第21話 聖人問答

 空に太陽はなく、風は冷えていた。

 戦いの場に飛び込んだら更に冷たくなる。それだけ空気が怖かった。でも、大丈夫。


 アブレイムさんと、目が合う。薄く開いた目の圧に負けないように、力を込めて見つめ返した。


「おや、助けますか」

「だって、神様は人が人を救う事を望んでいるって、そう言ってたでしょ!」

「はい。その通りです。すぐに実践して下さるのは素晴らしいですね」


 あくまでもアブレイムさんはにこやかな笑みを浮かべていた。なのに、やっぱり怖い。

 わたしは頑張って聞き返す。


「……わたしを試したってこと?」

「いいえ。決してそのような事はありません。あの方への鍛錬と指導が目的でした」


 怖い笑顔は変わらない。怪しいけど、とりあえずは信じる。

 ただ、次の言葉は、少しだけ声が重くなったように感じた。


「しかし、あなたは聖女なのですよね? それとも無理強いされただけなのですか?」


 色々と含みのある問いかけに、わたしは迷わずにうなずく。


「わたしは、聖女。うん、おかあさんとおとうさんとペルクスが間違ってないって言えるように、なるって決めた」


 力強く見つめ返してハッキリ言った。

 そしてダッタレさんが落とした杖を拾い、掲げる。本物の聖女らしく見えるように。

 するとアブレイムさんは満足げに笑みを深くしていた。


「よろしい。ではあなたへ私の培ってきた知恵を送りましょう」


 これはダッタレさんの身代わりになるという事だろうか。

 いや違う。確かにアブレイムさんの教えは間違ってない。やり方はおかしいと思うけど。

 これも大切な勉強だ。

 おかあさんやおとうさん、皆の為にも、色々学ばなきゃいけない。学びたい。

 怖いけど、頑張って勉強に臨む。


「その前に。……神の御使いに願います。傷ついた人の子にどうか癒やしをお与えください」


 手を組み、おごそかに唱える。

 すると気絶していたダッタレさんの体が柔らかく光る。傷が塞がって顔色もよくなった。


 精霊魔法。

 癒やしの魔法を使ったんだ。それもかなりの使い手だ。得意なのは武術だけじゃない。自分の言葉通りに、あらゆる技と知識を身に付けている。


 それに、ベルノウさんが布や薬を持ってやってきて、診てくれた。これならダッタレさんは大丈夫なはず。

 それからアブレイムさんは離れていくのでついていく。場所を変えるのはわたしも賛成だった。

 そこで、改めて向き合う。


「安心しましたか?」

「うん」

「では始めましょうか。構えて下さい」


 言われた通りに杖を構えた。槍のように先を前に向けて。

 息を吸って、吐く。気持ちを落ち着ける。

 アブレイムさんはまず、言葉をぶつけてきた。


「あなたはあの方を許したそうですね? それは何故ですか。下手すれば命を落としていたかもしれないのに」

「下手しなかったからわたしは生きてる。だから別に気にしてない。それが理由じゃ駄目なの?」

「いいえ。駄目という事はありません。寛容の心は尊いものです。しかし」


 もう終わった話のはずなのに、今更掘り返されて嫌な気持ちになった。

 どうしてこんなに厳しいんだろう?

 そう思ってアブレイムさんを見ていると、違和感。

 少しだけ動いたかもしれない。大きめのローブを着てるから、それが風で揺れただけなのかもしれないけど。


「罰や償いもなく、その場で許したという点は頂けません」

「どうして?」

「許す。とは罰を与えない、という事ではありません。罪に見合った罰や償いを終えた時に、これ以上の罰や償いは必要ない、と認める事を許すというのです」


 と、そう言い終えた、瞬間。

 杖がわたしの顔を狙って振るわれていた。

 いつ間合いを詰められたのか分からない。本当に瞬間移動したみたいに目の前に現れた。

 驚きながらも、ギリギリで後ろに下がって避ける。遅れて凄い音が鳴った。目で追うのもやっとの速さ。

 だけど怖がっていられない。

 それからも追撃が来る。真っ直ぐ、見えにくい突き。更に下がっても、予想以上に奥まで伸びてくる。だから横っ飛び。

 またそこを追って、お腹の辺りへの横薙ぎ。守ろうと杖を盾みたいに構える。すると軌道が変わった。

 わたしの杖を避けて上に、首元に迫って──


 ピタリと止まった。

 アブレイムさんはさっきまでの苛烈な動きを感じさせない、穏やかさで喋る。


「純粋な身体能力のみでここまで動きますか。武芸は身に付けていないようですね。伸びしろがあるという事にもなるのですが」

「どうして止めたの? ダッタレさんには止めてなかったのに」

「それはあなたが罪人でなく、更に幼子であるからです」


 さらりとアブレイムさんが言った理由は、今まで言ってた言葉からすれば納得のものかもしれない。


 痛くないのは良い事だ。

 そのはずなのに、なんだか嫌だ。もやもやして、イライラして、落ち着かない。


「……むー」

「不満ですか? しかし私はあなたを殴る理由を持ちません。続けましょう」


 アブレイムさんは一旦離れた、かと思ったら、そしてまた一瞬で距離が詰まる。混乱してどうしても反応が遅れてしまう。

 杖が真っ直ぐ縦に振り下ろされた。

 右に避けたら、横振り。下がったら、突き。止まらない連撃に振り回される。

 でも今度は寸前で止められる事なくついていけてる。段々目が慣れてきてから。


 ただ、それだけじゃない。

 ダッタレさんの時と同じように、お話と同時に進行する。


「罰も償いもなく許しては秩序を保つ事は出来ません。その優しさは次の犠牲者を生む甘さにもなり得ます」

「でもダッタレさんは反省してくれた!」

「そのようですね。しかしそれは結果論です。罰無き許しを与えた後で、その時罰を与えておけばよかったと後悔しても遅いのです」


 確かに、悪い人はいる。反省してくれない人も。それは間違いない。

 厳しいんじゃなく、これが普通なのかもしれない。

 だとしても納得したくない気持ちがある。


「分かった。でもここにいるのは皆良い人だよ。悪い事をする人はもういない」

「では新たに流刑となった人間がここに来たらどうします? その方がこの地でまた罪を犯したとしたら?」

「……うぅ」

「ほら、疎かです」


 答えに迷った隙に杖がお腹に迫った。杖をこっちからぶつける。

 カン、と気持ちの良い音。

 そのまま弾き飛ばそうと力を込めた。

 けど、ダッタレさんと同じだ。力押しは通じない。

 スルリと感触が消えた。アブレイムさんの姿も。気配が伝わる。背後に回られて、後頭部で杖が寸止めされたみたいだ。

 また負けた。

 振り向いて、厳しい目と向かい合う。


「人を救い守るには力が必要です。強みを活かしなさい」

「……精霊さんっ」


 言われた通りに、わたしの強みを活かして飛ぶ。

 ズルい、なんて事はないはずだ。見下ろすとアブレイムさんもまだにこやかに笑っている。

 上から攻めかかった。

 今度はわたしの方が寸止めしてやろうと、風を起こして加速。鳥みたいな速さで連撃を繰り出す。

 こんな形じゃ残念だけど、飛ぶ。上から、横から、斜めから。真っ直ぐ、ジグザグ、回転。自由に、地上では追いつけないような動きで。

 でも、アブレイムさんの方がひらりひらりとかわしていく。消えて、見失って、慌てて逃げる。わたしの方が追いつけない。

 近くだと余計に混乱する。夢か幻みたいだ。


「はい。とても良いです。両親から受け継いだものを大切にしましょう。そして、さあ先程の答えは?」

「……そんなの、分からないよ! だから教えて!」


 やっぱり悪い人への罰なんて、難しい。

 空から下へ叫んだ。


「一人で考えず、教えを求める。それも確かに答えですね。では私の考えもお教えしましょう……罪の重さにもよりますが、追放が妥当でしょうか」

「でも、それじゃ、怖い動物に襲われちゃうでしょ?」

「ですから罰足り得るのです」


 それも分かる。

 分かるけど、嫌だ。誰かが苦しくなるのは悲しい。


「反論したいようですね。言ってみなさい」

「わたしは、そういう人も受け入れたい」

「どうやって他者の安全を保証しますか。罪なき人間より罪人を優先するのですか?」


 わたしが言葉につまると、アブレイムさんはジャンプして杖を振るった。わたしにもちゃんと届く高さだ。

 慌てて避けて、反撃。

 空中なら避けられないだろうと、答えも一緒にぶつける。狙いは、右腕。


「じゃあわたしが見る! 悪い事しないか見張るし、皆も守る!」

「あなたにそれだけの強さがありますか。私から一本もとれないあなたに」

「うー……」


 力を込めた杖と言葉も、両方あっさり受け止められた。

 そしてアブレイムさんは転がって着地する。かなり高かったのに、無傷みたいだ。

 難しい。話も、戦いも。


 だから高く飛んだ。逃げた。アブレイムさんが絶対に届かないところにまで。

 やっぱり両方同時に頑張るのは難しい。

 息を落ち着けて考える。


 すると、アブレイムさんが、また動く。


「休憩ですか? それとも考えを纏める為ですか? どちらにせよ、甘い考えです」

「あ!」


 ダッタレさんの方へ向かった。

 わたしでも分かる。これは多分本気じゃなくて罠だ。反撃が待ってる。

 だけど、分かっていても、見過ごせない。それが聖女。わたしが自分でそうと言って、決めたから。


「精霊さん。風を起こして」


 精霊魔法の力を借りて下向きの風を起こして、急降下。

 落ちるみたいに飛んでいく。

 衝突はあっという間。

 アブレイムさんはやっぱり振り返って、カウンター。

 また寸止めで、わたしに当たらないように操っている。


 だけど、

 止まってあげない。着地も考えない。

 わたしは怒っていたから。

 むしろ加速。

 自分から当たりにいったせいで、杖が頭を打つ。痛み。割れたみたいに強い。

 アブレイムさんは少しは驚いたみたいだ。


 急降下の勢いのまま、猛スピードで地面に激突。


 爆発みたいな音が森に響いた。

 大穴が出来て、土煙が空高く舞う。

 四つん這いで着地したわたしの体にはビリビリと衝撃が走った。アブレイムさんの方は爆風で宙に浮いていた。


 それを見て、チャンスだと閃いた。

 もう一度加速する。手足を踏ん張って、そこから更に精霊魔法。疾風。

 アブレイムさんの杖が迎え撃つ。それでも強引に突破。

 体当たりをぶちかました。

 アブレイムさんの体は吹き飛んでいく。


「……はあっ! はあ!」


 疲れてるけど、油断なく様子を見る。

 やっぱりすぐに立ち上がったアブレイムさん。しっかり受け身をとっていて、傷はあるけどまだ戦えそうだ。

 わたしは杖を構える。

 だけど。


「はは。参りました」


 アブレイムさんは両手を挙げた。降参の意味だ。

 ほっと一安心。その場に座り込んで長く息を吐く。

 大変だったけど、やり遂げたんだ。

 と、思ったのに。


「ではこれで最後です。この騒ぎを引き起こした私をどう裁きますか?」


 まだ終わらないの?

 わたしはげんなりした。じとぉっとした目で見上げる。

 少し迷ってから、周りのめちゃくちゃな光景を見て、決める。


「これを片付けて。わたしのせいだからわたしもやる」

「あなたは罪人ではないでしょう。でしたら罰や償いは不要です」

「……じゃあ一人でやって」

「だとしても軽いですね」

「……じゃあ皆で話し合って、他の罰も考える。それでいいでしょ?」

「話し合いで決めると? 悪くない考えではありますが、聖女としては責任放棄ではありませんか」

「……うぅ〜…………もう、うるさいっ!! 文句を言わないの! これもあなたへの罰!」


 あまりに続くから、怒ってそのままの勢いで言っちゃった。

 これじゃ認められない、と遅れて少し後悔。

 でもアブレイムさんはポカンとして、それから笑った。


「はははは! 失礼。分かりました、あなたの決定に従いましょう」


 アブレイムさんは早速片付けを始めた。勉強は終わってくれたみたい。


 ようやく安心して、わたしは地面に寝っ転ぶ。

 疲れちゃった。動けない。

 頑張ったから、もう休みたい。


「ベルノウさぁん……大変だったよぉ」

「はいはい。カモミールちゃんはよく頑張った強い子なのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る