第51話 愛と誓いを胸に抱く

 戦いの終わった神殿に柔らかな風が吹く。精霊魔法ではない、自然なもの。周りの葉をザワザワと鳴らしている。その音色が心地良い。

 大穴が空き、瓦礫の山となってはいるが、未だこの場所は神域の風格を備えていた。


 そう、戦いは終わったのだ。

 だから戦い疲れたカモミールは、グタンの背で気持ち良さそうに眠っている。安らかな寝顔は年相応で可愛らしい。

 グタンはカモミールが落ちないようしっかり支え、同時にあやすように体をゆっくり揺らす。慣れた様子が懐かしかった。

 その肩にローナが座って、カモミールの頬を撫でる。穏やかな微笑みは苛烈な戦いを演じた人物と同じとは思えなかった。

 疲れて、安心して、身を任せる。家族の在り方はかくも素晴らしい。

 シャロとサルビアも微笑ましいと見守りつつ、作詞作曲のアイデアが無限に湧く! と静かにはしゃいでいた。

 これこそ愛に満ちた空間と言えるだろう。


 それはそれとして、後始末はまだ残っている。

 僕はカモミール達とは離れて、静かに告げた。


「さて神官殿。話し合っておきたい事があるのだが」


 すっかり落ち着いた神官は穏やかで、あれだけ強かった憎悪はもう見えない。

 グタンのおかげだ。敵意に狙われたとはいえ、救われたのなら幸いである

 警戒はしなくともいいだろう。

 だが少し、緊張。

 また刺激しかねない話題があるのだ。それこそ憎悪を再燃させかねない。怪我の上に疲労困憊でまともに動けはしないだろうが、念の為。


「……なんだ」

「あなたが住んでいたのは、草原の中にあり川港を持つ大きな街だろうか」

「その通りだが」

「そこを僕達が復興させ、住んでもいいだろうか。いや事後承諾になるが既にそうすべく動いているのだが」


 なるべく表情を保ち、平静に語る。

 正に今朝から進めている事業だ。滅んだ事情は予想出来たはずだが、何も考えていなかった。それは反省。

 陸鮫達は今頃家屋の建築に取り掛かった頃だろうか。


 かつて異文化の人間が住んだ街を創り変える。

 破壊、侵略。そう言われても仕方ない非道だろう。

 いくら相手に罪があろうと、これは別の話だ。罰には相応しくない。


 沈黙が痛い。それでも目は逸らさない。ただ待つ。

 やがて神官は静かに口を開いた。


「……そうか」

「よいのか?」

「いいも何も、過去の遺物だ。好きにすればいい。私はもう、帰る気はない」


 自嘲げに笑った神官。

 穏やかというより、これではむしろ無気力。虚無。抜け殻となってしまっている。

 憎悪を吐き出したはいいが、これはこれで消えてしまいそうな危うさがある。

 この有り様は罪に対する罰として、適当と言えるだろうか。

 違った意味で沈黙が痛い。僕は何をすべきなのだろう。

 

 そんな重い空気を、強気な声が引き裂く。


「それはこっちが困る」


 師匠だ。沈黙をものともしない自信に満ちた顔。

 ずずいと進み出てきて、神官に迫る。


「遺跡に残る碑文なんかは確かに貴重な資料だがね、生きてる人間の証言が一番だ。歴史ある文化は残してもらわないといけない。だから復興はアンタが纏めな」

「それならあの二人に任せればいい」

「あんなチンピラに文化的な話が期待出来るとでも? それに、少しやり過ぎたからどの道無理だろうねえ」

「……師匠。やり過ぎとは、何を?」


 嫌な予感がしたので、恐る恐る問いかける。すると師匠は親指で背後を示した。


 その先にはヴリードとギニー。

 ただし、老けていた。

 ギニーは中年程度だが、ヴリードに至っては皺が深い老人だ。痩せ細り、弱々しい。荒々しかった姿は見る影もない。


「おう、ギニー……ギニー……俺は」

「落ち着いてヴリード。あたしは、絶対、絶対に見捨てないから!」


 熱い涙を流しながら抱き合う二人。

 こちらはこちらで愛の深さが見える。他人はどれだけ残酷に扱っても、自分達だけは大切なのだ。

 やはり身勝手だ。

 とはいえ、これは流石にいたたまれない。

 同情しつつ、原因たる師匠に尋ねる。


「師匠、あれは?」

「神殿の魔法の応用さ。時空を歪めて神の座所に繋げる、なんて貴重な魔法陣が解析出来たからね。実験してみたら、ああなった」


 確かに興味深い魔法陣だった。刺激を受けて仮説や新理論を構築し、試したくなるのは僕も同じだ。大いに共感する。

 ただ、実験でこの結果。優秀過ぎるのも害になり得るという好例であるか。


「やっぱりマッドサイエンティスト婆ちゃんじゃあん」

「危険人物は近付かないでほしいわ」

「きひひっ。アンタも気になってるよ! 是非調べさせてほしいもんだ!」

「うひゃあ! お助けぇ!」

「ちょっと! シャロをあんなのにしたら許さないからね!」


 シャロとサルビアが表情豊かに騒ぎ、師匠は悪い笑顔で騒ぎを冗長させた。

 流石に冗談だと思いたい。

 クグムスと二人で視線を交わし、頷き合う。師匠を満足させつつもやり過ぎないよう、弟子である僕達には適度なストッパーとなる事が求められる。

 全く苦労する師匠だ。


 それはそれとして処遇を考える。

 あの二人は南方の国から罪人として追放されたか、逃げてきたといったところだろう。

 それでも反省せず罪を重ねたのだから、罪を犯そうとしても体力的に出来ない、というこの状態は罰としては有効かもしれない。この姿のままで、陸鮫のように町の牢に入れておくべきか。

 まあ、後で考え議論しよう。


 気を取り直し、師匠が神官に向き合う。


「話を戻そうか。失われる歴史を継ぐのは、アンタしかいない」

「いや、この先に国がある。人なら幾らでもいる」

「それはそれで聞くさ。だが過去の文化を知るのはアンタしかいないじゃないか。儀式、言葉、習俗、その他諸々あるだろう? そら出しな」


 好奇心を優先して、師匠は要求する。

 自分の中で理屈が通っていれば良しと、強引。これは相手が敵対していたから、ではなくいつも通りだ。この強引さが優位に働く場合もあるにはあるのだが。


 やはりというべきか、神官は眉をひそめて拒否してきた。


「従う気はない」

「アンタはワタシらを贄にしようとした上、負けた。落とし前はつけてもらわないと。あっちの二人よりは余程良い待遇じゃないか」

「……確かに罰として相応しい屈辱だ」

「おや。後世にアンタの家族が生きた証を残す事が屈辱だと?」


 師匠は挑発するように問いかけた。

 神官の反応が変わる。

 まず目付きから険しさがとれた。顔には生気と、迷いの揺らぎが漂う。

 師匠はこれを狙っていた、とは思えないが、結果として良い方向だ。

 そして短くない沈黙の末、神官は口を開く。


「……それは、確かに余所者には任せられない」

「ではどうする?」

「復興を見張り、監督する。そちらの指示に従おう」


 神官は強く言い切った。意志の強さが目に表れる。

 これでようやく、救いだ。

 師匠を押し退け、僕が話を継いだ。


「こちらとしても助かる」

「文句を言われても受け付けんぞ」

「こちらは借りる立場だ。受け入れよう。ただし、罪がある以上自由は制限させてもらうがな」


 話は纏まった。

 彼は奉仕活動の一環として、町に技術と知識を提供。同時に陸鮫達と相互監視する。

 その一方で警戒はさせてもらう。身体拘束や神獣の加護を遮る魔法的拘束、これは流石に外せない。

 カモミールが同席していないが、助けたいと言っていたのだしこの辺りが落とし所だろう。正式にはまた皆で話し合い、決めるべきだが暫定的に。


 なので、ここからは別件だ。


「それから、もう一つ」


 僕は居住まいを正す。

 真摯に、真剣に、言葉を紡ぐ。


「僕は、二度と惨劇を繰り返させないと誓う」


 北方による奪還戦争。その後の異端者と南方の人間による双方向への暴挙。

 それら全てを防ぐ。

 大きな理想。著しく困難だ。

 だとしても、やはり諦めてはいけない。


「貴様に何の保証が出来る」

「この地に来る人々を管理しよう。転移の魔法陣を確保し、新たな異端者も全て取り纏める。非道な真似はさせない。いざとなれば、こちらで処理も検討する」


 それは一方的で独善的ではある。が、やはり悪を防ぐには秩序が必要だ。

 最悪の場合の覚悟もしている。カモミールには伝え難いからこそ、今誓った。

 これを必要悪というのだろうか。


「傲慢だ」

「ああ、傲慢だとも」


 僕は僕の傲慢を認める。既に認識していた。

 だから胸を張って宣言する。


「我々カモミール派は、誰もが幸せになれる世界を目指す」

「……あの娘が一番上の人間だと?」

「聖女だ。清らかで優しく、慈愛がある。無論まだ幼い故未熟ではあるが、いずれは真に聖女として相応しく成長すると信じている」


 神官は目を丸くした。思うところがあるのか、悩む素振りを見せる。

 やがて、ふっ、と柔らかく笑った。認めるように。

 僕も笑い返す。感謝するように。

 少し前まで敵対していたとは思えない、温かな空気が流れた。


 と、そこに。


「いや待て、ペエェル!」


 ローナが僕の名を叫びながらかっ飛んでくる。

 突進のままに僕の額を小突いた。強烈な痛み。うずくまりそうなところをなんとか堪えた。


「カモミール派たあ何だ!? 聞いてねえ!」

「そう言えばまだだったか」


 顔の正面で、額の皮膚を掴まれながら大声を出される。まるで肩を掴んで荒く揺さぶられているような感覚。もしローナが人間だったら間違いなくそうしていた。

 喋るのも難しい状態だが、僕は責任感を持って語る。


「……カモミールの誕生は禁忌ではない。故に僕達は罪人ではない。この主張を、カモミールが聖女として立つ事で証明しようしたのだ。無論本人も『おかあさんとおとうさんの為なら』と乗り気だった」


 話を聞けばローナは手を離してくれた。しばし難しい顔で沈黙。

 そしてグタンに背負われたカモミールの方にゆっくり飛んでいく。


「そっか。アタシ達の為にねえ……」


 しみじみと味わうような声色。嬉しさを抑えようとしても隠せない表情。

 カモミールを見たままでグタンに水を向ける。


「グタン! どう思うよ?」

「正直な所、重い負担を背負わせるようで心苦しい」

「確かに。でも我が子ながら立派だろ?」

「ああ。立派だ。が、子離れには早過ぎる。まだ大人に甘えるべき年頃だ」

「だよなあ」


 二人は目を細めてそれぞれにカモミールを撫でる。大きな誇らしさと小さな寂しさの混ざった眼差し。

 成長とは良い事ばかりでもない。大人になれば巣立つものだから。

 僕は早まったかと心配しつつ、問う。


「聖女には反対か?」

「いんや? 頑張る子供を見守るのも大人の仕事だ。親の都合で足引っ張るなんてあり得ねえ」

「そもそも理由は我々の不甲斐なさのせい。並んで共に進めば甘えてくれる機会もあろう」


 二人は前向きに肯定してくれた。

 今まで不在だったからと勝手に進めていたが、これで正式に許しが出た。

 勢いのままに僕は言う。


「ならば教義や儀式について相談したい事が」

「ま、今日は小難しい事はもう止めだ。カモミールはよく頑張った。だったら帰ってご褒美の宴会の準備だ! そうだろ?」

「小難しいと避けていい話題ではないだろう。が……確かにご褒美が優先だ」

「……だな。済まない。まずはカモミールを労おう」


 二人は無事に、笑顔で帰ってきた。

 こうして一つの冒険は終わる。帰る先も仮の居場所ではあるが、ひとまずは。


 日差しを受けて輝く幸せそうな寝顔が、この冒険の成果を物語っていた。







第三章 父母をたずねて冒険行 終

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