第69話 ひっどいマッチポンプ

 表には「私はやらかしました」。

 裏には「反省しています」。

 そんな文言が書かれた旗を背中に掲げ、妖精は忙しく飛び回る。


 ローナはシャロ発案の妙な罰を大人しく受け入れていた。

 実際やらかしたと自覚し、本当に反省しているのだろう。

 嵐からの復興に黙々と尽力。休息は最低限のみ。カモミールとの触れ合いも辛抱。

 要求以上、過労が心配になる程に励んでいた。

 土砂の片付け。建物や壁の修復。道の整備。伐採。開墾。狩猟。

 土地を荒らした強大な力を用い、今度は土地を人の住まう領域にしていく。

 勿論僕やグタンにカモミールも責任をとって他方面に協力。今まで以上に精力的に働いた。


 おかげで僕達の町の発展が劇的に進んだ。嵐の被害からの復興どころか、今や北方の街にも見劣りしない姿となった。

 立派な建物や道。周辺の草原に柵を作り、畑を耕し動物も飼っている。港も整備され、いずれは船が行き交うはずだ。


 僕達はフロンチェカの復興にも積極的に励んだ。贖罪と感謝の意を胸に刻み、持てる全てを投入して以前より良くなるように努めた。

 罵倒はあれど、快く迎えられてくれる人も居て、有り難くも申し訳なく思ったものだ。


 そうしてローナの暴走から十日以上が経過して、フロンチェカとその周辺地域の復興も終わった。

 ローナの嵐はフロンチェカが属する国、トゥルグの中枢にまで報告されており、その判断が下される。僕は軍を派遣されるのではと、心配が尽きなかった。

 が、結果として、正式にトゥルグから僕達の町が認められる運びとなったようだ。

 今日が、その日である。


 町中心部の祭壇。

 整えられた広場に、随分と数の増えた住人が集まる。

 ベルノウと同郷エイルータ村の人々、マラライアとその部下である奇跡の兵士、陸鮫、神官、フロンチェカからの客人、ゴブリン。全く異なる出自の人々が並ぶ。

 ……そう、今やゴブリンも住人だ。あの惨劇から生き残ったゴブリンはローナの支配下に入った。絶対服従の従順な態度で、悪戯もせず、怯えながらも日々を過ごしている。今後の被害はなくなったと判断出来るだろうし、当初の目的も達成したと言える。


 それはともかく、壮観な眺めである事に違いはない。誇らしく思える。


 フロンチェカ領主のバントゥスが挨拶、そして国の代表として宣言を行った。

 儀式。

 この町と住人が、トゥルグ王国の庇護下に入るという契約。

 本来は王都の宮殿や神殿で執り行うのが筋だろうが、僕達の場合は特殊な事情が重なっているのでここの祭壇で行う事になった。


「滅亡の憂き目に遭った土地を再び拓き、人の治める土地とした事、感謝する。良き隣人である事を願おう」


 堂々とした姿には、人の上に立つに相応しい威厳が感じられた。

 住人からも尊敬の視線が向けられている。

 良き隣人。こちらこそ本当にそうあり続けたいと思う。


 しかし彼の代わりに現れた人物は、また違う。

 レオンルーク。以前会った時より顔色が多少マシになっている。

 口を開けば、先程とは大違いで場に似つかわしくない口調が飛び出したのだ。


「まあ、なんだ。俺は血筋だけの人間だ。この立場も押し付けられただけだ。お前らのやる事に口出しはしねえ。勝手にやってくれ」


 一応は彼も貴族。だからこの町への派遣を任命されたのだが、嫌々である事を隠さない。

 威厳を整える気がまるでなかった。


 それどころか、全身の毛を逆立て怒鳴る始末。


「というかだな! お前らが次やらかしたら俺にも面倒が来んだよ! ぶっちゃけ貧乏クジだ、こんなもん!」


 正直過ぎる発言を発した。

 人々からは笑い声だったり、罵声だったりが返された。逆に早くも馴染んでいると言っていいだろうか。

 一番豪快に笑っているのはバントゥスだったが。


 ローナの暴走は、収まってからも多大な影響を残した。

 国からは警戒されて当然。なんなら問答無用で排除される結末も有り得た。

 しかし敵対するより、味方に引き入れた方が得だと判断されたのだろう。さりとて監視役は置くし警告もする。賠償や税も適度な額を求める。利と損のバランスを考えての決定か。

 そこにはバントゥスの口利きもあったようだ。

 前代未聞の暴走が、最終的には良い結果に繋がった。

 複雑な心境だ。

 努力と幸運の賜物。甘えてはいけない。次もこうなると期待してはいけない。

 この結果の為に尽力した人々と神に感謝し、真面目に生きていく事が肝要だ。


 散々文句を言い散らしてレオンルークが下がると、続いてはギャロルの登場。何故彼が前に立ったかと言えば。


「今の話通り、レオンルーク様は主なれど治められない。よってこの町の運営は俺が取り仕切る。文句を言わずに従うように」


 高慢な態度は、レオンルークとは異なる反発心を招く。

 再び否定的な声がやかましく巻き起こった。


 実質的な長の立場には、ギャロルが就いた。

 この決定には僕も納得している。

 が、反対する人も多かった。サルビアは特に強く反発していた。

 とはいえ、経済、政治、その他諸々に通じている人材は他にいない。

 独立性を考えれば、国から人手を借りるというのも欠点がある。


「粗暴な人間は嫌いだ。くれぐれも知性を持つ生き物である事を心がけてくれ。それさえ守ってくれれば富めるように導いてやる」


 陸鮫を中心に反発が強まった。

 やはり上手くやっていけるか心配になる。

 まあ、万が一の場合でも、ローナの暴走に比べればどうとでもなる。いささか楽観的だが悲観的なのも良くないのでそれでいい。


 そして、認められたのは、まだ他にも。


 カモミールが祭壇の前に立った。

 懸命な働きと嵐を止めた強さが評価され、彼女は特選騎士という称号を得たのだ。

 貴族の位ではないが、トゥルグ国内で通じる身分、らしい。臣下の立場であり命令があれば断れない。

 僕達を従える手綱や人質の意味もあるだろう。体のいい罰でもあるが、思ったより破格の待遇だ。

 僕もまた補佐としての立場を与えられた。騒動の原因であるローナは流石に危険視され、グタンも除外されていた。とはいえ自身の意志で力を貸してくれるのだから問題はない。

 そうした様々な思惑が絡まる決定ではあっても、これは喜ばしい結果だ。


 カモミールは広場を見渡すと、固い面持ちで語り出す。


「わたし、わたしは、この皆が幸せになってほしいです」


 緊張が伝わってくる、たどたどしい声。

 萎縮している。それでも胸を張って立ち続けようとしている。

 ならば応援しよう。笑顔と視線で、温かく見守る。


「最初はおかあさんとおとうさんが悪くないって証明するために、聖女になろうとしました」


 自分の言葉でハッキリと語る。

 徐々に落ち着いてきて、表情からも緊張が取れてくる。


「シャロさん。サルビアさん。ベルノウさん。アブレイムさん。それから……とても言い切れないくらいたくさんの人も、良い人で凄い人で、仲良くなりたい人なんだって分かりました。皆が、幸せになってほしい。ううん、思うだけじゃなくて、幸せになれるように頑張りたいと思いました。だから、皆も一緒に頑張っていきましょう!」


 カモミールは誰しもが持つ普遍の理想を力強く言い終えた。その顔付きは夢を事実にする自信や決意に満ちていた。

 よく頑張ったと感動する。

 それは僕だけではない。


 皆からの盛大な祝福の拍手が称えた。

 カモミールの頑張りは、これまでの経験で人々へ十二分に伝わっているのだ。

 未だ謹慎中でこの場にいないローナにも見せてやりたい、立派な姿である。

 無論まだ発展途上。これからも成長していく。助けて、助けられて、また助けて、そんな良好な関係を築いていけると確信した。


 そして大騒ぎが始まった。

 ワコが広場に面した建物から布を取り去って大作の壁画を公開する。ローナとカモミールの荘厳な宗教画めいた見事なものだ。

 軽快な音楽が鳴り響き、歌姫が妙技を披露する。歌詞は勿論カモミールを称える内容。

 絵と音楽が、集まった皆を大いに楽しませる。


 ただ、うぅ……とカモミールは赤い顔で恥ずかしげに縮こまってしまった。

 聖女としての人気に慣れないようだ。熱くなり過ぎたら注意するが、今日は祭りの一環として受け入れてくれると有り難い。後で埋め合わせはするつもりだから。


 という訳で儀式は終わり、いつの間にやら宴に移り変わっている。

 僕達も混ざろうとしたのだが、一人の男に呼び止められる。


「本当に俺を解放してよかったのか」

「当然だとも」


 僕達と激闘を繰り広げた神官、ジオリット。名前は最近になってやっと教えてくれたが、心を開いたと考えていいのだろうか。

 彼はもう自由の身である。


「僕達が正式に認められたからな。祝い事には恩赦がつきものだ。こちらにはない制度か?」

「聞きたいのは理由ではないのだがな」


 呆れた風に苦笑いされた。

 無論、理解の上だ。これまでの態度を見て信頼しているからこそ、解放したのだ。真摯な祈りの心は端から見ても分かる。

 ヴリードとジニーの二人は減刑はしても放免とはいかなかったが。


 晴れて仲間となったジオリットに、重要な事を尋ねる。


「ところでこの街にはまだ名前がないのだ。かつての名前を教えてもらえるか?」

「……今はもうない街だ。新たな名をつけるといい」


 そう言い残すと、彼は穏やかに去っていく。宴とは逆、静かな方向へ。

 この街に馴染んでくれたら有り難いが、難しいか。彼の自由なのだから無理な干渉はすまい。


 そして、街の名前は僕達自身で考えるべき。となると。


「勿論カモミールの名を冠したものにすべきだろうな」

「それはちょっと、恥ずかしいよ……」

「はは。冗談だ」

「えー、ほんとにー?」

「かつての住人への敬意を含んだ名にしなくてはな」


 今度こそ真剣に答えた。

 あるいは以前の街の名をそのまま使う、という案もある。それはそれで敬意を払っている。

 ただ、それはかつての人々の寄る辺たる名。軽々しくは使えまい。

 どちらも理屈の通る考え方だが、僕としては新しい名にしたいと思う。

 そう言うと、皆も納得してくれた様子で頷いた。


 この土地の特徴は、草原と大河、それから神獣への信仰。

 それらを踏まえて考えた名を、告げる。


「“神獣の息吹セイクルブレス”というのはどうだろうか」


 恵みをもたらす吹き渡る風は、聖域からの息吹。過去を忘れない為の名。

 なかなかに良いと思う。

 ただ、周りの反応はというと。


「どう、かな? わたしは合ってると思うよ」

「うーん。少しカッコつけ過ぎじゃないの?」

「あんまり町の名前っぽくなくない?」

「もっと良い感じの名前はありそう」

「じゃ、とりあえず(仮)で」

「むう……」


 カモミールはともかく、シャロやサルビアからは不評だった。更には聞いていた他の人々も、混ざって様々な案を出していく。


 まあ、確かに急いで決めなくてもいい。

 住人全ては難しくとも、より多くが納得する名にすべきだろう。

 と呑気に構えていたら、賑やかに騒ぎは広まっていってしまった。そこかしこで名前議論が始まっている。

 レオンルークやギャロルの冷たい呆れの視線さえ盛り上がりの一部。バントゥスは豪快に呵々大笑。

 この混沌そのものが、この町の在り方だ。


 僕達は僕達らしく日々を過ごせばいい。

 場の勢いに喜んで流されながら、大口を開けて笑った。





第四章 新参者をどうぞよろしく 終

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