第48話 欲望の獣
清らかだった聖域も、もうメチャクチャ。
炎を振り払った神官さんがボロボロで膝をつく。
ヴリードさんとギニーさんが攻撃して、神殿から力を引き出す為の装飾品を奪ってしまった。
裏切り。助かったけど、喜べない。
シャロさんはペルクスにこの事を伝えていた。悪魔の力があれば神殿の中にも届くはず。
だとしてもあんまり変わらないかもしれない。元々急いでいたんだし、更に速くするのは大変だ。
対応に困るわたしを置いて、二人は自分達の世界に入っていた。
「えーと、どうやるんだコレ」
「うんとー、確かぁ……」
奪った装飾品をいじったり、神官さんの言葉を思い出して唱えたり。色々と試している。こんなにグダグダしてるのに、傷のせいで誰も手を出せない。
その内に肉体が変貌を遂げた。
神官さんとはちょっと違う。大きくなって筋肉質だけど細めで、たてがみが逆立っている。元々の姿をそのまま獣人にしたみたいなだった。
「きゃああ! ヴリードカッコいい!」
「そうかぁ?」
二人ではしゃぐ。まるで着替えた服装を褒めるみたいだ。
あんな酷い事をしたばかりなのに、日常の姿勢。かえって不気味で怖かった。
神官さんが頭を押さえながら問いかける。
「……何をしている。憎い敵を殺したいはずだろう」
「ん? ああ、確かに言ったな」
「何故だ。自分で手を下したかったのならば無理に奪わずとも」
「いいや違うね」
戸惑いながら質問を重ねる神官さんに、ヴリードさんは近寄って、冷たく言い放つ。
「俺が憎いのはお前だよ」
口元は笑っているけど、目は怖い。本気の怒りと憎しみのこもった表情。
そして神官さんの顔を蹴飛ばす。
鼻血を出しながらも倒れはせず、強気にヴリードさんを睨みつけた。
「ぐ……何故だ。何故私を!」
「あん? オレ達から奪っただろうがよ」
「そーそー。なのに自分の事は棚に上げて『全て奪われた』って怒っててさー。ホントイライラした」
二人共怒っている。態度は軽くてもその感情は本物だ。
責められて、でも神官さんには見に覚えがないみたいで困惑する。
「何を……?」
「だから余所者を奪っただろうがよ」
まだ混乱したままの神官さん。
わたしも同じで、よく分からない。
怒る二人は腕を広げて、大袈裟にアピールするみたいに言った。
「見た事ない珍しい服。道具。知識。魔法。強い奴。綺麗な奴。便利な奴。全部全部全部! お前があん中に放り込んだんだろうが! オレ達の楽園をぶち壊しやがって!」
「カワイイ子まで捨てちゃってさあ」
「そうだ。酷え事しやがる。今もそうだな? 殺すだなんて信じらんねえ」
「そーそー。この子、あたしのモノにして楽しむんだから。ね?」
子供みたいな笑顔でわたしを指差してきて、寒気がした。
要するに、流刑になった異端者を狙っていた盗賊だったみたいだ。でも神官さんは異端を皆供物にしてしまう。だから邪魔だった。
自分勝手な欲望。
行動原理は何処までも自分本位。
こっちでも珍しいくらいの悪人だったんだろうか。そうだと思いたい。
「貴様らは、そんな理由で……?」
「当たり前だろ。自分の持ち物が奪われたから仕返しする。オマエもそうだろうが」
神官さんは絶句している。呆然と信じられないものを見るみたいに見つめていた。
けど、やがて怒りを取り戻した。
「奴等が憎くないのか!? 街を焼くような野蛮な奴等が!」
「だから年寄りは嫌いなんだ。街を焼く? んな大昔の事なんざ知らねえっての」
「ねー。ホントどうでもいいし」
何処までも軽い二人。
神官さんとは絶望的に噛み合わない。
「何を、言っている? 私の言葉に賛同していただろう」
「そりゃアンタに勝てなそうだったからな。媚びるしかねえ。だが、今はこれがある」
ニヤリと笑って自分の胸を叩いた。神様の力を得た強靭な体を。
自信満々。嘘をついでも、この時をずっと狙っていた。
それが、いま行動に移される。
「もうお前は要らねえ。あばよ」
「カッコいいー!」
ヴリードさんは勢いよく前進。大きな拳が振り下ろされた。
衝撃と爆音。盛大に地面が割れる。
だけど、神官さんはいない。
避けていた。フラフラで、今にも倒れそうなのに、辛そうな顔なのに。
「へえ。まだ動けんのか。ギニー」
「任せて!」
精霊魔法。
火の玉がたくさん浮かび上がる。
避ける場所をなくす為か、広がって発射される。神官さんは満足に動けない。ただ歯をギリギリと食いしばって見ている。
これじゃ危ない。
わたしは必死に動いた。
「精霊さん、火を消して!」
冷たい風が吹き荒れた。火の魔法に対抗。
次々消していき、全ての攻撃をしのぎ切る。
神官さんも、皆無事だ。
ギニーさんは信じられないという顔で声をかけてきた。
「ちょっとちょっと。なんで邪魔すんの?」
「助けたいから」
「あらカワイイ。それに良い子。増々欲しくなるわね。いっぱいいっぱい抱きしめてあげる」
「要らない!」
「あらそう?」
「ギニーの言う通りにしな。じゃねえと、こうだ」
爪の攻撃。かなりの速さで、すぐに真ん前にまで伸びてくる。
わたしは急いで上へ。空に逃げた。
油断せず槍を構えて、一度冷静に二人を見下ろす。
「あ、もう! いじめるのはナシ! アレあたしの!」
「悪い悪い。でも脅すだけだったんだって」
「全く。知性に欠けた方々です」
緊張感なく言い合う二人に、俊敏な影が飛びかかった。
クグムスさんだ。
もう怪我は治っている。
鋭い頭への回し蹴り。だけどヴリードさんは避けた。そして空気が弾ける程の、反撃の蹴り。
クグムスさんはその足に反応。上手く踏んで、跳ぶ。宙返りして、回転の勢いを乗せて、再び蹴り抜く。
快音。痛打が決まった。
やった、と思ったのに、クグムスさんは即座に反撃を受ける。
ぞんざいに振り払う仕草みたいな平手打ち。なのに強烈な威力。防いだ腕が赤くなっていた。
「こっちはいるか?」
「うーん。こっちもカワイイのはカワイイんだけど、ちょっと違うかなー」
「んじゃ毛皮で服でも作るか?」
「それなら賛成!」
残酷な内容でキャッキャッと騒ぐ。
やっぱり平和な遊びみたいに。
わたしは悲しくて悔しくて、胸がギュッとなった。
残念だけど、これは絶対に分かり合えない。
止めるには戦うしかない。
さっきまでと同じはずなのに、気持ちは全然違う。助けたい、とはならなかった。
わたしは決めた。
「精霊さん、治して!」
治す相手は神官さんだ。敵の敵は味方になってもらう。
段々と傷が塞がっていくのに、神官さんは戸惑っていた。
「貴様、何を……?」
「ほら、皆で協力しなきゃ!」
「……何があろうと、貴様達を許す気はない」
「あーもー! 流れで共闘するトコでしょ!」
割り込んで叫んだのは、シャロさん。元気に聞こえるけど、神官さんに殴られたのが効いていて、倒れたままだ。
続いてサルビアさんもなんとか上半身を持ち上げて声を張る。
「そうよ! 黙って受け入れなさい!」
傷ついて本調子じゃない中、それでも華麗な演奏が始まる。
──仲間達、今一つになって、悪を打ち倒せ。
歌の内容は、王道の英雄譚。今にピッタリで力が湧いてくる。気分が盛り上がる。
ヴリードさんは拗ねたみたいに不満げな声を出した。
「オイオイ、悪ってのは俺達か?」
「ひどーい。あたし達、幸せになりたいだけなのにね?」
熱くて大きな炎が生まれた。神官さんだけじゃなくて、それぞれ皆に襲いかかる。
これはわたしの担当。精霊魔法の風で振り払う。
「それならわたしも、皆を助けたいだけ!」
「その為ならオレ達をぶちのめすって? 聖女って言ってた癖に暴力的だなあ?」
「そうだよ! わたしはまだまだ未熟だから、こんな事もするの!」
残念だ。本気で苦しい。
戦いは説得の手段。傷つけて喜びたくはない。
でも人の事を考えない人には、教えないといけない。
まるで動物。野性の掟みたいだ。
悲しい。
「わあ健気! でも大人しい子の方が好みなのよね」
「んじゃ大人しくしてもらうか」
ヴリードさんは矢を投げる。空を瞬く間に引き裂く、弓よりも速く力強い攻撃だ。
気付いた時にはもう手遅れ。避ける暇もない。
そこを、神官さんが助けてくれた。
代わりに矢が深々と刺さる。痛々しい怪我にも顔色一つ変えない。
お礼を言いたいけど、まだ攻撃は続いている。
今度は直接神官さんが狙われた。
なのに神官さんは逃げない。腕を前で組んで盾みたいにして、正面から突進。
矢は命中。増える傷。流れる血。
それでも意地で辿り着く。
そこで血に濡れた剛腕を振るう。力と思いをありったけに乗せて。
だけど、片手でアッサリ受け止められた。
「あらら。弱っちくなっちまって」
力の差は、大きい。
神官さんは手を掴まれて、軽々と体ごと持ち上げられた。
そのまま神殿の柱へ力任せに打ち付けられる。
破壊。柱が崩れる。階段が埋まる。
中には、おかあさん、おとうさん、ペルクス、師匠さんがいるのに。
わたしは必死に叫ぶ。
「止めて! まだ皆が中にいるの!」
「だからだろ。帰ってこられると困る」
「ねー。あんなの手に負えないって」
「ボクも困ります」
クグムスさんが背中を鋭く蹴りつけた。続けて足を変えて二発目も放つ。
ギロリと睨まれ、反撃。
掴んだ神官さんを武器代わりに、横薙ぎに叩きつけられる。
飛び越えて避け、着地と同時に脇腹に打撃。鈍い音が響く。
だけどヴリードさんはニヤリと笑うだけだった。丈夫で効いてないみたい。
わたしも援護。
空から隙を見つけては攻撃をくぐり抜けて槍を突き刺していった。
すると、火の玉が飛んでくる。
「折角カワイイのに。もう大人しくして?」
「やだ!」
わたしに来るなら精霊魔法を使うまでもない。ヒラヒラ飛んで避ける。
引き付けて踏ん張る。それも役目。
と思っていたけど。
これだけじゃ駄目だから、考えた。
「精霊さん。消すんじゃない。向きを変えて!」
誘導をお願い。風で火の玉の動きが曲がる。
その先には、ヴリードさんの驚いた顔。
直撃。
炎に包まれるヴリードさん。慌てて悲鳴をあげるギニーさん。神官さんが開放されて、クグムスさんが抱えて引く。
上手くいったみたいだ。
だけど、火が消えたら、火傷も気にせずピンピンしていた。しかもすぐに治ってしまう。
「んー。良い気分だ」
「ステキ! でもごめんね?」
「気にすんな。大事な相手は守る。そうだろ、なあ? お前らは酷いな」
余裕のヴリードさん。後ろでギニーさんの炎が膨らむ。
大きな一つの火球。そこから小さな火が連射。
皆で崩れた神殿の瓦礫を盾に防ぐ。
だけど止めきれなかった幾つかが命中してしまう。
クグムスさんも神官さんも、限界が近い。
「精霊さん、治して」
「いえ。結構です。それより炎の彼女を」
「でも」
「ボクは彼を抑えます!」
飛び出し、ヴリードさんと肉弾戦を繰り広げた。
わたしは精霊魔法に全力を出す。
激しい攻防は終わらない。常に集中してないといけない苦しい戦い。
頑張る。頑張るけど、疲れは溜まってる。
いつまで戦えるかは、分からない。
それでも、やらなきゃいけないんだ。絶対に。
と、そこに。
「合流! ペルクス先生、姐さん達と合流した!」
シャロさんからの報告が、張り詰めていた意識を変えた。
ああ、嬉しい。
本当に嬉しくて、こんな時なのに耳と尻尾が動いてしまう。
力が自然に湧いてくる。
倒れそうだったはずの体に元気が戻る。
炎を抑えながら、クグムスさんに並んで格闘もする。それが出来た。
炎を落とし、槍で爪を打ち払う。お腹に後ろ蹴りを決めてやった。
まだまだ戦える。あと、もう少しだから。
そして更に、異変があった。
「なんだぁ……?」
辺り一帯が激しく揺れる。
下から、魔力の動きが活性化している。
力の大きさに、森や空気そのものが悲鳴をあげるみたい。
皆に動揺が広がる。
だけどわたしは懐かしい感覚に嬉しくなっていた。
それを裏付けてくれたのが、シャロさん。
「伏せて! これ必殺技の溜めだって!」
どんどん揺れが大きくなる。まともに立っていられない。
鈍い音も響く。
ズズズズンと、衝撃が続く。
下から、圧倒的な何かが、来る。力が溜められている。
そして。
解き放たれれば、それは一瞬の出来事。
豪快な破壊。
びっくりする轟音。
神殿を地下から突き抜けて、小さな影が空へ舞い上がった。
それは、その人は──!
「……おかあさぁん!」
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