第55話 姐さん印の引っ越しギルド

 僕達のキャンプにまた朝が来た。心配ごとを解決して迎えた清々しい朝だ。

 湖が朝日を受けて煌めく。魚が跳ねて、水飛沫が弾けた。

 緑の匂いは爽やか。

 自然に包まれた目覚めは素晴らしい。この環境を神に感謝し、祈る。


 昨夜の宴会ではかなり飲み食いしたが、体調も気分も良い。「シュアルテン様」のおかげのようだ。この効能はやはり興味深い。

 まずは皆から聞き取り調査し、分析してみるところから始めてみるか。元からの酒飲みとそうでない者、それぞれから違った見解を得られそうだ。

 朝の空気の中での散歩は思索もはかどる。


 と、ちょうどテントの前を通るところで、カモミールも起きてきた。


「おはよう。ペルクス」

「ああ、おはよう。いい朝だな」


 元気な彼女には眠そうな気配はない。昨日は戦いの直後にも寝ていたから早く起きてしまったのだろうか。

 ただ、耳と尻尾はピコピコと動く。機嫌が良い証拠だ。


「嬉しそうだな。昨夜は二人と一緒に寝られたからか」

「うんっ! おかあさんとおとうさんと幸せに寝れたの! ……あ、まだ寝てるけど起こそうか?」

「いやその必要はない。なんならカモミールまだ寝ていていいぞ」

「じゃあそうする!」


 カモミールは言うが早いか、またテントへ戻り、二人の傍に寝そべった。出来る限り密着している。その表情はとろけるように緩みきった笑み。

 この顔を見ると、やはり僕達は正しい事をしてきたと確信するのだ。




 それぞれが起きて朝を過ごし、太陽が周囲の木々よりも高く登った頃。

 一番大きな、大魚の骨を使ったテントに皆で集まった。今後の方針について会議する為だ。

 挨拶は省き、僭越ながら僕が切り出す。


「グタンとローナが戻ってきた以上、本格的にこの地での生活について話し合いたいと思う」

「おう、世話かけたな」

「長い期間囚われていたとは、不甲斐ないばかりだ」

「いいや、二人は悪くない。相手が特殊だった」

「けど世話んなったのは確かだ」

「多くの尽力に感謝を」


 二人がそれぞれに謝辞を周囲へ示す。グタンはもとよりローナも神妙に。

 初めから誰も責めていない。好意的に受け止められた。それも二人の以前からの活躍があればこそだ。


 皆の反応を確認したところで、僕は一つ咳払い。会議を進める。


「僕達は、この南方の人々との交流を始めるべきだと思う」


 目的は生活基盤を築く事。そして幸福に過ごす事。

 となれば交流は不可欠。

 狭い世界に留まらず見識を広げれば、今より大きな幸福が見つかると僕は信じている。


 この提言に真っ先にアブレイムが声をあげた。


「話は聞いています。教えが間違いだった、とは複雑ですが、この地の人々が善良であるのならば良い事です。しかし私達が簡単に受け入れられる訳ではないでしょう」

「ああ、理解している。だからこその話し合いだ」


 この南方に限らず、どんな土地でも余所者は拒まれる場合がある。むしろ多い。

 神官、ヴリードとギニー。それぞれ極端な態度だったので南方人の反応は未知数と言える。

 

 今度口を開いたのは師匠だった。


「基本的に、余所者が受け入れられる条件は二つだね。安全と利益。危害を加えないという信用と、交流すれば得になるという信用。つまりは商売だ。あの偏屈爺さんが役に立つだろうさ」

「心を開くのは音楽の力だよね!」

「きひひ。そうさね、アンタらの技も実に有用だ」

「わあい、褒められた!」


 シャロが調子良くはしゃぎ、サルビアが三白眼で小突く。が、少々弱い。

 昨夜にギクシャクしそうな出来事があったと聞いているのでそのせいか。助言出来ないので当人達による解決に期待するしかない。


 アブレイムがそんな賑やかなやり取りを無視し、意見を言う。


「初めから大勢で押しかけても警戒を高めてしまうでしょう。先程挙がった三名と、他に数名。そこに出来れば私も加えて頂きたい」

「理由を聞いても?」

「神の真意、真実を知りたいのです」


 魔界と恐れられてきた土地の、真実。信仰に関わる重要な見識。道を定めるには、知らねばならない。

 僕にも共感できる。断る道理はない。


「分かった。それに僕とカモミールも決定させてもらう。聖女と言い出しっぺとしての責任がある」

「カモミールが行くならアタシらも行くぞ」

「となれば、八人……使節団としては数が──」


 話が進み、具体的な案を検討する段階に入った。


 が、言葉を途切れさせてしまう。

 無視出来ない異変があったからだ。


「ん?」

「あん? こりゃあ……」


 強大な魔力の波を感じた。僕を含めて魔法に長けた面々が一斉に出処の方向を向く。

 その独特な気配には覚えがあった。


 転移魔法陣の発動だ。

 つまりは新たな異端者が来る。会議は中断するしかない。


「さて、どんな罪人が来るか」

「警戒しつつ迎えましょう」

「ああ。いきなり暴れるとは思えねえが、一応な」

「安全をなにより優先に」


 急いでテントを飛び出し、設置した転移魔法陣の岩塊へ。

 陣を囲めば、緊張感が満ちる。

 念の為に戦闘にも備えつつ、待つ。

 輝く魔法陣。

 照らされた皆の顔は強張る。誰かが息を呑んだ。


 そして、光が収まれば、そこには、予想外の光景。

 陣の内に収まらない程の、数十人もの人々が転移してきたのだった。


「なんだこの数は!?」

「待って、この服は……」

「皆! 良かった、また会えたのです!」


 真っ先にベルノウが駆け出し、先頭の人物の胸に飛び込む。

 そう、転移してきた彼らは同じ格好。彼女の故郷の人々だ。

 ベルノウと「シュアルテン様」のおかげで異端審問官から逃げていたが、遂に全員捕まり流刑となってしまったのだろう。逃亡生活の辛さのせいか、皆がやつれている。


 だが、そんな逃亡生活も終わり。流刑地であったここには、失ったはずの全てが揃っているのだ。

 すぐに温かい再会が始まった。


「あらあ、随分とまた元気なのですねえ」

「心配は要らなかったみてえなのだな」

「わー、姉ちゃんなのだー!」

「思ってたより綺麗な所なのです。これなら普通に暮らしていけそうなのです」


 近況報告がてらお喋りに勤しむ。

 賑やかで優しい空気。流刑からの落差で安堵したか、余計に微笑ましい空気になったようだ。

 無粋な真似はすまい。

 代わりに、小さな声で会議する。


「……この数をここで受け入れられるか?」

「難しいだろうな」

「開拓しましょうか。お二人がいれば百人力です」


 そう話すのはローナ、グタン、アブレイム。確かにこの人数が暮らそうとすれば、森を拓くのも手だ。

 だが僕には別の案がある。


「いや、ならば引っ越せばいい。適した土地なら既にある」

「マラライアさんの所だね!」


 カモミールも元気に同意。人が増えれば、とは言ったが、こんなにも早く出番があるとは思わなかった。

 とはいえあの冒険に同行しなかった者達は知らないので、改めて説明する。


 草原の中の廃墟。海賊と聖人の騎士が復興している事。

 かつて暮らしていた神官についても詳しく。


 聞き終えたアブレイムが思案しつつ意見を言った。


「成る程。過去の惨劇は気になりますし、敬意を払う姿勢は必要でしょう。ですが、人数の問題は解決しそうです」

「しかし、どうやってこの人数を移動しますか。我々の戦力は十分ですが護衛となれば事情が異なります」

「ちょっと待ってくだせえ! 折角の畑はどうするんで!?」


 反論したのはクグムスとダッタレ。

 確かに森は危険だ。凶暴な獣や虫が生息しているので大人数で移動するのは困難。

 時間をかけて築いたこのキャンプが惜しい、というのもそうだ。


 それらを受けて、ローナが軽く提案。


「じゃ、アレと同じやり方でいいだろ」

「アレ?」


 指差したのは目の前、ベルノウ達の人垣の向こう、魔法陣の岩塊。

 僕は言いたい事を理解して、戦慄する。


「まさか、ここら一帯、丸ごと魔法で移動させようと?」

「おう、いけんだろ」


 絶句。周囲の皆もざわめいた。

 だが確かに彼女なら可能かもしれない。

 そう思わせるだけの自信に溢れている。

 “破城”の名は伊達ではない。


「おかあさん! だったらわたしも手伝うよ!」

「いい子だカモミール! お手伝いしてくれて嬉しいぞ!」

「うんっ!」


 親子は既に乗り気だ。何と言うか、もう無敵である。

 これはもう僕も腹を括らねばなるまい。運ぶ前段階は僕の仕事なのだから。


「“石工メイソン”で切り取るとしても、重量と強度のバランスは……」

「きひひっ。森へ与える影響も考えておくんだよ?」

「理解しています。が、考えを纏めるのを手伝ってくれませんか」

「ああ。いいよ。面白そうだ。アンタも乗るだろ?」

「はい。勉強させて頂きます」


 ニヤリと笑う師匠。クグムスも真剣に同意。

 非常に心強い。これは試練だと認識しよう。


 三人で調査する。

 まずは引っ越したい土地の範囲を確認し、測定。それから運んだ際の影響を計算。大き過ぎるようなら、切り捨てる事も視野に入れる必要がある。

 畑や大魚の骨のテント、ギャロルの屋敷。この辺りが優先すべきところか。

 なので例によって会議にいなかった当の老商人に説明すると、勝手な真似をするなと苦言を呈された。が、それは師匠が黙らせた。ついでに土木工事に関する知識もあるらしいので意見をもらう。

 代わりに南方での商売における特権を要求されたが、それだけの働きはあるだろう。快く受け入れる。


 その間に他の皆はベルノウの同郷──エイルータ村というようだ──の者達に説明や食事等の世話をしていたようだ。

 そちらは任せる。食事にしても関係性にしてもベルノウが適任。橋渡し役となってくれるので円滑に進む。やはり彼女の人柄は得難い資質だ。

 カモミールも打ち解け、可愛がられている様子。提供する側であるのに、むしろ果物を分けられる。まあこれはこれで良い。


 僕達は調査を進める。

 周囲の解析が終われば調整作業。

 テントの配置を動かし、中央に寄せる。グタンやアブレイムにも手伝ってもらった。


 そして、いよいよ実行。


「“展開ロード”、“石工メイソン”」


 一帯に魔力の線が走る。土地を区切り、大地を割る。厚みは肘から掌の長さ程度。

 足元で地面が別れる感覚とは貴重な経験だ。内心興奮する。

 だがこれだけの広範囲では、流石に堪える。息が切れ、整えるにも時間がかかってしまった。


「……ふう、後は頼んだ」

「おうよ、任された」


 強気に笑うローナ。相変わらずの強い信頼感。

 キャンプの中央部に陣取り、カモミールも呼ぶ。

 皆が自然と集まってきた。

 期待と困惑の視線の中、ローナとカモミールは揃って迷いのない表情で呼びかける。


精霊オマエら、大仕事だ! 気ぃ張って動け!」

「精霊さん。お願いします」


 態度は違えど、精霊の働き振りに変わりはない。

 精霊が活性化し、魔力が高まる。その力強さに息を呑む。


 ゴゴゴと地響きがして、後に浮遊感。

 強大な魔法が発動し、その力が世界に大きな影響を与えた。


「おおっ!」


 それは誰の声だったか。

 誰であっても驚嘆するだろう。最早自分の声と他人の声も区別がつかない。


 大地が離れ、空へと向かう。あり得ない乗り物を駆使した、珍しい旅路が始まった。

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