第54話 男子禁制! いたんじょしかい
森の中、木々の隙間から見える星や月が綺麗な夜。
熱い焚き火が赤くキャンプを照らす。
わたし達は、皆でパーティーをしていた。わたしはおかあさんとおとうさんが帰ってきたお祝いのつもりだけど、ペルクスはカモミール派の祝典って言ってるから少し恥ずかしい。
それでも凄く楽しかった。
豪勢な料理は美味しくて量もたくさん。
それからシャロさんとサルビアさんがいつも通りに演奏と歌を披露くれる。何回聞いても飽きないから凄い。
その音楽に混ぜてもらって、わたしも踊る。おかあさんと一緒に空を楽しく飛べたから、更に嬉しい。
皆も拍手して喜んでくれた。
とっても素敵な時間を過ごせた。
結構楽しんだところで、サルビアさんが疲れたって事で音楽はお開き。それぞれにキャンプの中へ散る。
わたしはおかあさんと一緒に食べ物と飲み物をとってきた。
「すっごい楽しかったね!」
「おう、良かったよな!」
おかあさんが顔の横に飛んできて、頭を撫でてくれる。尻尾が揺れるのを抑えられない。
そんなわたし達のところに、ベルノウさんとサルビアさんも集まってきた。
食べる時は人が多い方がいい。大歓迎だ。
「サルビアー! 打ち上げしよーぜー!」
そこに、シャロさんが笑顔で手を振りながら駆け寄ってくる。
だけどサルビアさんはそっぽを向いて断ってしまった。
「だめ。今から女の子だけの集まりなの」
「えー!? なんでェ!?」
「今日はそういう気分なの」
「ちぇー」
唇を尖らせながらも、シャロさんは引き下がる。
そんな話は聞いてないから、少し戸惑う。だけどおかあさんはすぐに乗った。
「つう訳でグタン! お前もお断りだな!」
「む。分かった。楽しむといい」
「ふう。仕方ねえ。フラれ者同士仲良くしようぜ、旦那。……って事でモフモフー! っていやこれ結構ゴワゴワ……まあいいや、モフモフー!」
シャロさんはおとうさんへ元気にじゃれつく。二人が仲良くなったのならわたしも嬉しい。とられたみたいで、ちょっとモヤッてなるけど。
それはともかく、サルビアさんの考えが気になった。
「よかったの?」
「いいのよ。あたし、カモちゃんと一緒がいいの」
こう言われて嬉しい気持ちはあるけど、シャロさんを突き放すみたいな冷たい声だった。
少し、怒ってるのかもしれない。何かあったんだろうか。
「それより、ホラ。乾杯しましょ、乾杯」
「だな。そら、カモミールにはこっちだ」
「うん」
「かんぱーい、なのです」
わたしは果汁。皆はお酒。コップを合わせて、ぐいっと飲んだ。
果物の甘さが美味しい。踊って疲れていたから尚更美味しかった。
お酒はどんな味か知らないけど、皆の顔を見ていると羨ましくなる。
おかあさんは皆の目線と同じぐらいの高さを飛んで、自分用の小さなコップを魔法で浮かべている。お肉の串焼きもフワフワさせて、自然な魔法の使い方は流石だ。見てて面白い。
わたしも同じものを食べる。
香ばしくて、肉汁が溢れて、口の中が幸せだ。
おかあさんと向き合って、笑う。
「美味しいね、おかあさん」
「ああ、ちゃんとお礼を言うんだぞ?」
「うん! ありがとう、ベルノウさん!」
「どういたしましてなのです」
「で、野郎を追い出してどんな話をしたいんだ?」
おかあさんは、急にサルビアさんに目を向ける。真剣な話をするみたいに。
当のサルビアさんは、いつの間にかお酒をたくさん飲んでいて、目がとろんとしている。ベルノウさんのシュアルテン様のおかげで健康に害はないって話だったけど、心配になる。
サルビアさんはなんだか怪しい喋り方で答えようとする。
「うんん……それはねぇ……」
「そりゃ恋話に決まってるよな!」
言いかけたのを遮って、おかあさんは大声で言い切る。
そして顔の真ん前まで近寄って肘でほっぺたを突いている。
「アイツだろ? アタシとグタンの話を参考にしたいのか?」
「えあ? いやぁ……」
「気にすんな! 人生の先輩になんでも聞け!」
「それはぁ……」
サルビアさんはお母さんにグイグイ押されている。首が斜めになる程で、ちょっと力が強過ぎだ。しばらくなされるがまま。
「もっと自分を意識させたいのか? もしそうなら、ほら、あのペルの後輩とかにでも」
だったけど、急にサルビアさんはコップを地面に叩きつけた。
シンとしたところで、大声を張り上げる。
「そおよ! そいつよ!」
雰囲気の変わった目付きで、ビシッと指を差す。
その先は、わたしだ。
「カモちゃん、あの獣男子の事、どお思ってるの!?」
「え?」
いきなりで、わたしは首をかしげた。
困る。なんで聞かれたのか不思議。
聞かれてるのは多分、クグムスさんの事だろう。
優しい良い人だと思う。けど、正直に言えば。
「うーん。まだ会ったばっかりでよく分からないかな」
「それはいいわね。慎重になりなさい。ろくでもないヤツはダメよ。いやそうじゃなくても絶対ダメだから」
「どうしたのサルビアさん?」
「カモちゃんはね! 皆のカモちゃんじゃなきゃダメなの!」
良く分からない発言に、わたしはひたすら困った。
いきなりどうしたんだろう?
顔が真っ赤っ赤。お酒のせいにしても変だ。少し怖い。
握り拳を動かして、なんだか必死に言ってくる。
「汚れちゃダメ。綺麗じゃなきゃいけないの!」
「オイオイ、人の娘をなんだと思ってんだ?」
「可愛さの塊! 愛され娘!」
「お、おう……」
今度は逆転。おかあさんが押されだした。珍しい。初めてかもしれない。
可愛いって言ってくれるのは嬉しいけど、大袈裟だと思う。
これは酔っ払ってるのが悪いんだろう。多分。
一人落ち着いていたベルノウさんがなだめようとする。
「落ち着くのです。お水を飲んだ方が良いのですよ」
「嫌!」
「ううん。これは、シュアルテン様を呼んでお願いした方がいいのかもしれないのです」
「嫌! まだこのままがいいもん!」
聞き分けなくワガママを言い出した。
いつもの静かな感じとは違う姿で、サルビアさんこそ可愛いと思った。
おかあさんはまた別の手段を選ぶ。
「よし、責任者呼ぼう。オーイ、グタン! そこの奴こっちにくれ!」
さっき別れた二人に向けて、雑な事を言う。確かにサルビアさんには、シャロさんが一番かもしれない。
見てみると、シャロさんは赤い顔でおとうさんをいじくり回していた。
「うひへへへ、ここか? ここがええのんか?」
「水を飲みなさい。酔いすぎだ」
「わーのむー」
「畜生こっちもか!」
あくまで冷静に対処しようとするおとうさんと、いつも以上にへんてこなシャロさん。
酔っ払いって、こうなんだろうか。
大人は大変だ。お酒って怖い。
おかあさんはベルノウさんに聞く。
「なあ、酔いは覚ませるのか?」
「はい、出来るのです。でも少し時間がかかるのです」
「ならこうだな!」
「ひゃああ!」
サルビアさんは魔法の風で転がっていく。荒っぽいけど、話が通じないなら仕方ないのかもしれない。
おとうさんもその意図を理解。
シャロさんを少し強引に引き剥がして、サルビアさんの方へ運ぶ。
「シャロ」
「サルビア」
ごろごろ転がって、止まったところで、寝た姿勢のまま二人は向き合う。
じっと見つめて、ぼーっと見つめ合って、それから静かに話が始まる。
「……ねえ、シャロ」
「うん」
「信じていいんだよね?」
「うん」
「あたしは、歌が好き。劇が好き。カモちゃんも好き。シャロも好き! なのにシャロってば何も言ってくれないでしょ。代わりにカモちゃんの曲なんて作ってさ。そりゃあたしも好きだし褒めたけど。やっぱりあたしを向いて欲しいじゃない。言わないあたしも悪いかもしれないけど、それでも言ってよ。このままだと愛想尽かしちゃうよ。カモちゃんばっかり優先しちゃうよ。それでいいの? ねえどう思ってるの!?」
心の叫びを一気にまくしたてた。
やっぱり、本当はわたしよりもシャロさんと一緒にいたかったのに、色々とこじれていたんだ。
普段は言わない、本音なんだろう。シャロさんの態度が不満で、すねていたみたいだ。
だけど、シャロさんも酔っ払い。とろんとした目は、多分何も考えていない。
少しの時間をおいて、サルビアさんの必死さとは無縁の、だらけきった感じの声で答えた。
「ん、んあ……好きぃ……」
「あたしもぉ……」
壊れたみたいに雑な言葉を交わして、二人は倒れたまま抱きしめ合う。
それから、うへへへ、とおかしな様子で笑い出した。全然話は進んでないのに解決したみたい。
酔ってるから仕方ないのかもしれない。お酒は怖い。大人は大変だ。
その間に、ベルノウさんは舞いを終わらせていた。シュアルテン様に捧げる言葉と踊りを。
「ヨイヨイヨイヨイヨイツクヨイツク」
珍しい魔法陣が光り、召喚が為される。
現れたのは、筋肉が凄くて、毛皮の服装や蔓草や鎧みたいな木の板を身に付けている、赤ら顔のおじさん。シュアルテン様だ。
パン、と手が打たれた。特別な力が辺り一帯に放たれる。
爽やかで清らかな、不思議な感覚が通り抜けていく。
途端に笑っていた二人が静かになる。パチパチと目を瞬く。赤みが消えた。
「あ、これ、は……」
「……サルビア」
サルビアさんはまたすぐに顔が真っ赤になった。お酒とは違う理由で。
酔って言った事が、恥ずかしくなったみたい。
なのにシャロさんの方は平然としている。
「今までごめんね。可愛いよ、好きだよ、サルビア」
「止めてよ!」
「素直になろ? ほら、さっきのもう一回」
「止めてってば!!」
照れるサルビアさん。なんならさっきよりも顔は真っ赤。
結局二人は仲良しなんだろう。これが愛。二人の歌でも聞く、特別な関係。
お酒の力は怖い。でも結果としては良かったと思う。
とりあえず騒ぎは落ち着いた。
だからまた宴会は再開。今度はお酒は程々に。でも同じ事は繰り返されそうな気もする。
おかあさんがわたしの顔の横まで来て、聞いてくる。
「ところでカモミール。結局ペルの後輩の事はどう思ってるんだ? ついでにペルの奴もだ」
「え? だからクグムスさんは、まだよく知らないけど優しい人で、ペルクスはおかあさんとおとうさんの次に好きな人だよ」
「そっか」
素直に答えれば、おかあさんは優しく微笑む。
それから、落ち着いた声で、真剣味を持って喋る。
「いつか、アタシらへの『好き』とはまた違う感じの『好き』があるかもしれない。それが恋ってヤツだ」
恋。愛。
さっきも感じた。お話では知ってる。素敵なものだ。
だけど、実際はどうなんだろう。
おかあさんとおとうさんの関係みたいな、シャロさんとサルビアさんの関係みたいな、そんな関係は見てて羨ましい。
でもわたし自身の話になると、まだよく分からない。困ってしまう。
おかあさんは悪戯でもするみたいに笑う。
「もしいつかその時が来たら、アタシに教えるんだぞ。男を尻に敷く方法を教えるからな!」
「……? おかあさんはおとうさんの頭の上によく乗ってるけど、わたしの大きさだと無理だよ?」
「……キャハハハハハッ! そりゃそうだ、これはアタシが悪かった! そうだな、カモミールは上じゃなくて隣を歩くんだぞ?」
「分かった。いつかが来たら、そうする!」
おかあさんと二人、並んで寄り添って笑う。
そこにおとうさんも来たから抱きついた。三人で固まった。
これが今の幸せだ。
ちょっと面倒な騒ぎもあったけど、終わってみれば笑顔の思い出ばかりの、楽しい楽しい宴会の夜だった。
眠ったら良い夢が見れそう。
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