第29話 不思議の森のカモミール

 薄暗い森の中、日差しを受けて光る川のほとり。涼しい風がそよそよ吹いている。

 静かで、気持ちの良い雰囲気。


 なのにわたしは、困っていた。


「ペルクス? シャロさん? サルビアさん?」


 偵察から降りてくると、誰もいなかったから。

 一体何処に?

 何があったの?


 おかしい。

 動物や人のせいだとしても、私が上にいた時間はそんなに長くなかった。なにも跡が残ってないのは変だ。

 どうしたんだろう。考えるほどに分からなくなる。


 と、そんな時。


「やっ!」


 なんかゾワッと嫌な感じがして、その場から急いで逃げた。

 魔法の気配だった。

 避けたけど、攻撃されている。でもその相手はいない。見えない。

 隠れているなら、かなりの実力者だ。

 皆も、同じ相手に何かされたんだろうか。


「なに? 誰!?」


 呼びかけるけど、答えはない。

 やっぱりおかしい。

 どれだけ耳をピコピコ、鼻をクンクンさせても無意味だった。

 おとうさん譲りの獣人の五感は鋭い。

 そのはずなのに全然何も見えない。聞こえない。匂いもない。

 手がかりがなかった。


 でも、探さなきゃ。大変な事が起きてるかもしれないから、だったら助けなきゃ。

 危険なんだろうけど、とりあえず、奥に進んでみる。


 でも、そこに大きな影が現れた。

 黒とか紫とか茶色が混ざった泥みたいな体。目の所は真っ赤に光っている。不気味で何がなんだか分からない。

 それが、目の前に立ちはだかる。

 見るからに敵みたいな感じだ。


「皆は何処!?」


 反応はない。鳴き声や仕草すらも。

 使い魔のようなものかと思ったけど、魔法の気配はない。

 敵は他にいる。

 だったらただの邪魔だ。相手していられない。

 謎の生き物を飛びこえる。上を抜けて前へ。追いかけてくる気配があるけど無視。羽を広げて加速する。


 急ぐ。急ぐ。

 目をこらしながら、森の中を飛び抜ける。

 泥みたいな何かはすっかり置き去りにした。邪魔はない。

 キョロキョロと、一生懸命に探す。

 なのに何も見つからなくて、どんどん焦る。胸がザワザワと落ち着かない。


 そんなわたしの前に、今度は小さな影が現れた。


「え、おかあ、さん……?」


 びっくりして止まってしまった。呆然とつぶやく。

 でも違う。

 別人の妖精だ。髪は赤くて、まんまるな顔立ち。

 おかあさん以外の妖精は初めて見た。

 その妖精さんは顔の真ん前まで飛んできて、笑顔で手を広げて言った。


「ようこそ、私達の森へ! あなたも仲間ね!」

「えっ、と。あなたは誰?」


 嬉しいけど、あまりに急でゆっくり話せない。

 皆の事もある。

 残念だけど警戒しないといけなかった。


「そんな顔しないで! 笑って楽しみましょう?」

「え、ううん……」


 歓迎してくれているのは嬉しい。

 でもなんだか話が通じない。無視して皆を探した方がいいのかもしれない。


 ただ、話に時間がかけ過ぎた。

 さっきの何かが追いかけてきて、また前に立ち塞がる。


「もう! 邪魔しないで!」


 踏み込んで、大振り。

 焦りやイライラもあって、思いっきり槍を薙ぎ払う。

 泥とは違う固い手応え。重い。腕がしびれる。

 それでも、力いっぱいに振り抜いた。


「やああっ!」


 豪快にふっ飛ばした。

 ものすごい音と揺れ。木々を薙ぎ払って、泥みたいなものは仰向けに倒れる。


 森がまた静かになったら、妖精さんはわたしの指を両手で掴んでお礼を言ってきた。


「ありがとう! あなた強いのね!」

「あ、うん。ありがとう」


 どうやらさっきのやつとは味方じゃないみたいだ。少しは安心。

 妖精さんは明るく笑う。


「お礼をしたいわ」

「でも、皆を探さないと……」

「それなら大丈夫! 皆の居場所は知ってるわ!」

「そうなの?」


 妖精さんはうなずくと、さっさと踊るように飛んでいってしまった。

 慌てて飛んで追いかける。


「待って! ちゃんと説明して!」

「そんなのあとあと! もっと楽しくいきましょう!」

「そうだよ〜。楽しまなきゃ損だよ〜」

「えっ!?」


 わたしは驚いて、うっかり落ちそうになってしまった。


 だって、喋ったのは小鳥だったから。

 木の枝に留まって、仲良く並んで、わたしに声をかけてきたんだ。

 更に周りからも色んな声が聞こえてくる。


「ねえねえねえ、あなたはだあれ?」

「可愛いね、かわいいね、カワイイね」

「わたしと一緒に踊りましょうよ!」

「君の毛並は素敵だね。でも僕の毛並も負けてないよ!」


 鏡みたいに光を跳ね返す蝶々。

 鮮やかなウロコの空を飛ぶ魚。

 くるくる回る葉っぱをつけた若木。

 ツヤツヤな水色の毛並みの猫。


 わたしは目を輝かせて思いっきり喜ぶ。


「すごい! この森、すごい面白い!」

「ええ、そうよ! この森は楽園! 楽しい楽しい幸福の園!」


 手を広げて回る妖精さん。

 ショーをした時のシャロさんみたいな、大袈裟な動きでわたしを迎えてくれた。


「勿論お客様は大歓迎! 皆で楽しく盛り上げましょう!」


 わああああ!

 森中から声があがった。

 動物、鳥、虫、なんなら花や石までが喋っている。目や口があって、皆が楽しそうに笑っている。

 奥へ行くほど、見たこともないものでいっぱいになった。


 柔らかい毛に覆われたふわふわの動物に抱きつけば「どうだい? オレサマの毛並みは最高だろう? もっとモフモフしていいんだぜ?」と言われた。

 金色や虹色の珍しくて可愛い花は、お互いに葉っぱで握手する。

 水玉模様の木が枝を陽気に動かして踊っていた。

 カエルとウサギとピカピカの石がジャンプの高さを競う。

 蝶々と鳥が「素敵な殿方との出会い方」についてお喋りしている。


 確かに楽園みたいだ。夢みたいな森だ。

 耳と尻尾が落ち着いてくれない。

 研究に興奮するペルクスの気持ちが分かった気がする。


 あちこち寄り道しながら妖精さんにつれられて、奥へ奥へ。

 歌って歓迎してくれる花畑に囲まれた、賑やかな場所が目的地だった。


「あなたのお仲間はこの先にいるわ」


 花畑の真ん中の地面に、大きな穴がある。

 底が見えない。

 さっきまで楽しかったのに、怖い。嫌な予感がする。


「これはなんなの?」

「心配要らないわ。お客さんの為の特別なお部屋なのよ」


 そうは言うけど、なんだか信じきれない。周りの花畑と違って、落ち着かない感じだったから。

 疑うわたしに、妖精さんは穴の近くで手招きする。


「ほら、お仲間の声が聞こえるでしょう?」

「え、ホントだ!」


 ペルクス、シャロさん、サルビアさん。

 皆の楽しそうな笑い声がする。

 だったら、嫌な予感は気のせいなんだろう。


「それじゃああなたもパーティーに加わりましょう!」

「うん!」


 穴に飛び込もうと羽をたたむ。近くに寄っていく。


 それを邪魔する、激しい足音。

 見れば、またまた泥の塊みたいな何かがやってきた。

 花や動物達が怯えて悲鳴をあげる。


「もう! またなの!?」

「そうよ! こんなのやっちゃって!」

「うん!」


 槍を手に、高く飛ぶ。

 勢いをつけて突進しようと、まずは精霊さんに呼びかけようとする。

 その、直前に。


 ──私はここにいるわ。安心してお眠りなさい。


「……え?」


 歌声が流れた。

 綺麗で、澄んでいて、心を揺り動かす歌だ。

 これは、これだけすごい歌を歌えるのは、一人しかいない。


「なんで? なんでサルビアさんの……」


 訳が分からない。

 サルビアさんは何処にもいない。歌は泥の中から聞こえてくる。でも、穴からも笑い声が聞こえてくる。


 どういう事なのか、どうすればいいのか、サッパリだ。

 これは敵じゃないのかもしれない。

 いや、サルビアさんを捕まえたのかもしれない。

 ぐるぐるぐるぐる。

 答えは出ずに、空中で頭を抱える。


 そんなわたしの顔の横に、妖精さんは飛んできて叫ぶ。


「騙されちゃ駄目! 早く逃げましょう! 皆と合流すれば安心でしょう!?」

「そ、そうだよね」


 そうは答えたけど、妖精さんはもう単純には信じられない。


 こんな時こそ、落ち着いて考えないといけないんだ。

 深呼吸。

 ペルクスはいない。

 わたしが出来る事は、強みは、なんだろう。


「精霊さん。教えて」


 精霊魔法を改めて使う。

 あえて指示をハッキリさせず、精霊さんに適切な魔法を選んでもらう。精霊さんとの相性や性質にもよるけど、上手く使えば精霊魔法の利点だとペルクスは言っていた。


 優しい風が吹く。わたしの周りを渦巻く。モヤモヤを吹き飛ばすみたいな冷たい風。

 でも弱い。泥の体はびくともしない。

 迷いのせいなのかな。

 それとも、敵じゃないから弱いのかもしれない。


 敵か、味方か。

 初めて会った妖精さんと精霊さんの、どちらを信じるのか。


 ──ああ、怖がらないで。わたしはここよ。何処にも行かないわ。


 歌は続いている。

 これは、子供を寝かしつけるおかあさんの歌だ。わたしのおかあさんとは違うけど、これが普通なのは知ってる。

 優しくて温かい笑顔が浮かんだ。

 横を見る。妖精さんの笑顔は、なんだか怖く見えた。


「早く特別室へ行きましょう! そこなら安全よ!」

「じゃあ、危ないこれは入れちゃ駄目だね」


 落ち着いて、優しく妖精さんを否定する。


 わたしは決めた。

 槍を降ろして、静かに泥の何かに近寄る。

 落ち着いて、優しく話しかける。


「ね、あなたは誰?」


 何かは動かない。攻撃もない。


 代わりに、嫌な感じがわたしを包んだ。

 でも、逃げない。

 ゾワゾワは、我慢。きっと、これは悪いものじゃない。

 穏やかに話しかけ続ける。


「わたしは敵じゃないよ」


 今度は奥から煙が流れてきた。また嫌な感じだけど、もう信じる。

 自分から吸い込んだ。煙い。臭い。これも我慢。

 ただ、急に爽やかな匂いになった。


 頭がスッキリする。

 目の前がチカチカと光る。

 ぐるぐる回る。回って、回って、真っ暗になる。


 あれ、わたし、間違えちゃったかな?






 起きると、世界が変わっていた。

 歌う花畑も妖精さんも消え去ってしまった。

 何も喋ったり踊ったりしない、単なる森になってしまう。


「カモミール! 気がついたか!?」


 そして、ペルクスの声。

 いつの間にか地面に座っていたわたしを、ほっとした顔で見下ろしている。

 シャロさんとサルビアさんも一緒。

 皆揃って疲れた顔だけど、怪我はないみたい。ただ、ゴーレムのファズは砕けたのを修復中みたいで、それは残念。


「皆こそ大丈夫だったんだね!」


 皆の無事を確認したわたしは、一人一人にぎゅっと抱きついていった。心から安心して、すごく嬉しい。尻尾もブンブン落ち着かない。

 本当に、本当に良かった。




 だけど、結局のところ一体何があったんだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る