第47話 野性の流儀

「やった!」


 ペルクス達が神殿の魔法を解除。師匠さんと二人で入っていく。

 これでようやくおかあさんとおとうさんに会える。

 嬉しくなって楽しみで、わたしはソワソワしてきた。こんな荒事の中でも耳や尻尾が動いてしまう。


 だけど、この結果が神官さんに火をつけてしまった。


「よくも聖域の神秘をォ……ッ!」


 憎悪の雄叫びが森を荒らす。

 ただの声じゃなくて、攻撃。衝撃波となってわたし達を打ちつけてきた。ビリビリと肌が痺れて熱い。魔力や精霊さんも乱れたり散ったりしていた。

 下でもクグムスさんは耐えるけど、シャロさんやサルビアさんが風に煽られて転んだりしている。


「精霊さん、皆を守って!」


 柔らかい風が下の方へ吹き、渦を巻いて一帯を包む。精霊魔法による防御。

 地上のシャロさんとサルビアさんは落ち着いたみたいだ。

 わたしは大丈夫。

 おかあさん譲りの精霊魔法はあるし、体もおとうさん譲りで頑丈だから。直接的な痛みはともかく、憎悪の感情が辛かったけど。


 でも、直接爪で攻撃してくるのは、風じゃ防げない。


「今度こそ奪い返すッ!」

「ううあっ!」


 とんでもない力と速さ。受けきれないし、避けきれない。

 肌がザックリ裂けた。

 痛い痛い痛い。


 でも逃げちゃいけない。

 下へ行かせないようにしなくちゃいけない。


 わたしが皆を──


「カモミールさんっ! もう空に留めなくて構いません。下で連携しましょう!」


 クグムスさんが呼びかけてきた。

 魔術で体を強そうな形に変化させている。

 神殿の魔法は解除したから、地上で暴れられてもいい。確かにそうだ。


「わかった!」


 一人で無理しちゃいけない。

 皆で力を合わせる。それが一番なんだ。

 わたしはクグムスさんに頼る事にして、焦りの心を落ち着ける。落ち着かないと危ない。

 無理はせず、一旦息を整えた。


 その間に、神官さんは地上へ降り立った。そしてクグムスさんを鋭い眼光で睨む。


「一応聞こう。神殿を元に戻せと言ったら応じるか?」

「それは応じる訳にはいきません。師匠も兄弟子も中にいますので」

「ならば供物となれ」


 剛腕と剛腕がぶつかりあった。

 互角かと思ったけど、クグムスさんは押されている。相手は強い。


「よし行くよ、女神様の歌」


 シャロさんとサルビアさんが曲を変えた。

 女神様を称える歌は神官さんの神様を否定する。神獣の力を弱める。


 ぶつかり合いにも影響が出た。クグムスさんは少し押し返す。

 神官さんがギロリと視線を向けた。威圧感の凄い、見るだけで倒されそうな視線を。

 でも音楽は止まない。シャロさんは冷や汗だくだくで足は震えていても、音楽を止めない。

 皆頑張っている。


 わたしも全力を尽くさなきゃ。

 卑怯だけど、後ろから飛びかかって神官さんの頭を蹴る。

 少しも揺らがない。こっちの足が痛いくらい。


「森の王、獣の主、我らが神よ! 君臨する力の化身よ! 罪に罰を、冒涜に怒りを! 肉体に輝きの炎を灯したまえ!」


 神官さんは唱える。神様から力を借りる為の言葉を。

 みるみる内に姿を変えた。より強く、大きく、恐ろしい怪物に。


 クグムスさんの指から不吉な音が鳴った。骨が折れたんだ。呻き声が漏れ聞こえてきた。

 そこに頭突き。鈍い音がして、膝から崩れ落ちるクグムスさん。

 咄嗟にわたしは槍を叩きつける。でも効いた様子はない。

 すぐ振り向き様に裏拳がくる。

 急いで空へ逃げる。それでも痛い程の風圧が追ってきた。

 更に血濡れの爪を上に振り上げてくる。

 空中で回転。一撃を受け流す。

 そのままの勢いで急降下して、かかとを神官さんの頭に振り落とした。やっぱり微動だにしない。

 分かっていたから動じず、この反動で再び上へ。再び回転して槍を振るった。

 神官さんの爪を弾く。態勢が崩れた。

 この隙に加速して懐へ潜り込む。そのままお腹を蹴りつけた。突き刺すような蹴撃。

 重い感触。苦しげな顔。今度は効き目があった。


 だけど、神官さんはすぐに反撃。重圧の咆哮が轟く。


「無駄だ!!」


 蹴りつけた姿勢から、地面に墜落。

 やっぱり声だけでも強い。

 潰される圧が凄まじい。息も思うように出来なくて苦しかった。


「う、ああっ……!」


 声が止んでも、痛みで動けない。苦しい。

 神官さんはそんなわたしを置いて、クグムスさんの方へ向く。

 急いで立たないと。助けないと。

 そう思うのに力が入らなかった。


 そうして、遂に。

 クグムスさんの右足を踏み潰す。

 ボキと音がなった。痛いなんて話じゃないのに、クグムスさんは無言で耐えた。


「次は左。更に次は腕だ。全て折れる前に、神殿を元に戻せ」

「ボク達が暴力に屈服する訳ないでしょう。今未知を解き明かしている最中です」

「それが冒涜だと認識していないのか!」

「いいえ。未知を未知のまま放置する事こそが冒涜です。人間は知識に貪欲でなければなりません。常に進み続ける事が人間に与えられた使命です」


 クグムスさんは痛みを感じさせない強い口調で言い切った。

 こんなときだけど、納得する。

 なにより研究が優先。ペルクスと同じタイプだ。流石は兄弟弟子。師匠さんの影響が凄いのだろうか。


 勿論神官さんは納得せず、むしろ怒りを増す。


「その為ならあの惨劇すら引き起こすのか!?」

「その犯人は恐らく魔界遠征の軍隊。ボクに言われても困ります。正当性なき八つ当たりなど、知恵に対する冒涜ですらあります」

「黙れ余所者が! 貴様らが、貴様らさえ──」

「“展開ロード”。“妨害ジャミング”」


 憎しみの怒声を遮って、魔術が展開された。

 装飾品を中心に魔法陣が輝く。

 神官さんの魔法が乱れた。毛皮が波打ち、筋肉が萎んで、屈強な姿が縮む。神獣の威圧感が消え去った。

 顔に浮かぶ怒りの矛先が、変わる。


「貴様……っ!」

「時間稼ぎにお付き合い下さり、ありがとうございました」


 クグムスさんが涼しく言った。

 神官さんが神殿から加護を得る魔法に、妨害を仕掛けたんだ。

 それがこの異常。魔術師らしく、諦めずに逆転を仕掛けていた。


「今ですカモミールさん!」

「うん!」


 わたしは力をもらって立ち上がり、精霊魔法を使う。羽を広げて加速。

 一息に高速へ。槍を構えて突撃した。

 渾身の一撃。迷わずに出来得る限りの技を繰り出した。


 だけど、神官さんはギリギリで反応。

 しっかりと防御している。胴体をかばって、代わりに腕に槍が刺さる。

 傷は浅くない。血が流れる。

 でも、そこまでだ。神官さんの闘志は衰えない。


「見くびるな」


 槍が刺さったまま、強引に腕を振り回す。

 踏み込んでの、打撃。お腹に重い衝撃がきた。

 痛みを我慢して腕を掴む。力をいっぱい込めて、離さない。力比べだ。

 後ろからクグムスさんも加勢。

 足を抱えて引き倒す。わたしが低くなった頭を蹴りつける。頭を激しく揺らして、苦しげな呻きも聞こえた。

 だけど無視。神官さんは力技で逆立ちして、足に掴まるクグムスさんを持ち上げた。

 そして反転。わたしを巻き込んで、二人まとめて地面へ豪快に叩きつけた。

 ぶつかり合って、受け身もとれない。神殿の石畳さえも割れた。

 二人とも、這いつくばったままで、相手を見上げる。


「神へ供物を捧げるというのに、頂いた力だけに頼り切る訳がないだろう」


 冷たく言い放った神官さん。

 神様の力がなくても、負けない。それだけ鍛えてきたと、自負があるんだ。

 輝きの消えた装飾品は、再び神獣の加護を与える。


「ようやく終わりか」


 殺意は消えない。未だに強く叩きつけられる。

 わたしはまだ動けない。精霊魔法で怪我を治してはいるけど、まだ時間がかかる。

 早く立たないといけないのに。


 神官さんの大きな影が、わたしにかぶる。光が遮られて暗い。心までも、暗くなる。

 そこに、慌ただしい足音。


「カモちゃん!」

「手出しなんてさせないから!」


 シャロさんとサルビアさんがわたしを守る為に立ちはだかってくれた。

 嬉しい、けど危ない。下がってほしかった。


「うおおおお! 今こそ覚醒する時ぃ!」

「こんな時にふざけないでよ!」

「いや悪魔の力がなんとかするかなって……」

「じゃあ演奏しなさいよ!」

「そうだね、ごめん!」


 緊張の欠けたやりとりだけど、演奏が始まればやっぱり凄い。

 サルビアさんの歌声も最高のもの。

 今の楽曲は、女神を称え、力を授かって、怪物を倒す歌劇だった。

 綺麗な歌で、物語としても楽しい。わたしは好きだ。

 でも、獣の神様から加護を得ている神官さんには悪い影響があった。

 辺りに妙な魔力が満ちていく。

 悪魔の力。苦しげなシャロさんの顔で、本気なのが分かる。不思議な音楽が、この場を魔力を支配する。

 でも、神官さんは顔を歪めた。それだけだ。


「邪魔だ」


 大きな腕をブンと振るった。

 単純な動作が既に豪快で、風音が演奏をかき消してしまう。

 それでも効き目は残っている。魔力は乱れたままだ。


 だから、力。今度は直接腕力で薙ぎ払う。

 あまりに呆気なく。シャロさんとサルビアさんは森の中へ吹き飛んだ。


「ふん」

「皆……」


 もう、誰もいない。

 神官さんはゆっくりと、わたしの前に近付いてくる。


「神への道が閉ざされた以上、直接は捧げられない。故に血を流し、地の底へ捧ぐ」


 爪が光を鈍く反射した。暴力的な鋭さが怖い。

 殺意が迫る。だけどわたしは目を逸らさない。


「本当にそれがあなたのやりたい事なの?」

「当然だ。貴様程の力の持ち主であれば供物として申し分ない」

「神様じゃなくて、あなたの家族はそれで満足するの?」

「……なんだそれは。命乞いか。……母は、父は、子供達は、命を乞う声を踏みにじられた! 自分の声だけは通るなどと思うな!」


 神官さんの顔は憤怒と憎悪の激情。

 わたしの言葉は心に響かない。何を言っても、悲劇の記憶が塗りつぶしてしまう。

 悲しいけど、それはきっと深い愛があったからだ。せめてそう信じる。

 わたしは泣かないように我慢して神官さんを見ていた。


「殺すしかない! 殺す事でしか、癒やされない!」

「そりゃあ困る。止めてくれ」


 唐突に、場違いに軽い声が割り込んできた。

 かと思えば、精霊への呼びかけに変わる。


「狩猟の司よ、開放の加護を! 踊れ踊れ巡れ、流れる旅こそ財貨の本望なり!」


 そして嫌な音。

 矢が神官さんの頭に刺さった。

 そして爆発。炎が神官さんの頭を包む。それから装飾品が意思を持ったみたいに弾け飛ぶ。

 更に飛んできた矢が、弾けた装飾品を引っ掛けて何処かへ飛んでいった。


 え?


 わたしは、いや他の人も皆驚く。声も出せずに固まってしまった。

 神官さんは目を見開いて、頭の炎を手で叩いて消そうとしていた。

 今まで戦ってきた、おかあさんとおとうさんを遺跡に閉じ込めた相手なのに、やったという思いはない。可哀想とも違う。

 ただ、これは間違っている、とそう思った。


 戸惑いに揺れる空気の中。矢を放った人達が、賑やかに森から出てきた。


「こーんな可愛い子を殺す、なんざいけねえよ。俺達のコト考えてくれねえと」

「そーそー、その子はあたしがもらって可愛がるんだから」

「つう訳で、これ、俺のモンにするわ」


 ベタベタとくっつきながら喋る男女。名前は確か、ヴリードさんとギニーさん。

 神官さんの装飾品、獣神との契約の証を手にとって、二人は反逆した。

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