第33話 嵐のバトルサーキット

「ああっ! 思い出した! 最北の蛮族とか野蛮な海の悪魔とか散々な事言われて他所の劇でも悪役によくなってた、あのフォーキングか! 本物あんなのなんだ!」


 逃走劇の最中に、場違いな明るい声が流れていく。

 シャロが手を打って一人納得していた。サルビアが「だから言ったじゃない」と言いたげにじとっとした目で見ている。その本人も既知の存在だとは思っていなかったようだが。

 

 あと、僕も陸鮫フォーキングという名は学院の資料で見た覚えがあった。


 大陸の北東にある島。そこに暮らす民族における、略奪を生業とする者達。

 海辺の町や、川を遡ってきて岸辺の街を襲い、奪うとあの通りに道を問わず逃げる。徹底的な略奪はせず逃走を優先するので、村落を全滅させるような賊よりマシ。だがそれ故に捕縛の難しさは折り紙付きだ。

 そして教会に属しない、独自の民族信仰を持つ。

 罪人かつ異端。

 捕縛は難しいはずだが、捕まれば流刑になるのが自然か。


「それよりどうするのよ?」

「やっぱり戦わなきゃ無理なの……?」


 サルビアが厳しく問いかけてきて、カモミールは不安がる。

 カモミールには悪いが、戦闘は避けられないだろう。

 ただ、戦うにしても乗物ゴーレムソルフィーの上では対応は限られる。かなり頭を使う必要があった。


 まずは手がかりを求めて、後ろを観察する。


「さあて、野郎共前哨戦だ! 恥晒すんじゃねえぞお!」

「へいお頭ぁ!」

「マッサァ! マッサァ! マッサァ! マッサァ!」

「マッサァ! 海の波よ、川の蛇よ、空の日差しよ、風のかもめよ、船の首よ、|倉のねずみよ! 我らに力を与え給え!」

「どうか我らに狩猟のお許しを!」


 再び男達の野太い声が平原を圧倒する。

 好戦的な笑顔で、海賊は精霊へ向けて合唱。

 精霊がより活性化した。

 風を帆で受けた船は加速し、みるみる内に接近。そして射程距離になると武器を投げてくる。

 石斧。木製の槍。

 よく観察すればそれぞれ仕事は細かい。船を造るくらいだ。高い工芸の技術があるのだろう。

 

 今のところ、投擲とうてきされる武器は乗物ゴーレムソルフィーに蛇行させれば当たりはしない。

 が、いかんせん人数差があり、それだけ手数も多い。距離も更に縮んできている。

 手を打たなければ危ない。


 基本に従い、同じ手段での対抗から始めてみる。


「カモミール。精霊魔法で向かい風を吹かせてやれ。逃げ切れれば戦わなくて済む」

「……うん! 精霊さん、あっちに勝てるだけの風をください!」


 早速カモミールは精霊魔法を使った。

 やはり争いは嫌なのだ。避けられるかもしれないとなったからか、その顔は非常に嬉しそうだ。


 その声に精霊は応えた。

 上空から風が吹き降ろし、僕達の背中から向きを変えて船へ向かった。高い草がほぼ水平にまで倒れる強風。

 帆はモロに影響を受けた。

 船はがくんと速度が落ちる。効果ありだ。


「ああん? 向こうも精霊に頼ってきやがったか。野郎共、気張れやあぁぁい!!」

「応よぉ!」

「マッサア! マッサア!」

「雷鳴らす黒鹿よ、厳しき冬の姫熊よ、猛る嵐の竜王よ! 我らに激しき災いの力を!」


 まだまだあちらの風も強くなる。互いの暴風がぶつかり合った。

 僕達はソルフィーの壁の内にまで顔を下げる。

 あまりの強さに息も苦しくなってきた。耳もよく聞こえない。凍えそうな寒さも肌を刺す。最早嵐の中だ。

 力は互角。距離は維持。

 逃げ切りには、まだ手が必要だった。


 これだけの風だ。薬の類は難しい。

 やはり直接攻撃が必要か。

 やや遅れて並走するファズの頭から、小型ゴーレムドルザを射出するべく声を張り上げて指示する。


「ドルザ、突撃!」


 嵐風を貫いて、突貫。

 衝撃が轟く。破砕音が響き、砕けた木材が後方へ流れていった。

 見事船に命中し、穴が空いたのだ。


「おおおっ!? 船がぁ!」

「大変です、お頭ぁ!」

「落ち着け野郎共! 船は無事だ続けろお!」

「へ、へいぃっ!」


 一度パニックになった部下も、頭の一喝で静まった。

 水上ではないのだから、穴が空いても沈まない。戦闘は継続。

 それなら。


「ドルザ、上だ!」

「ごわあ!」


 二撃目は、甲板を貫通して上昇。

 突然の衝撃的な乱入に海賊達はすっ転ぶ。

 チャンスだ。態勢を整えられる前に、僕は続けて指示。


「暴れろ!」

「は! させっかよ! 返り討ちだ!」

「船に乗り込むたぁ、いい度胸だがな!」


 ドルザは突進を繰り返して船を破壊する。

 当然相手も抵抗してきた。すっかり落ち着き戦闘態勢。海賊は風の中でもしっかりと立ち、石斧を振るう。

 壁を壊して突進が止まったドルザが殴られ、船外へ落下。後方に流されてゆく。

 脱落。だがよく健闘してくれた。


「くっ……! ドルザ、必ず後で回収するからな!」


 一時の別れに悔しさと悲しみ。

 だが長く浸ってはいられない。冷静にあらねば。気分を強引に切り替える。


 と、そんな時にシャロが声をあげた。


「あ!」

「どうした!」

「さっきの亀の甲羅があるじゃん! これ投げよう!」

「何故嬉しそうなんだ……?」

「え、憧れかな?」


 また不思議な発言だ。風で聞こえにくいというのに、よくやると呆れながらも感心する。

 だが良い案ではある。


「カモミール、頼めるか?」

「任せて!」


 その前に少し小細工。

 甲羅の中に薬を入れておくのだ。衝突した時飛び散るように。

 それから苦労して渡す。


「それっ!」


 僕では両手で抱えなければ持ち上げられないが、カモミールは片手で振りかぶった。

 そして投げる。

 低い放物線を描いて、高速で船へ。海賊達の怯えた顔が見える。


 しかし。


「おおぅらあ! 甘え!」


 豪快な一振り。

 飛び出してきた頭目に殴られ弾かれてしまった。明後日の方向へ着弾する。

 得物はあちらも甲羅だ。穴に木の柄を通し、蔦で縛って取り付けただけの代物。加工のしやすさを考えても納得の選択ではある。

 問題は、あの重量物を軽々と振るう膂力があるという点だ。無論、警戒すべきは精霊魔法だけではない。

 だとしても対応策はあった。


「ならば地面だ。デコボコで走りにくい道にしてしまおう」

「わかった!」


 僕に従い、カモミールは甲羅を後ろの地面に叩きつける。あるだけの甲羅をひたすらに。

 結果、平原はボコボコ。上を通れば船がガクンガクンと揺れる。船員にも船体にもダメージは与えられているようだ。

 だが船は強引に突破してくるし、海賊達は顔を怒りで染めていた。


「コラァ! 真っ当に戦えぇい!」

「誰がするかぁ! よしサルビア、さっきの歌詞で」


 相手の文句に、何故かシャロが叫び返す。


 またふざけるのかと思ったが、それで終わらない。サルビアの頷きを確認し、演奏を始めた。

 風を抜けて響く、澄んだ歌声。

 その内容は。


 ──おお、海が凪いだ。凪いだ。凪いだ。船は磔。帆は膨らまず。嗚呼、なんて事! ここは海の魔竜の縄張り!


 歌劇の一場面。

 船が遭難し、それをきっかけに神域へ迷い込む、幻想的な冒険を繰り広げる物語だ。

 ここで、この歌を選んだ理由は、つまり。


「縁起悪いなチクショウ!」

「止めろ止めろ、どうせなら色っぽいやつにしやがれ!」

「そうだ、折角別嬪なんだ! 違う歌にしろ!」


 海賊達から容赦のない悪態が投げつけられた。

 サルビア本人は褒められていたが、やはり題材が彼らには悪かった。

 風の勢いが徐々に弱まる。


「かああっ! とことん悪どいじゃねえかあ!」


 精霊魔法は使い手の影響を大いに受ける。故に精神攻撃は効果が高い。二人は良い判断だった。

 おかげで段々と距離が広がってきたか。

 順調にいけばいいが、楽観は出来ない。

 必ず何かがあるといっていい。相手の動向を見張りながら、手段を考え続ける。

 気の抜けない疾走に、集中力が削られていく。

 時間が経過。かなり進んで景色も変わってきた。

 草の種類が変わり、遺跡が増えた。かつて都市だった地域に近付いてきたのだろう。


 そして。

 案の定、トラブルが発生。

 シャロの巧みな演奏が不意に乱れた。


「うわ、ちょっと待って、前に誰かいる!」


 シャロが慌てつつも素早く報告してくれた。

 警戒心を前にも割く。


「海賊の仲間か?」

「声は女の人。でも変な悪役みたいな笑い方してるぅ! あれ、でも鎧の金属音とか馬の鳴き声もしてる? 女騎士?」


 報告からは大きな戸惑いが感じられた。信じ難い内容に僕も疑問を持つ。

 ソルフィーは草原を突き進む。

 船は攻撃の機会を狙い、まだまだ追ってくる。

 止まる事は出来ない。敵でない事を願うしかなかった。


 やがて僕の目と耳でも把握出来る距離にまで、人影と接近した。


「くっくっくっ……」


 確かにおかしな笑い方だ。

 そして馬上で鎧を身に付けており、いかにも女騎士といった姿。

 流刑ならば武具は没収されるはず。魔界の住人、魔界の騎士なのだろうか。

 疑問の多い人物だが、敵意は感じない。このままでは僕達とぶつかるのに、どういうつもりだろうか。


「くっくっ、くくくっ……」


 爆走してくるソルフィーと船が迫っても彼女は微動だにしない。

 僕達は大きく横にずれて進む。騎士は妨害どころかこちらを見もせず、ただ前方を睨む。

 陸鮫を見つめていた。


 そして凛と剣を抜き、前方へビシッと掲げた。


「くくっ、くっ………………殺せ!」


 鬼気迫る顔で叫んだそれは、号令。


「オオォォォオオォォォ!」


 威勢よくときの声が応じた。

 女騎士の命令を受け、部下らしき者達が現れたのだ。瞬時に、何もないところから。


 僕は驚愕のあまり、状況も忘れて呆けてしまう。

 一体何処に、どうやって隠れていたのか。幾ら背の高い草に囲まれているとはいえ、現れるまで何も感じなかったのはあり得ない。

 ならば魔法を用いたのだと思うが魔力は感じなかった。皆目見当もつかない。


 騎兵が八。歩兵が二十以上で、弓隊と槍隊がいる。

 小隊の規模。訓練された動きと姿勢で整然と並ぶ。

 矢が一斉に放たれ、跡を追うように騎兵が突撃を仕掛けた。


「がはは、来たかよ騎士サマ! 野郎共本番だ! 気いぃ張れぇぇい!」

「マッサアァ!」


 どうやら既に既知の間柄なのか。

 陸鮫の一同にも気合いが一段と入ったようだ。


 僕達を放置して、海賊と騎士団が激突する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る