第53話 素人質問で恐縮ですが

 空には黒に映える星。風が木々を優しく揺らす。湖に映る夜空は静かで、美しい。

 そんな森の中のキャンプ地で、僕達は宴会を開いていた。


 一日がかりで用意された、多くの食事。その香りが森に広がる。

 大鍋に具沢山のスープ。肉や魚介や茸、それぞれの美味が混ざりあって舌を楽しませてくれた。

 肉の丸焼き。香草が引き立てる、単純明快な肉の味の爆発力に満足の一品だ。食感が今までより良いのは、かまどを作ったからか。

 穀物や果物から造った酒。ベルノウの悪魔、シュアルテン様の力により、味はよく悪酔いしないという最高の触れ込みで、大人達は浴びるように飲んだ。

 甘い果物。素材そのままとはいえ、単なる口直しでは終わらない瑞々しさがあった。


 更には演奏と歌。シャロとサルビアによるディナーショーが大いに盛り上げる。

 師匠が研究の対価として楽器に魔術を施したらしく、演奏はまた一段と凄味を増した。シャロも「お婆ちゃんありがとう!」と喜んでいる。

 楽器が増え、楽曲も多種多様。それから二人以外に誰でも自由に参加する。カモミールはローナと楽しそうに踊り、ベルノウは太鼓のリズムを足し、手拍子は重なり合って響く。

 賑やかだ。皆で明るく笑い、大いに満喫する。


 再会のお祝い。カモミール派の祝典。

 そんな建前は置いて、人間の幸福がそこにあった。


 だが、僕達は少し違う。

 宴会の輪の中にあって、僕と師匠とクグムス、三人は異質な空気で話をしていた。


「──つまり、獣人はこの南方地域で生まれ、北方に移動したと断定出来る。同じく人間も北方から南方へ。交流の痕跡、これはかなり古い」


 この一角は、真剣に論ずる研究発表の場となっている。

 師匠は酒をちびちびと飲みながら、上機嫌でこの土地での研究成果を語る。


「いや、前々からこの推測は立てていたんだが、確認出来たのは大きい。やはり実地調査に限るね」

「人数に差はあれど獣人も完全に定着している以上、交流の規模の大きさが予想されます。しかし神罰以降は途絶えていたのですよね」

「ああ。境界の神罰。その詳細も調査したいね」

「長く平和的な関係だったのに、急に神罰が下される程の戦争。不可解です」

「ああ、そうだね。記録も全く見つからない。荒野を掘り返しても収穫無しだ」

「掘り返したのですか」

「当たり前だろう。突き詰めたければ徹底的にやるもんだ」


 師匠は笑う。研究の為なら苦労とも思わない。以前より増々活力に溢れている気さえする。

 クグムスはちゃんとついていけているのだろうか。目を輝かせて話を聞いている姿を見ると大丈夫そうだが。


「ま、とりあえず今後の目標はあの神殿だがね。解析はまだまだ足りない」

「先にある文明は調べないのですか」

「そりゃあ後だ。が、誰かガイドは欲しい。知識が残ってるかもしれないしね」

「新たな発見が楽しみですね」

「ああ。全くさ」


 酒を美味そうに呷る師匠。

 すかさず肉を口へ。豪快な食べっぷりは清々しい程。

 僕も肉とスープに手をつけた。美味い。じっくりと味わう。研究者と言えど体が資本だ。美味い食事は効率を上げるものだ。


 と、そこで、師匠が肉を食べ終わった串を僕に向けてきた。


「さ、次はアンタの番だ。報告してくれるね?」

「勿論です」


 師匠の視線に緊張する。

 酒を一口飲んだ。気分を高揚させ、報告の内容を整える。


「やはりカモミールから始めますか」

「ああ。まずはね」


 強い圧を感じる。

 まずは。他の報告も期待しているという意味だ。

 息を吐き、余計な重圧を追い出して、語る。


「獣人と妖精、異なる肉体を素に、新たな命を生む。生命誕生の再現をするにあたっては、初めに両者の血肉の拒絶反応への対処が課題でした」


 研究の要点を纏めて報告していく。

 整理し細かく言語化するのは僕としても理がある。

 水と油を混ぜるような、肉体を形にする苦労から、魂が宿った軌跡の瞬間まで、事細かに語り終えた。

 思えばグタンとローナがいたからこそ成せた苦難の道のりだった。人の温かみが染みた、懐かしい日々だ。


 酒をお供に耳を傾けていた師匠が、盃を置く。


「ふうん。最後の課題は魂か」

「はい、やはりここだけは神の領域なのだと実感しました」

「本当にそうなのかい?」


 師匠は目線鋭く、質問を投げかけてきた。

 一気に緊張感が募る。唾を飲み込んだ。


「単に脳の造りが甘かっただけなんじゃないかい? それは違うと言い切れるのかい?」

「はい、正常な脳と比較しても問題ありませんでした」

「んじゃ、脳以外の肉体、例の拒絶反応が異常を引き起こしていた可能性は?」

「可能な限り異常は発見して取り除いたはずです」

「ふうん。神に頼って思考放棄した、って訳じゃあないというんだね?」

「はい」


 師匠の追究に、内心で怯えながらも強気に言い切った。

 厳しい要求にも応えたい。弟子としての誇りにかけて。

 そのかいあって合格なのか、師匠は優しく笑った。ほっと安心する。


 だが追究は終わらない。


「ほら、アンタも兄弟子に質問しな。アンタの専門と被ってるだろう?」

「はい!」


 クグムスが威勢よく返事。

 兄弟弟子で向き合う。少し、いや獣人である事を考えればかなり顔が赤いが大丈夫だろうか。

 そんな僕の心配を余所に、彼は質問してくる。


「妖精は親から子が生まれるのではなく、自然発生する存在です。よって獣人と妖精の子供、とは自然に生まれる道理がありません。生命誕生の再現、というには不自然ではないでしょうか。神の奇跡というより、人の手による人の創造なのでは?」

「妖精は肉体を持つ精霊であり、生命のサイクルから外れている。である以上子を産めないと考えるのは確かに自然だ。しかし僕はそれは間違いだと考えた。そして実際に子を成す機能を発見し、活用した。やはり僕は外から生命誕生を手助けしたに過ぎない」

「なるほど。あくまで自然の延長線上にあるというのですね」


 クグムスは楽しげに踊るカモミールをチラリと見る。

 それからまたすぐに視線を戻し、続ける。


「両親の異なる要素はよく調和しているように見えます。確かに生命の神秘です」

「じっくり観察すればいいじゃないか。研究にとって初歩の初歩だよ」

「……それは失礼でしょう」

「んじゃ堂々と観察させて下さい、って頼みな」

「い、言える訳ないでしょう」


 突然クグムスの声が弱くなった。

 顔を背けて、消え入るような声で続ける。


「あ、あんな、可愛らしい女の子に面と向かってそんな事……」


 顔が赤いのは酒だけのせいじゃないようだ。

 すかさず師匠がニヤニヤと遊びだした。


「なんだ惚れたのかい?」

「ほ、惚れっ!? いえそんな訳……失礼な行動を控えるのは当然の事で……」

「そんな訳も何も。可愛い娘なんだ、無理もないさ……まあ三歳ってのはアレだがね」

「…………三歳?」

「ああ。魂に難儀した影響で、肉体の成長だけが進んでしまった」

「それより気付いてなかったんなら未熟もいいトコさね。肌や毛の艶、魔力、判断材料は幾らでもあったじゃないか」


 クグムスはうずくまって沈黙してしまった。その心情は察してあまりある。

 僕の見たところ、あくまで女性慣れしてないが故の照れ。恋愛感情とまでは言えなさそうだ。

 きひひっ、と人の悪い笑みを浮かべる師匠も酒の影響はあるだろうか。いやいつも通りか。


 確かにカモミールの年齢はアンバランス。

 見た目の年齢、精神の年齢、脳や肉体の年齢が合わない。更に言えば誕生からの年月を実年齢と言ってよいものか。

 僕としても悩むところだ。

 グタンとローナは納得してくれいるとしても、やはり悔いは残る。


 未だ動揺し続けるクグムスを放置して、師匠は質問に戻る。


「さて、次は悪魔だ」

「はい。といっても僕も大して情報はありません。後回しにせざるを得なかったので」


 正直に言うしかない。

 シャロ、異世界。ベルノウの故郷。

 様々な方向から情報収集はしていても、そこからの発展がない。詳細不明。研究者として不甲斐なかった。


 報告を聞き終えた師匠は、しばしの沈黙の後に語る。


「悪魔の魔法陣だがね。ワタシが調べた遺跡にも、似た魔法陣は見た覚えがある」

「何処ですか」

「王国の西、辺境の遺跡。そこで神として崇められる位置にあった」


 異教の神。悪魔との共通点。

 点と点が繋がり始めてきた。


「やはり、教会が神と崇めるモノと、邪神や悪魔として排斥するモノ。それらの差違が研究の糸口になりそうです」

「ワタシとしては、上位の存在をいちいち区別しなくていいと思うがね」


 神と悪魔を同列に扱う発言。

 師匠に慣れているはずの僕も驚いてしまった。


「流石の師匠ですね。教会をまるで恐れない」

「暴走信徒にも言われたね」

「……アブレイムですか」

「ああ。アンタらが転移陣を確保してる間に話したのさ。手段を選ばない奴は嫌いじゃない」


 遠慮ない呼び方から気に入り具合が分かる。

 不安になる組み合わせなのは気の所為だろうか。

 盃を呷り、師匠は僕を見据える。


「アンタも、嬢ちゃんも絞られたそうだね? ワタシ以外の師匠なんていい経験だったろう?」

「そうですね。見識を深められました」

「きひひっ。教会に真っ向から喧嘩売ろうってんだ。そのぐらい図太くないとね」

「……カモミール派の事ですね。それについてはどう思われますか」

「面白いよ。あちらの教会よりずっと」


 師匠は微笑む。

 言葉は少ないが、確かに認められている。

 心強い応援だ。心が熱くなる。

 師匠に酒を注ぎ、乾杯。

 一時研究を脇に置き、心地良い空気感を味わった。


 と、そこに、意外な人物が現れる。


「相変わらずのようだな、遺跡狂いが」


 老商人、ギャロルだ。

 今までは宴会だろうと屋敷にこもっていたはずだが、どういう風の吹き回しか。

 どうやら知り合いらしい師匠を真っ直ぐに見つめて、師匠もじいっと見つめ返す。


「そっちこそ相変わらず辛気臭い。どうせ異端者なんだ。開き直った方がいいんじゃないか?」

「ふん」

「知人なのですか」

「コイツは儲けさせてやるから研究資金を出せと言ってきたんだ。その癖渡してきたのは儲けに繋がない過去の遺物。質の悪いが詐欺師だ」

「ワタシは金に見合った研究成果を渡したよ。商売に活かせなかったアンタが悪い」


 なにやら険悪な空気。

 僕が対応を決めかねる中、ギャロルは師匠を睨む。


「投資を回収し切れていない。返してもらいたいのだがな、今」

「今更商売なんざ……と、言いたいところだが、確かにいい話があるね」

「ああ。この土地は手付かずの商売圏だ」

「ここで再起するのかい? それとも北に帰って再興するつもりかい?」

「稼げるのなら何処でもいい」

「なら若者達の手助けをしてやりな。それが回り回って稼ぎに繋がる」


 師匠は強気に断言。

 僕達に期待して、助けてくれようとしているのだ。

 ギャロルは不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「ふん。既にやっておる」

「んじゃ話は終わっていてるじゃないか。なんだい、ワタシをダンスでも誘う口実だったのかい?」

「誰がそんな金にならん事を」

「きひひっ。まあ、酒を酌み交わすくらいならいいだろう?」

「ふん」


 師匠とギャロルは乾杯し、一気に酒を飲み下した。

 悪態をつきながらも、心底嫌ではなさそうな雰囲気。腐れ縁と言ったところか。


 僕はそこから離れ、シャロ達を見た。

 音楽は転調を繰り返し、ダンスはまるで合っていない。折角の歌姫の歌も誰かの濁声が邪魔をする。

 自由気ままにしても滅茶苦茶な有り様だが、皆笑顔で楽しそうだった。

 今更ながら混ざってみようかと思う。


 宴に議論、様々な顔を見せながら、夜は静かに更けていくのだ。

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