第35話 その街はオアシスのように
空には太陽。のんびり流れる雲。
その下で輝くように綺麗な人が、手を広げて招く。
「さあ、ようこそ。私達の街、ジョーケントへ」
マラライアと名乗った騎士さんに案内されてきたけど、わたし達は言葉が出ない。
だってここには、あるはずのない街があったから。
レンガ造りのしっかりした建物。キチンと並んだ石畳。活気のあるお店。忙しそうに行き交う人々。
初めて見る、話に聞いた王都のような、大きくて発展した街だった。
でも、そんなはずない。
ここは魔界だ。
それに空から見た時は、一面の草原で所々に廃墟はあっても、これだけの街は確実になかったはずだから。
騎士団と同じで、いきなり現れた。
見えなくする魔法だろうか。
確かに活発な魔力は感じる。でも精霊魔法の気配はない。かといって魔術でもない。勿論悪魔の術の気配とも違っていた。
分からない。
わたしだけじゃなく、ペルクスも困惑している様子だった。
「どうした? 何か問題があるか?」
マラライアさんは不思議そうにわたし達を見るだけ。
これがおかしいとは思っていないみたいだ。
でもやっぱり、この人から街で一番強い魔力を感じる。魔法を使っている気配がないのは不思議だけど。
わたしはどう話せばいいのか分からなくて、困る。シャロさんとサルビアさんも複雑そうに顔を見合わせていた。
そんな中で、ペルクスが難しい顔を崩して、丁寧な調子で対応する。
「ああ、いえ。ご心配なく。ここしばらくは旅の身でして。これだけ豊かな街は久し振りなので感動しているだけです」
「ありがとう。自慢の街だ。客人は歓迎しよう。是非もてなしを受け取ってほしい」
「いえいえ、甘える訳にはいきません」
「そうはいかない。貴女達が襲われたのは、討伐出来ていなかった私達の責任なのだから」
マラライアさんは悔しそうに顔を歪めて言った。
真っ直ぐで厳しい。責任感も強い。
真面目な人だ。その代わりに、戦いとなるとあれだけ苛烈になってしまうんだろう。
ペルクスはあくまで自然に話を続ける。
「というと? あの賊には何度も襲われているのですか」
「恥ずかしい話だがな。過去に三度、逃げられている」
「あれは仕方ないでしょう。逃げる事に特化していますから」
「仕方ないとは言えまい。無辜の人々を守る使命を果たせない騎士団など、恥ずかしい限りだ」
やっぱり変だ。
違和感はなくならないまま、むしろ強くなっていく。
マラライアさんからは、悪意とか嫌な感じは全然ないのに。
「ああ、いや。歓迎と言っておきながら済まないが、その前に貴方に話を聞きたい。騎士団の営舎まで来てくれないか」
「はい、勿論」
自信を持ってハッキリ答えたペルクス。
不安だけど、考えるのは任せてその行動に従う。
わたしが困るところでは、存分に頼りにしていいんだから。
皆でマラライアさんについていき、騎士団の営舎へ。
広い執務室に通されて、わたしは緊張していた。
豪華ではないけど職人技の家具。落ち着いた雰囲気。
やっぱりあるはずのないものだけど、それより堅苦しい空気が苦手だった。
肝心の話については、ほとんどペルクスが説明してくれた。というより、黙っているように言われた。
話が終わると、マラライアさんは凛と微笑んだ。
「貴方の情報提供に感謝する。特に魔術師の視点は貴重だ。非常に有り難い」
「当然の助力です。これであの賊を討伐出来ますか」
「断言は出来ないが、してみせよう。騎士団の誇りにかけて」
「助かります。王都まではまだ遠いですから」
「貴方の旅の無事を保証しよう。もう危険な目に遭わせはしない」
ペルクスは説明する時、わたし達の旅の目的は王都の劇場に行く事と言っていた。
そう、嘘をついていた。
どう考えても嘘だと分かるはずの嘘を。
なのに、マラライアさんは指摘してこないし、話が噛み合う。まるで元いた国にまだいるみたいに。
ますます訳が分からない。
まさか、異端審問で流刑になった訳じゃなくて、他の理由でここにいるんだろうか?
営舎を出る頃には夕方が迫っていた。
空は薄暗い。でも周りからは人の賑やかな声が聞こえる。
マラライアさんは外まで出てきて見送ってくれる。
「礼としては申し訳ないが、この街を楽しんでくれ。費用は全て負担する。宿も手配しておこう」
「有り難い事です」
「案内役もつける。……クローグ! 客人を頼んだぞ」
兵士を呼んで指示をすると、営舎へ帰った。任された兵士さんは礼儀正しく、張り切って案内しようとしてくれる。
だけどペルクスはその人に背中を向けてしまった。それからわたしにヒソヒソと伝えてくる。
「……僕はドルザを迎えに行ってくる。三人で過ごしていてくれ。カモミール、くれぐれも気を付けるのだぞ?」
「え、うん。分かった」
わたしはよく分からないまま、勢いに流されてうなずいてしまった。
兵士さんは良い人みたいで、真剣に心配そうな顔で聞いてくる。
「お連れの方がいるのですか? ならば我々が」
「ご心配には及びません。私にはゴーレムがおりますから」
兵士さんの言葉を遮って、ペルクスは走っていった。
単独行動するのはいつもの事だけど、なんか変だった。でもペルクスだから、心配は要らないと思う。
兵士さんは少し迷った後、気を取り直して提案してくれる。
「食事にしませんか? 市場には様々な露店が並んでいますよ。ここの食べ物はどれも美味しいですよ」
「うん。食べたい」
「……よっし、色々忘れて楽しもう!」
「またそんな軽く……」
わたしは素直に兵士さんへついていく。
大袈裟なシャロさんに、サルビアさんは呆れ顔だった。
「わあ……っ!」
行ってみれば、確かに露店がたくさん並んでいた。思わず声が出てしまうし、尻尾も揺れる。
空は薄暗くなっても、松明で明るい。人でいっぱい。
活気があって、賑やかな雰囲気で満ちていた。
早速目についたお肉の串焼きを買ってもらった。一口噛じれば、肉汁が溢れてくる。
「美味しい! ね、そうだよね、サルビアさん」
「うん、そうね。美味しいわ。でも慌てて食べると口元が汚れるわ」
「いやぁ、やっぱりいいね。姉妹みたいだね」
わたしとサルビアさんを見て、シャロさんはニコニコ。皆幸せな笑顔だ。わたしも更に嬉しくなる。
露店は他にも種類があった。
わたしの髪飾りを買ったり、サルビアさんの帽子を買ったり、冷やかしたり。
広場では音楽や大道芸をする人達がいて、シャロさんとサルビアさんも飛び入り参加。演奏と歌で一番の拍手をもらっていた。
知らない人とも話をして笑いあった。食べ物や音楽で盛り上がった。ペルクスがいないのが残念で、早く帰ってこないかなって思う。
そうしている内に、すっかり夜。
それでも賑やかな空気はまだまだ続く。人々は眠らない。
街だ。
最近ずっと野宿やテントでの生活だったから、余計にこれが人の街なんだと実感する。
色々と怪しんでいたのを忘れるくらいの、楽しい時間を過ごせていた。
だけど、唐突に。
そんな時間も、急に真っ暗になってしまった。
「え?」
「は?」
「なにこれ」
わたしは慌てて周りをキョロキョロと見渡す。でも、何度見ても瞬きしても、景色は変わらなかった。
シャロさんとサルビアさんも目を丸くしていた。
街が、人が、全てが消えてしまった。
あるのは崩れた壁や基礎だけで、草があちこちから生える。廃墟。遺跡。とっくの昔に人のいなくなってしまった場所だ。
上から見た景色と同じだった。だったら、これが本物なんだろうか。
それだと、今までいた街は、何?
花と同じように、幻覚?
魔力を感じていたから、マラライアさんの仕業?
変だと思っていたけど、まさかこんな事が起きるなんて。
星明かりの下で、わたしは混乱して頭を抱えてしゃがみ込む。
「……ふう。推測が当たってしまったようだな」
そこに、強張ったペルクスの声。
やっと合流で嬉しいけど、それ以上に答えを知ってるみたいなのが有り難かった。純粋に喜べないのは少し残念だけど。
急いで飛んでいって、聞き返す。
「これがなんなのか、分かるの?」
「ああ。推測を立て、裏付ける為に調べていた」
ずっと離れたままだったのは、やっぱり怪しいと思っていたからだった。でも好奇心や探究心を楽しむ熱気は、今はない。
ペルクスは冷静に調査結果を言う。
「これはな、力が解除された結果だ」
「解除?」
「この街も人も、全てはマラライアによって作り出されていたんだ」
驚いて、わたしは言葉を失った。
それなら、魔界に街があるのも分かる。
いきなり現れた理由も説明出来る。
でも、それはおかしい。
少し落ち着いてきたから、わたしはペルクスに問いかける。
「……魔法でこんなの、無理でしょ?」
精霊魔法も魔術も、あらゆる魔法には、出来る事に限界がある。
隠されていたんじゃなく、作り出されたなんて、そんな魔法は聞いた事もない。
そもそもペルクスの生命の研究だって、色々な準備と長い時間が必要だった。これだけの事をするには、それ以上に準備時間がないといけない。
出来ないはずの事を一瞬で、しかも規模も大き過ぎる。
難しいなんて話じゃない。
絶対に不可能のはずだ。
わたしの質問を受けて、ペルクスは重々しくうなずく。
「そう、他者には再現不可能だ。だからこれは奇跡。神の御業。彼女は……聖人だ」
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