第31話 マッドの弟子はマッド
幻覚植物の一件を経て、僕達はまた川沿いを歩く。
少し見ていれば、まだまだ未知の動物や植物ばかり。興味深いが、警戒は強く。
実際危険の連続だった。
大型の凶暴な鹿に襲われた。それはファズでも抑えられた。巨体と力で押し留め、岩の拳で一撃。
鶏の群れに襲われた。ドルザでリーダーを貫けば散り散りに逃走。こちらも矢のような突撃の活躍は久しいか。
カモミールは未だ意気消沈気味なので無理はさせられない。こんな時こそ必要かとも思うが、演奏と歌はなく、気を張り詰めての旅路だ。
そして、進めば進むほど、森の様相は変わっていく。
「やはり、変化が見えてきたな。いや全く興味深い!」
僕は周囲を確認し、機嫌良く声を出す。
地図からの予想が当たっていた。新たな研究対象の出現に興奮したというだけでなく、空気を変えるよう、あえて声高くアピール。
早速カモミールが質問してきた。
「なに、何の話?」
「巨木が減り若い木が増えているだろう? 間隔も広くなった。一度伐採され、その後に生えてきたからだ。これはつまり、何を意味すると思う?」
「……えーと、ここに人が住んでた?」
「その通りだ!」
「はえー。言われるまで気付かんかった」
感心したらしいシャロが大袈裟な反応をした。カモミールも木々を見回して僕の言葉を確認している。
そう、学びとはあらゆるところから見出だせるものだ。
僕もまた新たな発見をし、喜び勇んで駆け寄る。
「ほら見てみろ、遺跡だ。生活の痕跡がある!」
崩れた石材。朽ちた木材。かつての建物が木に埋もれるように残っていた。
歴史の重み。
魔界の文明。
調べ甲斐のある対象にゾクゾクしてきた。
ただ、今は他に目的がある。
「でもあんまり寄り道しない方がいいんじゃない? カモちゃんも早くお父さんお母さんに会いたいでしょ?」
「え? うぅん、わたしは……」
シャロの問いかけに、カモミールは困ったように言い淀んだ。
幻覚の一件を気にして、我慢しようとしているのだろう。罪悪感など必要ないのに。
自分の主張はいつでも通そうと努力すべきだ。
「カモミール。言いたい事はちゃんと言おう、と言っているだろう? 例え自分で悪いと思っていても、判断するのは一人じゃないんだ」
「うん。それなら……早く先に行きたい」
カモミールは躊躇いを振り切り、顔を上げて言い切った。
その勇気は好ましい。僕としても褒め称えたいくらいだ。
「うむ。よく言ってくれた。……ただし、調査は必要だ」
「いや、ええ……」
「何を言う。僕達は魔界の人々について何も知らないのだぞ?」
引いた表情のシャロと、カモミールも目に見えてガッカリしていた。
そんな彼らに正当な調査の根拠を示す。
決して研究したいが為の言い訳ではないのだ。
「これはあくまで仮定の話になるが。かつての遺跡の住人がここを放棄したのは……僕達、あちら側の人間のせいだとも考えられる」
重く、固く、真剣に語る。
それは恐らく深い意味のある物語だ。
「魔界への奪還戦争、それに代わる流刑が行われるようになって以来、数百年。次々余所者が送られてくる。本来の住人にとっては迷惑だろう。現在でもそうなのだ。奥へ奥へと住居を移すのは当然の対策だ」
「うわぁ。歴史の闇じゃん。あ、でも劇のネタに活かせるかも?」
「シャロ?」
「うぅ……」
二人の世界に入り始めたシャロとサルビアはさておき。
カモミールはやはり聡く、優しい。罪や痛みを説明するより早く理解していた。
「そして積み重なった憎悪は、容易に復讐へと繋がり得る」
「助けてくれってのが罠かも、って話?」
「あくまで可能性の話だがな」
「おかあさん、おとうさん……」
カモミールは顔を伏せて消え入るような声で囁いた。
説明せずに進む事に問題があるとはいえ、あまり怖がらせ過ぎても悪い。
優しく頭を撫でつつ、フォローする。
「自分で言っておいてなんだが、きっと大丈夫だ。あくまで念には念を入れて、確実に二人を迎える為の情報収集だ。後で無駄だったと笑い話になるだろうさ」
「でも遺跡調べても今の人達の事分からなくない?」
「情報が多い分には困らない。役に立たないとの決めつけは、研究を進める邪魔になるだけだ」
無関係である、との証明は調べ尽くすまで出せない。出してはいけない。
そして無関係という情報も積み重ねの一部。
だから僕はどんな事にでも好奇心を持つようにしているのだ。
「分かりやすいのは碑文だが、確かに文字の解読は困難で……む?」
調べ始めて、すぐに気付いた。思わず硬直する程の驚き。
「どうしたの?」
「調査の痕跡がある」
何者かがただ触っただけではない。材料を再利用するべく持ち去ったのとも違う。
草木や泥を取り除き、観察しやすいように整えられていた。
つまり興味を持ち、調べた人物がいたのだ。
「“
魔術を用い、魔力と魔法陣の残滓を読み取る。
すると、馴染みのある魔力を察知する結果となった。
「やはり、師匠だ」
「師匠?」
カモミールが首を傾げる。
そういえば自分の事はあまり話していなかった。
丁度いいとシャロとサルビアにも聞かせるべく、語る。
「ああ、僕の魔術師、研究者としての恩師だ」
しみじみと語る。懐かしさについ、頬が緩んだ。
僕は田舎町の生まれだ。
幼い頃より生物に興味を持って、野山を駆け回って、観察に夢中だった。
しかしろくに学ぶ環境はなかった。小さな教会の知識でも足りない。大人達は日々の生活に精一杯で、僕の疑問には答えをくれなかった。
知識に飢えていた。
そこを見出してくれたのが師匠だったのだ。
町の外れにある遺跡の調査に来たという師匠は、調査以外にも滞在の礼として積極的に町の困り事を解決した。
外から来た知識のありそうな大人。僕は早速質問攻めにした。
両親には迷惑をかけるなと怒られた。
しかし師匠本人には見込みがある、と気に入られた。
故郷を離れ、弟子となった。
魔術の基礎、研究者の心構え、学院への推薦。僕が師匠からもらったものは山程ある。
心から尊敬する人物だ。
僕が思い出を回顧していると、シャロが口を挟んでくる。
「でもここにいたって事はさ、つまり異端者なんだよね?」
「ああ。元々師匠の研究対象は歴史。遺跡や歴史書を調査し、失われた過去を追い求める人だった。その過程でお偉方にとって都合の悪い歴史でも見つけてしまったのだろうな」
「うーわ、また理不尽?」
「独り立ちする時にもいつかそんな事をしそうだと心配していたのだ。『異端審問を恐れて研究が出来るもんかい!』と言い返されたがな。ははははは!」
「あー、似た者師弟なのね」
呆れたような顔のシャロ。
なんだか僕まで馬鹿にされた気はするが、甘んじて受け入れよう。異端上等の心構えは事実なのだから。
「ああ、異世界と悪魔は師匠も興味津々だと思うぞ。質問攻めで済むかどうか」
「え、なんか怖いんだけど。人体実験とかされちゃう?」
シャロは怯えたように自分を抱きしめた。本気でなく、ふざけたような演技ではあるが。
一方、サルビアは本気の警戒を見せていた。危害を加えるのなら師匠にも容赦しないという雰囲気だ。
流石に師匠も人体実験はしないだろう。恐らく、多分。いやきっと。
「……と、流石に時間をかけ過ぎだな。手早く済ませよう」
「なんか手伝う?」
「いや周りを警戒してくれるだけでも有り難い」
答えつつ、調査用の魔法陣を展開。
上手く魔術を活用し、手早く次々と見て回る。やはり早く先に進めればその方がよいのだから。
そして、結論としては。
「千年単位の歴史はないな。長くともここ数百年程。そして高度。かつ我々の土地では見られない様式だ。よって、派兵や流刑で来た人間が造ったものではなく、こちら側独自の人間の文明で間違いない」
悪魔に支配された悪逆の蔓延る地。神に見放され荒廃した地。
流刑の根拠となっている聖典の記述とは、明らかに違う。
神罰の後でも魔界に人間はいたのだ。
神罰を恐れて奥へ移ったという可能性もあったが、これでは薄い。事実として神罰以後の生活の痕跡があるのだから。
「えー、それこそ都合の悪い歴史じゃん」
「だからこそ大発見になるのだな。師匠も狂喜乱舞した跡が見える」
「なにやってんの師匠」
シャロが呆れたように言うが、まあ師匠はそういう人間なのだ。
だから感情を表現するのは重要だと常に言っている。真理追求の喜びは研究の、そして神の御意思を知ろうとする原動力となるのだから。
「というか、今要る情報それじゃなくない?」
「分かっているとも。これらの遺跡は破壊や略奪でなく、放棄された後自然に朽ちただけだな」
「じゃあトラブルはなかった?」
「ないとは言えんが、深い憎悪がある可能性は減ったと見ていい。安心しても──」
「ねえペルクス! こっちに来て!」
話の途中で、待ちきれずに先行したカモミールが呼んできた。
そちらに向かえば、また発見。
多数の切り株だ。多くの木が切り倒されている。川の向こう側を見れば、こちら側よりも大きく切り開かれていた。
焚き火や、穴を掘り返した跡もある。しばらく人が滞在していた証拠だ。しかも遺跡ではなく、ここ最近のものだ。
しかし建物などは近くにない。木材は何に使われたのか。
すぐ調査にとりかかる。
今度は過去ではなく、今を読み取る。
より身近で遭遇が考えられる分、念入りにしておくべきだ。
伐採も野営も手慣れていて、無闇に荒らしてもいない。節度をわきまえた人間だとは思うのだが。
「これは最近のやつだよね。師匠かな」
「いや、遺跡の調査の痕跡よりも新しい。別人、それも十人程度の集団だ」
「……あー、そういえばいたかも。『俺達ゃ勝手にするぜ』ってあのキャンプ地スルーした人達」
シャロが手がかりを思い出してくれた。
直接会ったのなら話が早い。貴重な判断材料となる。
「どんな様子だった?」
「んー、荒くれ者っぽかったかな? でも気のいい兄ちゃんって感じもあったし、そんなに」
「……あれはそんなのじゃないわ。関わっちゃダメよ」
シャロの言葉にサルビアが反論した。
冷たく、敵意すら滲む嫌悪感。シャロも押し黙るしかないようだ。
どちらの観察眼を信じるか。
一方カモミールの顔はさっきよりも暗い。
また、人間同士の戦いになるかもしれない。それが嫌なのだろう。
僕は安心させたいが、嘘や誤魔化しは言いたくない。
「カモミール。恐れ過ぎるのも良くない。正しい判断は正しい判断材料からしか生まれないのだからな。分からないものは分からない、だ。故に、好奇心こそ真実を導く
「……うん、わかった。仲良くなれる、って楽しみにする」
カモミールは強がるように、ぎこちなく笑った。
そんな顔をさせて申し訳ない。
しかし強くなった。困難を受け止めて、しなやかに。風のように。
そうして僕達は、諸々の調査を終えて、ペースを取り戻すように足早に進む。
一気に開ける視界。夕暮れの色に染まる、地平線まで続く草の原。所々にある動物や廃墟の影。
一日をかけて、遂に僕達は森を抜けた。
今日のところは夜になる前にここで野営だ。
さて明日は、この先には何が待ち受けているのか。
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