第38話 喰らい合う双蛇の戦場

 海賊の襲来。

 街の危機に意識が切り替わり、広場の即席劇場に騎士の声が響く。


「スパイク隊は正門。クローグ隊は港、ディアンヌ隊、バルト隊は住人の誘導だ。急げ!」

「はい!」


 客席から移動しながら、マラライアは集まってくる部下へ指示。

 騎士団がキビキビと行動を開始した。揃った動きは練度の高さを思わせる。

 奇跡の産物なので実際の彼ら以上に忠実、という可能性もあるのだが。


 あっという間にマラライアは去って、もう姿は見えない。

 兵士が観衆を誘導する中、僕はまず、舞台上にいたカモミール達と合流。


「ペルクス! どうしよう、早いよ!?」

「ああ。だが落ち着いて対処するんだ」

「まー、予定通りいかないのがお約束だよね」

「あたしの舞台を邪魔するなんて……」


 慌てるカモミールをなだめる。

 怒り心頭のサルビアはシャロに任せた。

 僕達の作戦会議は騎士団程洗練されていないが、仕方ない。


 陸鮫フォーキングは解決すべき課題の一つだ。

 マラライアの救いは自覚や癒やしだけで終わらない。

 こちらも、対応策は既に練ってある。

 後の安全の為にも彼らは大人しくなってもらわないと困るのだ。


「それじゃ、また勝った後で。ほらサルビア、終わったら改めて再上演するから」

「……分かってるわよ」


 シャロとサルビアは早々に持ち場へ向かった。

 彼らにしか出来ない役目がある。必ず果たしてくれるだろう。


「打ち合わせ通りだ。カモミール、一人で大丈夫だな?」

「うん! わたし頑張る!」

「よく言った!」


 拳を握り、強い目で応じたカモミール。

 羽を広げ、街の上空そして草原へ飛んでいく。頼もしい姿だ。

 これは負けていられない。

 僕も人の流れに逆らい、走る。




 川が封鎖されようとしていた。

 ここは流通に川を利用し発展した街。攻められる事を想定していたか、丸太造りの頑丈な水門があった。

 魔界の街と、マラライアの街、二つの地形の一致が強固な夢を作り上げたか。奇跡の解明に繋がり得る興味深い点だが、涙を呑んで後回し。

 戦時の対応を観察、確認が先だ。

 兵士、作業者。荒れた人の声が変事を実感させる。

 船も用意されていた。とはいえ軍船とはいかないし陸鮫のような技術と精霊魔法もないので、水上戦は厳しいか。

 やはり防衛の要は騎士団のようだ。例によって、水上の戦力はマラライアの夢から外れたのかもしれないが。


 僕は防衛に励む横をこっそり通る。兵士に止められる事は分かっているので勝手に行動。

 こっそりと街の壁を魔術で崩し、外へ。


 赤く照らされる草原は、風が強い。草がなびく。

 川上に船が見えた。

 まだ遠いものの、影形は見える。

 ただし、前に見たものとは違っていた。

 小型の船、最早ボートが四隻、並んで川を下ってきているのだ。

 あれだけの大きな船を造り直すには時間が足りないはずだと思っていたが、こうして解決したらしい。早く攻め込む為に工夫したといったところか。

 想定と違えば事前の仕掛けも効果が薄くなる恐れがある。臨機応変が得意となれば、厄介な相手だ。


 そして横手の草原から、マラライア率いる騎兵が川沿いへ。

 街のかなり手前で、かち合う。

 前回は僕達を追って早々と陸に上がったが、いなかった過去の複数の戦闘はこの形だったのだろう。

 陸鮫は撤退に優れている。騎士団を無視して街へ略奪にいかないのは妙な気もするが、戦闘で打ち倒す事に誇りでもあるのだろうか。

 陸と川で、両者が対峙する。


「くっくっくっ。随分早いな。策を練ったつもりか」

「がはは。おうよ。待ちきれなくて、来たぜ」

「小さな船だ。懐が厳しいと見える」

「言うなよ。こうも戦いっぱなしじゃ見栄も張れねえ」


 まずは両者のリーダーが舌戦。熱く火花を散らし、睨み合う。

 そして船首が陸を向く。騎首が川を向く。

 前哨戦も最高潮。


「くくっ……殺せ!」

「おおおおおおおおおおお!」

「潰せ! 奪え! 蹴散らせえ!」

「マッサア! マッサア! マッサア! マッサア!」


 二つの陣営が激突する。

 船が陸に上がり、戦闘は始まった。


 重量感ある船を早目に無理矢理止めた前回と、戦いの様相は違う。

 両者が機動力、小回りを活かしている。

 騎士団の方は相変わらず無茶な突撃を繰り返していた。

 陸を走る船を槍や体当たりで壊そうとするのだ。ただ、無茶なそれが実際に通用するのだから唖然としてしまう。奇跡による加護も付加されているとすれば納得出来なくもないが。

 陸鮫はそれに対抗して、精霊魔法による風を操り、投げ斧や槍で攻撃している。

 風はボートを軽快に動かし、騎兵は妨害。縦横無尽に疾走し、なかなか尻尾を掴ませない。精霊の扱いがやはり巧みだ。信頼関係が深い。


 今のところ戦闘は互角に運んでいると言えた。


「上手く進んでくれればいいが……」


 僕は屈んで背の高い草に隠れて進み、戦闘を観察する。介入の時期を見極めなければいけない。

 僕達の目的は、両者の戦闘不能。誰も命を落とさない、痛み分けが理想だ。

 そこでなら交渉の余地が生まれるからだ。

 だからカモミールに空から俯瞰で戦場を観察してもらっているし、シャロの耳と音の魔術を利用した遠隔会話の仕組みも用意した。


 薬や魔術、用意をしつつも動かない。

 冷静に、冷徹に。理想が叶わぬのなら、最悪見殺しにする覚悟さえ忍ばせて。

 待つ。緊張感に汗ばむ肌を感じつつ、じっと備える。


「神よ。どうか全てに幸せをお与えください」


 僕はただ、祈っていた。




「殺せ! 今日こそ逃がすな!」


 熱気で加速するように、船と馬が並走。

 そして戦意を持って殺し合う。


「今日こそ勝利の酒を飲んでやらあ!」

「いい加減野宿は飽き飽きなんだよお!」

「マッサァ! 海の波よ、川の蛇よ、空の日差しよ、風のかもめよ、船の首よ、倉のねずみよ! 我らに力を与え給え!」


 海賊達は雄叫びを上げて武器を振るう。

 小型の船は小回りが利き、数を増やした事で撹乱にもなる。だが機動力は騎兵にもある。

 四隻の船がバラバラになり、手斧を投げ長い柄の斧槍を振り回す。

 それに対し、騎士団は固まって一隻ずつ追いかけていた。

 止まれば袋叩き。だからこそ、走り続けるのが第一。他の船が進路妨害してくれば、一斉に跳び越えた。

 槍が船を突き、後方からの攻撃も防ぐ。

 およそ真っ当な戦闘ではない。騎士兵士としての訓練などほぼ役に立たないだろうに、健闘している。

 騎兵が並べば、船とぶつかっても力負けしない。

 隊列を揃えた指揮も上手い。


「スパイク、陣形を徹底させろ! 惑わされるな! 背後を常に気にかけろ!」


 部下達はマラライアの声に忠実。

 風の中でも固まり、集団の強みを維持する。一つの生き物のように連なり、獲物を追いかける。

 荒ぶる風にも対応し、乗りこなした。

 少しずつ、槍が船の壁板を削っていく。傷を負わせていく。

 しかし、相手は四隻。僅かな隙間を狙うギリギリの攻勢。

 騎士団も負傷は大きいはずだ。奇跡によって多少の誤魔化しが効くのだろうが、いつまで保つか。

 戦法を変えた陸鮫の優勢。このままでは騎士団が倒れるのが先だろう。

 介入の時期は近いか。


 と、そこで状況は変化。

 騎士団に増援が来る。

 港で水門を閉めていたり、住人の誘導をしていた部隊だ。

 整列し、士気高く行軍してくる。

 だが、それに反応したのは陸鮫の頭目が先だった。


「野郎どもぉ! まずは手柄だ。天主様に戦利品を捧げろぉ!」

「マッサア!」


 頭目が号令し、一隻のボートが向きを変えたのだ。

 増援の兵へ。より弱き敵へ。

 あちらは全てが歩兵。大盾と槍を構えるが、流石に心もとない。いや、奇跡の加護があれば、あるいは。

 そんな僕の考えを余所に、マラライアが吼える。


「我々を侮るな!」

「いいや! 強い連中だと思ってんぜ!」


 応じる勇ましい声。

 互いのトップが直接ぶつかり合った。

 突進し、長剣と甲羅の武器が交差。

 重さと速度、力を乗せて小細工なしで正面衝突する。気迫に満ちた、凶悪な笑みを浮かべて。

 強風の中で、局所的に更なる暴風を二人が起こした。

 結果は、互角。

 甲高い音を立てて弾き、離れ、睨み合う。


「くっくっくっ。私が邪魔か」

「悪いな。まだ付き合ってもらうぜ」

「バルト隊! 無闇に動くな! 盾を構え、私を待て!」


 マラライアは遠くから指示。

 部下の救援へ行こうとしているのだろうが、頭目がそれをさせない。三隻に減ったとはいえ、連携の手数は侮れないのだ。


 そして後方。

 陸鮫の船の一隻は単純な一手を打つ。

 精霊魔法。帆を膨らませて加速した船が、兵士を押し潰さんと迫った。


「おおおおおおお!」


 男達が吠える。

 金属が衝撃を受け、草原に音が轟く。

 歩兵達は、驚く事に、突撃を耐えていた。

 盾と鎧、防御姿勢で受け止めたのだ。固まった人数の力で、あるいは奇跡の力で、拮抗している。

 だが、船の圧力はまだ増加しうる。


「マッサァ! 雷鳴らす黒鹿よ、厳しき冬の姫熊よ、猛る嵐の竜王よ! 我らに激しき災いの力を!」


 唱える声は獰猛。

 応えるは暴風。一際強い、嵐程の風が急激に吹き荒れる。

 強引にひき潰すつもり──



 いや、逆だ。

 船は後ろ、マラライア達がいるほうへと急加速。

 初めからこれが狙いだったのだ。

 意識から消えていた船の強襲に、隊列は対応が遅れた。慌てて避けようとするも、間に合わない。


「ぐうっ!」


 最後尾の一人がまともに激突され、馬ごと押し潰された。血溜まりに草原が濡れる。

 奇跡により作られた体にも限界はある。

 遂に兵士から悲鳴、いや断末魔が響く。


「ゼルタスッ!」


 それをかき消す程に、マラライアの悲痛な声は大きかった。

 船体が通り過ぎる。

 後には動かなくなった体。周りの兵士が助けようと素振りを見せる。が。


「怯むな! 止まるな! 戦線は維持だ!」


 マラライアは一喝。

 そして声があった地点に顔を向ける。

 馬から降りたくても、それは出来ない。走らせながら、祈る。


「ゼルタス。どうか安らかに。家族には勇敢であった、と……」


 兵士を弔おうとしていた、その流暢な言葉が、不意に止まる。


「いや待て。これは、以前にも……?」


 戦場に見合わぬ戸惑い。戦意が薄れ、顔は青白くなっていた。


 不味い。

 記憶に影響があったようだ。現状の自覚は確かに目的ではある。

 だが今ここでは、悪い予感しかしない。


 いやもう、予感どころか、今、正に。


「私、は」


 マラライアは止まり、呆然と立ち竦む。

 頭を抱え、掻きむしる。歪みきった表情。そこにあるのは悲しみ、そして怒り。いや、あるいは、悔いだろうか。


「あ、ああああぁああぁぁ!」


 激情迸る絶叫が、戦場を貫いていった。

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