第42話 人の地から獣道へ
陸鮫達は捕縛し、処遇の話もついた。
寄り道は終わり、また先へ進める。
しかし夜になったので出発は明日にし、休む事にした。
そうと決まれば食事。
草原から野草や獣、川から魚介を調達する。罰の一環として陸鮫達に任せれば、捕獲も調理も手際良く高い腕前で感心した。
味も良く、シャロとサルビアが中断された歌劇の続きを始めたのですっかり宴会のようになった。ただし陸鮫たちが羽目を外さないようマラライアが睨みを効かせていたので、温度差の激しい夕食だ。
騎士と海賊の戦い。その日の顛末はそのようなものだった。
そして朝になる。
快晴の空。野宿の身にも優しい気温。ぐっすり眠っていても、まだ寝ていたいと思えていた。
だが陽の光よりも、響く野太い声に起こされたのだった。
「ヤッサッサッサア! ヤッサッサッサア!」
「わーれら見守る使いの鳥よー」
「我らの細工をさーさげーまさーあ」
「コラァ、野郎共! 気張れ! 手ぇ抜いたら工神様にも見捨てられんぞ!」
陸鮫達は早朝から早速建築作業にとりかかったようだ。職人の歌が元気で騒がしい。
とはいえ、まずは船のようだ。
残骸を活用し、木材を運ぶ船を造ろうとしていた。
手作りの工具で、実に器用に作業を進めていく。
そして、マラライアがその働きを見張る。
横には兵士達がいた。奇跡による動員。しかも以前よりも数は多く、装備も立派だった。
完全に奇跡の力を制御しており、憎悪とも切り離している。自覚したからだろうが、早い。優秀な騎士だ。
奇跡と言えば牢も一時的に現出させていた。中には頭目がいるが、閉ざされていても元気に指示を出している。
奇跡による戦力があれば、いざという時も制圧出来る。
暴走する心配は、失礼だが完全には拭えない。
それでも晴れやかな顔を、僕は信頼する。
朝の支度を終えた僕達は最後の挨拶を交わした。
「それじゃあ僕達は先へ行く。街はよろしく頼んだ」
「引き受けよう。故郷の街々にも負けない程に発展させてみせる」
強気な、確信を持った宣言。
彼女ならやり遂げそうと思わせるようだった。
が、そこにシャロが気楽に口を挟む。
「造るのは海賊なんでしょ? 大丈夫?」
「不満か? 確かに私も建築の知識はないが」
「えー不安。まーでも、劇場を注文しといてくれれば他は別に」
「ちょっとシャロ!」
あまりに軽かったシャロはサルビアに叱られていた。当のマラライアはくくくっ、と笑ってくれていたが。
最後にカモミールが前に出た。決意を秘めた面持ちで。
「あのっ、マラライアさん! 時間はかかるだろうけど、向こうに帰るって、本気だから!」
「ああ。期待するとも。聖女の言葉だからな」
「うんっ!」
柔らかく微笑むマラライアの言葉に、カモミールは力一杯に頷く。
青空のように明るい笑顔だ。
別れを済ませれば、旅立ち。
僕達はまた、草原を
遅れを取り戻そうと、どんどん速度を上げた。
だが代わりに荒い風が吹き込み、寒くなってしまった。
それをカモミールの精霊魔法で防ぐ。
僕達を迂回する空気の流れが生まれれば、快適な環境。
素晴らしい演奏と歌も華麗な彩り。
愉快な旅路となった。
そうして落ち着いてきたところで、気になっていた話をする。
「しかしカモミール。『帰る』とは、また大きく出たな」
「勝手に言ってごめんなさい……」
「いや謝る事はない。希望を見せるのも聖女の役目だ」
「でも大変でしょ?」
「ああ。大変だな」
眉を下げて恐る恐る聞かれた問いに、僕は深く頷く。
理解しているなら怒る訳もない。
山脈の向こう側に帰る事の困難さには、様々な理由があった。
まず物理的に困難。
南北を隔てるバベリート山脈は険峻だ。登り切るには多大な労力が必要となる。そして神罰の影響が残るので魔力と精霊も少ない。ただそこにいるだけでも危険だ。
次に海。南北の境目周辺は常に波が高く、岩礁があり、巨大な海棲生物がいるらしい。そもそもここを通ろうとする人間はまずいないので情報が少ないのだ。
ならば飛べばいいかと言えば、それも難がある。あくまで噂だが、天使や怪物が空の番をしているとも言われていた。噂とはいえ、楽観視して無知で臨むのは危険極まる。
それに勿論、どの方法で行っても境界周辺には警備がいる。教会騎士団の精鋭だ。
そして異端審問の問題。
困難を乗り越えて向こうへ帰ったとしても、もう一度流刑になれば堂々巡りだ。
異端審問官は辺境で暮らしていた僕達の所へもやって来た。隠れ住むには限界がある。
恩赦が得られるとは思えない。
教会の影響力が及ばぬ地があるにはあるらしいが、詳細は不明だ。
議論して異端ではないと教会に認めさせるのが正攻法だが、それが一番難しい。
だがまあ、それで不可能と断じるのは研究者の名折れだ。
そう、これは矜持の問題でもある。
未知、不可能、それらを覆してこその研究者なのだ。
考える事を止めてはいけない。
「そうだ、マラライアは聖人なのだからそこを突いてもいいかもしれん。証明も容易い。認めて罪を訂正しようとする者と揉み消しに動く者、派閥争いになれば付け込む隙も生まれよう」
「うわ、なんか悪い顔してない?」
「他にも、この地で価値のある物が見つかればそれを元手に交渉してみるのもいいかもしれん」
「いやそれ賄賂じゃん? やーい、教育に悪い極悪にーん」
「ははははは! カモミール、今のは例え、いや思考の遊びだ。絶対に実行しないとしても、考えの幅を広げておいて損はないのだぞ!」
「え……うん。分かった。わたしも色々考えてみる!」
僕の発言に答えた後、カモミールはむむっと難しい表情で黙った。
度々指摘していたシャロも、なにやらブツブツと考えていた。「音楽でなんとかなる? いやそれ洗脳じゃね?」だとか聞こえてきて、サルビアは仕方ないわね、といった風に肩をすくめる。
これはこれで良い傾向だろうか。
結局のところ、自分の希望を通す為に必要なのは、力だ。
権力。財力。武力。知力。
持てる物を使って、人は望みを叶える。
仮に幼稚な理想であっても、力があれば為せるのだ。
特にカモミールは発展途上。まだまだ強くなる。
成長次第では、どんな事も通せてしまうのだ。
可能性は未知数。
強大な武力は頼りにすべきだが、武力に頼らない手を増やすのは大きな利に繋がる。
この地から、元の土地に帰るのも──
「いや、しかし不便だな。いい加減他の呼び名を作るべきか。……ふむ、とりあえず『北方』と『南方』と呼ぶ事にしよう」
「えー、それ手抜きじゃない?」
「だったら他に案があるのか?」
「んん……『社会の闇深き北』と『自然荒ぶる南』とか? ルビはどうしようかなー」
「そんなセンスは劇だけにしておきなさい」
サルビアに冷たくされる、相変わらずのシャロだった。
そうこうしている内に、川が本流と支流に別れている地点が見えてきた。
目的の遺跡は支流の方にある。
速度を落とし、曲がった。
川を渡らねばならない。
脚の長さは調整可能なので、そのままザブザブと突き進む。ファズとソルフィー、大きく重い彼らが無理に進めば波も激しくなる。
それで刺激してしまったか、大きな魚が飛びかかってきた。鋭い牙を持つ、危険な相手だ。
とはいえ、カモミールの精霊魔法や、ファズの体を“
渡りきれば、僕達はかなり水飛沫で濡れていたが、それもまた涼しく楽しい気分になれた。
川向こうのこちらはまた木が多く、動物や虫も増えてきた。遺跡は森に囲まれている。
奥へ行く程、更に雰囲気が違う。
魔力や精霊も豊かだ。道や住居、かつての生活跡が見える。
それらの意匠からすると目的地は恐らく、かつての神殿。
信仰、技術、人々の力が集まった場所だろう。
いよいよ、近付いているのだ。
「さて、誰が敵で誰が味方となるのだろうな?」
あえて軽く言う。緊張感が過剰にならないように。
グタンとライフィローナの二人は、遺跡に立てこもる盗賊を退治する為に出発した。だが時間がかかり過ぎている以上、その助けを求めてきた人間を信用していいかは疑問だ。
「何も分からないのは怖いねー。出たとこ勝負でいいの?」
「まあ、相手の出方次第だからな」
「わたし、頑張るよ!」
ぎゅっと握った手を前にやる気をアピールするカモミール。後ろでシャロとサルビアが可愛いと盛り上がった。
水を差すようで心苦しいが、冷静になるよう言わねばなるまい。
「勢い任せは駄目だぞ。敵味方の見極めを間違えれば、グタンとローナ相手の人質にもなりかねん」
「う、うん。ちゃんと気を付ける!」
「可能性を考えだせばキリがないよね。まだ木が多くて見えないし……」
「シャロ。アンタの耳で聞けばいいじゃない」
「おお、そうだった!」
自分の力を忘れていたのか、シャロが本気らしい驚きを見せた。サルビアがじとぉっと見つめる。
そんな一幕はさておき、仕事はきっちりこなしてくれた。
「うーん……姐さん達の声は聞こえないね。でもなんか、二組? それぞれに話してるっぽい」
「敵対しているのか?」
「かな? なんか、うん。お互いに相手を探してて……」
詳しい状況説明。改めて有り難いと思う。
その途中に、喜ばしい報告。
「あ! 今『ロード』って聞こえた!」
「師匠だ!」
僕は即座に応じる。
精霊魔法でなく魔術となれば、使い手は限られる。異端認定された学院の魔術師が他にもいる可能性は一応あるが、やはり状況的に師匠だろう。
賊は関係なく遺跡の調査に来ていて、そこで何者かと揉め事になり敵対、そして今僕達に気付いた、といったところか。
そこで魔力が活性化するのを感知。
目の前で草が左右に別れていった。即席の道が生まれる。
驚く三人。だが僕だけは安心した。
「やはり、これは師匠の魔術だ」
“
緑の深い土地で遺跡探索する事の多い師匠が作った、道を切り拓く魔術だ。
案内、誘導のつもりだろうか。
「ここを行こう。だが他の勢力への警戒もしておく」
「分かった」
「待って、誰か来る!」
シャロが続けて教えてくれた。
すぐにその誰か、が見える。
獣道を駆けてくる影だ。
四つ足。獣のようだが、なにか違和感がある。
師匠と関わりがあるのだろう。味方と信じて迎えようとする。
「また魔法!」
だがその影に向かって、攻撃。
森の中から火球が飛んできた。こちらは精霊魔法だ。
四つ足の影の後方で弾ける。魔法であるせいか、火は草に燃え移らずに消えた。
「うお!」
「敵か!」
警戒を高める。防衛役にファズを前に出した。
次々と攻撃にさらされる獣だが、素早く全てをかわす。火球は走る速度に追いつけていない。
そうして無傷で火炎降る道を駆け抜け、獣は僕達の前で止まった。
直後に魔術を展開する。
「“
四つ足の獣が人の形へ変わる。
獣人の少年だった。歳は十代後半頃か。
黒と灰の毛の、狼めいた顔付き。細く小柄だが精悍さはある。冒険に相応しい丈夫な服装。
彼は姿勢正しくかしこまって、僕に告げた。
「貴方がペルクス先輩ですね? ボクはクグムス。カリメア師匠の門下です。協力をお願いします」
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