汚れなき純白。派手さはないが、気品があり華やか。北の服飾を主にしつつ、南の温暖な気候に合うように涼やかだ。

 背中の羽と尻尾の為に考えられたデザインも彼女自身を活かしている。


「ほう。素晴らしい衣装に負けていない。似合っているぞ」

「えへへ……。おとうさんもそう言ってくれたんだ」


 恥ずかしげに微笑むカモミール。

 グタンも父として嬉しく誇らしいだろう。本当なら未だ謹慎中のローナにも真っ先に見せたかったはずだ。

 衣装制作に関わったベルノウとワコも後ろにいる。彼女らは普段着だが、式典の衣装は用意しているはずだ。


「カモミールちゃんは私達の頑張りを活かしてくれているのです」

「ん。良い」

「そうよ、カモちゃんこそ最高の聖女なんだから!」


 熱量高く訴えたサルビア。いつの間にかカモミールの傍に移動していた。

 彼女の対応をシャロに任せてカモミールに問う。


「挨拶は出来そうか?」

「うーん、まだ難しいかな……」


 困り顔になってしまった。

 聖女として、要人の前に立つ。責任ある役割は、やはり荷が重いようだ。


 それも仕方ない。

 カモミールは最近、畑や牧場の仕事を楽しそうにこなしていた。

 土に汚れて笑い一生懸命に働く彼女は、誰からも笑顔で受け入れられた。

 いくら適性があろうと、戦闘や冒険よりも、性格的には争いと無縁の仕事の方が向いているのだ。

 聖女とは、ただいるだけで人々を照らす存在であればいい。

 政治と切り離しておきたいというのが望みだ。

 が、そうもいかないのが現実か。力には責任が伴う。

 当初の予想より人が多く規模が大きくなったのは僕の誤算だった。

 諦めてはいけないのだが、僕一人では限界がある。無力を感じる。


 いずれ落ち着いたら僕や他の誰かが表に立つように動くとしても、まだこの町は発展の最中。力は必要だ。

 今はひとまず、目の前に専念すべきか。


「僕も練習に付き合う」

「うん」


 挨拶の内容はもとより、姿勢や声の出し方を教える。恥ずかしくとも堂々としていなければ説得力は感じられない。

 指導はしっかり。カモミールもやる気十分でついてきてくれる。

 ご褒美は何がいいだろうか。


 僕はこちらに注力。なので歌劇の方は専門家に頼む。


「さて、そちらは任せていいか?」

「だってさ。じゃサルビア、合わせようか」

「分かったわよ」


 演奏に歌声。歌劇ゴーレムのハーモニーと、それが引き立てる歌姫の美声。

 それらが劇場に響く。

 思わず耳を傾けてしまう。

 空間自体の反響と音の魔術も効果的に働いていた。

 僕は微笑みながら呟く。


「良い式典になりそうだな」




 そして翌日。

 実際に式典と歌劇が行われると、要人からも好評だった。

 南方の人々と繋がりが強まる。多くの取引や連携を約束してくれた。

 世界が広がるし、生活が安定する。

 北方との交渉への協力を取り付ける、という目的にも近付いたと言えるだろう。



 だが、これが思わぬ騒動を引き起こすきっかけになるとは、この時には思いもしなかった。

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