第34話 魔界の聖騎士団
突然現れた騎士団に、わたしは息も止まるくらいに驚いた。
本当に誰もいない、全く気配がないところから現れたから。目や耳には自信があったのに、これじゃ自信をなくしちゃう。
ペルクスもゴーレムを止めて、不思議そうに観察している。シャロさんとサルビアさんも混乱している様子だ。
でも、それは関係ない。
わたしは羽を広げて槍を掴んで、言う。
「味方なんだよね? だったら助けに行かなきゃ」
「待つんだカモミール。統率のとれた集団戦闘に部外者が入ると、統率を乱してしまう恐れがある」
止められて、むぅと唸る。
けど、ペルクスの言う通りだった。
騎士さんを先頭に、皆ピシッと並んでいた。他人が入り込む隙間がないくらいに。
しかも号令で、気迫が増した。
綺麗に揃った隊列で、騎兵が突撃。迫る船の勢いにも全く怯まず、なんとすれ違い様に船の壁を槍で削っていく。無茶な戦い方なのに、それが通っていた。
海賊からの反撃も、上手く盾と鎧を使って仲間で助け合って防いでいる。
風が強いせいか、矢は使わない。槍の歩兵も攻撃には加わらない。じっと険しい雰囲気で待機。
それから、道を空けるように左右に分かれた。
その間を、騎士さんが猛々しく突っ走る。
「くくくっ、くっくっ。今日こそ、殺す!」
「そりゃこっちの台詞だあ!」
両方のリーダーが、売り言葉に買い言葉で火花を散らす。
騎士さんは船へと真っ向から進み、ぶつかる前に大きく馬がジャンプ。船へ飛び乗った。
それを迎え撃つのは、海賊のお頭さん。亀の甲羅から造られた武器を構えて凶暴に笑う。
騎士さんも長剣を煌めかせた。
二人がぶつかる。
海賊の重い攻撃に対して、突撃の力を乗せた剣。互角の衝突、甲高い音を立てて弾けた。
そして通り過ぎれば、馬の蹄がまたも高く上がる。再びジャンプして今度は船の上部へ。
一撃が閃く。騎士さんは
「があっ! 畜生!」
「くっくっくっ」
海賊達が慌てる中、騎士さんは船上を通り抜け、着地し反転。再び突撃の姿勢をとる。
一方、船はしばらく進んだ後、横転。草と土を巻き上げて止まった。
わたし達が結構な傷を与えたし、壁を削られて倒れた帆柱の重さもあって、バランスを崩したんだ。
戦況は大きく変わった。
互いのリーダーは、威勢よく指示を出す。
「仕方ねえ! 真っ向勝負だ野郎共ぉ!」
「各隊作戦通りだ。殺せ!」
風が止んだ。海賊達が精霊への呼びかけを止めたからだ。
代わりに、雄叫び。
二つの軍勢がぶつかり合った。
石斧が振るわれて、槍が突き込まれる。
「マッサア! マッサア! マッサア! マッサア!」
「ウオオオオォォオオォォォオオ!」
びりびりと空気までが暴れている。
それ以上に、戦闘は激しい。
服は裂けてビリビリ、鎧は打たれてボコボコ。壁のようにした船も更にボロボロになっていく。
そして流れる血が、草原を赤くする。
自然の風じゃ熱気は収まらない。
数は騎士団の方が多い。武具も段違い。鍛え方も上みたいだ。
船を失った海賊に対し、騎士団が優勢に進めていく。
「今だディアンヌ隊。殺せ!」
風向きを見極めて、弓矢が一斉に放たれた。
船の壁に隠れて矢を盾に防ぐ。慌てて精霊魔法で対応する。海賊達は矢の雨を防ぎきった。
でも、その隙に槍隊が突き進む。
草原に悲鳴が響いた。
「クッソオ、お頭ぁ!」
「みっともねえぞ野郎共! 天上の城に行きたくねえのかあ!」
「行きてえす!」
「なら気張れえ! 天上の将軍よ、戦士の長よ! 若輩に導きを!」
精霊魔法が海賊達の力を活性化させる。海賊につく精霊までも熱く、闘争心に満ちていた。似た者同士みたい。
劣勢でも、お頭さんが強かった。
一人で矢を弾き、槍を砕き、兵士を馬から引きずり落とす。その戦いぶりが仲間を奮い立たせている。
「くくくっ、くくっ。その調子だ、殺せ!」
「ウオオオオォォッ!」
騎士団も怯まない。
一度倒れても立ち上がり、向かっていく。
争いの熱は弱まる事なく続いた。
わたしは拳をきつく握って、それでも目は逸らさない。
激しい戦いに、悲しくなっていた。
「ね、ねえペルクス。どうするの? どうしたらいいの?」
「むう……」
ペルクスも悩んでいる。
分かってる。わたし達の安全を最優先にしようとしているから、悩んでいるって。
わたしとしては、どちらも止めたい。
助けてくれたけど、あんなに物騒な事を言う人は、怖いし、厳し過ぎると思う。
「今の内に逃げるのが一番安全なのだが、それはしたくないのだな?」
「うん」
分かってる。
でも、やっぱりわたしは見捨てたくない。ワガママかもしれないけど、ワガママはしてもいいって言ってくれたから、わたしを通す。
「下手を打つと両方と敵対してしまうが……」
「じゃあオレたちでいこうか?」
シャロさんが名乗り出てきた。あくまで気負わず、軽い調子で。
「どうするつもりだ?」
「とりあえず戦意をなくす感じで?」
サルビアさんと目配せして、素早く音楽の準備。
ハープの演奏と、悲しげな旋律が響く。
──嗚呼、嗚呼、嗚呼! どうして消えてしまったの。私の胸は張り裂けたわ。
永遠の別れ。悲劇の歌だ。
感情のこもった歌声は、やっぱり聞いているだけで胸が苦しくなる。
「またかあの女ぁ!」
「今じゃねえだろうがよぉ!」
──太陽は落ちて、月も昇らない。私の世界から光は消えてしまったわ。
歌が進む毎に海賊達の勢いが弱まった。涙を流す人すらいた。
戦いを忌避する感情へと、音楽が誘導する。
凄い。かなり効き目はあるみたいだ。気分が戦いに与える影響が大きい。
だけど、騎士団の方は変わらない。常に一定。特に騎士さんは歌を聞いてすらいないみたいに、号令に集中する。
むしろ隙と見て、より攻撃を激しくしている。
劣勢。汗。必死な形相。
この場面だけを見たら、騎士団の方が悪役みたいだ。
「これは、逆効果だったかな?」
完全に囲まれた海賊達を見て、こちら側は弱り顔。
これは、作戦失敗。シャロさんとサルビアさんが申し訳なさそうにしている。
代わりに、ペルクスがゴソゴソと準備を始めた。
「あの様子では捕縛では済まなそうだな。……眠り薬を使おう。今なら風もない。カモミール、手伝ってくれるか」
「うん!」
返事をして、精霊さんを意識する。
どちらが悪いかと言えば、海賊の方だ。追いかけられたし、正直良い感情はない。
それでも助ける。わたしは聖女で、出来る限りは、人を信じたいと思ったから。
だけど、その前に船から叫び声が上がった。
「仕方ねえ。野郎共、撤退だああぁぁぁ!」
「了解!」
「我らが家、我らが足、我らが武具なる船よ! そこに住まう魂よ! 汝は死者なり! 天上に招かれし傑物なり! 今こそ最後の威を示せ!」
今までで一番大きな、精霊のざわめき。魔力が揺らいで船に集まる。
そして船が爆発した。
木材と土煙と草が辺りに飛んで、何も見えなくなる。風圧がわたし達のところにまで届いて、肌を叩きつけていった。
爆風が収まってきて、ようやく見えた海賊達からは戦意がなくなっていた。なのに何故か、いい笑顔だ。
しかも、空を飛んでいた。
船の爆風を利用し、脱いだ服を広げて風を受ける帆にして、飛んでいたんだ。
風に膨らむ凧のように引っ張られていく。
「行く夏よ、逃げる夕日よ、去りゆく渡り鳥よ。我らに駿馬のいななきを!」
一人ずつバラバラに、自由に空を疾走。
高速で追いかける騎兵から逃げ切り、川に飛び込む。
着水すれば、また別の精霊魔法だ。
「水よ水よ水よ! 水源の爺様が機嫌を損ねたぞ! 疾く帰れ疾く帰れ疾く帰れ!」
「疾く帰れ疾く帰れ疾く帰れ!」
「わははは! 今回も負けだ! だが! 次こそ勝ってやっからなあ!」
海賊達の声は本当に精霊と相性が良かった。精霊をよく盛り上げ、力を引き出している。
また強大な魔力が巻き起こる。川に波が起きて、しかも逆流していた。
捨て台詞を残した彼らを上流へ運んでいく。馬を置き去りにする速さで。
なんだか楽しそうで、わたしまで気分が影響される逃走劇。不思議と爽やかな気持ちになりそうだった。
戦闘は終わった。
引き分けで、誰も犠牲になっていない。それだけ見れば一番の結果ではあった。
「……逃げられたか。船さえ壊せばと考えていたが、甘かったか」
騎士さんが厳しい顔でつぶやく。歯を食いしばって、悔しそうだ。
それでも部下に引き上げさせる指示は、あくまで冷静に出していた。
それから、わたし達の方へ歩いてきた。
「全員無事なようだな。間に合って良かった」
馬から降りて、兜も外す。髪が風に流れていく。
綺麗な人だ。さっきまでと雰囲気が全然違う。
でもまだ、少し、怖い。失礼だけど皆の後ろに隠れるように下がる。
ペルクスが前に出て応じてくれる。
「ああ。助かった。貴女と神に感謝を」
「こちらこそだ。しかし助力の気持ちは有り難いが、感心しないな。どうか荒事は我々に任せてほしい。市民を危険から守る盾となる。その為の騎士団なのだから」
「はは。貴女の言う通りだ。今後は自重しよう。ところで、貴女方の騎士団は何処に所属している?」
ペルクスの質問。
感謝して友好的な笑顔を向けていて、だけどそれだけじゃない。警戒も混ざっている。
色々と何も分からない事が多くて、怪しんでいる。
騎士さんは微笑む。
戦いの時とは全然違う、優しい顔だった。
「申し遅れた。私はマラライア。ジョーケント騎士団、第二小隊の長だ。初めての客人を大いに歓迎する。私達の町へ案内しよう」
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