第27話 やっぱり欲しいものは
すっかり日の落ちた夜。良い子は眠る時間。遠くから動物の声が聞こえてくるけど、それもなんだか寂しそうだった。
わたしは自分のテントで、今日の出来事を思い返していた。
ベルノウさんの事を決める話し合いは大変だった。
でも、サルビアさん達のお絵描きの歌と、その後にご馳走いっぱいの宴会があった。
楽しくて、美味しくて、幸せで、皆が笑顔で。とっても良い一日だった。
「えへへ……」
どうしたって笑いがこぼれてしまう。尻尾も落ち着かない。
色々嬉しい事があった。皆で良いものを作って最高の場所になっていた。
それでやっぱり一番は、おかあさんとおとうさんの絵だった。わたしが自分で描いた絵。じっと見て、また笑った。
ここはおかあさんとおとうさんが使っていたテント。二人の匂いも残っている。いなくても、いるみたいな気分になってくる。
魔界に来てから色々あった。楽しい事だけじゃない。動物、アブレイムさん、それからベルノウさんのシュアルテン様と戦ったりした。
自分と皆の為に、力を振り絞った。
「わたし、頑張ったよ?」
おかあさんとおとうさんに囲まれて、わたしは幸せな気分で眠る。
それは、思い出だった。
いつだったか、おかあさんに教わった精霊魔法が上手く使えた時だ。
「おかあさん、やったよ!」
「おうカモミール! よく頑張ったな!」
おかあさんは小さな手で、わたしのおでこを撫でる。
小さくてもしっかり力強い感触。
嬉しくて、温かくて、優しくて、幸せな気持ちでいっぱいになった。
いつだったか、おとうさんのお裁縫の手伝いが上手く出来た時だ。
「おとうさん、出来たよ!」
「ああカモミール。ありがとう」
おとうさんは大きな手で、わたしの頭を撫でる。
大きくても力を加減した柔らかい感触。
やっぱり嬉しくて、温かくて、優しくて、幸せな気持ちでいっぱいになった。
目が覚めた。
幸せな夢を見ていた。
それだけに、残念な気持ちになってしまう。
まだ薄暗い。涼しくて、静か。
夜目が効くから、おかあさんとおとうさんの絵が見えた。匂いもする。
でも、いない。おかあさんとおとうさんは、ここにいない。
寝る前は充分幸せだったのに、夢の後だと物足りなかった。
わたしは、欲張りだ。
「うう……」
急に寂しくなって、自分で自分の頭を触る。
おかあさんとおとうさんに撫でられた時とは違う。寂しさが余計に強くなった。
会いたい。早く、会いたい。
「……帰ってこないのかな」
ぽつり、呟く。
その後すぐ、そんな事はない、あり得ないと首をブンブン振った。
シャロさんによると、元々こっちに住んでた人に頼まれて助けに行っているという話だった。
きっと時間がかかっているだけ。
その内に帰ってくる。
怪我だとか、病気だとか、そんな事もない。元気でいるはずだ。
帰ってくると信じている。信じる事にした。
だけど、それまで待てない。
寂しい。辛い。早く会いたい。
わたしは、悪いワガママな子供だ。
寝間着から着替えて、こっそり素早くテントを出る。
「ごめんなさい」
他のテントを見回して、呟いた。
勝手な事をするから、皆に迷惑だから。
わたしは、おかあさんとおとうさんを探して会いに行く。
森の方へ歩いていった。
何処にいるかは分からないけど、匂いで見つけるつもりだった。
一人で、どれだけ大変でもやり遂げてみせる。そう決意して進む。
だけどその先に、人影があった。
「……へっ。水臭えじゃねえか。オレに声かけねえなんてよ」
シャロさんだ。木に寄りかかり、なにやら格好つけたポーズと低い声で話しかけてきた。
なにかの演技だろうか。
構わず、横を素通りして、更に進む。
「ちょ、ちょちょっとぉ! ごめんふざけた待って!」
「ごめんなさい、シャロさん」
「だから待って、話聞いて! 謝らなくていいから!」
「カモミール!」
シャロさんを振りほどこうとする中。大きなペルクスの呼び声が聞こえてきて、振り返る。
必死で走ってきたようで、膝に手をついて息を整えている。
後ろにはサルビアさんに、ゴーレム達もいた。
連れ戻しに来たんだ。
反対なのは悲しいけど、戻るつもりはない。
だけどペルクスは、息を整えると柔らかい笑顔で言った。
「シャロの言う通りだ。一人にはさせられない。僕達も行く」
……困った。
これはこれで、どうしたらいいかな。一人で行くつもりだったから。
「……でも、これはわたしのワガママだし」
「カモミールの幸せの為だろう。何も問題はない。むしろ必要な旅路だ」
「皆は大変でしょ? ペルクスがいないと、皆困る」
「分かっているだろう? 皆は強い。賢い。問題なく暮らしていける。心配する必要はないんだ」
「…………」
わたしは黙る。
いいって言われても、なんだか納得出来ない。悪い気がする。
でもペルクスは自信満々。絶対間違いないって顔をしている。
段々わたしも気持ちが変わってきた。
「……本当に、いいの?」
「いいんだ」
「わたしのワガママだよ?」
「だからいいんだ。人は幸せを求めるべし。我が侭こそ、その為の善行だ。どんどんやればいい」
近付いてきて、手を差し伸べてくる。
気持ちが溢れてきて、わたしは、ペルクスにしがみついた。
「おかあさんとおとうさんに早く会いたくて、寂しくて、でも、一人で行かなきゃいけないって、それも寂しいの」
「うん」
「だから、一緒に来てくれたら、嬉しい」
「言っただろう? 僕もローナとグタンには早く会いたいんだ。友人だからな。それにこの土地の研究もしたい。だから、僕の我が侭だ」
「ふふ」
優しく頭を撫でられた。
おかあさんとおとうさんも好きだし、ペルクスにこうされるのも好きだ。
温かくて、幸せな気持ちになる。
「オレ達もいるよ! 一緒に行くよ! 耳があるから探すのに役立つよ!」
「あたしもついていくから。男だけに任せてらんないわ」
シャロさん、サルビアさんも近くに来て明るく言ってくれる。
皆で行くなら楽しくなる。ワガママだから楽しくちゃいけないと思っていたけど、これでいいのなら嬉しい。
こうして、わたし達は再び魔界の地で冒険を始める。
おかあさんとおとうさん、あるいは友達、そして未知を追い求めて。
第二章 異端者は語り合う 終
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