第59話 クエスト「住民からの好感度を上げましょう」

 フロンチェカの川港はよく整備されている。広く穏やかな流れの川には桟橋が作られ、色鮮やかな船が並んでいた。

 威勢の良い人が行き交う。取引する商人や運ぶ労働者。冒険者とはまた違った姿が見えた。

 主な荷物は木材や獣等の森の恵み。逆に下流の街から主に買い付けるのは農作物のようだ。

 船を操るのは数人の竜人。彼らの魔法があれば、下るだけでなく遡るのも楽らしい。水運の利便性が大幅に向上する。


 盛んで豊かな、この地で暮らす人々を支える場所だった。

 その港の一区画を間借りして、僕達は商品を広げていた。


「こちらは爽やかな風味が特徴の果実酒でございます」

「いやとにかく辛い酒がいい」

「でしたらこちらをお勧め致します」

「ほお……よしもらおうか」

「ありがとうございます!」

「なあ! この薬は本当に効くんだろうな!」

「勿論でございます。もし効き目がなかった場合は返金致しましょう」

「そこまで言うなら買ってやろうか。さっきの言葉忘れるなよ?」

「ありがとうございます! 質は保証致します」


 ギャロルが饒舌に客をさばいていく。

 かなりの盛況振り。次々と商品が売れていく。予想以上だ。

 僕達も忙しい。接客はギャロルに任せるにしても、見慣れない硬貨を計算するのは骨が折れる。僕の魔術、ローナの精霊魔法でも判別出来たからこそ、なんとか成立していた。

 カモミールもよく頑張ってくれているが、商品を運ぶので精一杯か。

 シャロとサルビアが客引きの音楽を奏でている。ただ音楽を近くで聞くだけの者も多いが、ギャロルによるとそれだけでも良いらしい。

 多過ぎる客に宣伝は不要ではないかと思ったが、やはり欠かせないらしい。話題は次の機会に繋がるのだと。

 苦労はしたが、成功なのは間違いなかった。


 最終的には、持ち込んだ商品は売り切れた。

 片付けまで終われば、時間は昼をかなり過ぎていた。

 皆で街の食堂に集まり、食事をとる。


「さて、首尾は上々だ。全員よく働いてくれた。満足のいく仕事だったと言えよう」

「おう。働くと飯が美味い」

「我々に足りない部分を補ってくれたのは非常に助かる」

「秩序も保たれていました。荒くれの街と評してはいけませんね」

「お店って大変なんだねー。疲れちゃった」


 口々に話しつつ、食べる。シャロとサルビアなどは既に食に夢中だ。

 並ぶ皿はどれも初めて眼にするもの。

 豆と肉のスープ。匂いの強い濃い香草で味付けした魚。見知らぬ動物の乳に、それを用いた酒。

 見た目も味も香り食感も、珍しい。同じ食材を使っていた僕達の料理とも違い、興味深い。師匠はこういうところからも大いに知見を得るだろう。

 他の皆はそんな事は楽しんでいるので、余計な口は挟まない。うずうずしても我慢だ。


「さて、俺が導く正当性を理解してくれたと思う」


 そう言い切るギャロルは本当に八面六臂の活躍していた。

 先程までの販売だけではない。狩猟の獲物は加工場に纏めて買い取ってもらい、工芸品は都で商売するという商船へ。交渉の手際がやはり良い。

 彼がいなければ、こうまですんなりとはいかなかっただろう。感謝する。


 となれば、今後の方針を決めるべきだ。


「帰って品物を補充するか?」

「ふん、焦るな。利を急ぐと印象が悪くなる。今は金を使う時だ」

「強欲は身を滅ぼす。利を求める事自体は悪ではありませんが、己の内で抑える必要がある訳ですね」

「ああ。利益ばかり追っては敵を増やす。一旦損をしても、巡り巡って利になる事も多い」


 完売にも浮かれず、冷静な判断。

 上から見下す高慢さは見え隠れするが、事実として優秀なのだろう。


「では何に使う?」

「土地、建物、商会の基礎を整えたいところだが」

「お? 家を買う?」

「しかし順序は重要だ。新参者の発展は早過ぎてもいけない。宿だけ取り、しばらくは露店だ。宿にしてもこの人数と売り上げでは、選ぶのも苦労するだろうな」


 方針は慎重だ。元々そうなのか、敵を作って異端者扱いされたからこそ、慎重になったのか。

 商売は専門外なので任せたい。

 観察や考察、研究に専念してもいいだろうか。それは流石に控えるとしても、カモミールに未知の世界を見せたい。使う時だというなら使わせてもらえると有り難かった。


 その前に今日の宿をどうするか、だが。


「宿なら紹介出来る」


 唐突に話に割り込んできた人物がいた。

 竜人のワコ。

 森で同行していた仲間はおらず、一人だった。

 いつの間に僕達のテーブルに近付いて来たのか、というか、ずっと機会を見計らっていたのだろうか。


「おお、有り難い。しかし何故?」

「ん。竜人も余所者。初めは苦労した」

「成る程」

「それは助かります。是非お礼させて下さい」

「ん。まだ欲しい」


 彼女は言葉少なく要求する。表情も乏しいが不思議とガツガツした雰囲気がある。

 存外欲に素直な人物だ。それもまた良い。当然の報酬だ。

 すかさずギャロルが僕に目配せ。紙や画材の製作で礼をするというなら喜んで請け負おう。

 話は順調に進む。怖いぐらいに。


 だがそこに、外から荒っぽい物音が聞こえてきた。


「待ってください」


 アブレイムが立ち上がった。険しい表情に場が引き締まる。

 店の表へと素早く出向く。

 すると。


「なんだガキィ!」

「ごめんなさい……」

「ああん!? 」


 強面の男性が二人の子供相手に激怒していた。

 散乱している荷物を見るに、はしゃぐ子供達が荷物を運ぶ男性にぶつかってトラブルになったというところだろうか。


 アブレイムが男性子供達の間に入り、諫める。


「そこまでです。子供を相手にするには少々過剰な態度ですよ」

「ああん?」

「貴方も多忙な様子。私が代わりに叱っておきましょう」

「……チッ。まあ、いい」


 話している間に僕達はそそくさと荷物を拾い、纏めておいた。

 それを受け取り、男性は去っていく。怒りを収めてくれたようで助かった。


 それから、子供達と向き合う。

 酷く怖がっている。叱られると思い、身を縮めていた。

 アブレイムはしゃがんで、目線を合わせた。


「まずは落ち着きましょう。大丈夫です。貴方達は悪くありません」

「え……?」

「事故だったのでしょう? それともわざとぶつかったのですか?」

「ううん、違う! わざとじゃない!」

「でしたら。次からは気を付けましょう。遊んでいてもちゃんと周りを確認しましょうか。約束できますね?」

「う、うん!」


 子供達は元気に返事。今度はしっかり周りを見て、慎重に歩いていった。

 それを見守っていたアブレイムは、立ち上がると静かに問いかける。


「ワコ殿。この街には子供は多いのですか」

「結構いる」

「その子達は街の中で遊ぶのですね」

「森は危険」

「でしょうね。遊び場がなければ先程のようになってしまいますか」


 顔を伏せ、顎に手を当て考え込む。真剣な雰囲気は口を挟めない。

 そうして出た結論は、きっと子供達の為になるものだろう。


「シャロさん、サルビアさん、お力をお借り出来ますか?」





 広場に子供が集まっていた。

 カモミールも混ざっているし、ワコも物珍しそうに参加している。

 簡易に作った舞台。立つのは勿論歌姫。

 華やかな服装のサルビアが元気に挨拶をした。


「みんなー、今日は集まってくれてありがとうねー!」

「わあ! ぼくもうれしいよ!」


 サルビアの隣では、人間大で二足歩行の毛むくじゃらな存在がはしゃいでいた。

 ぱあみゅん。

 ぱぷっ、ぱぷっ、と動く度に面白可笑しい音が鳴って、子供達は笑っている。怖がられてはいないようだった。

 以前と同じく中身はアブレイムだ。声は魔術を用いてシャロが担当しているが、動きはアブレイムである。

 やはり子供に対しては優しく、積極的になるらしい。厳しい彼だが聖職者なのだから納得ではある。


 明るく軽快な音楽が場を盛り上げ、そして歌姫の劇場は幕を上げた。


「さあ、みんなも!」

「わああああ!」


 分かりやすく格好良い英雄譚から、面白可笑しい滑稽な歌まで。

 シャロとサルビアの神業はどんな曲も感情豊かに表現し、心を震わせる。


 当然のように好評だ。

 子供達は皆、心からの笑顔。晴れやかに楽しんでいる。娯楽を思う存分味わい、日頃の我慢が爆発するように大きな歓声として吐き出していた。

 僕や、他の大人も同時に楽しむ。音楽と、子供達の姿を。


 しかし。


「うるっへえぞ!」


 男性の叫びにより妨害されてしまった。

 赤ら顔の酔っ払いだ。かなり酔いが回っている。

 確かにうるさいのは否定しないが、事前に許可は得ているし、他の住人は温かく見守っていたのだ。

 いくら酔っているからといって、彼の行動は不当なものだった。


「みんな、危ないからこっちに来て!」

「大変だあ!」

「っ! 舐めてんのかオラァ!」


 酔っ払いが、勢いよく盃を投げた。

 彼もまた一端の狩人なのか、殺傷力を伴う凶器となってサルビアに迫る。

 が、ぱあみゅんが軽々と止めた。

 そのまま宙に放り、一回転。ポンポンと浮かせてはキャッチ。自由自在に扱う、鮮やかな曲芸を披露する。

 子供達は拍手喝采で盛り上がった。


 だがそれは、火に油を注ぐ結果となってしまった。


「このヤロウ!」


 肩をいからせ、ズンズンと舞台に近寄ってくる。

 子供達は怖がり逃げていく。折角のショーが台無し。

 僕を含め、大人が慌てて動き出す。


 が、真っ先にぱあみゅんが目の前に降り立つ。


「は?」


 酔っ払いは信じられない事態に硬直。

 舞台上から瞬時に移動すれば、こうもなるか。

 妙な格好であっても、素早い動きは健在のようだ。

 大きな着ぐるみの圧で、ずいと酔っ払いに迫った。


「お、おちょくっへんじゃねえ──!」


 殴りかかった酔っ払いを、ぱあみゅんは軽々と避けた。振るう拳は当たらない。

 流石にすり抜けるように、とはいかないようだが、右に左に軽快なフットワーク。混乱する酔っ払いの姿は滑稽だ。

 一旦見失い、背後に気配を感じて振り返っても遅い。

 避ける。避ける。そもそも影さえ踏ませない。

 達人はどんな時も達人だった。

 酔っ払いの顔は困惑、そして恐怖へ移りゆく。


 ついでに、シャロの演奏がテンポの速いものに変わった。


「みんなー、ぱあみゅんを応援しよう!」

「がんばれー!」

「負けないでー!」


 応援を受けて、遂に反撃。

 拳を避けて懐に入り、腰の辺りを掴む。

 そして遥か高くへ投げ上げた。

 凄まじい技術と膂力でもって、落ちたらただでは済まない高さまで。

 情けない悲鳴が地上に届く。

 落ちてきた彼を優しく受け止め、再び投げた。まるで先程の曲芸のように。

 端から見れば滑稽な見世物だ。本人にしては恐怖でしかなくとも。

 幾度か繰り返した後で地面に降ろせば、酔いはすっかり冷めたようで大人しくなっていた。もう危険はなさそうだ。

 彼の罰にしては軽い気もするが、子供達の前だからだろう。


 ともかく、悪役は退治した。一際に大きな歓声があがる。


「強い!」

「すげー!」

「ぱーみゅーん!」


 音楽劇を再開するまでもない。

 ぱあみゅんはヒーロー。子供達が集まり、もみくちゃにされたり、登られたりと人気者。

 子供達の心をガッチリ掴んだのだった。

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