第43話 魔術師三人寄れば

 火炎が降る草原に、争いの始まる緊張感。

 新たな出会いの感動もそこそこに、決断が迫られる状況だ。

 なので同門だというクグムスからの協力要請を、僕は即座に同意した。


「分かった。よろしく頼む」


 信頼し、手を差し出す。

 すると慌てだしたのはシャロだ。


「いやいや、いいの? なんか襲われてるし。嘘の可能性とかないの? 知らない人なんでしょ」

「ああ、知らん。僕が独立した後にとった弟子だろうからな」

「えー。普通それで信用する?」

「魔術体系が師匠譲りだ。間違いない」


 僕としては確信がある。だが確かにこの信頼には、個人的な感情が挟まれている点を否めない。

 他人から見れば疑わしいだろう。違う視点が常にあるというのは有り難いものだ。誰かが気を付けてくれると助かる。


 ただ、カモミールとサルビアも好意的な印象を受けたようだ。


「わたしは信じるよ」

「真面目で頼れそうね」

「……助かります」


 二人に見つめられたクグムスは僅かに目を逸らす。そこに悪い意味はなく単純に女性慣れしていないと見えた。

 師匠も女性だが、流石に年齢が違えば勝手が違うか。なんとなく苦労しそうだ。

 シャロは不満そうにして、サルビアが冷たくしつつもなだめている。


 と、空気が弛緩しかけた頃に。

 爆炎。

 しかしこちらに届く前に消える。

 師匠の魔術による防御だ。相変わらずの腕前に惚れ惚れする。ただ、早く来いと発破をかけられたようにも感じる。


 残念だがゆっくり自己紹介している時間はない。


「しかし、これは今何と戦っている?」

「師匠と合流してからお話しましょう」

「仕方ないが、そうだな。急ごう」


 手短に話を切り上げ、ソルフィーを走らせる。

 クグムスは自分の足で先行していく。獣人である以上に、速い。初めは獣の姿だったように、魔術を用いて身体能力を高めている。

 僕とは方向性が違うが、やはり兄弟弟子。魔法陣に癖を感じて思わず笑みがこぼれた。


 草原をあっという間に駆け抜け、森へと進む。魔法による攻撃は相変わらずだが、全て問題ない。全てが届く前に消えた。

 そうして森に入る。

 緑が濃い。今までとは異なる木々が生え、あちこちに蔓草が蔓延っている。野性味溢れる森の姿。

 それらが掻き分けられ、獣道が作られていた。ソルフィーとファズでも楽に通れる。

 なにからなにまで師匠の準備が整っており、有り難い。とはいえ、これは協力への見返りでもあろう。指導の対価に働かされた学院での日々が懐かしい。


「このまま突っ切ります」

「視界が悪いが索敵は?」

「はい。問題ありません。相手の様子は聞こえますし、師匠が逆方向へ誘導しています」

「あ、うん。こっちに来るのはいないよ。反対側に行く足音はあるけど」


 続いたシャロに驚きをもってクグムスが反応した。実利的な問題よりも、好奇心を刺激されたような顔。

 やはり彼は同門だ。


「分かるのですか。魔法、にしては気配がおかしいようですが」

「耳と、他にもまあ特殊なのだ。詳しい説明は後にしよう」

「……なるほど」


 多少の未練はありつつ、納得した風に前を向いた。悪魔の話はややこしくなるので割愛。全てが済んだ後の楽しみにとっておく。

 動物や虫はいても、新たな攻撃はない。

 危険そうな生物は速度を出して置き去りにして、合流を急ぐ。


 そうして木々を抜けた先には、遺跡。

 森に囲まれた神殿があった。

 円形に配された柱が屋根を支える。舗装された一本の道も綺麗な石畳。中央には地下への階段。その先にも続くとなれば神殿全域ではどれ程広いのだろうか。

 ここの一帯だけが特別な空間になっていた。

 かつての技術と信仰も興味深いが、落ち葉や動物由来の汚れはない。森と違い毎日誰かが手入れしているようだ。

 それが師匠の相手であり、グタンとライフィローナを招いた人物なのだろう。


 そして神殿の前に師匠──カリメア・レミシィは凛々しく立っていた。


「お久しぶりです師匠!」

「きっひひひ。なかなか良い面構えだねえ。すっかり一人前じゃないか」


 師匠は白い歯を見せてニヤリと笑う。

 銀髪を一つに束ねた、細身の女性。丈夫な冒険用の服装を渋く着こなす。魔術師、兼、考古学者。

 年齢はもう六十以上になるはずだが衰えはまるで見えない。若々しい気迫すらある。


 と、そこでシャロがなにやら嬉しそうに声をあげた。


「うお、ファンキーな強キャラ婆ちゃんじゃん!」

「シャロ! 失礼でしょ」

「いやだって、つよつよ爺ちゃん婆ちゃんは人気ジャンルだし……」


 なにやら変な事を言っているが、いつも通りだ。サルビアに引っ張られて下がるのも含めて。

 当の師匠も全く気にしていない。


「きひひっ! 面白い奴がいるもんだ。話してみたい、が、先に情報共有を済ませようじゃないか」

「そうですね。まず、敵はこの神殿を守っているのですか」

「その通りさ。奴らめ、ワタシが調べるのを邪魔しやがる」


 師匠は人の悪い笑みを浮かべる。他人の事情より己の好奇心を優先する気質は健在だ。

 嬉しさや懐かしさを感じつつ、僕は続きを促す。


「調べられずとも、ある程度見当はついているのでしょう?」

「ああ。あの神殿はね、神の座所への門だ。最奥には神として扱われる強大な存在が実在している」


 異教の神。

 神として扱われる強大な存在。

 その表現から、師匠自身はあくまで正体不明の存在として扱っている。強大な力、それだけが今のところの客観的な事実だ。


 この場所。帰ってこないグタンとライフィローナ。

 僕は諸々の情報を整理し、行き着いた嫌な推測を確認する。


「……まさか、生贄ですか」

「アイツら、騙してワタシらを捧げようって魂胆だったんだろうがねえ。レリーフ見りゃあ一目瞭然なのに、余所者にゃ読めないと慢心してたのが悪い」


 師匠の肯定に、背筋が寒くなる。

 戦いに発展した経緯が見えてきた。

 思惑を見極められたが故に実力行使に出たのだ。


 事態の重さをカモミールも理解。

 慌てて、血相を変えて師匠へ詰め寄る。


「待って、それじゃおかあさんとおとうさんは!?」


 しがみつくカモミールを抑え、師匠は優しく笑った。孫を見守るように。

 落ち着けるよう、柔らかい声で補足する。


「アイツらが言ってた、十日程前に来た余所者の事だね? 安心しな。神の座所は人の地平と地続きじゃない。道を繋げる為に時空を歪める仕組みになってる。だからワタシの見立てじゃ最奥までは二十日はかかるはずさ。まず無事だよ」


 ほっと安心するカモミール。

 既に師匠は多くの情報を得ているようだ。決してカモミールの為の出鱈目ではない。

 しかし、悪いが、まだ残念な事実が控えている。気を付けつつ教えなければいけない。


「しかし、知らせなければそのまま奥へ向かうばかり。かといって知らせるには歪んだ時空が障害になる訳ですね」

「ああ。解除する為にも調査しないといけない。アンタらが来て助かったよ」

「待って待って。話が早すぎて追いつけないんだけど。オレ馬鹿だったかなあ!」


 途中でシャロが大袈裟に叫ぶ。サルビアも同じ理解が追いついていない様子なので止めない。

 確かに説明不足のハイペースな会話だった。

 そこは反省。過程を略して結論だけを言ってはこうもなろう。


 が、現状はそれを許さない。クグムスが警告する。


「気付かれました」

「うわ。確かに誰か来るね。まだ少しは余裕ありそうだけど、って説明の時間がなくなるぅ!」

「ふうん。なら急がないとね」


 二人揃っての報告に、師匠も気を引き締めた。

 とりあえずは敵の情報が優先か。


「相手は精霊魔法と弓矢の使い手が二人、そしてこの神殿の神官だ」

「神官ですか?」

「ああ。神獣の力を持っている。ワタシらからすりゃ、怪物だよ」


 なかなかに興味深く、そして厄介。悪魔や奇跡に続いて、神獣の神官だとは。

 それを聞いてもカモミールは恐れず、活力が満ちていた。

 次は味方の情報共有に移る。


「クグムスの専門は“先祖返り”だ。獣人の力を更に引き出す」

「カモミールは妖精と獣人の性質を持ちます。精霊魔法の扱いは並以上。シャロとサルビアは音楽家ですが、荒事にも有効です。なので師匠とは別れた方がいいでしょうね」

「そうかい。ウチのクグムスとお嬢ちゃん、前衛は二人でいいのかい?」

「ゴーレムもいます」

「ふうん。並列は何処までいける?」

「無理すれば四つまでは」

「なら一体でいい。“分析アナライズ”を優先してほしいからねえ」

「分かりました」


 二人で口早に決めていく。他人は聴き取るのも難しいか。

 久しぶりだが昔はこんな会話は当たり前だった。鈍ってなくて僕としても少し感傷がある。


「いや作戦会議早すぎぃ! ……いや全面的に任せるけどね? 指示待ち世代バンザイ!」


 こんなシャロの言葉にも構ってやれない。


 そしてクグムスが鋭く警告。今度はより緊迫している。


「もう来ます。時間はありません」

「たそうだ。とっとと始めとこう」

「はい。では早速」


 僕と、それから師匠とクグムスも構える。


「「「“展開ロード”。“分析アナライズ”」」」


 三者の魔術が同時に発動。

 神殿を魔法陣が囲む。重なってはおらず、それぞれに別の部分を担当。手分けにより高速化をはかる。

 研究が重要な場面。自然と熱が入る。

 カモミールが祈るように手を組んで見ている。期待には応えよう。


 そしてそのすぐ後、遂に外縁の森から、人影が現れた。

 シャロが声をあげる。


「あ! 見た事ある。キャンプに来た人達だよ。後ろの人は知らないけど」


 三人組は僕達を敵意の眼差しで睨む。

 人間の男と獣人の女は揃いの簡素な服装に、弓矢。南方の文化や風習が見えてくる。

 ただ、一番若い獣人の青年だけは上半身裸だ。代わりに靴や幾つもの装飾品が手の込んだ作りだった。歴史の重みを感じる。

 これが神官の装束か。


 僕は魔術を維持しつつ、語りかける。


「話し合いの余地はあるか? 僕達は友人を迎えに来ただけであって、貴方達に危害を加えるつもりはないのだ」

「認めない」


 リーダーらしき神官は拒絶。

 小柄な見た目とは裏腹の、威圧的な重低音で敵対の意思を示した。


「貴様らと話し合えるとすれば、身を滅ぼす方法。ただそれだけだ」


 胸の装飾品が真っ白に輝き、そして彼の体は変貌する。

 硬そうな黄金色の毛皮が覆い、上半身が筋肉で膨れ、頭にはねじれた角、背中には翼。獣人という範疇で収まらない威容。


 正に怪物の姿だった。問答無用で戦いが始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る