第26話 あなたのための貸し切り劇場
悪魔の騒動から一夜が明け、そして昼も過ぎた。
僕は外で気分を晴らし、体を伸ばす。
今日は快晴。だが酒の水溜まりと匂いが未だに残るのが困りものだ。陽光が眩しく反射する景色は悪くないのだが。
今日は朝から大変だった。
皆が起きると、まず二日酔いのような状態を治す必要があった。大量の薬を作らねばならないと覚悟したが、ベルノウが施してくれた“シュアルテン様の加護”もあって予想より簡単に済んだのは幸いだ。
皆が復調すると、ベルノウへの処罰についての議論が始まった。
アブレイムはやはり厳罰を主張。しかしそれには反対意見が多かった。故意ではない上、後々にまで残る深い傷を負った者はいなかったという点が主な理由だ。アブレイムもそこは否定しなかった。
僕達自身が異端者である為、悪魔信仰についても強く言えない。そもそもベルノウとしては悪魔だという認識はない。その辺りも含めてまだまだ調査と議論は必要だろう。
僕の見解としては、やはり神に創られた存在ではない、外からの来訪者だ。神より力は小さく、天使に近い存在だと思う。
教会の論理では確かに悪魔になるが、僕達はカモミール派なのだから隣人と認めても教義上での問題はないのだ。
それらの要素やベルノウの人柄を鑑み、軽めの処分で十分、という方向性が優勢に進む。
そして最終的には「悪魔に僕達を身内と認識させ、いざという時は率先して戦ってもらう」そして「僕の研究に協力する」というところで話がついた。
もっともベルノウ自身が納得せず、料理などで皆に貢献する事を約束してくれたが。
カモミールも本当によくやってくれていた。
自らも発言した上で、皆での議論を重視した。その結果を、聖女という立場から承認する。僕も補助に回ったとはいえ、立派な立ち振る舞いだった。
重荷を背負わせてしまっているが、本人は嫌な顔一つしなかった。
やはり、自分が聖女となれば両親の立場も認められる、という点がそうさせるのだろうか。
それに、責任は一人で負うものではない。全員のものだ。
だから、これでいい。皆が納得した結末なのだから。
そして今。
そんなあれこれを終えて休憩した僕は、シャロに相談を持ちかける。
「カモミールにはご褒美が必要だと思う」
「それでオレ?」
「ああ。カモミールが楽しめる劇を頼みたい」
無論今回の一件では、他の全員も懸命に働き、そのおかけで解決出来た。
だが一番の功労者はカモミールだと思う。
幼いながら、体を張ってくれた。議論でも率先して意見を言ってくれていた。
頑張った子供にはやはり、ご褒美をあげたい。
「分かった。でもペッさんも協力してよ?」
「勿論だ」
「いやーはは。元々考えてたのがあるんだよねー。昨日ので機材も完成したし」
シャロはニヤニヤと愉快げな笑みを浮かべていた。
その気持ちは大いに分かる。
太鼓の音を増幅させる為に、例の音楽魔術装置を完成させていた。木枠と蜘蛛の甲殻で作った箱に魔法陣を刻み、より合わせた糸で弦を張る。それと楽器を糸で接続すれば、音に干渉出来るという仕組みだ。
今はまだ僕の調整が必要だが、いずれはシャロだけでも使えるようにするつもりだ。
話が盛り上がったので、サルビアや他の皆も集めて盛大なご褒美にする事にした。
アブレイムも含めて不満は出なかった。議論の後にまだ疲れが残っていたのかカモミールは眠ったので、丁度良いと打ち合わせをする。「才能の無駄遣いは感心せんな」と渋る
大人達は楽しく企むのだ。
そして準備は整った。
諸々の仕込みを終えて、カモミールを呼び出す。顔色を見るにすっかり疲れはとれたようだ。
時間は午後の中程。会場は外。水溜りも片付けてある。
そこはがらんとしていた。楽器も設置しておらず、むしろ板を立てて殺風景にしてすらいる。テントの前に椅子があるだけだ。
カモミールはキョトンと首を傾げる。
「なにが始まるの?」
「シャロ達の劇だ。僕も参加するから、カモミールは一人で見ていてくれ」
そう言い残して、僕は舞台裏へ引っ込む。
大人しく座っているカモミール。尻尾もパタパタしているし、楽しみに待っているようだ。
これは応えなければ。
シャロと目配せし、合図を出せば早速出演者が裏から登場。
カモミールは大きく反応してくれた。ただし、良くない方向に。
「……え、なに?」
登場したそれは、毛むくじゃらで二足歩行の生き物だった。
衣装というには奇妙な、全身を包む鎧に採取した毛皮を貼り付けたようなものを着用しているのだ。
カモミールは怖がり、本気で警戒している。確かに魔界特有の獣にも見えるか。
このままではいけない。
速やかに演奏を開始。更に魔術を発動。
明るく軽やかに加工した音を流し、楽しげな雰囲気を作る。そして。
ぱぷっ。ぱぷっ、ぱぷっ。
魔術の効果により、演者が一歩進む度におかしな音が鳴った。
歩き方も妙な手振りをつけた、不思議なもの。ひたすらに面白可笑しく演出する。
「ふふ」
カモミールは笑ってくれた。どうやら警戒は緩まったようだ。
機を見てもう一度合図を出す。
「こんにちはぁ。ぼく、ぱあみゅんだよ!」
毛むくじゃらの存在は甲高い声で元気に挨拶をした。
「パーミュン」
カモミールは台詞を繰り返す。
笑ってはいるが、やはりまだ戸惑いがある。
得体の知れない生物だと思われているのだろうか。
この空気を破るべく、次の演者を出演させる。
「ちょっとぱあみゅん! 怖がらせないの!」
「わあ、おねえさん。ごめんなさい!」
サルビアもまた大袈裟な身振りで叱り、ぱあみゅんは怯えたように体を丸めた。
歌姫のドレスではなく、旅装束のような活動的な衣装。身近で元気な印象を与えるはずだ。
見慣れたサルビアの姿に、ようやくカモミールも完全に警戒が解けた。同時に劇だと理解してくれたか。期待に満ちた顔で拍手までしている。
舞台は整った。
ぱあみゅんは大袈裟に体全体を傾けながら、サルビアに問いかける。
「おねえさん! 今日はどんなお歌を歌ってくれるの?」
「今日はね、お絵描きの歌だよ! 楽しみにしてね!」
「わあい、お絵描き!」
演技しつつ準備。立てた板に二人がかりで大きな紙を貼る。
ぱあみゅんは筆とインク壺を手に取った。
「さあ行くよ!」
「うん」
サルビアはカモミールの方を向く。
パーミュンは背を向けて紙に向き合う。
僕達の方も新たに音楽を奏でる。
「お空に太陽ありまして」
体を揺らし、弾んだリズムで、これまでに聞いたものとはまた違ったサルビアの歌。
それに合わせて、まずは丸が描かれた。
「光で地上を照らします」
次は、丸の下に縦に長い台形。
「二本の木が生えてきて」
更に下に、二本の線。
「立派なお花も咲きました」
台形の周りに四つの花びらのような形。
「そこに虫さん飛んできて」
底のない三角形のような折れた線を、向きを変えて二つ。
「空には鳥さん飛んできて」
最初に描いた丸の中に、斜めの線を二本。
「大きな虹がかかったら」
丸の周りを囲うように曲線。
「あっという間に、妖精さ〜ん」
それから更に線を足して、完成。
かなり簡略化しているが、腰に両手を当てて立つ妖精の絵だ。
そしてカモミールにとっては。
「……おかあさん?」
「そうだね!」
「ふふっ」
大いに気に入ってくれたようだ。
紙を剥がして渡せば、立ち上がってはしゃいでいる。飛び切りの笑顔。紙を折らないよう、ぐしゃぐしゃにしないよう、丁寧に扱う様は微笑ましい。
慈しむようにじっと見つめていたサルビアだが、こちらからの合図で意識を切り替えた。
「じゃあ次にいってみよう!」
「うん!」
ぱあみゅんが次の紙を張る。
音楽を流せば、サルビアは陽気に歌い出す。
カモミールは名残惜しそうに母の絵から目を離しつつも、期待にキラキラした顔で前を見つめた。
「大っきな湖ありまして」
まずは大きな丸。
「三角小島がありました」
その中に下向きで丸を帯びた三角。
「大っきな魚が泳ぎます」
背びれのような下向き三角から線を伸ばし、最後にもう一つ三角。
「小っちゃな魚も泳ぎます」
上の方に、丸を描いてから線を伸ばす。それを二つ。
「周りに森がありまして」
大きな丸をギザギザの線で囲う。
「お山が二つそびえます」
上に大きめの三角を二つ。
「あっという間に」
「おとうさん!」
絵が完成したところで、カモミールが歌詞を先取りした。
今度は顔だけだが、確かにグタンをイメージした絵だ。
ぱああっと眩く輝く笑顔。心からの喜び。気分は最高潮。
「そうだね、じゃあカモミールちゃんも描いてみようか」
「うん!」
元気良く頷いたので、紙を用意する。
サルビアの歌に合わせて、カモミールもお絵描き。
全身で喜んでくれている。
何度も、何度も。描く度に新しい紙を求めて、多くの絵で埋めていく。
その微笑ましい光景を舞台裏から見ながら、僕達は話し合う。
「やっぱりカモちゃんてさ、しっかりしてるけど中身は幼女だよね。感性とか精神年齢とか脳年齢とか、大分差がある感じ」
「僕の責任だな。神の御業の再現は叶わず、結局奇跡が起こるまで待つしかなかった。それまで体だけが成長してしまったせいだ」
「それで肉体、というか脳年齢と精神年齢のズレがあるって事? 責任て程悪い事じゃなくない?」
「そうだといいが」
「……まー、子供向けのネタは先人を参考にすれば幾らでもあるから」
もう一度カモミール達の方を見る。
楽しく歌い、はしゃぎ、楽しくお絵描きをしている。温かで幸せそうな空間があった。
シャロは細く笑みを浮かべて、しみじみと言う。その内容は僕としても同意するものだった。
「それにしても……割とノリノリだね。アブさん」
面白可笑しい動作をする毛むくじゃらの道化役、ぱあみゅんの中身はアブレイムだった。
音や声はこちらから流しているしシャロが演技指導もしたが、この動きは彼によるものだ。確かに嫌々には見えない。
カモミールには厳しいと思っていたので引き受けた時は、いや今でも意外だ。あえて憎まれ役を引き受けているだけで、本心では認めているというところだろうか。
わだかまりがないのは良い事だ。
今頃はベルノウも腕によりをかけて料理を作っている。ダッタレもそちらの手伝いだ。
食材も特別に用意した。早速シュアルテン様に狩りを手伝ってもらい、大物を仕留めたらしい。
皆がそれぞれに手を尽くし、手応えを感じて笑う。
カモミールも望んだ、皆の幸せ。確かな形となって、ここにある。
「そうだ。これでいい。善には褒美を、悪には償いを。教えの基本から実践していく事こそが人の幸せに繋がるのだ」
「ええ〜? じゃあオレにもご褒美くれる?」
「勿論だとも。何か希望があれば叶えてみせるし、専属の音楽家としての立場も保証しよう。そうだ、この歌はこのままカモミール派の聖歌としてもいいかもしれんな」
「……ええ? いや、ええ?」
「ははは。謙遜するな。聖女の両親を称える歌だ。祭礼の聖歌として申し分ない」
「ちょっと待って、どうツッコめばいいかわかんないんだけど!」
表ではカモミール達が楽しみ、裏側にはシャロの何故か戸惑った声が響く。
衝突と騒動。それらの苦難を乗り越えて、僕達の拠点は賑やかに幸せを迎えていた。
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