第24話 観察、考察、知恵を懸けた祭り

 一体あれは何なのだ?


 僕は悪魔を観察する。魔術で調べる。

 だが、分からないという事だけが積み重なっていく。絶望が徐々に忍び寄る。振り払うのも一苦労だ。


 怪力。頑丈な体。純粋な強さ。人間や動物とは明らかに違う肉体は、構成するものからして不明だ。

 酒の息。酒の雨。精霊魔法や魔術とも違う奇跡めいた神秘の力は、神にも匹敵するとも思わされる。

 身に付ける蔓草や板は、果実酒の材料や樽を連想させる。赤ら顔も酔っ払いのよう。やはり酒と関係が深いのは明白だが、分かるのはそれだけだ。

 比較対象が既知のものにはない為に、分析がなかなか進まない。

 出来たのは、酔い覚ましなどの応急処置めいたことだけ。

 岩製ゴーレムファズは砕かれ修復の余裕はない。小型ゴーレムドルザの突撃も効き目は弱い。

 勝利の糸口が見つからなかった。

 力不足。無力。無知。

 だからこそ学び調べなければならないのに、その好奇心はあるのに、結果が出ない。


「……先生」


 行き詰まったのなら一から考え直すべきか。

 そもそも悪魔とはなんだ。

 生物なのか。精霊に近いのか。天使と同等なのか。

 だとしたら僕に解明出来る存在なのか。暗さが頭と心をむしばんでくる。

 目の前は、ろくに見えない。


「……ペルクス先生!」

「っ、おっと」


 シャロに強く肩を叩かれ、我に返った。

 ここはテントの下。目の前には雨と戦闘の景色、激しい音。酒の匂い。周囲の感覚が戻る。

 どうやら集中が過ぎたようだ。


「……どうした?」

「薬草とか持ってきたよ」

「ああ、助かる」

「……でもこれ、どうにかなるの?」


 追加された薬草を調合しながら、考える。

 尋ねてくるシャロには覇気がない。手伝っているサルビアも同様。

 不安が強い。無力感を味わっていたのは僕だけではないのだ。


 戦いは劣勢だった。

 酒の雨が降り、アブレイムは倒されてしまった。木製ゴーレムカンディに回収させ治療中。命に別状はないが戦闘不能。今ではカモミールが一人で悪魔を抑えている。

 酔いの影響は厳しい。顔色が酷く悪かった。

 この雨では、酔い覚ましも効きが悪い。カモミールは精霊魔法の風を頭上に起こして雨を散らし、なんとか耐えている。

 いや、動きが悪いのはそれだけが理由ではない。また感情が影響している。恐らくベルノウへの躊躇いやショックがあるのだ。

 悪魔の後ろで笑って歌っているベルノウはどこか薄気味悪く、確かに心を揺さぶられる。

 僕達が支えなければ、持たない。


 ただ、雨が強いのは悪魔の周りだが、僕達も危ない。いや、既に悪酔いしていたか。

 言い訳かもしれないが、それと焦りが調子を乱していた。良くない流れだ。

 酔い覚ましを一気に飲み干す。爽やかな感覚。気分が変わった。強引に変えた。

 改めて思考を整える。


 冷えた頭に、直感。

 アプローチを変えてみよう。

 集中していた間の考えは、惜しい気がする。閃きに従い、その考えを深く追う。

 悪魔とはなんなのか。

 そもそも、本当に悪魔なのか?

 何故僕はあれを悪魔と呼んでいる?


「……シャロ」

「え、なに?」

「真っ先に悪魔と言ったな? 何故断言出来た?」

「ん? あー、そりゃオレも悪魔と契約してるし。同じ感じだったから?」


 シャロは事もなげに言った。発言の重要性をまるで理解していない顔で。


 はっ。笑いが漏れた。

 自嘲する。

 目の前に集中し過ぎて視野が狭くなっていた。

 真理の鍵はこんなにも近くにいたではないか!


「詳しく教えてくれ!」

「え、うん。まー、正直オレもよく分かってないんだけど……」


 やはり遠回りでなく、最短ルート。

 シャロは口早に悪魔の知識を教えてくれた。


 人間は悪魔が好む物を捧げ、悪魔は代価として人間の望みを叶える。伝承や御伽噺でもよく知られる契約関係だ。

 シャロの場合は、音楽。良き音楽を広める代価に、並外れた聴力などを得ているらしい。

 となれば、あの悪魔の場合は、酒だろう。酒の力を扱い、ベルノウも召喚する前に酒を飲んでいたのだから。

 問題は、望みが何か、というところだ。


「契約か……」


 きっかけを求め、悪魔が召喚された直前の出来事を更に思い出す。

 ベルノウはよく分からない言葉を発し、踊っていた。


「あれが契約の文言だったのか? 踊りもその一部? シャロ、ベルノウが何と言ったか分かるか?」

「あー、それは分かんない。けど、そもそもあれ言ったのベルさんじゃないと思う」

「何?」

「声の抑揚とか発音とかがもう別人だったし。酔ってたからじゃなくて、あの時点で取り憑かれてたんじゃないかな。悪魔憑きってやつ?」


 声から情報を読み取った、シャロならではの考察。

 素直に納得し、思考を次へ繋げる。


「悪魔憑き。となると、悪魔自身が悪魔の肉体を召喚した?」

「なのかな?」

「悪魔の側に目的があった……?」


 動機は重要な要素だ。

 悪魔は今何をしている?

 何を優先している?


「ベルノウを守る事、か?」


 ベルノウに近付けば、追い払われる。攻撃より優先して、だ。守る為に自らを召喚した。

 つまり、僕達は敵として認識されている。


 だが、順序が逆だ。

 何故召喚される前から、僕達が警戒や敵意を向ける前から、敵として認識されているのか。

 むしろ敵意の原因となっている。逆効果だ。

 悪魔には人間の理屈が通らない訳ではないのは、契約が成立する点からも明らかだ。

 僕達を相手に、わざわざ自身を召喚する道理はない。


 ならば、もしかしたら、誤解か。本来の敵の代わりに、僕達が敵視されているのではないか。

 代価は酒。ベルノウが酒を飲んだ事をきっかけに、悪魔は繋がった。

 それまで、悪魔は僕達の世界を観測出来なかったのではないか?

 とすれば、誤解する余地は充分にある。


 さて、本来の敵とは、誰が考えられる?


 ここにはいない。皆、誰もベルノウを攻撃していない。

 ならばその前だ。彼女の故郷で何があった?

 何故彼女が魔界にいるかを考えれば、自ずと見えてくる。


「……異端審問官だ」


 故郷は辺境であり、珍しい文化や風習があるらしい。そして、祭りでは酒を皆で楽しむとも聞いた。

 という事は、ベルノウの故郷では、酒の悪魔は土地の守り神のような存在であり、讃えられる存在であったのだ。


 しかし。

 悪魔信仰。邪神信仰。

 そうと見なされれば異端者として断罪されるのは間違いない。旅人や調査員からでも密告があったのだろう。


 そして、更に繋がる。

 これだけの強さだ。捕縛しようとしても、単なる審問官では敵わず、“純白の聖人”が出張ってきたに違いない。

 となれば“断罪の奇跡”によって悪魔は捕まったのだ。

 罪人を無力化する奇跡。僕も食らったから分かる。発動していた魔法は解除され、新たに使えなくなる。


 悪魔とベルノウは無力化された。故に、召喚が解除された?

 契約の途中で、それを果たす前に、送還されてしまった?

 となれば、異端審問官から守る、という契約がまだ生きている可能性がある?

 それを続行する為に、ベルノウに憑いて自らを召喚した?

 つまり、僕達は異端審問官だと認識されている?


「……これは、暴論か?」


 自問。推論を考証し、確認してみる。

 いや筋は通っていると思う。多少強引な推測ではあっても、矛盾はないはずだ。

 だが仮定に次ぐ仮定だ。

 確証はない。


 とはいえ、あまり時間をかけていられない。確証を求めていたら、カモミールにもいずれ限界が来てしまう。

 ならば賭けよう。

 まずは安心させねばなるまいと、大声で呼びかける。


「カモミール! ベルノウは味方だ! 安心していい!」

「本当!?」


 悪魔から目を外し、カモミールはこちらを見る。

 少しの不安と大きな期待。僕の答えを求めている。この戦いの理由を、ベルノウを信じる根拠を。

 だから僕は、自信を持って断言するのだ。


「ああ! これは事故のようなものだ! ベルノウの優しさは、決して嘘ではない!」

「うん、分かった!」


 顔色が明るくなる。嬉しそうな笑顔が咲いた。

 迷いが消えて、心が晴れて、それは戦いにも影響する。


「精霊さんっ!」


 カモミールの高らかな呼びかけに、精霊は応えた。

 強風が吹く。

 雨が弾かれ、晴れた空間が生まれる。まるで結界のように。一滴たりとも通さない。これでもう酒の影響は受けないだろう。

 精霊には意思があり、人との相性によって発する力は増減する。落ち込んだ感情より、明るい感情を好む。だから心の状態は精霊魔法と直結するのだ。

 これなら悪魔相手でも互角に渡り合えそうだ。

 非常に頼もしい。

 僕も負けていられない。


「で、どうするの?」


 心配そうに聞いてきたのはシャロだ。サルビアと並んで常ならぬ真剣な顔。流石にふざけていない。

 僕の推測を聞いて、不安は薄れ、希望が満ちていた。

 ちゃんと僕に考えはある。

 安心させるように、強気に笑う。


「問題は僕達が敵として認識されているという点だ。だから解決するには、契約を破棄、あるいは変更させるか、味方として認識されればいい。シャロ、他者の契約に干渉する方法は分かるか?」

「むり分かんない」

「やはりか。ならばもう一つしかない」

「つまり?」


 身を乗り出して期待するシャロとサルビア。

 それに応えるべく、また意識的に強気な笑みを浮かべて告げる。


「ベルノウの故郷で行われていた祭りを再現する!」


 シャロとサルビアはポカンとした。予想通りの反応ではある。

 勿論理論立てて、詳しく説明する。


「悪魔と契約していたのはベルノウ個人ではなく、集落全体だったと考えられる。となれば、僕達もその仲間に入る余地はあるだろう。そこで祭りだ。酒、衣装、儀式。なるべく寄せて悪魔に呼びかける。契約と結びついた記憶が刺激されるはずだ。老商人ギャロルにも協力を仰ごう。知識があるかもしれん」

「えー、それでホントに騙せる?」

「騙す必要はない。ベルノウと同郷の人間だと主張するではなく、悪魔と契約したい人間だと示せばいいのだからな」

「ううぅーんん……?」


 顔をしかめるシャロは明らかに納得していない。サルビアも眉根を寄せている。

 残念だが納得するまで説明する時間はない。僕は一人でも進めようと覚悟を決める。

 だが、シャロは唐突にあっけらかんとした顔で手を叩いた。


「……まー、やってみようか。面白そうだし! ほら、サルビアも協力しよ!」

「シャロが言うなら……あ、ベルノウが太鼓叩いてたけど、あたしそのリズム覚えてる」

「それは有用だ! 頼むサルビア!」

「オレからも頼むよ、ね?」

「分かったわ!」


 僕の要請にはむくれるサルビアも、シャロになだめられて上機嫌。賑やかな調子で二人は走り出す。僕はこの場で酒の醸造を進める。


 僕達は僕達で、真剣に動く。

 祭りによって、戦いを終わらせる。

 奇妙でおかしくとも、これが僕の研究から導き出した結論だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る