第39話 罪人猛々しく

 恐らく原因は、悲劇の再現。

 マラライアは膝から崩れ落ちてしまった。戦闘続行は不可能だろう。

 胸を刺す慟哭は幼子のようだ。見ているこちらまで辛くなる。


 陸鮫達も異変に気付いた。


「あんだぁ? どうしたよ騎士サマ」

「戦場に出る覚悟なかったってのか?」

「初陣じゃあるめえし」

「だははっ。野郎共、畳み掛けろぉ!」


 すかさず頭目の号令。

 指揮を失なった、残された騎兵は目に見えて動きが悪くなっていた。陣形に鮮やかな精細さはない。

 このままでは囲まれ、機動力を活かせないままに打ち破られるだろう。


 その前に、介入が必要だ。


「シャロ。聞こえるな? 始めてくれ」


 地獄耳を利用し、合図。

 すぐに街から音楽が流れてきた。魔術によって音量を増した、不吉を思わせる旋律が。

 そして歌声が響き渡る。

 一度効果的だった、海の物語だ。


 ──おお、海が凪いだ。凪いだ。凪いだ。船は磔。帆は膨らまず。嗚呼、なんて事! ここは海の魔竜の縄張り!


「畜生、またあの女か!」

「止めろ止めろ、こんなもん!」

「歌声がもったいねえ!」

「野郎共! 負けずに声張れえ! 歌なんざかき消しちまえ!」


 口々に文句が叫ばれる。抵抗はあったものの、風が弱まりボートの動きが鈍った。

 頭目の指示があっても、懸命に声を張っても、歌声は響き続ける。当然だ。魔術による拡声と、悪魔の力まである。ただの大声だけでは勝てない。

 感情豊かな彼らには、やはり効く。

 騎兵突撃にはボートという手を持ち出してきたが、こちらへの対応策はないらしい。


 それに、増援は終わらない。むしろ本命が、今から。


「皆、止まって!」


 カモミールが熱意を持って叫ぶ。

 空を駆け抜け、風を纏い、激突するように草原へ降り立った。

 草に波紋。自らの跡を残す。

 戦場の中心で、堂々と海賊と対峙。


「もう戦わないで。皆で話し合って、戦いは終わらそう」

「嬢ちゃん。そういう訳にいかねえのよ。俺達が欲しいモンは、騎士サマも譲れねえモンだからよ」

「じゃあ、仕方ないね。わたしが勝ったら、諦めて」

「たはっ。言うねえ」


 頭目は強気に笑った。

 手には武器。目には闘志。手下も揃って騎兵への敵意は失せており、カモミールに集中する。

 カモミールも自分に引き付け、騎士団を守るべく、真っ向から受けて立つ。

 別種の戦いが始まった。


「天上の将軍よ、戦士の長よ! 若輩に導きを! 山の鷲よ、夏の虎よ、我らに力を! 我らに狩りの加護を!」


 凪の歌で弱くなってしまう風の代わりに、別の精霊魔法が使われた。力や武器に影響するものだろう。

 弱くなったなりに風を受けてボートは走る。突進の勢いには十分。

 船首に立つ頭目の甲羅の武器が、カモミールの槍とぶつかった。

 広がる衝撃。甲高く鳴る。

 カモミールは弾ける流れに乗って空へ。戦場を見下ろし、自由に巡る。

 海賊達はマストに登って武器を振るう。あるいは石斧を投げてくる。

 カモミールはあえてギリギリのところで避けている。

 引き付けて、消耗させる為に。

 信頼に応えてくれている。後で存分に褒めなければ。


 予定は狂ったが、そろそろ修正も終盤だ。

 カモミール達の奮闘で作った時間。僕はこの隙にマラライアへ駆け寄った。


「大丈夫です。落ち着いてください」


 呼びかけとともに、薬を嗅がせる。

 今朝の内に調合したもの。カモミールに幻覚を見せた花を利用しており、五感の刺激を弱め、鎮静の効能が期待出来る。

 毒だろうと使い道はあるのだ。


 その効果があったか、マラライアは呼吸も正常に近付いている。

 話が出来る状態になった。精神と記憶の状態を確認し、説得を進める。


「あなたは客人の……済まないな。醜態を晒した」

「どうか気にせず。落ち着いて。何がありましたか? 一つずつ思い出しましょう」

「ああ、そうだ。……私は、何故忘れていた……」


 そこで彼女は戦場を見た。

 カモミールが飛び、槍を振るい、帆を裂いて船を砕く。

 妖精の奔放さと獣人の力強さを発揮。次々と打ち払う。

 騎兵もマラライアの指示なく援護。背後からの不意打ちから守ってくれていた。

 音楽もカモミールの勇姿を引き立てるよう。


 その中でマラライアが見ているのは、部下達だ。

 絶望の底のような青白い顔で、目を離せずに、苦々しく呟く。


「……私は、部下を全滅させた」


 痛々しい告白は、それでもハッキリと。

 彼女は俯き、顔を手で覆う。苦しげな声が漏れた。


「……そうだ。だが、その部下は何故そこにいる? 私の未練が亡霊にしてしまったのだろう? 楽園から遠ざけてしまった! 祝福されぬ、彷徨える亡霊にしてしまった!」


 草原に響くは懺悔。

 マラライアの慟哭に、僕は勘違いに気付いた。

 彼女の心を占めるのは、後悔。

 嘆き悲しみ、現実逃避したのではない。

 悲劇の記憶に潰され、戦えなくなったのではない。

 思い出した結果、ありえないはずの部下の姿に、己の罪を見て嘆いたのだ。

 彼女には悲しみを耐える強さがある。だが、己で部下を苦しませるのは耐えられない。

 自覚なく、正体が分からなければ、確かに不気味か。彷徨える亡霊にしてしまったと後悔するのも頷ける。


 だがそれは間違いだ。

 そして説得の方向性を変えねばならない。


「いいえ。彼らは奇跡の具現、神の思し召しです。本来の彼らではありません」

「……慰めは止せ。罪人である私が神から祝福を受けるなどあり得ない」


 混乱に答えを示すも、更に暗く落ち込んだ。

 納得したような、自嘲するような、薄い笑み。そして弱音を溢す。


「私はせめて、償い、謝りたかったのだ。正義に燃えて、暴走して、結果部下を死なせた。断罪も出来ずに。部下を付き合せた。償う為に、この地で死ぬ訳にいかなかった。この地で生き残ろうとした。が、結果はこれだ。償うつもりが、逆に苦しめてしまった! 祝福の資格など有りはしない!」


 その言葉に、僕はまたも気付かされた。

 僕達は幸運と神の加護に恵まれていただけで、この地は本来、生きていくだけでも難しい土地なのだ。


 マラライアは強かった。

 強かったから悲劇にも折れずに、戦い続けられた。獣や環境にも負けずに。

 だが孤独で、疲れて、弱ったところで、夢を見たのだろう。衰弱した状態で、誤認してしまったのだ。

 あのやつれた姿も、奇跡の前から。疲弊してまともに食料を確保出来なくなったせいだろう。

 この試練の地で、戦い抜いた証だ。

 神も嘆いて慈悲を与えたのではなく、強さを認めて加護を与えたのではないか。


 僕は尊敬を抱いた。

 だからこそ、立ち上がってもらいたい。


「いいえ。貴女は正しかったのです。部下の方々も亡霊ではありません。奇跡による再現体なのです」


 マラライアの卑下を否定。強く断言。

 俯いていた顔と目が合う。そこには僅かな光。

 優しく、尊敬の念を込めて続ける。

 彼女の行動は肯定されるべきものだから。


「その鎧を、剣を見てください。武具は亡霊でも幻覚でもありません。流刑の際に没収された武具があるのは、奇跡のおかげです」

「……これは、確かに」

「部下の方々も同様です。貴女が騎士として相応しく、ともにあって当然だからそこに有るのです。貴女は神にも騎士と認められた存在です」

「しかし、それは信じられない。私は部下を殺した罪人だ」


 重い発言だった。後悔と贖罪の独白。自己評価は揺るがない

 僕は、それを認めない。認めたくない。マラライアは確かに聖人なのだ。


 が、説得を優先するからには彼女好みの答えを提示しよう。


「ではもう一つの仮説を唱えましょう。騎士として生き、戦い続ける。それが神の下された罰なのではないですか?」

「……罰」

「貴女は神に罪人と認められた。奇跡がその証明。つまり、神は貴女に、己の罪と常に向き合う事を望まれたのです」


 己に厳しい人間は罰を望む。むしろ罰があれば納得し精神を保てる場合すらある。自分で自分を許す為に必要な儀式だから。

 研究者としても、サンプルが足りない内は多くの仮説を立てるのが常道。視点を変えてこそ見えてくる事もあるのだ。


 しばしの沈黙。

 それから、愉快げに喉を震わせた。


「くくくっ、くっくっくっくっ……」


 マラライアは笑う。好戦的に。悪人のように。


「ああ。それなら受け入れられる。確かに私は罪人だ。今後の人生は償いの為に生きよう」


 僕としてはそれは違うと言いたかった。大いに誤解であると。

 だがまあ、そんな空気ではない。これがマラライアの答え。黙って続きを聞く。


「だから、勝つ」


 宣言は、晴れやかな顔をして行われた。

 マラライアは、騎士は誇りを取り戻して仁王立ちし、号令を下す。


「ジョーケント騎士団、総員聞け! 子供に遅れをとるな! 陣形を整え、撃破しろ!」

「オオオオオォォオオオオォォッ!」


 場を圧倒する、騎士団の雄叫びウォークライ。そして突撃。

 再び一つの生き物のような、華麗な陣形となって陸鮫のボートを打ち破る。歩兵も加わって、壁を作って囲む。

 マラライア自身も素早く騎乗し直し、参戦する。

 頭目がカモミールから、好敵手へと視線を移した。


「騎士サマ。もういいのかよ?」

「ああ。もう、お前等を殺せる」

「はっ。そうでなくちゃなあ!」


 リーダー同士の衝突は熱く。再び風が吹いた。

 騎馬とボートが並び、互いに前へ走りながらの苛烈な攻め立て。

 ぶつかる度に空気が弾けた。草原を気迫で支配した。

 血が空中へ筋を引く。衝撃の余波が散っていく。

 一騎討ち。


 それは同時に精霊への呼びかけを封じ込める。

 配下の海賊達だけでは魔法の出力は不十分。

 となれば、一気に形勢は傾く。


「やああっ!」


 気炎の一閃。

 カモミールがマストをへし折った。倒れ、バランスを崩し、海賊達は外へ投げ出される。

 これが既に三度目。

 ボートはほぼ壊れ、船は頭目が乗る一隻だけだ。

 優勢。勝ちへの筋道がもう見えている。


「チッ。ここらで限界だな。次こそ仕留める」


 だがやはり、陸鮫は徹底抗戦を避けた。

 逃げ、の時間だ。


「野郎共、撤退だ!」

「我らが家、我らが足、我らが武具なる船よ! そこに住まう魂よ! 汝は死者なり! 天上に招かれし傑物なり!」


 精霊魔法により、ボートが爆発。そのせいでマラライアは標的を見失って舌打ちした。

 海賊達は巻き起こる風で空へ。だがそこはカモミールの領域。すぐさま追う。


「逃げちゃダメ!」

「追いかけてくるなんて嬉しいねえ、嬢ちゃん。だけど一旦お別れだ」


 頭目がカモミールの前に躍り出た。

 上手く風を操り、空で向き合う。

 殿しんがり。仲間を逃がす為の戦いだ。

 片手は風で膨らむ布。もう片手で武器を振るい、あるいは蹴りを繰り出し、見事な空中戦。至近距離でカモミールを抑え込む。

 この男は、やはり別格。


「精霊さん、風を、もっと!」

「行く夏よ、逃げる夕日よ、去りゆく渡り鳥よ。我らに駿馬のいななきを!」


 その間に手下達は加速して、川へ。着水すればまた新たな魔法。逆流に乗って去ろうとする。

 だが、これは既に一度見た。カモミールだけでなく、備えはしてある。


「シャロ、頼む」

「ゴルドヴァイフ、発っっ進っ!!」


 魔術により拡大された、シャロの声。

 特大の声量に陸鮫もバランスを崩す。僕達も耳鳴りで痛くなる。少しやり過ぎだと思うが、興奮する気持ちは分からないでもない。


 川を上る海賊達は戸惑いながらも逃げている。しかし漏れ聞こえる困惑の声は、やがて驚愕に変わる。

 上流からの地響きによって。


「な、なんだあ!?」


 迫りくるは、巨影。

 木材と土砂を巨人のように組み合わせた、船の残骸を使ったゴーレムである。その名前がゴルドヴァイフだ。

 陸鮫を逃さないように、備えておいた大仕掛け。折角の高い技術の結晶を利用させてもらったのだ。

 無骨な木造巨人が、海賊達の行く先を遮って、立つ。

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