第37話 世を忍ぶ旅の劇団でございます

 晴れた空の下の街に、人々は集う。思い思いに汗を流し、笑って。

 昼間の活気は夜の廃墟とまるで結びつかず、やはり夢だったかのよう。奇跡の凄まじさを思い知る。

 朝から昼までは外で準備していたので、「帰ってきた」感覚さえあった。あまりこの街に馴染んでいられないというのに。



 僕達はマラライアを救う作戦の第二段階で忙しくしていた。

 許可を得て、歌劇の準備を整える。住人達も一声かければ快く手伝ってくれた。昨夜の歌と演奏が彼らの心を惹きつけたようだ。

 作業の小気味良い音がリズムとなって響く。

 シャロとサルビアが中心となって指示。ファズとソルフィー、ゴーレム達も木材運びなどの仕事に励む。テキパキと、広場に即席の舞台が組み上がっていく。


「いくよー!」

「すげえなあ嬢ちゃん」

「全くだ! 大の男も敵わねえ!」

「本当に良い子だねえ」

「えへへ……」


 特にカモミールは大活躍だった。

 力仕事も難なくこなし、精霊魔法でも頼りになる。それを為すのが妖精であり獣人でもある女の子なのだから尚更だ。

 住人からの評判は上々。準備段階だというのに、それを見る為に人だかりが出来る程だ。すっかり人気者になっていた。

 これなら心配は要らないだろう。


「カモミール、サルビア。ここは二人に任せていいか? シャロも借りていくぞ」

「はあ? こんだけの仕事女子に押し付けて逃げるワケ?」

「ごめん。でも大事な事みたいだからさ。いない間は守っててくれると嬉しい」

「……後で埋め合わせしてよね」

「モチロン! メチャクチャに期待してて!」


 不貞腐れたようなサルビアにシャロは満面の笑顔で約束する。そうすれば機嫌良さそうに微笑んだ。仲が良い事だ。

 僕もカモミールの頭を撫でて労う。ご褒美の約束もした。笑って送り出してくれる。



 さて、僕の仕事は調査だ。

 マラライアの過去を知らねば、救う事は出来ない。


 昨日も一人でいる間に調査していたが、まだ足りない。

 一つずつ、整理する。

 とりあえず僕には疑問があった。


 その鍵となるのが、この住人達は自らをどう認識しているのか、という点だ。


 マラライア同様、自覚はない。

 奇跡、神のご意思が内にあるのだろうか。

 こういう事は推測だけでなく、直接確かめる他ない。

 そこで手当り次第に話を聞いてみた。


「魔界? そりゃあ怖いに決まってるけど、あたしらには関係ない遠くの話だからねえ」

「異端者? なんだってそんな事を? いや、異端審問された人間なんて知らないよ」

「領主様? 立派なお方だよ。具体的にどんな所が、って……領主様なんだから立派に決まってるだろ? ……名前、はなんだったかねえ」


 探りを入れれば、とぼけているのではなく、あくまで素直に答えている印象。

 やはりマラライアと同じ認識と見ていいだろう。


 そこで僕は仮説を立てた。

 追加調査をするのは、それの検証の為。シャロを連れてきたのは演目を決める役に立ててもらう為だ。

 目星をつけて歩く。

 街を巡り、調べ直してみて、改めて確信する。


「この街は歪だ」

「え、なにが?」


 解説するつもりで呟けば、シャロが期待通りに反応してくれた。


「おかしいだろう。マラライアはあくまで騎士団の、それもあくまで一部隊の長だ。彼女より上の位の人間が出てこない」

「雑事は下々に任せてるだけじゃなくて?」

「それを確かめた。昨日も調べたのだがな、領主の館には誰もいなかった」

「うん?」


 シャロが目をパチクリとさせた。受け入れられていないようだ。

 僕としても昨夜は意味を把握出来ていなかった上、情報が多過ぎたので割愛した部分だ。仕方ない。

 改めて仮説を説明する。


「恐らくマラライアの奇跡の力は、夢、理想を形にする。故に好ましくないものは存在しないのだ」

「で、権力者がいないって事は……つまり、腐ってた?」

「そう考えるのが自然だ」


 まず間違いなく、異端審問の経緯に関わっている。

 具体的な事を把握するのは、気が引ける。だがどうせ踏み込むなら最後まで、だ。中途半端な覚悟では無駄に傷つける。

 勝手をするからには完璧な仕事でしか許されない。


 そして目的地に着く。

 孤児院。

 兵士の話によれば、マラライアは個人的に寄付をしたり面倒を見に訪れたりと縁があるらしい。

 ここにも重要な意味があるはずだ。


「ええ。大変良くしてもらっていますよ」

「ねーちゃん? 好き!」

「いつもたくさんお土産持ってきてくれるー」


 大人からも子供からも評判は大変に良かった。心から慕われている。

 だが、大人は少ない。それどころか直接面倒を見る一人だけだ。

 孤児院の責任者の姿がない。仕事の痕跡がない。本来運営には必要だろうに。

 シャロはすっかり苦りきった顔だ。


「うえー、オレやだよ。子供がエグい目に遭ってたとか」

「僕もだ」


 大いに同意。深く頷く。

 カモミールを連れてこなくて良かったと思う。

 段々過去が見えてくる。

 多分に想像を含む上、確証はない。だとしても状況から確度の高そうな、悲惨な過去。

 そこでシャロに対して、重く問う。


「音楽で彼女を救えるか?」

「いや音楽はあくまで娯楽だよ。オレはカウンセラーでもなんでもないし」


 肩をすくませ、投げやりな調子で答えた。

 だが、次の瞬間にはニヤリと笑う。


「でもまー。音楽の力ってヤツは、まず作り手が信じてないとね」


 シャロは強気に言った。表現者らしく、ここが舞台であるように。






 昼もかなりの時が過ぎた。太陽も大分傾きが大きい。

 僕達は調査を終えて合流。

 広場に舞台が完成していた。既に盛り上がり、早速酒を引っ掛けている者さえいる。


 準備は万端。

 マラライアを招待して、挨拶を交わす。

 彼女は生真面目に苦言を呈してきた。


「全く強引だ。私の仕事も山積みだというのに」

「申し訳ありません。お手を煩わせてしまいました」

「いや人々も喜んでいる。ならば立役者の願いに応えるのも仕事の内だ」

「有り難いお言葉です」


 客席、最前列に並んで座る。

 その顔は固い。

 さて、楽しんでくれるかどうか。勝負だ。


 舞台の幕が上がった。

 まずはシャロが恭しく口上を述べる。


「さあさ皆様! この度はシャロビア劇団特別公演にお越し頂き、真にありがとうございます。こうしてこの街で上演出来るのも、ひとえに皆様のおかげでございます。今日は皆様のご満足をお約束致しましょう!」


 観衆の拍手がとめどない。皆が笑顔で待ち望んでいた。


 早速サルビアが登場した。

 そして他の役者が並ぶ。カモミールや、街の住人も参加してくれたのだ。


 ──嗚呼、懐かしき故郷よ。私は片時も忘れない。いつか帰る日まで。


 演目は王道の英雄譚。

 敵国に囚われ幽閉される姫と、彼女を救う英雄の物語。

 サルビア演じる姫の歌に、観客達がどよめき、うっとりとした視線が集まる。


「ほう。これは……」


 マラライアからも高評価らしい。

 まず第一関門は突破か。


 それと同時に、舞台袖で演奏するシャロにも変化が。

 魔力が高まってゆく。

 悪魔の力だ。

 マラライアや、住人からの歓声、拍手、好意が悪魔に捧げられ、力となったのだ。


 舞台袖でこっそりとシャロは笑う。

 歌劇は第二幕に入り、そこで仕掛けた。


 ──姫よ。姫よ。嗚呼、姫よ。いざ助けに征かん!


 カモミール演じる勇ましき勇者が剣を掲げた。歌に関してはサルビアが歌い、カモミールは口を開閉しているだけだが、練習の成果がありきちんと合っている。

 それに殺陣は派手だ。舞台上を所狭しと飛び回るのだ。生き生きとして楽しそうに演じており、こちらまでそれが伝わる。

 良い舞台だ。

 かつてない劇は住人達を魅了した。

 観客は劇に入り込み、熱い眼差しで真剣に舞台を見つめている。


 だが、マラライアだけは違う反応を示す。


「なんだ、これは……?」


 戸惑い、顔が歪む。

 悪魔の干渉が始まった。マラライアも歌劇に魅せられていたからこそ、効く。

 シャロによれば強引な洗脳めいたものではない。音楽を耳でなく、心に直接聞かせるのだという。

 何処まで記憶に影響があるのか。

 荒療治にならないよう、保護が必要。それは僕の役目だ。


「どうされましたか」

「いや、なんでもない」

「私には医術の心得もあります。お話を聞かせて下さい」

「……そうか。悪いな」


 存外マラライアは素直に聞いてくれた。

 舞台を見たまま、ポツポツと話し始める。


「胸が痛いんだ。締め付けられるようで、苦しい」

「まずは落ち着いて。それから深呼吸です」


 言う通りに呼吸を繰り返す。

 少し和らぐまで待って、問いかけた。


「さあ、何故苦しいのか、分かりますか?」

「……何故? いや歌が」

「歌が?」

「歌劇のはずなのに、まるで自分が体験したような気がして……」

「素晴らしい歌劇ですからね。共感、感情移入するのも当然です」

「いや、それだけが理由とは……」


 勘が鋭い。確かに悪魔の力だ。

 僕はなるべく優しく語りかける。


「大丈夫です。ほら、歌っているでしょう? 悲しみは癒えます」

「あ、ああ」

「貴女は神にも認められた人間です。神も信じておられます」

「何を言っている? 私はそう言われる程の大層な人間ではない。過分な評価だ」


 明らかな戸惑い。

 聖人の自覚以前に謙虚。そこもまた神に選ばれた所以か。

 だがここは強めに否定すべきか。


「いいえ。貴女は人々を救ったはずです。悪に立ち向かったはずです。貴女自身が功績を否定してはいけません」

「なんだ? あなたとは初対面のはずだが?」

「私達はここに居ます。助けられて、感謝しております。どうかそれを覚えていて下さい」


 僕の言葉に、マラライアは無言で見つめ返す。

 誠意を込めたつもりだが、どうか伝わってほしい。

 この先は、危険かもしれないから。


 歌劇は好評のまま進む。進んで、そして彼女の傷に触れた。


 ──何故奪った。何故奪った。奪われた誇りは必ずや取り返す!


 敵国への憎悪を吐く、失われた過去とシンクロするであろう一幕。

 予想通りに、マラライアの瞳が潤む。小さく震えている。歌詞が、劇の情景が、心の奥底にまで響いていた。

 過去に繋がる記憶にも。

 そして、力弱く呟く。


「……私は、そうだ。部下が……だがそれなら……?」


 歌劇は最高潮。マラライアを救う作戦も、また。

 彼女の記憶は、戻りつつある。

 パニックにもならず、上手くいっている。


 どうかこのまま、そう願わずにはいられない。






 しかしそこに、不協和音。

 無粋な横槍が入ってしまう。


「ほ、報告です!」


 慌てて広場へ飛び込んでくる兵士。

 そのただならぬ様子に、群衆はざわつく。

 そして事実、彼は悪い報せを持ってきたのだ。


「海賊が川を下ってきました!」


 その内容はいつか来ると予期していたものではある。

 だが、なんてタイミングだと僕は天を仰ぐ。昨日の今日。あまりに早過ぎた。

 最早劇どころではない。広場は、そして街はパニックに包まれた。


 その中で、戸惑いも涙も、過去を思い出す予兆も消えたマラライアは、獰猛に笑っていた。


「……くくっ。くっくっくっ。騎士団出撃! 賊は殺せ!」


 修羅の様相で彼女は号令を下す。

 それに鬨の声が応えた。

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