第46話 神秘解明

 カモミールと神官がぶつかる上空では風が荒れていた。流れる雲も速い。

 影響は地上にまで及ぶ。僕達は髪も服も乱れ、石造りの神殿すら揺らいでいるようだ。


 その風音の中でも演奏と歌は見事だった。

 シャロの音楽は神官への妨害から、カモミールの応援をする方向へ変更している。それが功を奏したか。カモミールは活き活きと空を駆け巡っている。

 縦横無尽の、激しい空中戦。翼なき者は容易に立ち入れない。無事を祈りながら見守るばかり。


 僕達も僕達の仕事を果たす。

 神殿を囲む複数の魔法陣は輝きを増していた。


「神の領域との接続点見つけました。魔法陣に反映させます」

「良くやった。範囲は確定出来たね」

「魔法展開以前の情報出せました」

「ほう。腕は鈍ってないようだね」


 僕達三人による解析は順調に進んでいる。

 流石に神の座所と繋げる魔法だけあって、難解。失われた古代の神秘だ。

 失われたとはいえ、精霊による魔法陣なのだから現在の魔法陣とも通じるところはある。

 が、精霊魔法とは、精霊に呼びかけた人間の意思や思想が反映されているもの。その理解こそが肝要だ。

 

 故に解き明かす基礎となるのは、師匠の経験。

 過去を、歴史を、人間の足跡を追い求めて数多の遺跡を調査してきた。僕が生物の神秘を追い求めるように、師匠は歴史に好奇心を持っていた。

 他の遺跡、他の土地、他の人間の思想とは勿論違う。それでも類似性や研究の過程で得た発想、参考になる知識は豊富。

 見知らぬ古の魔法陣だろうと、必ず答えは見つけ出せる。

 そしてそんな彼女の下で修行したので、後に他の分野を専門とした僕とクグムスも慣れたもの。師匠の早さに苦心しながらついていく。

 

 今回も解除後に調べられる遺跡内部が主目的だが、この魔法の解析も貴重な資料となる。研究者にとっての大いなる進歩だ。

 師匠の顔に浮かぶのは興奮気味の笑み。実に楽しそうに解析を進めている。僕としても今後魔法陣を組む参考になる上、単純に知識が増えるのは喜ばしい。


 が、非常に残念な事に、これだけに集中してもいられない。


「“展開ロード”。“水底ホロウドロップ”」

「行けドルザ!」


 散発的に森の中から攻撃が来るのだ。

 精霊魔法で強化された矢と数発の火球。神官の部下の男女、ヴリードとギニーによる解析の妨害。

 それらを魔術とファズで防ぎ、発射された地点へ反撃。しかし木々を圧し折っただけで手応えはない。逃げられた。

 邪魔者を追うには手が足りない。

 僕達は解析と防御で手一杯。ファズとソルフィー、二体のゴーレムがカモミールを音楽で応援するシャロとサルビアを守る。

 守りを固められている現状なら、維持が最善だろう。


 森に隠れたヴリードとギニーは隠れてからは姿を見せない。

 師匠を警戒してか、消極的。

 地道な嫌がらせにしかなっていないが、それはそれで効果はある。主力が他にいるのだから補助に徹するのも重要な役割だ。

 だが、何か他に狙いがあるかもしれない。その可能性は頭の隅に置いておく。


 それよりもクグムスが苦々しく助けを求めてきた。


「……すみません師匠。手詰まりです」

「どれ見せてみな……ふうん。二段階戻ってみな。そこの解釈が違うね。神への供物を捧げる、ってはあくまで奴の言い分。本来は謁見の道なのさ」

「おお、流石は師匠! それでこちらも進めそうです」

「全く、言わなきゃ分からなかったのかい? 当時の術者の背景を考えな」


 僕達弟子はまだまだ未熟だ。

 妨害があるとはいえ、師匠も同じ条件なのだから言い訳出来ない。

 久し振りの指導。より成長出来る機会だと奮起する。


 そんな師匠が、静かに告げた。


「クグムス、鍵が要る。神官の情報が必要だ」

「分かりました」

「行けるね?」

「はい。勿論」


 狙いは上空。

 師匠が厳しい目で見据える先には、空を駆け巡る神官とカモミール。

 空中戦に介入するのは難しい。難しい、が、不可能ではない。


「“展開ロード”。“野性喚起ワイルドバック”、“驢脚レッグブースト”」

「“展開ロード”、“薄白ハイランダー”」


 クグムスは体を変化させた。上半身は細く、脚力に集中する形態に。

 師匠が展開したのは空気を薄くすると同時に、その薄い空気中でも肉体を保護する魔術。

 跳ぶのだ。翼のないまま、遥か高みまで。

 僕も準備を手伝うべく声をかける。


「シャロ、カモミールへ伝言だ。クグムスが今から跳んでいく、と!」

「うえっ? ジャンプであそこまで!? まあやるけど」


 クグムスは一度体を沈ませ、力を溜める。タイミングを見計らう。

 シャロからの伝言でカモミールは戦い方を変えてくれた。速度を落とし、力技での掴み合いを狙っている。

 そして実際成し遂げてくれた。

 二人が鍔迫り合いのように膠着。

 それを確認した瞬間、クグムスは一直線に跳んだ。

 地面が割れ、風が土煙を巻き上げる。ドルザやカモミールとはまた違う、まるで投石機のような迫力。

 

 神官は驚きに硬直。すぐさまカモミールが場所を空ける。

 クグムスが組み付いた。同時に発光する魔法陣。解析し、契約の鍵となる情報を盗む。

 神官本人と、儀式の要となる装飾品も狙いだ。

 当然抵抗されるも、カモミールが援護。分厚く丈夫な毛皮が覆う頭を蹴り抜く。神官が腕を振り回して暴れるも、二人は耐えていた。


 地上の僕達は見守る。祈る。見守りつつ解析を進めておく。


 と、背後から物音がした。

 矢が放たれている。今なら無警戒だと思われたか。確かに格好の機会ではあろう。


 だが。


「きひひっ。隙なんかないよ!」


 師匠は見もせずに屈んで避ける。

 いや魔術で付近の空間を把握しているのだ。森の中まではカバーしていないが、守りが最優先なので十分。

 相手が警戒して引きこもっているというのならむしろ好都合。無理して玉砕覚悟の行動をされる方が困る。

 ただ攻勢は激しい。止まない矢と炎を防ぎ続ける。この程度なら軽いものだが。


「あっ! マズくない!?」


 シャロの切羽詰まった声に、焦りを覚えて空を確認。

 動きがあった。

 組み付いたクグムスが強引に剥がされていた。カモミールが助けようとするが、盾にされ躊躇。

 その隙にクグムスは叩き落とされた。カモミールが悲鳴をあげてこちらを見る。

 が、前に僕が声を張って制止。


「僕が助ける! カモミールはそのままだ!」

「う、うん!」

「“展開ロード”、“石工メイソン”」


 カモミールは神官に集中してもらう。向き合って、押し留めてくれる。

 素晴らしい働きに、僕達も応えなければ。

 僕が土を柔らかく加工し、クッションにして受け止める。深く沈むも落下の衝撃は抑えられた。

 神官に負わされた怪我は浅くない。

 だがクグムスはそれを気にさせない。強い眼ですぐに立ち上がり、魔法で成果を渡してくる。


「師匠。鍵です」

「よくやった! 休むといい」

「いえ、ボクも解析を最後まで見届けたいです」

「ならとっとと治しな」

「はい。“展開ロード”。“原型リセット”」


 魔術によりクグムスの怪我が治癒すると同時に、元の小柄な状態に戻っていく。ただの解除ではなく、肉体を作り直す魔術の応用か。

 なんにせよ彼の活躍で解析も終盤。一気にラストスパート。

 三人で神殿の魔法を剥いでいく。


「さあて! ワタシの魔術と繋がった。大筋は引き受けた。アンタら、細かい仕上げは任せたよ!」

「はい!」

「懐かしいスパルタですね師匠!」


 精霊の作る魔法陣と、魔術師自身が作る魔法陣。

 その違いは知識、扱える幅の広さだ。精霊は全知の神に連なるが故に、人間が未だ知らない知識を持つ。

 鍵とは、精霊と使い手の繋がり、契約の証。精霊の叡智の使用許可。まだ未解明な部分を未解明なままに使う手段となる。


 原理は後回し、というのは屈辱ではある。

 しかし原理は不明でも、利用、応用は可能。そうして人間は知識と技術を発展させてきた。

 積み重ねた歴史。それが人間の強みなのだ。


 ただ、ここまでやれば、解析が終盤である事を察して神官が激しく反応する。


「貴様ら! 我が神からすらも奪うのか!」

「駄目! いかせない!」


 上空で二人が叫び、ぶつかる。

 衝撃が弾け、雲すら晴れる。

 押し負け吹き飛ぶカモミール。急降下する神官。しかしすぐに態勢を立て直したカモミールが再度高速で向かう。

 剛力に速さで対抗。体当たりするように槍を振るう。

 角度を変え、回転を加え、幾度も攻める。より空高くへと押し上げようとする。空へ縛りつける。

 カモミールだって強い信念があるのだ。激しい怒りにも、やすやすと負けはしない。


 余波が地上に届いても、僕達三人は集中を維持。

 いよいよ解析から、介入へ。

 魔法陣は色を変えた。制圧された城の旗印を入れ替えるように。

 師匠は悪戯っ子のようにニヤリと笑う。


「“掌握ドミネーション”」


 完成した筋道。師匠の魔法陣が、神殿の魔法を上書きする。

 解除。

 神殿から重苦しい気配が消えた。

 神の座所への道は途切れ、歪んでいた時空は通常のものとなる。神秘を剥ぎ取ってしまった。

 魔術師の勝利である。


 しかし、今からも、まだまだ困難は続く。


「よくも! よくも貴様ら!」


 神官が怒りの雄叫び。憤怒の形相から形ある咆哮を繰り出す。

 カモミールが精霊魔法で抑え込む。いや、形勢は苦しい。耐えきれずに明後日の方向へ舞ってしまう。

 怒り狂った神官の攻勢が激化した。

 急いで戻ってきたカモミールがなんとか地上への突撃を止める。防戦一方で、僕達の為にも逃げられない。

 見るばかりは心苦しい。援護が必要。

 だが、カモミールの為にも、今は神殿へ急ぐべきだ。


 それはそれとして。待ち切れない様子で、師匠は指示を出す。


「さあて調査だ! アンタらこの場は任せたよォ!」

「僕も行きます。友人を迎えに行くので」

「おおそうだった。んじゃあ、とっとと来な」


 師匠はあくまでも調査が重要。僕とは違う。

 そこの差異が気になりつつも、僕達は神殿の階段へ、地下の内部へと走っていく。


 いよいよ旅の目的に迫る。二人に会えるし、会わせられる。

 それに、グタンとライフィローナがいれば、必ずや神官を打倒出来るはずだ。合流が勝利の条件である。

 だから、急ぐ。解析の疲労など無視をして。

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