第32話 試練の大地を駆ける船

 野営し、一夜明ければ、見渡す限りの緑の草原が朝日に照らされていた。

 風に揺れ、さわさわと音を鳴らす。その草の背は高く、人が歩けば胸近くまで埋まってしまうだけはあった。

 ちらほらと大きな動物が草を食み、崩れた廃墟を寝床に眠り、木には鳥が留まる。

 幅の広い川は水量豊かで流れは穏やか。

 爽やかな風が気持ち良い、のどかな風景が広がっている。

 素晴らしい景色の中では朝食も更に味わい深い。目的のある旅であっても、食事をおろそかにしてはいけない。健康な肉体は目的を果たすのに必要だからだ。

 優れた気分の朝だった。少し前までは。



 今、そこで僕達は、匂いに誘われたらしい凶暴な亀の大群に襲われていた。


「ドルザ、そのまま真っ直ぐだ。ファズ、叩け!」

「精霊さん。お願いします」


 争いの声と粗暴な音が響く。

 カモミールとゴーレム達が亀を相手に奮闘。

 なかなかに面倒な相手だった。


 亀の大きさは人間の大人程もある。数はざっと二十以上。

 なかなかに獰猛な性格らしく、顎の力は岩さえ容易く噛み砕く。首を引っ込めれば、水を噴き出しさえする。

 更に速い。川から離れても追ってくる。

 だから僕達は逃げる選択を諦めるしかなかったのだ。


 ドルザの矢のような突撃が甲羅ごと砕く。ファズの剛力が亀同士を打ち付ける。

 カモミールが精霊魔法で下から掬うような風を起こしてひっくり返す。

 僕が薬で眠らせる。

 乱戦は僕達の優勢で進むが、なにせ数が多い。

 時折抜けてくる亀による負傷は避けられなかった。噛みつきを避けるべく転がり、水を撃ち込まれては伏せる。全く油断出来ない。


 そうして日が少し上る程の時間が経過してやっと、遂に群れの全てを撃退した。

 僕は疲れを押しのけて膝を付き、祈る。


「ふう。……神よ、我らの無事に感謝します。どうか彼らの魂に安らぎを」

「神様、ありがとうございます。お願いします。……つかれちゃった……」

「二人ともお疲れ様! ほらこれどうぞ」


 シャロが果物と布を差し出す。後ろにサルビア。声で助けてくれていたし、逃げ回ってもいたから楽ではなかっただろう。

 しばらく休憩。

 高い草を畳んでその上に座り込む。柔らかい感触が体を包んでくれた。

 清涼な果汁が疲れた頭と体をスカッとさせた。


「それでこれどうするの? 食べる?」

「ああ。食用としても問題ない」


 亀は戦闘中に調査済み。

 筋肉質だが硬すぎるという事もない。甲羅も色々な用途で重宝する。

 しかし量が多く、食べ切れない。かといって放置するには勿体ない。

 今後の為にも無駄にしない方が良いだろう。


「ふむ。燻製して保存食にしておくか」

「えー、時間かからない?」

「魔術でするから移動しながらでも大丈夫だ。ファズに背負わせればいいだろう」

「ふーん。それならいっそ乗り物作れば?」

「ほう?」


 シャロの提案に、僕は真剣に考える。


 目の前には平原。森と比べれば障害物は遥かに少なかった。

 多少起伏はあるが仮に馬車があっても難しい道ではない。むしろ高い草があるので歩くのが難しい。

 川もある。

 幅は広く水深もあり、大きな船も通れそうだ。


「陸か川か、どちらでも良さそうだが」

「あ、船もありなのか。車的なの考えてた」

「乗り物に乗るの?」

「……ねえ、なにか見えない?」


 乗り物を作る方向で話が進むも、途中でサルビアが川を指差す。

 確かに水上で点が動いている。危険な生物かもしれない。だとしたら船は止めるべきか。


「わたし見てくる!」

「気を付けるのだぞ!」

「うん!」


 カモミールが早速立候補。

 素早く空へ飛んでいく。心配したが、今回は何事もない。

 だが本人は恐々といった様子だった。慎重にゆっくりと降りてくる。そして報告。


「船みたいだった」

「そうか。昨日見かけた切り株はそれを造った際のものだな。となれば乗っているのは例の集団だが」


 チラリと心当たりがありそうな二人を見る。

 シャロは納得顔で手を打った。


「ああ! 確かに海賊っぽかったかも。川だけど」

「だから言ったじゃない。信用しちゃ駄目」


 海賊。

 川だが船上の専門家なのは間違いない。

 水上で船同士で争う事になれば危うい。無論こちらにはカモミールがいて、空の優位性はある。

 とはいえ、いざという時の逃げ道は多い方が好ましい。


「念の為、陸路でいこう。皆も良いか?」


 三人は揃って頷く。

 方針は決定。


 となれば僕の分野だ。


「“展開ロード”。“木工ウッドワーク”。“石工メイソン”」


 まずは材料を確保。

 木を伐採し、地面から土砂を掘った。

 それらを組み合わせれば、乗り物の形がすぐに出来る。


「こんなものでどうだ?」

「いやシンプルイズベスト過ぎない?」

「そうね」

「わたし、飛んでようか?」


 不評だった。

 確かに屋根のない箱に四つ足をつけただけの不恰好な代物だ。

 ただ、僕としても完成のつもりではない。


「要望は聞くぞ。凶暴な獣や敵対者がいるかもしれない、という点も忘れずにな」

「えー、じゃあトゲトゲ戦車みたいな?」

「趣味が悪いわ」

「お花を飾ってもいい?」


 三人は口々に意見を出してくれた。

 実用性は勿論、飾りも重要だ。乗る人間の気分こそ第一。

 花を持ち込み、側面に彫刻もしておく。屋根からカーテンをさげる。草も柔らかいクッションとして利用した。四人が乗れて荷物を乗せて、更に余裕がある程広くする。

 貴族の豪勢な馬車とはいかないが、なかなかに手の込んだ代物となる。


 完成。そして仕上げにもう一つの魔術を展開する。


「“展開ロード”。“人形工房ゴーレムドック”、“型式乗物タイプ:ビークル”」


 自主的に動く乗物ゴーレムと化す。これで指示を出せば自由に動いてくれる。

 名前はソルフィーとした。


 早速四人と荷物を乗せ、流石に乗れないファズを並走させて、ソルフィーは草原を駆けてゆく。


「ははははは! 気分はどうだ、最高ではないか!?」

「うん! 風が強くて気持ちが良いよ!」

「……思ったより悪くないわね。馬車より乗り心地が好みかも」

「あれ? 改造馬車とかオレの役目だったんじゃね? いやまーサスペンションとか知らないけど」


 それぞれが風の音にも負けずに笑う。感想はすこぶる良い。

 高評価には揺れ防止という実用性も直結していた。

 関節部分には流動する砂を仕込んである。動きに合わせて魔術が発動し、揺れを軽減する。ちゃんと考えて実行しておいた。

 僕の自信作だ。ファズも勿論、肩に小型のドルザを乗せて追いつけるだけの能力はある。


 流れる景色は美しい。

 飛ぶように速く、この分なら旅程をかなり短縮出来そうだ。

 草原を緑の海と例える事はあるが、草の背が高いここでは、正に波をかき分けて進んでいるようだ。

 目を向ければ数々の動物が暮らしている。

 生存競争を横目に疾走。見慣れぬ異物に襲いかかってくる生物はおらず、移動は平穏そのものだ。

 所々には遺跡が見える。かつての家の基礎。かつては農村だったのだろうか。

 シャロとサルビアが音楽を提供。観光のように、僕達は旅を楽しむ。


 だが、いつまでも楽しい旅とはいかない。

 問題に直面する。

 例の船が見える位置にまで追いついたのだ。

 あまり高さはなく、平たい。帆は大きく見知らぬ紋章らしきものが描かれている。船首は龍だろうか。立派な彫刻が施されていた。

 敵か、味方か、判断しなければ。


「こっちに気付いたみたい」

「友好的か?」

「うぅーん、微妙? なんか宴会でもしてるっぽい?」


 まずシャロが聞き耳を立てた。

 それに遅れて、確かに騒ぎ声がうっすら聞こえる。

 サルビアはやはり冷たく警告。


「早く離れましょ。ろくな事にならないわ」

「でも、決めつけるのは良くないと思う」

「それはそうだけどね、世の中には見た目通りの人もいっぱいいるの」

「う、うん」

「まあ、いざとなれば逃げれば良い。カモミール、話しかけてみよう」


 僕が提案すればカモミールの顔はパッと明るくなった。サルビアは渋い顔だが。

 川辺にソルフィーを寄せていく。

 カモミールが口の横に両手を当て、大声で呼びかけた。


「こんにちはー。皆さんはどんな人達ですかー?」


 呼びかければ、振り向いた乗員の顔がよく見える。

 髭面。筋肉質。日に焼けた肌。荒々しい服装。確かに海賊と言われたらそう見える。


「おーう? なんだお前ら?」

「んん? また変なモンに乗ってやがんな」

「お頭、どうしやす?」

「あの騎士サマじゃなけりゃどうでもいい」

「なんだありゃ? 獣人に羽?」

「んおぉ? マジだ!? なんだありゃあ!」

「へえ? こりゃあ我らが天主様も喜びそうだ」


 男達の声が聞こえてくるが、まさに荒くれ者といった様子の会話。

 しかも雲行きが怪しくなってきた。

 僕達、特にカモミールに興味津々のようだが、友好的というより、獲物を吟味するような目なのだ。


「おぉーい! オレ達ゃ怖いオジサンじゃねえからよ! ちっとこっちの船に来てみねえかー!?」


 豪快な笑顔で手を振ってくる。

 有り難いお誘いだが簡単には乗れない。非常に疑わしい。

 皆で視線を交わし合った。


「よし、逃げよう!」

「その方が良さそうだな」

「だから言ったじゃない。ね、カモミールちゃん。諦めましょ?」

「……う、うん。でも……ううん、わかった」

「速度を上げるんだソルフィー」


 加速を指示。四つ足が勢いよく躍動し、川から離れていく。


 しかし船では残念がる様子はないのだった。


「がっははははっ! 俺達から逃げられると思ってんのかぁ! 野郎共、全速前進ンッ!」

「マッサァ! 海の波よ、川の蛇よ、空の日差しよ、風のかもめよ、船の首よ、倉のねずみよ! 我らに力を与え給え!」

「どうか我らに狩猟のお許しを!」


 男達が歌うように声を合わせれば、魔力が渦巻いた。

 これは、精霊魔法だ。

 風が生まれる。大規模な魔法が行使される。

 帆が大きく膨らみ、急激に加速する。そして岸へと方向転換。


「そぉれぁ! 我ら陸鮫フォーキング、勇敢なる戦士! 全速! 前進ンンッ!」


 頭目らしき男の威勢のいい掛け声で、より強く風が吹いた。制御出来なさそうな程の暴風が。


 それを海賊達は乗りこなす。

 轟音。船が川岸に乗り上げ、乗り越え、草原に飛び出す。

 陸地に船。打ち上げられた鯨は死を待つしかないはず。

 しかし彼らの船はそのまま、いやむしろ更に加速して僕達を追いかけてきた。


「わあああ! こっちくんなぁぁ!」

「騒ぐんじゃない! カモミール、戦闘の準備だ!」

「……う、うん、わかった」


 シャロの絶叫を抑えつつ、僕は薬を用意。カモミールは暗い顔で羽を広げた。


 ゴーレムと船。

 草原を舞台に、奇妙な組み合わせの逃走劇が始まってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る