第22話 デッドエンドはすぐそばに
22 デッドエンドはすぐそばに
相変わらず曇り空の午後。僕達の拠点も涼しくなってきた。
テントの中。ギャロルの屋敷から戻ってきた僕は、作業中の樽を前に、深く考え事をしている。
「むう……」
どうしても気分が沈む。
僕が離れている間に、カモミールは大変な目にあっていた。アブレイムの指導は正しく成長に必要なのかもしれないが、やはり厳し過ぎた。
指導は本来、僕のすべき義務だったのだ。
今カモミールは疲れて眠っており、ベルノウが様子を見てくれている。僕も傍にいようと思ったが、「あまり女の子の寝顔を見ては駄目なのです」と追い出されてしまった。彼女に任せておけば安心だが、それで納得しない感情もあった。僕の我が侭なのだろうか。
ダッタレも治療して寝ている。傷は浅く後遺症もないそうだ。
そしてアブレイムは大穴や飛び散った土の後片づけに励んでいる。薄い笑顔をたたえて、真剣に。この様子だけではただの好青年に見えるのがより不気味だ。
僕は深く溜め息を吐く。
四六時中傍にいるべきだったか。
いや一緒にいたところでアブレイムは仕掛けてきたかもしれない。
そうなったら僕には止められないだろう。ゴーレム達を総動員しても。
無力を痛感するばかり。
カモミールを守り、教え導く。誓ったはずなのに。
成長は急がなくてもいいと後回しにしていたが、それは正しくなかったのか。
聖女として重い責任を負わせてしまったのではないか。
僕の選択は間違っていたのだろうか?
「ペルクス先生ぇ……ちょっといーいぃ?」
テントの外から聞こえたシャロの声に、ハッと我に返る。
シャロは何故か辺りを警戒するように見回し声を潜めていた。秘密の用事か。
一人で考えていても、良くない。自己否定の深みにはまってしまう。少なくともカモミール本人が起きてから話し合うべきだろう。
だから快く迎え入れた。
「ああ。好きに入ってきてくれ」
「いやー、ちょっと、聞きたい事があってさー」
樽を挟んで対面に座る。
視線をキョロキョロ動かし、落ち着かない様子だ。
「どうしたのだ。なにを警戒している?」
「うん、あー……ところでそれさ、なにしてるの?」
「酒の醸造だ。ベルノウには世話になったし礼としてな」
作業は順調に進んでいる。工房魔術により発酵を促しているので、本来なら長期間になるところを一日でも完成させられる。
果物と芋と穀物、三種類。どれもちゃんと酒になっている。味見はまだだが。
「へー。ちゃんと美味しいの? 味とか興味なかったんでしょ?」
「酒は別だ。カモミールが生まれる前、ローナに『こんな安酒飲めるか』と機嫌を損ねられて以来研究したのでな」
「そーゆーの似合うよね。姐さん」
流刑になる前を思い出す。
僕は大して酒に強くないが、あの友人二人はなかなかの酒豪だった。こだわりもあり、本筋の研究の合間に注文を受けていた。
ならば何故僕の料理は不味かったのか。
簡単だ。料理はグタンが主に作っていたのだ。
シャロは良い聞き手として話を広げ、僕の沈んだ気持ちを好転させてくれた。
ただ、彼は別に雑談が目的ではないだろう。本題については迷っているようだ。
僕は急かさず、のんびり付き合う。
シャロとしても僕の思惑は察しているのか。
口を開いて、閉じて、やがてシャロはゆっくり言葉を紡ぐ。
「…………アブさんの事聞いたんだけどさ……あんなに強いのに、なんで皆捕まっちゃった訳?」
「相手が“純白の聖人”だったからな」
「その人そんなに強いの?」
「強い弱いという話ではないな。奴の“断罪の奇跡”は問答無用で罪人を拘束するのだ」
「なにそれチートじゃん」
異端審問官筆頭である“純白の聖人”。異端者からすれば反則級の相手だ。強さも速さも関係なく、見つかれば逃れられない。
その厳しさはアブレイムとも通じるかもしれないが、両者の違いは正義の在処にある。アブレイムは独自の正義を掲げているが、“純白”は教団からの指示が全てだ。故に相容れなかった。
「そもそも奇跡ってなに? 魔法と違うの?」
「ふむ。奇跡とはな、他人には再現不可能な神秘を指す言葉だ。鍛錬や研究では得られない。故に神から与えられた奇跡として扱われるし、与えられた者は聖人と呼ばれる」
「へぇ」
例えば始まりの聖人。
飢饉に喘ぐ土地に雨と実りをもたらし、薪も確保出来ない冬に火をもたらし、病に死にゆく人々に癒やしをもたらした。
どれもが神より与えられたとしか思えぬ奇跡の御業。故に彼は人を導く聖人となったのだ。
「と、この知識は一般常識なのだがな。なのに知らない、この事が本題と関係があるのか?」
背中を押すつもりで鎌をかける。あくまで敵意なく、素朴な疑問のように。
するとシャロはギクリと分かりやすく反応した。
「……やっぱり怪しい?」
「まあな」
「まー、いつかは言わないといけないと思ってたし、バレてもいいかー、って思ってんだけどさー」
目を閉じ、しばしの沈黙。いつものふざけた調子が消えた、真剣な雰囲気。
そして彼は意を決した顔付きで、言った。
「……ペルクス先生は、悪魔ってどう思う?」
予想外の質問に困惑する。
悪魔と異端者は切っても切り離せないとはいえ、意図が読めない。
それもあって深くは考えず、素直に答えた。
「興味深いと思う」
「退治しなきゃ排除しなきゃ、って思わない?」
「思わない」
僕としては聖典の記述を疑問視している。悪魔についても、僕自身が調べてみなければ何も判断出来ない。
だが。
「アブレイム殿は思っていそうだがな」
「やっぱり? ……じゃあ今から言うのはここだけの秘密ね」
指を立てて、普段のような演技めいた仕草。しかし声は上擦り、顔には引きつった笑みがある。恐れを勇気で乗り越えようとしていた。
そうして僕は、彼の秘密を聞いた。
「オレ、悪魔と契約してこの世界に来た異世界人なんだ」
痛い程の沈黙が満ちた。
信じ難い発言。
僕はしばらく固まって整理していてたが、それでも整理しきれずに、聞き返す。
「……異世界人?」
「そう。オレの故郷はこの世界とは全然違う文明で魔法とかない世界なの。で、なんか気付いたら十字路にいて、音楽マニアな悪魔に勧誘されて、この世界に来たの」
じっくり内容を咀嚼する。
違う文明の世界の話に興味がそそられた。
悪魔が音楽好きというのも驚き。
信じ難いが、神妙な態度からすると嘘ではないのだろう。
だが、シャロは、そこに重大な認識の差があると気付いていない。
「……その話が本当だったとしたら、非常に言い難い事を言わなければいけない」
「え、なに、やっぱアウト? 敵認定?」
怯えた様子で後退りするシャロ。
彼に申し訳なく思いながらも、僕は告げる。
「悪魔との契約以前に、シャロ自身が悪魔扱いだぞ?」
「………………………………………………………ナンデェ?」
口を開けて固まってしまった。
立場逆転といったところだろうか。説明せねばなるまい。
「少し長い話になるが構わないか?」
「……それは、まー別にいいけど」
「では始めよう」
姿勢を正して、喉を整え、真摯に説明する。
あくまで教団の主張だが、
「まず神は天上の世界と、そこに住まう天使を創造された。次に地上とそこに住まう万物を創造された。そして最後に地獄とそこに住まう番人を創造された」
「え? そこから?」
「ああ、ここが重要なのだ。神の創造はこの三つの世界で終わり、あとは人に奇跡を与える事はあっても、なにかを創造するような大きな事はされていない。悪魔も悪魔が住まう世界も、神は創造されていないのだ」
「え? さっきの地獄の番人ってのは?」
「番人は罪人に罰を与え改心させる役目を持つ。人を害し堕落させる悪魔とは全く別の存在だ」
「って事は……悪魔って何?」
「神ではない何者かが、神が創造した三つの世界の外側で創造した存在だ。その創造主は邪神と呼ばれる」
「はー、なるほど……ん? 世界の外側?」
「そう。教団において悪魔とは、邪神に創造された存在、外からやってきた存在を指す言葉なのだ」
しばし沈黙。シャロは頭を抱えて大袈裟に悩む素振りで僕の説明を整理した。
「えーと。つ、ま、り…………そのいち、オレは世界の外から来た存在である」
「うむ」
「そのに、世界の外から来た存在は悪魔である」
「うむ」
「そのさん、よってオレは悪魔である?」
「その通りだ。理解が早いな」
シャロの確認を肯定。
知らない知識だったろうに頭が回ると感心する。
そして、その一拍後、シャロは顔を歪ませて絶叫した。
「ううわあああぁぁぁ! いやそれ、最初にこれ言っちゃってたらソッコーで終わってたじゃん
「声が大きいぞ。気を付けた方がいい」
「おうっと」
口を手で塞ぎ、耳をすませる。
幸い、外から様子を見に来る者はいないようだ。
「……うん、大丈夫。ところでオレって光属性弱点だったり悪魔特効入ったりすんのかな?」
「悪魔祓いの事か? 効くかもしれんな」
「いやまーどっちにしろ戦闘力ないんだけどね! 前線立たないけどね! いや、こんな時こそ発想を逆転させるんだ! ……オレ、悪魔専用技とか使えたりしないかな?」
「ほう?」
僕にはなかった発想に興味が募る。やはりシャロは、未知を追求する相棒になり得る逸材かもしれない。
「あ、気になるなら調べてもいいよ」
「では遠慮なく。“
「あ、ストップ」
シャロが口元に人差し指を立てた。
魔法陣の展開を止め、静かにする。
「ベルさんだね」
「……まあ人前では避けよう。後日だな」
残念だが仕方がない。
苦心して、それこそ歯ぎしりする程苦心して、なんとか好奇心を収める。
やがて本当にベルノウがやってくきた。
「カモミールになにかあったか?」
「カモミールちゃんはぐっすり寝ているのです。私はただお話しにきただけなのですよ」
シャロが僕の方に詰めて、ベルノウも座った。僕に向けて柔らかく微笑む。
「今日の出来事で悪いのはアブレイムさんの方だから、私から強く叱っておいたのです。ペルクス君はあまり思い悩まなくてもいいのですよ」
「……叱った? どんな反応だった?」
「呆気にとられていて言い返してこなかったのです」
「はは! いやそうか、ありがとう」
「いえいえ、あれはやり過ぎだったのです。叱るのは当然なのですよ」
温かい味方に心が安らぐ。
どうやら僕の無力感も見抜かれていたか。世話になったのはカモミールだけではない。
実に良い人と出会えたものだ。
「これは感謝の気持ちだ。受け取ってくれ」
「わあ、とっても良いお酒なのです」
まず一口。芋の酒を選び、味わう。顔をほころばせて、本当に嬉しそうに美味しそうに飲んでくれた。
「スッキリした香りと辛みは好みなのです。ただ、ちょっと酒精が弱くて物足りないのです」
「えー、まさかスピリタスとか言わないよね?」
シャロの言葉にベルノウは首を傾げ不思議そうにした。
正体を隠せと言ったそばから、またおかしな事を言う。もっと危機感を持てないのか。
それはともかく、酒を少し調整するだけなら簡単だ。
「“
「わあ、丁度良い感じなのです」
「それは良かった」
気に入れば後は早い。
一口が一杯になり、二杯になり、どんどんと飲んでいく。みるみる内に樽の中身は減っていった。
世話になった分、楽しんで欲しい。好きに飲んでくれるのなら最高だ。
が、だとしても心配になってくる。
「なあ。もうそろそろ止めた方が」
「……ヨイ、ヨイ」
「ん?」
唐突にベルノウは立ち、かと思えば手をヒラヒラ振り回して踊りだす。
「ヨイヨイヨイヨイヨイツクヨイツク」
不思議な音の連なり。不思議な動き。
正に酔っぱらいのお手本のような言動であった。
「酔い過ぎではないか? 酒精を強くし過ぎたか」
「…………あのさ、もしかしてベルさん。これが異端の儀式と思われて異端認定された……って事ないよね?」
「ない、とは、思うが……」
滅茶苦茶で理不尽な理由だが、否定は出来ない。ベルノウの人柄からして他に異端認定される事があるとも思えないからだ。
心配しながら、とりあえず水や酔いを覚ます薬を用意する。
その最中、シャロがなにか異変に気付いた。
「……ん? え? あ!」
「どうした?」
「すぐ逃げよう! これヤバい!」
慌てて僕の腕を掴んでテントの外へ向かおうとする。
されるがままの僕は、引きずられながら、またも信じ難い文言を聞く。
「あれ、本物に悪魔召喚の儀式っぽい!」
は?
と、戸惑ったが、すぐに信じる。
背筋に悪寒。死の気配を本能が察知したからだ。
確かにベルノウの周りで魔力の異常な動きがある。
耳障りな音。描かれる魔法陣。火花が散る。
そして、爆風。
強烈な衝撃が生まれ、僕達は吹き飛ばされてしまった。
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