第57話 第一冒険者発見

 薄い曇り空。風は穏やかで、緩やかに草が揺れる。草原に訪れたのは爽やかな朝だ。


 引っ越しでドタバタしたものの、昨夜は何事もなく過ごせた。テントも足りなかったが、僕を含めて数人が野宿すれば事足りた。温かい地域で助かった。

 建物が完成すれば遂にキャンプではなく町。楽しくはあったが不便な生活ともおさらばだ。

 その為の作業は任せ、僕は南方の人々との交渉に赴く。いよいよ今日から本格的に始動だ。


 川の魚やエビを手早く焼いた朝食を済ませ、準備に時間を使う。周囲では陸鮫達の作業するかけ声は相変わらず賑やかで、そこにベルノウらエイルータの者達の声も加わっていた。

 未来の活気を想像出来て喜ばしい。

 そうして支度を終え、朝の内に出発。

 僕は居残るマラライアへ告げる。


「必ずや成果を持って帰ってこよう」

「期待している」

「わたし、頑張ってくるから」

「ああ、大人にもちゃんと頼るんだぞ」

「うん!」


 柔らかく笑うマラライアに応援され、カモミールもやる気十分だ。

 手をぶんぶんと振って拠点を後にする。


 僕、カモミール、グタン、ローナ、シャロ、サルビア、ギャロル、アブレイム。計八人の旅路だ。

 ファズ、カンディ、ソルフィー、各ゴーレムには満載の荷物。

 狩猟した獣、僕達で作った薬や酒に服、陸鮫にも木工品を作らせてみたり、様々な物を用意した。

 ギャロルにも売れるはずだと好評の品々だ。商売が交渉に当たって重要な要素となるはずと気合を入れた。実際に好評だといいのだが。


 ソルフィーには荷物だけでなく体力に不安のあるギャロルを乗せ、僕達は徒歩。

 急がず、のんびり行く方針である。

 カモミールとローナが空から見たところ、街のような場所を発見した。半日もかからない程度の距離だそうだ。

 目的地は決まっていて、急ぐ事情もない。だから、気兼ねのない楽しい旅路でもいいのだ。


「きゃははっ。気持ちが良いね、おかあさん!」

「おう、カモミール。最高だな!」

「うんっ!」


 空には優雅に舞う母娘。久し振りの光景に自然と頬が緩む。他の皆も同様。やはり笑顔は周囲にも広がりゆくものだ。

 愉快に喋りつつ、川沿いを進む。

 神殿へ向かった際と違い、今回は直進。

 凶暴な魚や亀のいる川を魔法で飛び渡れば、未知の領域。


 左手に森。反対側の木々はまばらだ。やや下り坂で川の流れは速くなった。

 植生を見るに、やはりキャンプ付近の森とはかなり趣が変わっていた。


「人の痕跡があるな。この辺りまで来れば出入りは多いらしい」

「あの二人が言ってたのは嘘じゃないんだね」

「ああ、信用していいだろう」


 カモミールの言葉に僕は頷いた。


 未知の領域については、昨日の内にヴリードとギニーから情報収集している。

 それによると例の惨劇以来、あの街以南に住む人々に、草原は避けられてきたのだそうだ。軍が神殿の中に消えた為、詳細不明だったせい。少数の生き残りはいたらしいが逃げるのに必死で情報は特になく、謎の滅亡を遂げた街として恐れられていたのだ。

 何度か調査はしていたものの、人が居なくなった間に凶暴な獣の群れが繁殖しており、再開拓は難しかったらしい。尚それらの獣は僕達が来た時にはマラライアと陸鮫の激しい争いによって一掃されていたようだ。

 そんな訳で復興もされずに放置されてきたのだという。


 だが流刑が始まれば状況は変わる。

 生きていくだけで苦しいこの地を越えて来た異端者を、南方の人々は迎え入れていたようだ。数は少なかったようだが、既に交流があったとは驚くばかり。

 だが二年程前、町々を荒らし回っていたヴリードとギニーが捕縛され、追放。

 そこで神殿に住み着いて異端者を狩り始め、街を訪れる事がなくなる。

 そこに神官が現れ、あの顛末に至った。

 そんな流れだったらしい。


 つまり、神官が特殊な場合であり、北方の異端者だからといって拒絶されはしないというのだ。

 鵜呑みは危険だが、過剰に警戒しなくてもいいだろう。


 そして最寄りの街が、今までの南方における人が住む北限。南方地域に四つある国でも一番規模が小さい国の領地であり、奥地に生息する貴重な動植物の狩猟と採集の拠点だそうだ。

 ここらの森は糧を得る場。

 いつ誰かと出くわしてもおかしくない。


「いきなり街へ押しかけるより、現地の案内役がいた方がいいだろうな」

「ほら。シャロ、出番でしょ」

「ああ、うん。人探しね。了解」


 シャロの耳に頼るのが順当。

 悪魔の聴力はやはり別格だ。獣人の耳にも勝るこの力は素晴らしい。

 森の生き物の鳴き声、風の音、人の声。一帯全ての音を聞き分けられるとは、一体どんな感覚なのだろうか。

 興味深いが観察が過ぎればサルビアに睨まれるので程々にしておく。


 やがてシャロは結果を報告してくれる。


「結構人はいるっぽい。何組も森に入ってる。狩り? っていうか、モンスターと戦闘してるのもいるね」


 戦闘。その言葉に緊張感が増す。


「助けは必要そうか?」

「んー? いや、ちゃんと強い人達で大丈夫そうだよ?」


 軽い調子で断言。悲鳴等が聞こえないという事か。危険地帯を歩むに足る実力者なのだろう。

 まずは一安心。交渉に専念出来る。


 アブレイムが静かに言う。


「出来れば話の分かる方と接触したいものです」

「えー? うーん。荒くれっていうか、冒険者っていうか、柄悪い感じの喋りの人が多いかなー?」

「いえ、口の悪さだけで評価すべきではありません。会わずに本質を見極めるのは難しいですが」


 アブレイムの発言を聞き、シャロが不意に黙った。


「…………あー」

「どうしました?」

「いや、思いついたボケがあるけど危険かなって思っただけ」

「おう、アタシの事か」


 ローナに言われ、ビクッと飛び上がるシャロ。目を泳がせ慌てだす。


「いやいやまさかそんなー。姐さんはだって、ねえ?」

「キャハハハッ。気にせず言ってくれていいんだぜ?」

「いえホント、いじったりとか良くないと思うんで!」

「……何やってんのよ」


 呆れたサルビアが溜め息を吐いた。ローナもローナで遊んでいるようだ。師匠といい、なにかと妙な形で気に入られているものだ。

 シャロは強引に気を取り直して、提案した。


「えっと、じゃあ、一番近いグループでいい? リーダーっぽい人の指示の出し方的に多分紳士だよ」

「とりあえずそれでいいだろう。さて、どう呼びかけるべきか」

「それこそ音楽の出番ではないですか?」


 またもアブレイムが提案した。

 普通に呼びかけるのではなく、音楽。確かに友好的だと示せるかもしれない。


「えー、商売繁盛の歌でも作る?」

「急にそんなの聞こえてきたら逆に怪しくない?」

「それはそうかも」

「いや宣伝は要る」


 シャロとサルビアが否定しかけたところで、ギャロルが重く断言。

 意外な援護に驚く間もなく、商人は朗々と意見を述べた。


「物よりまず名前を売るべきだ。人を使え。それこそ大金はたいて楽団を雇っても、賃金以上の利益に繋がる」

「だからそん、んんっ……森でそのような音楽は怪しくはありませんか?」

「だからこそ注目は大きい。新参者が商売に食い込むには相応の話題性が必要だ」


 シャロが問い返してもギャロルは強気な態度を崩さなかった。

 彼の語る商売の理論は、門外漢の僕も納得は出来る。反対する材料はなかった。

 獣を呼び寄せる恐れもあるが、この面子なら問題ないだろう。

 渋々のようだが納得したシャロを含め、三人で軽く打ち合わせ。


 そして楽器を奏でる。陽気でリズミカルな、聞いていて元気になるような曲だ。


 ──北の山脈越えてきた〜商品持ってやってきた〜どうぞ皆様お買いになって〜。


 即興の歌詞であっても歌声が遺憾なく発揮されていた。

 カモミールはニコニコ機嫌良く手拍子している。

 僕としては首を傾げてしまうのだが。


「少し雑過ぎではないか?」

「分かりやすい方がいい。この辺りの文化、教育水準を知らないのだからな」


 やはり納得の説明。

 複雑な表現や北方独特の言い回しがあれば通じない。通じる事が最優先だ。


 やがてシャロは明るく報告してきた。


「お、興味持った感じっぽい。うん、敵意とか警戒よりも、むしろ獣に襲われないか心配してくれてるね」


 良好な反応に胸を撫で下ろす。

 以前の旅路はトラブル続きだったが、今回は順調に進んでくれそうだ。


 しかし、シャロは急に声を荒らげる。


「あ、ちょ、ストップ!」


 その声色に感じ、緊張感が高まる。音楽は止まり、嫌な静寂が訪れた。


「あっち! 凄い速さで来る!」


 全員が警戒。一斉にシャロが指差す方を見た。木々の奥から、森を揺らす気配が迫る。

 そして現れたのは二つの影。黒に灰色の斑模様の、狼だった。

 手負いの獣だ。

 音楽のせいではなく、狩人が仕留め損ねて逃げてきたといったところだろう。


 この危機に、真っ先に行動したのがグタン。

 素早く飛び出し、狼の前に立ちはだかる。

 まずは一頭。突っこんでくるのをギリギリで避けると、首を脇に抱え、そしてひねる。鈍い音が鳴った。

 そっと横たえた後は、もう一頭。横を駆け抜けられる直前に、手刀で鋭く頭を打った。ぐらつき、地に崩れ落ちたらもう動かない。

 獲物として利用する事も考えられた制圧である。

 瞬く間に手際よく処理してしまった。


「おぉ〜。やっぱ強い」

「うん、おとうさんだもん!」

「自慢?」

「うん!」


 シャロとサルビアに答えて、カモミールは笑う。耳と尻尾を軽快に揺らしていた。

 仕事を終えたグタンをローナがニヤニヤと肘で小突く。

 危機から一転、平和な時間が流れていた。


 と、そこに。


「うおーい、そっちの人、済まんかった!」


 大らかな声は平和的で気さく。

 森から駆けてきたのは朗らかな中年男性だった。済まなそうに手を合わせているからには、狼を逃がした張本人なのだろう。


 後ろから仲間も来て、パーティーの合計は四人。

 僕達の前で止まるとそれぞれに喋り出す。


「全員無事だな? なら安心だ」

「いやホント、先にいたのが手練で良かったすよ」

「心からお詫びします。ご迷惑をおかけしました」

「ボスは大雑把」


 リーダーを含めた三人は獣人。

 剣に弓矢、しっかり武装している。服装はヴリードとギニーと同じようなデザイン。気温のせいか腕や足が露出しているが、守るべき箇所は丈夫な造りだ。

 狩猟、あるいは冒険となればオーソドックスな面々だろう。


 だが、最後の一人を見て、僕は震えた。

 眠たげな顔の、細身の女性。

 肌が青白く、艶やか。頭には帽子のように布を巻く。三人とは違った衣装。そして、袖からのぞく手の甲は爬虫類のような質感だった。

 内心の感情を抑えて、努めて冷静に語りかける。


「……失礼。そちらの方について伺ってもよろしいでしょうか」


 熱意を隠せなかったか、当人は下がって相手のリーダーを前に押し出す。怯えさせてしまったようだ。

 リーダーは彼女の行動も大らかに受け入れ、得心顔で答えてくれる。


「なんだあんたら、竜人を見るのは初めてかい?」

「ほう。竜人!」


 初めて見聞きする種族の人物。

 非常に興味をそそられる対象に、僕は好奇心に瞳を輝かせるのだった。


 後ろで大きな呆れの溜め息が聞こえてきたが、気にしない。

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