第40話 奇跡と加護の死闘

 廃船を材料としたゴーレム、ゴルドヴァイフは急ごしらえの割に傑作だ。

 爆発してしまっていた船だが、陸鮫の細工により、精霊や魔力との親和性が高められていた。利用しない手はない。

 ゴルドヴァイフは剣のように帆柱マストを構え、振り抜く。


「そうだ、捕まえろ!」


 川の上を帆が走る。

 陸鮫達は設置した網にかかる魚のように、次々と帆に衝突。そのまま彼らは掬いあげられ、陸へと叩き出された。


 そして、更に手を加える。


「精霊さん、手伝って!」


 カモミールの魔法が巨体を加速させた。

 慌てて川を下る陸鮫達に追いつき、空へ飛び上がる者も含めて再び帆で掬い上げる。ゴルドヴァイフの大きさはリーチも広い。逃げ場はなかった。

 一網打尽。

 捕まえた男達を、べシャリと陸地へ投げ出す。そして背の高い草を縄代わりに、魔法で動かして一つに纏めて縛り、捕えた。

 帆には意識を奪う薬を気化させて纏う魔術を仕込んでいたので、それが駄目押しで効いていった。これで大方が戦闘不能。


 後方、川に降りるのに遅れていてた四人はまだ空にいて、逃れている。

 役目のなくなった殿しんがりの頭目が、地面に降りた。

 そしてカモミールに称賛混じりの声をかける。


「凄えな。嬢ちゃん」

「それじゃあ、わたしの勝ち?」

「いやあ。俺達ゃ負ける訳にはいかねえのよ。天主様に天上に迎えてもらねえからな」


 天主様。

 彼らの信仰か。

 この言い分からすると、恐らく生前の活躍が死後の幸福に結びつくのだろう。

 ならば、信仰が強い程、必死になる。そしてそれは、凄惨な戦いにも繋がり得るものだ。


 残る陸鮫達は大きく息を吸い込んで、気迫を込めて叫んだ。


「マッサア! マッサア! マッサア! マッサア!」

「マッサア!」

「狂える王よ、牙の戦士よ! 血濡れの鯨に誓いし剣よ! 死兵の列に加えたまえ!」

「我らを配下に加え給え!」


 精霊への呼びかけは必死で、狂気すら感じた。

 立ち姿から違う。戦意でなく、殺意があった。

 気配も荒く、最早陽気さはない。

 魔力が激しく波打つ。凶々しい程に。


 逃げるのを諦めて、最後まで戦うつもりだ。

 それこそ、手負いの獣のように。


 冷や汗が背筋に流れる。僕は恐れに慌てさせられて、命じた。


「急げ、ゴルドヴァイフ!」

「狂王の御前に、勝利を捧ぁぐ!」


 地響きを立てて迫る巨大ゴーレムに、頭目は一人迎え撃つ。大きく武器を振りかぶる。

 迫るは岸壁のように広い帆。

 その柱に頭目は己の武器をぶつけた。

 凄まじい破砕音。砕ける帆柱。頭目は凶悪に笑う。


「うわああ! 折角のゴルドヴァイフが!」

「ぐぅ……! いや殴れ!」


 シャロが悲鳴をあげ、僕も悔しさに唸った。


 反撃は素早く。巨大な拳が地上の人影を狙う。

 しかし頭目は軽々とゴルドヴァイフの頭より高く跳び、ギラギラと目を燃やした。

 風唸る、上から豪快な一振り。

 狂気を纏った叩きつけは、巨体でさえ、防ぎ切れない。

 爆音。

 破壊。

 暴虐。

 ゴルドヴァイフの破片が草原へ吹き飛び、また残骸と化してしまった。


「うわあああ! 負けたあああ!」

「……不味いな」


 力が異常だ。

 ゴルドヴァイフは確かに捕縛用に作った、リーチが売りの個体。だが戦闘も充分にこなせるはずだったのだ。


 僕はすぐに彼らを“生物研究サンクチュアリ”と“分析アナライズ”で調べる。

 やはり魔力と肉体が活性化していた。

 しかしその代わりに、過剰な負荷を受けている。肉体があちこちから壊れていく。

 僕は戦慄しながらも、冷静を保とうと努めた。


「自殺行為だぞ、あれは……」

「……じゃあ逃げてれば時間切れで勝てるんじゃ?」

「逃げれればな」


 魔術を通して聞こえたシャロの軽い問いかけには、否定的な答えしか出せない。

 簡単にはいかないのだ。無論諦めはしないが。


 だが、僕と違いまるで動じない人物もいる。

 戦場の誉れを為した頭目に、マラライアが挑発的に語りかけた。


「くくっ。意外だ。貴様らにも誇りがあったのだな」


 頭目は武器を肩に担いで振り返り、両者は睨み合う。


「はっ。当たり前だ。誇りも無しに生きていける程甘くねえだろ」

「ほう。随分安い誇りのようだ」

「その安い誇りが、お前らを潰すんだぜ!」


 問答無用とばかり、咆哮とともに武器が振るわれた。

 圧倒的な暴威。

 たったの一撃が、部下の歩兵隊を丸ごと木っ端のように吹き飛ばす。

 倒れ伏す人々。災いの跡。

 マラライアはチラと見て、祈りの姿勢をとった。


「バルト隊、済まないな。良い働きだった」

「ああん? 冷てえじゃねえか。さっきのはどうした」

「何、思い出しただけだ」


 マラライアは何処までも冷静だった。

 既に吹っ切れている。過去に囚われた悲劇の役者ではない。

 真面目な顔で真実を告げた。


「ああ、そうだ。先に言っておく。貴様らの求めた街は、存在しない」

「ああ?」


 発言に戸惑う頭目。火花散る中でも殺意が乱れる程、呆れが強い。

 だが意味を理解するのは、すぐだった。


 瞬きの間に街が消えたのだ。

 人々の賑わいは跡形もなく、遺跡に戻る。夢のように。幻のように。

 マラライアはもう、自らが持つ奇跡を自覚し、完全に掌握している。


 困るのは陸鮫達の方だ。


「ああん!? 何しやがった!?」

「お頭! あれじゃオレ達……」

「勝っても意味が……」

狼狽うろたえんな! ほら見ろ、来るぞ!」


 マラライアは剣を構えて突き進む。こちらも殺気を滾らせて。


「くくくっ。逃げる道は消えたんだ。今こそ殺す!」

「チッ。野郎共、悩むのは後だ。今は戦え!」

「りょ、了解!」

「わたしもいるからっ!」


 頭目を援護しようとした三人の配下に、空から攻撃。

 カモミールが風に乗って突撃した。槍の突きが石斧を砕く。

 無論僕も援護。ドルザを突っ込ませた。

 だが、三人は弾いた。

 カモミールの槍も、ドルザの突進も、力任せに迎撃。不意打ちでなければ対応される。

 やはり決死の戦士。明らかに手強くなっている。


 槍も下手を打てば壊される。

 カモミールは飛ぶ。攻撃と回避を巧みに切り替え、攻める。

 だが、あちらも精霊魔法で空まで追いかけてきた。

 両手は布で塞がっているが、蹴りや体当たりも充分に驚異的だ。風を切る音が恐ろしい。

 互いの風が吹き荒れる。背後を狙って追いかけ、攻撃を繰り出す。

 上空は余人の立ち入れない戦場。


「マッサア! 狂える王よ、牙の戦士よ! 血濡れの鯨に誓いし剣よ! 死兵の列に加えたまえ!」

「精霊さん、負けないで!」

「“展開ロード”、“掌握ドミネーション”」


 動き回る陸鮫への干渉は難しい。だが捕えた者達がいる。魔法の情報を持った者達が。

 だから僕はそこから干渉した。

 精霊は前向きな精神状態を好む。そして彼らの精霊は個人ではなく、陸鮫という集団に味方している。よって敗北して気絶した者を再び精霊に繋げれば、影響が出るのだ。

 風の制御を乱す。弱める。狂気の加護を得た陸鮫達は力尽くで対抗するが、確かに影響はある。

 そして、やはり妖精。空での立ち振る舞いは上だ。

 軽やかに、舞うように、空を巡る。

 直線的な動きを、華麗な宙返りであしらい、直後に加速。

 槍の柄で背中を打った。

 一人を撃墜。

 僕が”石工メイソン“の魔術で地面を柔らかくして受け止め、直後に固くして捕縛。

 残るは二人。警戒から狂的な圧が増す。

 緊張感が高まっていった。




 そこから離れて、二人が一騎討ちをしていた。


「仕方ねえ。俺達ゃ二人で決めようや!」

「くっくっくっ。当然だ!」


 リーダー同士の戦い。熱気と殺気が空気を歪ませるようだ。


 マラライアの騎馬突撃に合わせ、頭目は地面を打ちつけた。

 草原に轟音。激しい地揺れが起きた。

 突撃の勢いが死ぬ。馬体が浮く。

 そこを頭目が突いた。

 瞬く間に接近。豪と薙ぎ払われ、直撃した馬が吹き飛んだ。

 だがマラライアは間一髪で飛び降り、逃れていた。転がり、立ち上がると同時に斬りかかる。

 が、薄く肌を切るだけに終わり、反撃が来る。


「オイオイ、相棒をもうちったあ気にかけてやれよ」

「くっくっくっ。賊に誠意を説かれる筋合いはない」


 足を止めての、馬も船もない互いに自身のみでのせめぎ合い。

 片や重量武器。

 片や剣。

 まるで違うはずだが、互角だ。

 二人は激情を乗せて打ち合う。

 音はこの場全体を震わせる、人が作ったとは思えない振動。草原は揺れ続ける。

 頭目は飛び跳ね、獣のような動きで翻弄。

 マラライアはあくまで地に足を付ける。

 防戦一方の印象もあるが、完全に受けきっている。


「どうした!? 大口叩いてそれかあ!」

「くくっ。ここは戦場だ。周囲にも注意を払った方がいい」

「あ? おいおいんな卑怯な手ぇ使うんだな!?」


 気を逸らす嘘だと思ってか、頭目は嘲る。

 しかし実際、彼の横には、影。


「がっ!」


 衝撃。馬の後ろ脚が頭を蹴り抜いた。

 突然の事に反応出来ず、まともに食らう。

 しかし倒れない。踏ん張って持ちこたえ、怒り心頭に叫ぶ。


「テメ、それが騎士サマのやる事か!」

「くくくっ。騎士だからこそ、だ。人馬一体。理想の姿だろう?」


 奇跡の力が現実にしたのは、愛馬の援護。

 二対一の構図が生まれた。


 奇跡と命を削る切り札が、渡り合っている。

 頭目は馬に注意を割くのを放棄した。蹴りを食らうも、無理矢理にマラライアを攻める。魔法により肌が変異でもしているのか、蹴りにも耐え続けた。

 激しい戦い。

 避けきれずに受ける事も増えた。剛腕の一撃が鎧を土塊のように砕く。

 が、マラライアは無傷。

 盾。そして鎧。どちらも何度でも復活する。

 更に言えば、より頑丈な全身甲冑へと変わっていた。


「なるほど。こうだな。使い勝手が分かってきた」

「なんだ、そりゃあ」

「どうやら奇跡らしい」

「はっ。それりゃあいい。俺達ゃ悪魔らしいからな!」


 頭目は吼えて、大きく振りかぶる。

 すかさずマラライアも突進。受ける覚悟か。

 真っ向から、頭目は受けて立つ。一直線に振り抜いた。

 抉るような剛撃。

 しかしマラライアは盾を犠牲に受け流し、右手から斬り込んだ。


「舐めんな!」


 振り切ったところから片足と腰の捻り。武芸や技術を度外視した、無理矢理な切り返しで頭目は即座に対応する。

 ギリギリで長剣を弾く。遠くへ消した。

 だが、マラライアの手には、すぐ新たな武器が生まれた。


 眩い輝き。

 聖剣と呼ぶのが相応しいような、美麗な長剣だ。

 そしていかにも騎士らしい、真っ直ぐな振り下ろし。

 軌跡が煌めく。頭目の武器を軽々と切り裂いた。硬い素材も嘘のよう。

 しかし彼は柄だけでも殴りかかる。

 兜ごと頭を砕くような剛腕の一撃が唸った。

 命中。実際、兜はへこみ、首から吹き飛んだ。

 しかしマラライアは耐える。一度浮いた足もしっかり地につけた。歯を食いしばり、目は血走らせて、正面を向く。

 頭目はまだ柄を振るおうとするも、苦い顔。

 対するマラライアは暴力的に笑って、反撃の一閃。


「……くくっ。終わりだ」

「畜生が」


 頭目の体の前面から、斜めに血が噴き出した。

 彼の意地か、目を開いたまま、笑って、膝を付く。

 目が合う。互いに覚悟は重い。

 剣を構えるマラライア。首へと振り下ろすべく構え直す。

 断罪。決着の瞬間。空気が強張る。


 そこに、


「駄目えぇっ!」


 空から、カモミールが割り込んだ。

 

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