第58話 第一印象悪くしないでくれませんか

「ダメだよペルクス、あんなことしちゃ」

「全くもってその通りだ。面目ない」


 僕は森の地面に座り込んでカモミールに注意されていた。

 完全に僕が悪いので立場がない。甘んじて受け入れる。


 竜人という未知の種族に好奇心を抑えきれずに迫り怖がらせた結果、頭突きされてしまったのだ。なかなか硬い頭のようで僕の額は腫れている。これは種族としての特徴なのか、実に興味をそそられる。

 ……っと、こういう態度が今回の事態を引き起こしたのだ。

 大いに反省。調査しようとする欲を頭から追い出す。


 そんな僕を面白がるように、ローナがぺちぺちと頭を叩いてきた。


「うおーい、頼むぜ。カモミールを任せていいか不安にさせないでくれよ?」

「いや本当に済まない。しかし竜人……」

「ペルクス?」

「はい」


 カモミールに見つめられ、僕は大人しく口を閉じた。

 言い訳するつもりはなかったのだが、これはもう従う他ない。

 シャロは生温かい目で僕を見ている。他の面々は心なしか冷たい。

 信頼がかなり下がった気がする。


「失礼した」


 改めて謝罪するも、竜人の彼女はツンとそっぽを向いた。

 リーダーの男性が間に入ってくれる。


「まあまあ。なんだ、悪気があったワケじゃねえんだ。その辺にしといてやれ。な?」


 にこやかに宥めようとする。彼にも頭が上がらない。

 リーダーへの敬意があるのか、彼女は次第に態度を軟化。そしてポツリと呟いた。


「品物……」

「気になるか?」

「見せて」


 視線はゴーレム達と荷物に固定されていた。詫びの品を要求されても当然だ。

 だが僕が答える前に、ギャロルが素早く前へ出てきた。


「ええ、どうぞ。よろしければ皆様も御覧になって下さい」


 笑顔で対応するが、振り返るときつく睨まれた。

 計算が狂った、どうしてくれる。そう言いたげだった。

 返す言葉もない。損する分は薬の製作等、僕に出来る事で補填するつもりだ。


 四人は賑やかに品物を物色する。


「お? 酒もあんのか」

「なんだこりゃ。貴族様の玩具かよ」

「うお!? これ、ヤブキガメか!? よくこんなに狩れたな!」


 評判は上々。

 多種多様に用意したので、それぞれに差はあれど概ね好意的だ。これなら正式に商売として成り立ちそうである。

 

 そして当の彼女はある物に目を留めていた。


「紙……」

「紙か!」

「ん。絵を描く」


 表情は乏しいが、心なしか嬉しそう。償いになるのならなによりだ。

 言葉足らずな彼女の言葉を、リーダーが補足してくれる。


「ああ。こいつは魔法で狩りもこなすが、元々絵の為にあちこち旅してんだ」

「成る程、ならばこれだ!」


 僕が荷物の中から差し出したのは、絵の具に筆。

 以前絵描き歌の際に作った物だ。

 彼女は眠たげだった目を強く輝かせる。


「くれる?」

「勿論だ。もし欲しい色があれば作ってみせよう」

「なら許す」


 その言葉に一安心。

 他の三人も気に入った品物を手にしていた。誰からも好評。

 これなら上手くやっていけそうだ。


 やりとりが終わったところで、ギャロルがリーダーに交渉する。


「我々は本格的な商売を考えています。出来る事ならば街の有力者に紹介して頂けないでしょうか」

「いやあ。北からの客なんて久々だからな。話が伝わりゃ長の方から来るぜ?」

「いえ、案内があるだけでも有り難い事ですから」

「それなら構わんが」


 この先の話も順調に纏まった。

 ただ、普段とはまるで違う、へりくだった態度のギャロル。客相手なら当然なのだが、違和感が大きい。

 後ろではヒソヒソ話が交わされる。


「商人て怖いね」

「また成り上がったら態度変えるわよ」

「うわ、ありそう」

「間違いないわね」

「陰口は感心しません」

「ごめんなさい!」


 アブレイムに注意され、シャロは高速で頭を下げた。怯える様はまるで小動物。

 まだ恐怖心が残っているようだ。温かい目で応援しよう。


 そんなこんなで大所帯で街へ向かう。

 道中はトラブルなく進む。危険な生き物は寄り付いてこない。サルビアやローナのおかげだろう。


 その為、落ち着いて話を聞けた。

 竜人の彼女の名前はワコ。

 カモミールとローナを絵に描きたいそうで、その辺りを交換条件に竜人の情報を得られた。二人にも頭が上がらなくなったが、まあ安いものだ。

 大陸南方から東、海に浮かぶフダヴァス諸島という地域の出身らしい。

 フダヴァス諸島は竜人の国。彼らを生み出したと伝わる祖竜を崇めている。

 竜人はドラゴンというより、海竜や蛇竜に近く、炎ではなく水の性質が強い。泳ぎや操船、水に関する魔法が得意だという。

 なので大陸に渡ってきた竜人は、川での仕事に従事する者が多いらしい。

 絵を描くのは、フダヴァス諸島での文化や宗教儀式に関わるとの事だった。船体や帆、旗に描かれた絵を祖竜が気に入れば、航海の無事や豊漁をもたらしてくれるという。故に盛んで、他の国との交易品にもなっているそうだ。

 僕自身も好奇心が満たされたが、師匠へも良い土産話が出来た。


 他の面々もそれぞれに話を弾ませる。

 グタンとギャロルはリーダーと真面目な話。

 他にも狩りや周辺地域の文化を教わったり、逆にこちらの文化を教えたりと話題は途切れない。特にシャロは演奏や軽口で盛り上げていた。


 森の香りに、川のせせらぎ。新しく知り合った人々との楽しく賑やかな会話。

 こんな毎日が続けばいいと思う。






「さ、着いたぜ。ここが俺達の街、フロンチェカだ」


 森と川に挟まれ、大きく切り開かれた空間に、高い壁がそびえていた。上質な木材と加工、人の領域と自然の領域を隔てるに足る、立派な防壁だ。

 数人の門番が武器を構える。上方の見張り台にも数人。面構えは精悍。

 守りが固い様子だ。やはり森の獣対策にはこれだけの備えが必要なのだろうか。


 リーダーは顔見知りらしい門番と話す。

 僕達は待機。大人しく観察を楽しむ。

 やがて話がついたようで、手招きされた。


「もういいのか。警戒されると思っていたが」

「そりゃこんだけのモンを持ち込まれたらな。通さなきゃ損だぜ」


 彼はゴーレム達の荷物を指して言った。

 利を優先するというところか。辺境地域で物資不足ならばそうせざるを得ないか。

 もしくは、荒事が起きようとも腕利きが揃っている、という自負があるのかもしれない。


 視界が開ければ、いよいよ未知の町並み。

 木材を主とした簡素な建物。だがやはり造りが北方とは異なる。

 建物の配置からすると、街を無秩序に広げていった感じがある。

 表を歩く人は多くない。その少ない住人は多くが武装しており、やはり狩猟の街なのだと確認する。一見すると獣人が半分以上だ。

 住人達も僕達を好奇や不審の視線で見ている。


 興味深く、何処にでも見るべき点がある。他の皆も同様に街を見回す。カモミールやシャロなどはワクワク感が強い。


 だが、そそくさとリーダーは背を向けてしまった。


「じゃあな」

「待ってくれ。有力者を紹介してくれるという話では?」

「だから必要ねえって。もう来たぜ」


 彼がぞんざいに指差す方へ目を向ければ、目立つ人物が歩いてきていた。

 開拓者の街にあって、場違いな程に清潔。立ち振る舞いも優雅で、有力者に仕える人間だと知れた。


「バントゥス様がお呼びです。代表者の方は屋敷までお越し下さい」


 ここの統治者らしき名前。本当に早速招かれた。

 僕達は顔を見合わせる。

 聖女という立場上はカモミールなのだが、統治者と話をするなら難しいか。

 ただ、悩む僕達を余所に、ギャロルが進み出て僕を指差した。


「俺が行こう。それと貴様だ。……我々は二名で伺っても構わないでしょうか」

「問題ありません。こちらへどうぞ」


 一礼し、先導していく。

 その後ろについていきながら、ギャロルは早口で指示を残す。


「この間に市場をよく見ておけ。特に商品の相場と需要だ。不届き者の警戒も怠るな」

「ああ。戦力を残す為の人選か」


 僕は納得。

 カモミール、グタン、ローナ、アブレイムは荷物の護衛。シャロとサルビアには難しい話に向いていない。そういう判断だろう。

 異論はない。他の面々と別れ、僕も統治者の下へ向かう。


 同行していた四人は見届けたところで去っていく。ワコだけは名残り惜しそうだった。

 僕としてももっと話を聞きたいが、また会えるだろう。約束したのだから。




 屋敷は質実剛健な造りだった。なんならギャロルのものの方が装飾に凝っていた程。統治者自身も冒険者に近い気質なのだろうか。

 そのバントゥスは、応接室で鷹揚に迎えてくれた。


「ようこそフロンチェカへ。歓迎しよう」


 やはり冒険者らしい外見。体格は大きく筋肉質で勇壮な顔つき。幾つもの武功を立ててきたのだと察せられる。

 彼は単刀直入に話を進める。


「早速で悪いが来訪の説明を求めたい。北からの客人が久しく訪れなかった理由も含めてだ」

「承知致しました」


 ギャロルが恭しく一礼した。

 が、直後に僕に目配せ。肝心の説明は僕の役目らしい。これでは僕が従者のようだが、まあ任されておこう。


 異端者として流刑になった事から始まって。

 カモミール派の立ち上げ。

 廃墟の復興。

 神殿での戦い。

 二人組と神官に、異端者が害されていたらしい事。

 ざっと説明を終える。


「よく分かった。こちらの不始末で迷惑をかけたようだね」


 バントゥスは神妙な顔で、言葉少なく終わらせた。

 とはいえ、権力者の傲慢さはない。むしろ権威の重さをよく知っているが故の態度。

 本人の人格が窺える。

 これならこちらの要求も通るかもしれない。


「でしたら、街の承認と、通行許可を頂きたい」

「視察の者を派遣しよう。承認はその結果次第だ。通行許可の方は、簡単にはいかないね」


 にこやかだが、すげない返事。

 一切顔色を変えずにバントゥスは説明を続ける。


「ヴリードとギニーという二人組を撃退したのだろう? ならば話が早いはずだ。罪人は北へ北へ逃げるし、追いやる。治安維持の為には、内側への通行は厳しくせざるを得ない」


 拒否にも納得する。

 罪人は都から辺境へ逃げるもの。荒くれも多い。

 多分に偏見もあるのだろうが、警戒するなとは言えまい。

 バントゥスは見透かすような眼でこちらを見据え、条件をつきつける。


「だから、君達は善性を示さなければならない」

「信頼を勝ち取ればよいのですね」

「その通り」


 歯を見せ笑って肯定。挑戦的にも見える。

 ならばと、僕も対抗するように強気に笑ってみせた。

 そして言葉を返そうとしたところ、先にギャロルが口を開いた。


「ではまず商売と興行の許可を頂きたく思います。ここフロンチェカと人々の役に立ってみせましょう」

「全て許可しよう。期待しているよ」

「過分な心遣いに感謝致します」


 鷹揚なバントゥスに対し、恭しく返礼するギャロル。その所作は貴族のように決まっていた。

 最後はギャロルに持っていかれた感じがあるが、こういう場での交渉は彼が適任だろうし異論はない。

 むしろ今後も任せたいものだ。


 それより僕は次へと考えを巡らせる。

 僕達は力でなく、誠意を試されているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る