第三章 父母をたずねて冒険行

第28話 川の流れを追いかけて

 わたし達が近くに住んでいた湖からは、川が流れていた。

 山脈の反対側、わたし達が飛び出してきたところから離れた場所へ向かって。

 魔界の奥地。

 今までよりもっと危険そうな場所に、おかあさんとおとうさんは、いる。

 わたしとペルクス、シャロさん、サルビアさん、それからゴーレムで、迎えに行くんだ。




 深い森の中でも、木が生えていない川の周囲は比較的明るい。

 晴れた空がよく見える。

 澄んだ川には魚やエビ、色んな生き物がいる。そんなに深くないから驚くほど大きい生き物はいない。それでも、昔川で見た生き物よりは大きかった。

 やっぱり魔界では生き物は大きく育ちやすいみたいだ。

 他にも水場は動物がよく来る。湖が強い巨大魚の縄張りだったから、尚更。

 ちょっとおかしな鹿やネズミ、地面を歩く鳥なんかも見かけた。

 でもわたし達を見れば逃げたり、そもそも近くに来なかったりしていた。

 サルビアさんの動物避けのおかげだ。

 川に沿って歩けば、安全に迷わず進める。


 わたしは気分も良く先頭を歩いていった。目と耳、おとうさんから受け継いだ感覚を活かして警戒しながら。

 でも、すぐにそんな警戒とかの雰囲気じゃなくなった。


 動物や植物は、まだまだ未知のものだらけ。

 だからペルクスはフラフラとあちこちに分け入って、見つけたものを笑顔で報告してきた。歩きながら魔術で調べて、色々考えながら進む。危ないけど、楽しそうで興奮しっぱなし。

 つられてわたしも楽しくなった。

 綺麗な花とか可愛い柄の蝶々とか、わたしもペルクスが見つけてきたものを好きになった。だからもう危ないなんて言えない。

 他にもシャロさんが歩きながら演奏したり、サルビアさんが普通の歌を歌ったり、音楽も良いお供になっている。

 冒険とは思えない程、賑やかな道のりだった。


 そうして半日くらい休憩を挟みながら歩き続けて、お昼頃に本格的な休みをとった。

 川が広くなって、草木も少ない、休むのに充分な場所。

 お昼ご飯の時間だ。


「精霊さん、強い風をください」


 呼びかければ、川に向かって強い風が吹きつける。バッシャアッ、と水が雨みたいに盛大に飛び散った。

 川岸は濡れて、一緒に中にいた生き物も打ち上げられる。

 ピチピチ、ワシャワシャ。魚やカニが簡単にたくさんとれた。

 どれも手の平より大きい。カニのハサミに気を付けて捕まえる。カゴはすぐにいっぱい。

 四人なら今の一回で足りそうだ。


「“展開ロード”、“生物研究サンクチュアリ”」


 ペルクスは早速研究に入った。

 たくさんの魔法陣がカゴを囲む。

 笑って、考えこんで、それから興味深そうに結果をつぶやく。


「……ほほう。随分硬い骨格だな。それだけ競争が激しいのか。ただ、特に驚くような特徴はない、な。ふむ。……毒はなく、食用に向くようだ」


 上機嫌で研究を締めくくった。

 わたし達には最後に付け足された「食用に向く」というところが大事。早速ご飯の準備に動き始める。


「“展開ロード”、“食品加工”フードプラント


 皆で調理。

 ペルクスが魚やカニを、身と骨や殻に分ける。硬いと言っていたけどあっという間にバラバラになった。

 わたしは精霊魔法で火を起こす。火加減も調整しないといけない。

 鍋は拠点から持ってきた、大きな貝殻。出汁がとれるので美味しくなる。骨と殻もあるからもっと味は良くなるはず。

 シャロさんとサルビアさんが途中で見つけた他の具を入れた。豆、キノコ、香草。

 良い匂いがふわっと広がってきた。

 そうして具沢山のスープが完成。


 道の途中でとっておいた果物もある。

 すっかりペコペコになったお腹も満足するだけの量があった。


「神よ。この魂らに安らぎと祝福を。そして糧に感謝します」

「神様、感謝します」

「まーす」


 ペルクスとわたしは手を組んで祈る。

 シャロさんは適当に流して、サルビアさんはそもそも黙っていた。

 それぞれに済ませれば、いよいよご飯だ。


 匂いが鼻をくすぐる。それでもう幸せな気持ち。

 まずスープを一口。

 たくさん入れた魚とカニの味が濃い。香草のおかげで嫌な匂いもない。

 大きな魚介は肉厚で食べごたえがある。

 豆やキノコもスープを吸っていて、魚介に負けていない。

 改めて幸せが体に染み渡る。

 ここ何日かですっかり食べ慣れた料理だけど、全然飽きない。


「おいしいね!」

「ベルノウから教わったものが役立ったな。上手く再現出来たようだ」

「レシピ通りにすればそうだよ。下手な人はすぐアレンジしようとするけど」

「ははは。僕が先人の研究結果をないがしろにするものか。とはいえ、確かに食べればどうなるか気になる食材もあったのだが」

「ちょっと! それ、カエルとか虫じゃないわよね!」

「心配しなくていい。試す時は一人で味見するからな!」


 お喋りしながら食べても、あっという間に器が空になっちゃう。

 そうしたらすぐ、サルビアさんが「もっと欲しいのね?」と、おかわりをわたしによそってくれた。

 それを見て、シャロさんがニヤニヤ顔で言う。


「サルビア、カモちゃんと仲良くなったよね? いや一方的に好きになってる?」

「なによ。悪い? 可愛いじゃない」

「いいえ、女の子が仲良くするのはとても良いです。じゃなくて、絵描き歌の時から変わった? その時に可愛い、って思ったの?」

「……そうよ。こんな子放っておけないじゃない」

「その気持ちは大変よく分かります。じゃなくて、カモちゃん目当てで同行する訳ね? オレと同じ!」

「そうはいうけど、シャロがついてきた理由はこの子じゃないでしょ」

「いやいや。オレの企画のせいで余計に寂しくなって飛び出したんだし、責任はとらないと。……あとやっぱまだアブさん怖いし」

「ほら、それが本音じゃない」


 サルビアさんに可愛いって言われて、少し照れるけど、それよりもっと嬉しい。確かにあの絵描き歌の時から優しくなった気がする。

 でもシャロさんとの仲の方がずっと良さそうだ。二人を見てるとわたしまでニコニコになる。


 やっぱり皆で賑やかに話せば、食事はもっと楽しい。

 途中でシャロさんとサルビアさんが演奏と歌も披露してくれて、より楽しい。


 おかあさんとおとうさんもいれば、最高なのにな。




 しばらくすれば、お腹いっぱいで満足。

 鍋は空っぽ。食べ終わって、皆で後片付けまでちゃんと済ませる。


「さて、疲れもとれて腹も膨れた。頭の調子が整ったな」


 ペルクスが地図を広げた。

 元々魔界の人に見せてもらったものを、シャロさんが記憶を頼りに写したものだ。でもうろ覚えなので結構怪しいらしい。

 だからわたしが空から見て、直した。そこは大丈夫だと思うけど、見えないところまでは分からない。

 頼りない。それでも唯一の地図だ。


「改めて確認しよう。シャロ、教えてくれ」


 この冒険の発端は、わたしが寂しくなって朝にいきなり飛び出してきた事だ。

 だから、迎えに行く計画はなかった。

 道中でも一応話してきたけど、動物への警戒や興味などで、ちゃんと落ち着いて話してはいなかった。


 シャロさんは地図を指差す。

 今は森、その南に草原があって、更に先には魔界の人達の暮らす国がある。

 そう、国。

 魔界にも人の歴史があって、その人達が暮らす場所は歴史の中であちこちに変わっている。

 その中の一つが目的地だ。


「とりあえずはここの遺跡だね」


 おかあさんとおとうさんへの頼みは、盗賊集団の退治。

 遺跡がその人達の拠点だ。

 流刑になった異端者が、魔界に元々住んでた人達を襲っているという話だった。

 だから、わたし達も無関係じゃない。


 悲しい。

 そんなのは駄目だ。幸せになるのは皆で、がいい。

 ダッタレさんみたいに反省して改心してもらいたい。

 だからこれは、わたしの、聖女のお仕事なのかもしれない。


「遺跡を要塞みたいにして守ってるから時間がかかってるのか、それとも逃げたから追いかけてるのか、そんなところかな?」

「ふむ。そうなのだろうな」


 シャロさんの言葉に、ペルクスが真剣に頷く。

 二人とも信じてくれている。

 そうだ。おかあさんとおとうさんは、負けない。


 もしかしたら手伝いが必要かもしれないけど、多分迎えに行くだけ。結果については安心していた。


 だけど、ペルクスの言葉には、がっかりしてしまう。


「到着まで三日というところか」

「……そんなにかかる?」


 わたしがつい言うと、ペルクスの眉が下がった。

 困らせてしまった。

 出来るだけ早く会いたい。悲しい。

 分かってる。会いたいなら、頑張りが必要だって。


「急げば僕達は辿り着けないかもしれない。僕達は安全を優先しないといけない。ローナとグタンとは違うんだ。分かるだろう?」

「……うん」


 わたし達に何かがあれば、おかあさんとおとうさんが悲しむ。

 だから、急ぎたくても安全第一。ちゃんと分かってる。だから納得して首を縦に振った。


「偉いね、カモちゃん」

「ありがとう」


 シャロさんは自分の絵描き歌のせいでわたしを寂しくさせたと責任を感じていた。だけどわたしは感謝している。

 それに耳は頼りになる。音楽も凄い。

 わたしが守る、なんてのは思い上がりだ。

 皆が皆、それぞれに力と役目がある。それなら頑張らないと。


「わたしがまた上から見てくる」

「気を付けるのだぞ。凶暴な鳥や虫が空にいるかもしれん」

「うん、分かった!」


 精霊さんの力を借りて、風を巻き起こす。一気に空高くへ。

 羽を広げて木々の間を抜ける。

 パッと視界が開けた。


 空の下に、大地。地図と同じように景色が見える。


「……まだまだ遠いなあ」


 足元から森が続いていて、その奥に広々とした草原。川はずっと流れている。

 でも遺跡なんか全然見えない。寂しい。


 それでも、気を引き締める。

 ちゃんと見て、観察して、皆に教えなきゃ。

 安全確保の為に必要な、大切な仕事だ。

 草原の動物らしき小さい点。川の深そうな場所。人の痕跡があるかどうか。

 わたし達が通る時に関係ありそうな事を見て、覚える。


「うん、いいかな」


 たっぷり観察した後。行きと違って、ゆっくり降りていく。

 前に勢いで着地しちゃった時はペルクスに怪我させちゃうところだったから、それは危ない。わたしはきっちり反省している。


 ゆっくりだから、木に咲く花がよく見えた。

 白と紫が鮮やかで綺麗。

 と、見とれていたら、いきなり花粉が吹き出した。

 煙みたいに見えるぐらいの、凄い量。かなり吸い込んでしまった。


「けほっ、けほっ」


 咳、それから涙も出てきた。

 なんだかクラクラする。

 失敗しちゃった。

 危ない事はたくさんある。パッと見安全そうでも気を付けなきゃいけない。これも反省だ。

 降りたらペルクスに相談しよう。


 そう思って川岸に降り立つ。

 すると。


「……あれ、皆は?」


 キョロキョロ見回す。

 だけど、わたしは一人。楽しくご飯を食べた場所からは、誰もいなくなっていた。

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