第41話 決闘裁判

 すっかり荒れてしまった草原。

 海賊のお頭さんに振られた剣に割り込んで、わたしはマラライアさんと向き合う。

 すると、きつい目付きと低い声で聞いてきた。


「駄目……か。分かっているのだろうな、その意味を」

「分かってる!」


 わたしは目を見つめて、大きく叫び返す。

 それから精一杯の気持ちで、呼びかける。


「精霊さん、助けてあげて!」


 この声にしっかり応えてくれた。

 お頭さんの傷口が淡い光を放つ。治療の魔法。まだまだ勉強中で、弱い。

 だけど血は止まった。そうしたら、草の縄で縛る。

 安全を確保したところで、後から来たペルクスが魔法陣で囲った。

 分析し、処置を施す。命を削る魔法を解除しようとしてくれているんだ。


「ほら、もう捕まえた。だったら正当に裁くんでしょ。勝手な罰は悪い事なんだよ」

「ほう。確かにそれは道理だ」

「ね? だから剣をしまって」

「だがここは魔界。無法の地だ」


 まだ冷たいマラライアさん。敵意は消えない。

 処遇でわたし達は意見が別れている。絶対的な壁を挟んで。


 ここが生死の境目だと察したのか、起きている海賊達が必死に叫んだ。


「頼む! 殺さないでくれ!」

「なんでもする!」

「どんな罰でも死なないならいい!」

「天上の城に行かせてくれ!」


 それぞれに泣き喚く。それこそ何処までも格好悪くなりながら。

 懸命な命乞い。

 なんだかダッタレさんを思い出した。


「ほう。なかなかに興味深い事を言っているな」


 愉快げに反応して、ペルクスはお頭さんにずかずかと近寄るとしゃがんで尋ねる。


「何故襲っていた? 信仰と関係があるのか?」

「戦場で死んだら負け犬だ。んな奴ぁ城に招かれかねえ。無敗の勇者は家で死ぬんだ。そうすりゃ天上から迎えが来てくださる」


 説明で海賊の人達の信仰がなんとなく分かってきた。

 天上の城っていうのは天国みたいなところで、教会とは違う神様は、負けた人を認めてくれないみたいだ。だから基本的に逃げに徹していたんだろう。


「成程。帰る場所が欲しかったのか」


 納得した風にペルクスは呟く。

 わたしはまだ話を完全に理解したとは言えないけど、ペルクスはすぐに信仰と襲撃の目的と繋げていた。

 つまりは、戦いのない安全な場所じゃないと、天からの迎えが来ないって事みたいだ。

 勝手だけど、わたしだって確かに、野宿より家や町がいい。


 ようやく呑み込めたけど、ペルクスは更に先に行っていた。


「ならばここに町を造れ。家を建て道を作れ。それが罰だ」


 サラッと海賊への罰を決めてしまった。

 周りがぽかんとする中で、ペルクスは朗々と続けた。


「森のキャンプは見たはずだ。あれではやはり手狭。まだ人数が増えるやもしれんし、これ程の町があれば暮らしやすい。社会奉仕こそ償いだ」

「やる! なんでもやるぞ!」

「街で死ねるんだな!」

「武勇は既に示した。武器を置き、農具と工具を手にしても天から迎えは来よう。違うか?」


 相手の信仰を考えての提案。

 罰なのに罪人の納得を考える、なんて変な話かもしれない。

 でもそれは、反省や改心の為だ。悪行をする理由がなくなれば、悪行はなくなるはず。

 それは正しいと思う。

 罰や償いは許す為に。目的はあくまで悪事を止めさせる事だから。


 明るくなる海賊の中で、一人お頭さんは渋い顔だった。疑っているみたいに。


「確かにここで死ぬよりゃマシだ。が、話が早えな。俺達を信用していいのかよ?」

「数人は捕縛しておこう。反省がないようならどうなるか、分かるだろう?」

「はっ。お優しいこって」


 お頭さんは皮肉げに笑った。それきり黙る。

 それを見て、ペルクスは頷く。

 そして、真剣な目でわたしの方を見た。


「カモミール。これでいいか? いいなら命じるんだ」


 初めから、わたしの思いを考えての提案だ。

 分かってる。

 本当ならもっと厳しくしたんだって。

 わたしを立てて優しくしたんだって。


 その思いは、本当に深くて温かい。

 わたしは聖女として、姿勢を正して言葉を発する。


「あなた達に罰を与えます。これから──」

「勝手に話を進めるな!」


 だけど。

 マラライアさんが怒声で遮った。


「たったそれしきで許せるものか! 奴等には死! 死でしか罪は償えない!」


 血走った目、怒りに満ちた表情。全身でわたし達の裁定を否定してきた。


 罪と罰。

 アブレイムさんを思い出す。あの問答を。


 あれから、何度も考えた。

 悪との向き合い方。わたしとしての答え。

 今も変わっていない。

 頑張って、皆で考える。ちゃんと自分なりの道を決めた。


 わたしはおかあさんとおとうさんを迎える為に、先に行く。

 だから最後まで見られない。責任を放棄してしまう。

 だからペルクスは「数人は捕縛しておこう」と決めたんだ。

 そこが最低限の厳しさ。あとは海賊の人達を信じる。


 でも、マラライアさんはそんな事気にしない。わたしよりも、自分の心を優先する。当たり前だ。


 それでも、自分勝手は通したい。

 ワガママなりに、話を信じてもらいたい。


「どうしてそんなに厳しいの?」

「そちらこそ、どうして生かす事にこだわる?」


 逆に質問された。


 どうして。

 当たり前だと思っていたけど、ちゃんと言葉にしてみる。

 前提として、殺すのはいけない事だ。

 国や教会だって殺人は罪だと定めているし、死罪も禁じている。だからこその流刑。


 でも、わたしの理由は、それとは違う。


「死ぬとか殺すとか嫌だよ。悲しいよ。それが正しいなんて、言いたくない」


 命の終わりを見るのは、苦しい。なるべく経験したくない。

 ここに来て動物と闘った時にそう思った。

 ペルクスも言っていた。

 悪を忘れずに祈るんだって。


 嫌いな人。憎い人。

 そういう人はいて、二度と会いたくない。

 それは分かる。

 だけど、だから殺すだなんて、悲しい。


 人を襲う動物は話が通じないから仕方ないかもしれない。

 でも人間は話が通じるかもしれない。あくまでかもしれない、だけど。

 ダッタレさんがそうだった。

 悪い事は止めてくれるかもしれない。

 仲良くなれるかもしれない。

 死ぬと、可能性は絶対になくなる。

 絶対に叶わないなんて、それはとても悲しい。


 かもしれない、だらけだ。

 だからアブレイムさんもマラライアさんも厳しくなるんだって分かる。

 それでも、わたしは優しい方が好きだ。


 そう、わたしの考えを伝えたけど、やっぱり届かない。


「だが必要だ。悪はいる。神のつくられたこの世にも」


 マラライアさんは淡々と否定。

 海賊達を睨んで、続ける。


「せめて奴らを罰する。せめて償わなければいけない。私は消え去るしかないのだから」

「それは違うよ! だってマラライアさんには奇跡があるでしょう! 神様はここでもちゃんと見てる!」


 わたしは必死に言い返す。

 自分の手に視線を落とすマラライアさん。じっと見た後、悲しげに否定する。


「……いや、ならばこれは、奇跡ではないのだ。ここは魔界。邪神の加護ではないか?」


 一歩も引かない。

 話し合いは硬直状態。


 そこに、ペルクスも加わる。


「確かに否定は出来ないな。検証不足だ」

「ペルクス!」

「だがどちらにせよ変わらん。あなたの裁定は私怨が混ざっている。向こうでの罪は流刑として下された。ここで裁くべきなのはあくまでここでの罪だけだ。陸鮫は略奪をしたか?」

「……確かに街は初めからなく、部下もとうの昔に死んでいた。だが、未遂だろうと賊は賊だ。極刑こそが相応しい」


 真っ直ぐ、燃える瞳。

 苛烈な正義感。

 アブレイムさんとは少し違う。

 根底にあるのは、多分、罪悪感だと思う。

 それに、そもそもこれは問答や議論じゃない。意見を変える気がないんだ。

 マラライアさんは、強い。


「死後の世界でも会えなくなった、部下の人達の為なんだよね?」

「そうだとも。最早私の存在価値は他にない」

「じゃあ、帰ろう。帰って、会いに行こう」

「何?」


 初めて動揺する。マラライアさんの目は、揺れていた。


「帰ればいいんだよ! 元の居場所に! きっと、それが出来る!」

「それなら俺達も帰らせてくれ!」

「そうだ! 家族に会わせてくれ!」

「駄目だ。これも含めての罰だ」


 ペルクスが冷たく言った。

 海賊達の不満は収まらない。ブーブーと抗議を続ける。

 でも、悪いけどそれは無視する。


「教会が定めた罰だ。覆す事などあってはならない」

「なら、おかしいよ。教会は極刑は認めてないでしょ?」

「私も遺憾だが、ここより先に流刑地はないのだ」


 矛盾にも迷わない。

 もう決めてしまったから、覆さない。

 マラライアさんは縛られている。

 この土地。一人で生きていくには大変だったんだろう。絶対的な意志や苛烈な闘争心が必要で、強くなるしかなかったんだろう。

 でも、それは悲しい。


 だからわたしは、なんとかしたい。


「分かった。だったら好きにすればいい。罰を下せばいい」

「カモミール!?」

「その代わり、わたしは全力で守る」


 苛烈な闘争心を、受け止める。

 救えるように。優しくなれるように。


 対するマラライアさんは、低く冷たく笑っていた。


「くっくっ。くくくくっ……」


 そして瞬時に、距離がつまる。

 目で追うのも難しい速さで剣が振り下ろされた。

 わたしは急いで槍を横にした。

 耳障りな金属音。

 重い手応えに痺れる。槍もその内折れそうだ。

 わたしはそれでも負けない。


「いいよ。全部止める」

「重いぞ。背負えるか」

「大丈夫。だってわたしは、聖女だから!」


 鍔迫り合いから一度離れて、今度は本気。

 痛い程の気迫がわたしにぶつかる。

 連撃。刃の乱れ打ち。

 なんとか目で追えるけど、追いつくのがやっと。

 容赦はない。精霊魔法で速くしてもギリギリ。必死に槍を構えて食らいつく。


 だけど、ついに槍が真っ二つ。

 刃が迫る。危険の瀬戸際。目には鋼の閃き。


 わたしは前へ進んだ。剣より奥、懐へ。

 腕が肩に当たる。それでも十分に痛い。骨がミシっていった気がする。

 でも負けずに手を広げた。

 ぎゅうっと、強く抱き締める。


「精霊さん、上に行こう!」


 飛びたいのに、鎧が重い。踏ん張っても持ち上がらない。

 マラライアさんは下に押し付けようと、倒そうとしてくる。

 重い圧力。潰されそうな圧力。息も詰まる。

 だから一度手を離して、羽を広げて地面スレスレに飛び込む。手を付いて、それを軸に回転。態勢を変えて背後へ。振り向かれる前に、もう一度掴んだ。


 今度こそ。

 風だけじゃない。持ち上げる力、浮かせる力、空に適応する力。思いつく全てに働きかける。

 精霊魔法は気持ちに左右される。だから、信じる。わたしは出来る。

 心を込めて、呼びかける。


「お願い! 空へ、連れてって!」


 精霊を通じて、魔力が活性化。急激に加速する。

 密着したまま一緒に飛んだ。一気に空高くへ。

 絶対に落とさないように力を込めれていれば抵抗も抑えられた。

 皆の姿が点みたいに小さくなる程の高さで、わたし達は滞空する。

 戦いの間に、いつの間にか、夜空。

 上空の風は穏やか。嵐みたいに荒れていたのが嘘みたい。

 気持ちが良い空だ。


 少し、おかあさんと飛んだ空を思い出す。


「きゃはははっ」

「何を笑う!?」

「ほら、見えるでしょ」


 マラライアさんの肩越しに、凄い景色が見える。

 示した先には大陸を隔てるベバリート山脈。その向こうに、遠く遠くに、薄っすらと。大陸の半分があった。

 灯りが見えた。人の生活の灯りだ。


「見えるなら、行ける」

「…………言うのは簡単だ。しかし実現は困難だぞ」

「うん。難しいのは分かってる。だけど、約束する」


 ハッキリと答える。

 行くのは大変だし、行けてもまた異端審問されてしまう。

 問題は山積み。

 また、無責任な言葉だろうか。

 でも皆がいるなら、いつかは叶えられると思う。信じてる。やり遂げてみせる。


 このまま空で夢を眺める。


 やがて、腕の中が温かくなった。人肌の感触。

 マラライアさんは奇跡の鎧を消していた。抵抗せず、じっとしている。故郷の灯を見ている。

 そして、穏やかに溜め息を吐いた。


「……私の負けだな。手を離されたらいかに奇跡と言えど耐えられまい」

「そんな事しないよ!」

「くくくっ。ああ、分かっている。だから……言い分を認めよう」


 声からは怖さがなくなっていた。代わりにあるのは微笑みの気配。温かな雰囲気。


 認めてくれたのなら、凄く嬉しい。

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