第60話 新しいおともだち
フロンチェカにも夜が来た。
気温は暖かくて、過ごしやすい。街の灯りはほんのり優しくて、賑やかな声が遠くから聞こえる。わたしは流刑の前の頃を思い出した。
これが人の街、人の領域。
わたし達が目指すべきものだ。いずれあの廃墟の町も、ここまでにするのが目標。聖女として頑張るけど、出来るんだろうか。
そんな不安も、皆がいるから大丈夫。周りを見てたら、安心出来た。
今日はすっかり疲れてしまった。
森を抜けてこのフロンチェカに着いて、商売をして、あの音楽劇が終わって、それからも忙しかったから。
劇は大人にも大人気で、酒場でもやってくれと声がかかって、実際に公演した。シャロさんとサルビアさんはずっと歌と演奏し続けて疲れているはずなのに、全然そんな事を見せずに夜までやり遂げた。凄い。
それからアブレイムさんは、子供達の為の遊びや学びの場を作りたいみたいだ。余所者に子供を預ける、なんて信用されるまでが大変だって話だけど、いいと思う。
領主さんや他の大人とも相談したら反応はいい感じで、その内専用の場所を作るにしても、とりあえずは開く前の市場や作業がない時の港を提供してくれると決まった。
アブレイムさんならやりきってくれるだろう。わたしの時とは違って、優しく教えるみたいだし。
ギャロルさんも自分達の価値をアピールするのに有効だと賛成していて、積極的に手伝った。ペルクスも乗り気だ。紙や文具をたくさん作っていた。
でも材料が足りなくなった。
だから、今日はおしまい。宿で休む事になる。
南方の人達との交流。その目的は、一日で思ったよりかなり進歩したんだと思う。
用意してもらった宿の、清潔な部屋。ベッドはなくて、ハンモックという網みたいなものが用意されていた。
そのハンモックに寝てみたらゆらゆらと揺れて、凄い幸せな感触で、わたしは気分が良くなっていた。
「わぁ! すっごく楽しい!」
「ああ……いいわね。この感じ、ベッドと違うのになんだか落ち着く。慣れてきてたけど、野宿ってやっぱり毎日続けるもんじゃないわね」
「最高だな。良いトコ紹介してくれて助かった」
「ん。ならよかった」
おかあさんがお礼を言えば、案内してくれたワコさんが少し笑った。半日くらい一緒にいて分かってきたけど、ワコさんなりにとびっきりの笑顔なんだと思う。
ワコさんが用意してくれた宿はかなり立派で豪華だった。ただでさえテント以外の所で寝るのなんて久し振りだから、余計に気分が盛り上がる。
わたし達は四人部屋。ペルクス達は他の部屋だ。
おかあさんとおとうさんと三人が良かったけど、男女で別れる事になった。
元々竜人用に造られた宿で、今も他の部屋には竜人さんが泊まっているから、仕方ない。
迷惑をかけないように声を抑えて、わたしとサルビアさんがハンモックではしゃぐ。ひとしきり柔らかさを味わえばとりあえずは満足。
それが落ち着いて静かになると、ワコさんがボソッと言った。
「じゃ、約束」
「仕方ねーなー」
おかあさんがテーブルの上でポーズをとって止まった。腕組みしてまっすぐに立っていて、格好良い。
ワコさんは手早く紙と絵の具を用意。ビシッと絵筆を構えた。
絵を描くんだ。
宿を紹介する代わりにモデルになるって約束したから。
ギャロルさんとなにやら交渉して、今後もしばらくはわたし達に同行して色々と手助けしてくれるみたい。
わたしもモデルにして描きたいみたいだけど、おかあさんが心配して止めた。わたしは別にいいのに。
あっという間に絵は進む。
筆使いになんだか圧倒されていたら、おかあさんの姿が紙に表れる。
綺麗だ。魔法で写し取ったみたいにそっくりで、色も鮮やか。
わたしも真似したい気分になる。
「ね、ね、わたしも描いてみたい!」
「おう、いいな! 描いてくれ」
「うんっ!」
おかあさんの絵は前にも描いた。
その時を思い出してか、サルビアさんがお喋りぐらいの音量で絵描き歌を歌う。
おかげで楽しく描けた。
だけど上手くない。
ワコさんとは全然違う。
前は嬉しくて幸せに思ったのに、満足出来ない。
「むぅ~。ね、ワコさん、どうしたらそんなに綺麗に描けるの?」
「練習」
「あ、ごめんなさい。邪魔だよね……」
「違う。答えた」
一旦おかあさんじゃなくてわたしを見て、キッパリ言った。すぐにまた自分の絵に戻る。
邪魔って訳じゃないみたい。けど、言葉が足りなくてよく分からない。
困っていると、サルビアさんが入ってくる。
「カモちゃん。練習は大事よ。どんな人もすぐには上手く出来ないから、たくさん練習するの」
「サルビアさんもそうなの?」
「そうよ。あたしも歌の練習をたくさんしてきたの」
「じゃあ、たくさん描かないとダメだね」
もう一枚紙を用意して、描き始める。
ちゃんと見て、姿をそっくりなぞるみたいに筆を動かしていく。慎重に、じっくりと。
そうして完成。だけどまだまだ納得出来ない。
でもおかあさんに見せたら、笑ってくれた。
「ありがとな、嬉しいぞ」
「うん!」
「ん。一枚」
それに、ワコさんも完成。
迫力が凄い。込められた熱意が凄い。まるでもう一人のおかあさんがそこにいるみたいだった。
こっちは言葉も出てこないくらいの、見事な出来。
サルビアさんと二人、見惚れる。
だけどワコさんは止まらない。
「次。今度は座って」
「おう」
おかあさんは足を伸ばして座る。今度は綺麗って感じのポーズだ。
ワコさんはテーブルの上に身を乗り出して、ギリギリまで近くに寄る。
「背中見せて。羽の付け根とか」
「分かった」
「服は手製? 構造見たい」
「ああ、そうだ」
「あと髪も」
「お、おう……」
本当に目の前にまで迫って質問を重ねるワコさんに、おかあさんはタジタジ。断わり切れないみたい。
この強引な感じ。なんだかペルクスに似てる気がする。
確かに普通は妖精が珍しい。
でも、わたしも竜人の人は初めてで、鱗とかどうなってるのか気になる。じっと見つめた。
ああして迫る程じゃないけど。
サルビアさんが呆れた風に溜め息を吐いた。
「ちょっと特殊な人ね。それとも竜人って皆そうなの?」
「人それぞれ」
「うん、それはそうね。じゃあアナタがそこまでしてる理由は?」
「祖竜様が喜ぶ」
「……へえ。だからそこまでこだわるんだ?」
「ん、そう」
うなずくワコさん。
ペルクスや師匠さんが喜びそうな話だ。
よく聞いておいた方が良さそう。
そう思って難しい顔になっていたサルビアさんに代わって質問してみると、絵を描きながら色々と答えてくれた。ペルクスにも後で教えてあげよう。
そうしてもう一枚出来上がる。
やっぱり綺麗。絵の具とは思えないぐらいの強い存在感がキラキラとアピールしている。
サルビアさんと二人で覗き込む。
「わあぁ……! 凄い、本当に凄いよ!」
「素敵。あたしも描いてよ。公演の宣伝にも使えそう」
「また今度」
「……あたしには興味なさそうね」
「じゃあわたしが描く!」
淡々と言うワコさんに、残念そうなサルビアさん。やっぱり今は妖精にしか興味がないみたいだ。
それならとわたしが言えば、嬉しそうに微笑んでくれた。
「お願いするわ」
「任せて!」
ぐっ、と力を入れて頑張る。
今度はサルビアさん。
また紙と見比べて、丁寧に筆を動かす。
でも、やっぱりワコさんみたいに上手くいかない。
線はふにゃっとしてるし、塗った色はベタッとしてしまった。
「ごめんなさい」
「そんな気にしないで! これも良い絵だから」
うつむいてしょげていたら、サルビアさんが明るく言った。
わたしをギュッと抱きしめる。
「あー、カワイイ」
「おーい、娘をあんまり困らせるなよー」
「我慢なんて無理でーす」
おかあさんに言われても、サルビアさんは止まらない。
くすぐったい。ちょっと強い。でも温かくて良い気持ちになる。
わたしもこんなサルビアさんが大好きだった。
と、その途中に、外から足音が聞こえてきた。
ドアがそおっと開く。
「サルビア、ちょっといい?」
「なによ。邪魔しないで」
わたしを抱き締めたまま、冷たく返す。
シャロさんはめげずに、あくまで明るく続ける。
「川が星と松明に照らされてロマンチックなんだって。見に行かない?」
「……ふうん。夜のお誘い?」
サルビアさんがそっとわたしから離れる。
シャロさんは真剣だ。いつもみたいにヘラヘラしてない。
この前、酔っ払った時の事を気にしてるんだろうか。二人が仲良くなるのなら、わたしも嬉しい。
「駄目?」
「……いいわよ。行きましょう。カモちゃん、また明日ね」
わたしを一度見て、それからシャロさんと向き合って、そうして二人で出ていく。
少しだけ見えた横顔は、楽しそうに笑っていた。
ちょっと寂しいけど、二人が幸せになれるように、ここから応援する事にした。
しばらくは三人。
まだまだおかあさんの絵を描くワコさんに付き合って、わたしも絵を頑張る。
でもそろそろ夜も遅くなってきた。
「眠くなってきちゃった……」
「じゃあもう寝ないと。悪いな、明日だ」
「寝顔?」
ずいっと来るワコさん。
今度はハンモックで寝ようとしたわたしのすぐ近くにまで迫ってきた。
「描いてみたい」
「なんだか怖いよ……?」
「大丈夫。寝てていい」
「おーい。アタシだけって話だろー?」
強引なワコさんをおかあさんが無理矢理引きはがす。でもしつこく食い下がっていた。
やっぱり、知らない生き物を見つけた時のペルクスみたいだ。
仲良くなりたい、けど少し不安になる。
色々な思いが巡る、賑やかな夜だった。
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