第18話 おるすばんガールズ

 心がドキドキする歌だった。


 ──この美しい世界よりあなたは美しい。どうか末永く傍にいてくれないか。


 太陽の光が反射して眩しい湖の上を、サルビアさんの歌声が通り抜けていく。

 綺麗で、可愛くて、惚れ惚れする凄い歌だ。耳や尻尾も自然とぴこぴこ動いてしまう。

 だからわたしは一生懸命に拍手する。


「すっごい、すっごいよサルビアさん! きれい! すっごく! すごいきれい!」

「そ、そう?」

「私も素晴らしいと思うのです」

「……ありがと」


 わたし達が褒めれば、サルビアさんは照れくさそうに笑った。


 湖のほとりで、わたしはサルビアさんとベルノウさんとのんびり過ごししていた。

 お留守番だ。

 朝にはベルノウさんの保存食作りを手伝ったりしたけど、今の昼下がりにはこうしてサルビアさんの歌を聞いて楽しんでいる。

 ペルクス達は頑張っているのに、わたしはこれでいいのかな、って思う。聖女になるって自分でも言ったからには、その為に頑張った方がいいんじゃないか、って。

 皆には遊んでもいいって言われたけど、ずっとモヤモヤして落ち着かなかった。

 だけどそんなモヤモヤも、いつの間にか消えていた。サルビアさんの歌と、楽しい時間のおかげで。


 ひとしきり歌を褒めたところで、ベルノウさんは湖の中から果汁が入った革袋を取り出してくる。


「はい、どうぞ。果汁が冷えているのです」

「気が利くわね」

「ほら、カモミールちゃんもどうぞなのです」

「ありがとう!」


 一口飲めば、甘い。冷えてて爽快。温かい日差しで喉が渇いていたから、余計に美味しい。

 皆で思う存分に味わう。


 この果汁の果物がわたしは一番好きで、他の皆からも人気。

 だから他の香草とかと合わせて畑に植えていた。育つまでどれだけかかるか分からないし、そもそもちゃんと育つか分からないけど、収穫を楽しみにしている。


 今も、ダッタレさんが水をあげたりペルクスの作った肥料をまいたりと、手入れをしている。

 こちらも手伝おうとしたら、止められた。聖女様のお手をわずらわせる訳には、なんて言われて。

 やっぱり恥ずかしいし、慣れない。尚更人の為に頑張らないといけないんじゃないかとも思う。

 でも『人が傷つかない平和を求めるのだから、まずは平和を知るべきだ。これも学び。むしろ一生懸命楽しみを覚えないといけない』って、それがペルクスの言葉だった。

 いまいち納得出来なかったけど、モヤモヤが晴れた今ならなんとなく分かる気がした。


 だから、わたしはサルビアさんにお願いする。


「ね、ね。また歌って!」

「いいけど……」

「疲れたのです? もう少し休憩した方がいいのですか」

「違うわよ。疲れてなんかない」


 話していると、ふと、気付く。

 ベルノウさんとわたしとで、なんだか態度が違う。ベルノウさんには凛々しく答えたけど、わたしには目を逸らしてぎこちない感じだ。

 わたしを見たくないのかもしれない。

 思い当たる事があって、わたしの顔はうつむく。しゅんと体を縮めて、謝る。


「……ごめんなさい。サルビアさんはわたしのこと、嫌い? 怖いって言ったからだよね? ……ごめんなさい」

「え、いや、それは」

「カモミールちゃん。それは違うのです」


 何故かサルビアさんの方が目を泳がせて慌てる。言葉に詰まっている。

 その代わりに、ベルノウさんが答えた。


「ただ、ちょっと気まずいだけなのですよ」

「ちょっ、あんた何言ってんの!?」

「間違っていたのです? それともカモミールちゃんを不安にさせたままでいいのです?」

「うっ……それは……」


 ベルノウさんは優しく、でも強い感じで問いかけた。

 サルビアさんはまた黙ってしまったけど、じっと見つめられている内に、とうとう折れる。


「分かった、分かったわよ!」


 ツンと拗ねた感じの、いつもの綺麗なサルビアさんとは違う子供っぽい態度だ。

 そのままわたしを見て、だけどやっぱり目を逸らして、言う。


「あたしはね、あんたの事が嫌いなんじゃない。置いてきた子供達に顔向け出来ない、って、ただそれだけなの」


 真面目な、それと寂しそうな声。

 でもわたしにはよく分からなくて、首をかしげる。怖がったのを気にしてないのは本当なんだろうか。まだ不安が残ってる。

 するとサルビアさんは、迷った末に説明してくれた。

 ゆっくりと、大切な物を扱うみたいに。


「……あたしは昔ね、孤児だけで集まってなんとか暮らしてたの。子供だけで身を寄せ合って、大人なんか頼りにならないからって、生きる為になんでもやってたの」


 話の内容に、息が詰まる。悲しくなる。

 大変な日々だったみたいだ。

 わたしにはずっとおかあさんとおとうさんがいたから、想像も出来ない。


「でも、ある日シャロが来て、あたしの声が可愛いくて天才だってスカウトして、それでなにもかも変わったの」


 そこでサルビアさんは可愛く笑った。本当に、羨ましくなるくらいに幸せそうな笑顔だった。


 話によると、最初は騙そうとしてると疑って逃げようとしたらしいけど、お金の代わりに歌の練習をさせられて、気付けば舞台で歌っていたそうだ。

 一緒にいた子供達も劇場で雇ってくれた。

 劇場の歌姫になった。救われた。その日のご飯にも困らなくなった。

 だからシャロさんは恩人で、大切で、かけがえのない人らしい。


「シャロと一緒に異端審問にかけられた事、あたしは後悔しない。でも、他の子達を残した……見捨てた結果になったのは、少し堪えるの。勝手だけどね」


 凛と胸を張るような、でもやっぱり悲しさのある笑顔で言った。綺麗なのに、どこか寂しい。

 見ているわたしも辛くなって、つい言葉を挟んでしまう。


「それは違うよ」


 真っ直ぐサルビアさんの顔を見て、なんとか悲しさを払ってもらいたくて、話をしてみる。


「一番好きなものを選んだからって、二番とか三番に好きなものがそれより下だとか、そうじゃないと思う。わたしも、おかあさんとおとうさんが大好きだけど、ペルクスも好きなんだし!」

「そうなのです。大事なものがたくさんあっても、全部は抱えきれないのが自然な事なのです。それに子供達といってもあくまで独り立ちした人間。だからあんまり気にし過ぎるのは失礼になるのですよ」

「…………そう、かもね。……ありがと」


 ベルノウさんも同じ気持ちだったのか、二人で言葉を重ねた。

 サルビアさんは照れて顔が赤くなっていた。それでもそっぽを向いたりせず、ちゃんとこっちを見て言ってくれた。

 もうそこに寂しさはない。明るく綺麗に微笑んでいた。


 それから突然立ち上がった。


「……歌うわ。こんな空気好きじゃないの」

「だったら私も参加したいのです。だから太鼓を使ってもいいのです? 故郷のお祭りでよく叩いていたから得意なのですよ」

「面白いわね。いいわよ」

「じゃあわたしは踊る!」


 こうして皆で歌に参加することになった。

 ベルノウさんが、シャロさんが使っていた太鼓がたくさんくっついた不思議な楽器から一つ外して持ってくる。不思議なこの太鼓は前に怖がってしまったけど、もう大丈夫。

 それより、皆で音楽を作るのが楽しいし嬉しい。


 とととんとん、とっとととん。

 軽快なリズム。上手な太鼓の音が響く。

 それに合わせてか、サルビアさんは歌も綺麗なものじゃなくて、明るくて楽しい感じのものを選んだ。


 ──パンが美味しいお肉が美味しい。ハラペコだったら働けないわ。お腹いっぱいモリモリ食べて今日も一日頑張りましょう。


 歌詞がなんだかおかしくって、思いっきり笑う。シャロさんが作った喜劇の曲みたいだ。

 じっとしていられないので、わたしも湖の上を低く飛びながら踊る。

 羽を広げて、くるくる回って、腕を振って。宙返りなんかもしてみる。尻尾を揺らして、楽しく元気に、思ったままに踊る。

 思いっきり体を動かせて、とっても気持ちが良い。


「良いわね。劇場でも通用するわ」

「見てて楽しくなるのです」

「うん、ありがとう! 二人もすごいよ!」


 時々休憩を挟みながら、わたし達は歌って演奏して踊り続けた。

 楽しくて楽しくて、疲れてきても気にならないくらいに面白かった。

 皆が笑顔の平和な一時。


 これが聖女として目指すものなんだと言ったら、ペルクスは認めてくれるのかな。




 いつしか、魔界の空も夕暮れで赤くなる。

 木々の向こうに沈む太陽。いつの間にか、かなりの時間が経ったみたいだ。

 そんな頃に、わたしの耳が聞き慣れた声を拾う。


「あ、ペルクス達帰ってきたみたい!」

「ホント!?」

「それじゃあ切り上げるのです」


 太鼓を片付け、皆で迎えに行く。

 特に嬉しそうなサルビアさんを先頭に、居住地と森との境に向かった。


「おかえりなさぁい!」

「済まない、遅くなってしまったが今帰ったぞ!」


 呼びかければ、手を振り返しながら森から出てくる元気な三人の姿が見えた。

 ペルクス、シャロさん、アブレイムさん。皆無事に帰ってきてくれて安心する。

 でも、その後ろには。


 巨大な蜘蛛がいた。

 ゴーレムのファズが運んできたそれが、嫌でも目に入ってきた。

 怖くて気持ち悪くて、思いっ切り叫んでしまう。


「きゃあああああぁっ!」

「ちょっと! そんなの持ってこないでよ!」

「おっと済まんな。しかし解体するのに広い場所が必要で」

「じゃああっち行って、あっちに! 近くでやったら怒るからね!」

「ごめん! ごめんって!」


 あっという間に、ぐっちゃぐちゃの大騒ぎ。

 怖がって怒って謝って怒鳴って平伏して、そんな皆が落ち着く頃には日が完全に沈んでしまっていたのだった。

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