第16話 野郎共はハイリスクハイリターンがお望み

 木々が陽光を遮り、薄暗い。空気は温かいがジメッとしていた。草木の濃厚な匂いも立ち込める。あちこちから獣や鳥の鳴き声が聞こえてきて、否が応でも高まる警戒心。

 なんとも不気味だが非常に好奇心をそそられる環境に、僕の胸は踊る。


 朝食を終えて、留守番組と別れて、僕達は森の中にいた。


「む……よし、問題はなく有用! これも収穫だ!」

「はいはーい」

「熟しているかどうか見分ける方法はありますか?」

「しっかり全面黄色になっているのが良さそうだ」


 三人で次々と果物をもいで籠に入れていく。ファズに乗って高い場所のものも採った。日が当たるそちらの方が質は良いだろう。

 アブレイムは森では動きにくそうなローブ姿なのに僕達よりも機敏に作業している。枝葉が引っかかる場面も見ていないし、興味深くて不思議だ。

 こうして採取した果物は、真っ黄色な皮に柔らかい果肉は白。酸味が強く、甘さはわずか。生よりは加工に適しているだろう。ベルノゥに注文された酒にも使えそうだ。

 更に詳しく調べれば未知の有用な成分が見つかるかもしれない。期待に自然と笑みが浮かぶ。


 ファズの背中には大きな二つの籠。片方は果物や香草、芋などの食用。もう一つは毒草や毒茸、花に根など、食用以外の用途に使えるものだ。こちらの非食用の方が多く、既にいっぱいになりそうだった。

 こういうところでは魔界らしさを感じなくもない。あくまで少しだけだが。


「こんなものだろう。まだ他にも有用な物があるはずだから、空けておかねばな。いや全く楽しみだ」

「でもオレの注文まだじゃない? オレは楽しめてないけど」

「魔力を宿す素材はそうそう見つからん。やはり魔界とは出鱈目な名前だ」


 シャロの不満げな声に、僕も苦々しく不満を返す。

 言葉の重みも、分類の重要性も理解していない人間の名付けだ。これだから妄信するだけの連中は困る。


 シャロに注文された、音を増幅、加工、変質させる魔術。及びその為の道具。

 僕が使う魔術としてならともかく、誰でも使える魔道具となれば難しい。魔力を宿す素材が大前提だ。

 この森に存在はしているはず。

 昨日遭遇した大猫は魔力を宿した獣だった。骨や皮などは活用出来ただろう。発声により精霊魔法を行使していたのだから、音を加工する魔術には最適。しかし残したはずの場所に行ってみると、既に亡骸はなかった。他の獣に食べられたと思われる。

 自然の掟は厳しい。


 魔力を持つ獣は存在していても、少ない。だから僕としては数日かかっても仕方ない、というのが結論だ。

 だがシャロの方は諦めず、尚も言ってくる。


「いやだからさ、マジカルって言ったけど魔力なしでやる方向性もアリだし」

「しかしシャロはその技術を知らんのだろう?」

「うん、全然分かんない!」

「ならば仕方ない。僕の知識で応用出来る方向性でいく」

「でもじゃあさ。ねえ、記憶をどうにかする魔術とかない? それで解決出来るでしょ」

「また面白い事を言う。発想は豊かだな」

「えへへー」


 照れたように頬を緩め頭をかく。演技めいたわざとらしい仕草。芸が細かいのはよく分かった。

 どんな環境でもユーモアを忘れないのは稀有な特性であり好ましい。

 ただ、発想は面白いが残念な返事をしなければならない。


「だが無理だ。そんな魔術もあるとは思うが僕には使えない。精神より肉体が専門だからな」

「ええー。そんなー」

「お二人とも。話を続けるのなら本格的に休憩にしましょうか?」

「む。いやではそろそろ進もうか」

「じゃ魔力の音ってどんなのか分かる?」

「分からん」


 そんな訳であてもなく、探索を再開。

 歩き回れば、シャロが求める物はなくとも様々な動植物を発見した。

 やたらと胴の長い兎。それを丸呑みにする鱗のない蛇。更にそれを巣穴に引きずり込む苔まみれのモグラ。

 倒木が割と頻繁にあり、そういう場所は日当たりが良く、他にはない植物が見つかる。特に穀物の原種が有り難かった。栽培に成功すれば食が豊かになる。

 ただし倒木の原因が気になる。もし大型動物が倒したのなら、遭遇時は危険だろう。回収出来る物の期待も大きいが。


 とそんな調子で探索する中、耳に集中していたシャロが、危機感なく警告する。


「あ、あっちになんかの群れがいる。結構大きめの動物。どうする? 危ないかも」

「しかし魔力持ちかもしれんぞ?」

「よし行こう」


 シャロがあっさりと決断。僕とアブレイムも同意する。

 危険を覚悟した上で群れの方へ向かう。

 シャロの案内により森を迷わずに進んでいく。


「もうすぐそこ」


 しばし行けば、僕にも多くの気配が感じられるようになった。

 ガサガサと葉を揺らす音。聞き馴染みのない鳴き声。さて、一体どんな獣なのか。

 好奇心と警戒心、どちらも高まる。戦いに備えて準備を整える。


 が、それより前に、先手。

 敵意が風を切って僕に迫った。

 硬質な音。ファズが腕を伸ばし庇った。岩の体に弾かれた投擲とうてき物が弾け飛ぶ。


「え、なに怖っ!」

「慌てるな。獣を興奮させる」


 シャロをいさめつつ、上に目をやる。

 猿だ。紫の毛皮。ひょろりと細く痩せた体型。その群れが僕達を見下ろしている。

 その内の一匹が、木の上から枝を投げてきたのだ。

 しかも怯えたシャロを見て、手を叩いて喜んでいるよう。そうやって遊ぶ程に賢いのか。

 アブレイムが低い声で更なる警戒を促す。


「気を付けて下さい。数は多いですよ」

「まー、見えてる罠に踏み込んだからね。今更ビビる訳ない。返り討ちにしてやんよ……さ、先生! お願いします!」

「なんなのだ、その小芝居は」


 シャロに呆れる。まあ恐慌にならなければそれでいい。

 ファズを前に出し、守護者としての役割を与えた。

 

 樹上から続々降りてくる猿。一定数は上に残して。警戒し役割を分担する知恵があるのか。

 敵意は明らかだ。

 しかしすぐには襲ってこず、遠巻きに囲まれる。じりじりと距離を詰められる中、猿の視線の先に気付いた。


「この木の実が狙いか?」

「では大人しく渡しましょうか?」

「いや、悪いがこれは僕達の物だ」


 先手を打つ。

 落ち着いて魔術を展開。調合しておいた眠り薬を散布。森に白煙を広げる。

 吸った猿がバタバタ倒れていった。効き目は抜群だ。あっという間に雑魚寝の宿が出来上がる。


 ただ、中には薬に耐える個体もいた。

 攻撃されたと感じたか、怒り狂う。

 牙を剥き、叫んで威嚇。爪を振り上げ襲ってくる。凶暴な獣の一撃は人を容易く害するだろう。


「ファズ!」


 だが、飛びかかってきた猿の前に岩の体が割り込んだ。哀れにも胴に激突。更に地面に落ちる前に、ファズが体を掴んで木々の奥へとぶん投げた。

 それでもう森は静か。

 寝るか倒れるか逃げるかして、動く猿はいなくなった。

 

 対処を終えた僕は、魔術を展開して猿を調査する。


「む、食用にも毛皮の利用にも適していないな」

「じゃあ放置?」

「いやこの場を離れたら気付けの薬を撒く。他の獣に襲われては寝覚めが悪い」

「良い心がけです。無益な殺生は好ましくありません」

「……もし放置していたら僕は失格だったか?」

「いいえ。当然の行動に合格も失格もありません」


 アブレイムを見る。

 しばし目を合わせる。

 僕はまだ認められていない。細められた目の奥に、試そうとするような色があった。

 何をすれば満足させられるだろうか?


 と、そんな睨み合いをしていたせいで。

 異変にいち早く気付いたのはシャロだった。


「いやこっち見て! 盗られてる!」


 気付けば小鳥がいた。ピィピィと鳴いてファズの背中の籠に群れている。

 シャロは拾った枝を振り回すが見向きもしない。馬鹿にしたように鳴き、木の実をついばむ。


「罪なき小鳥です。追い払うだけにしましょう」


 アブレイムが杖を素早く振る。強烈な風切り音。それで小鳥は散っていく。

 その小鳥に、襲来する影。


 鉤爪。大きな鳥に仕留められた。

 枝に留まり、小鳥を捕食する。フクロウのような猛禽だ。

 僕達を見下ろす。その目に、殺意が込められた気がして。

 僕は急いで指示を出す。


「ドルザ!」


 枝から猛然と急降下。

 こちらもカウンターの高速突撃。しかし、あえなく回避された。流れ弾に大木がへし折れる。

 フクロウはそのまま翼を畳み、滑空。瞬く間に終わる、一直線の狩り。獲物となったシャロは反応すら出来ない。矢の如き速度。最悪の予感。


 しかし、攻撃は阻止された。

 止まらないはずの襲撃者はアブレイムに首根っこを掴まれていた。一拍遅れて羽ばたき暴れる。

 そして骨の折れる音。

 屠殺を済ませた彼は地面に丁寧に横たえ、その前に跪く。体の隅々まで整った姿勢はそれだけで強い信仰が窺える。真摯な祈りの時間だ。


「彼の魂に安寧を願います」


 それはそれとして、あまりの早業に僕達は言葉も出なかった。状況が呑み込めずに固まっていた。

 後方にいたはずのアブレイムが、まるで転移でもしたかのように移動していたのだ。

 シャロが僕より早く立ち直り、上ずった声で話しかける。


「……え、もしかして今のワープ? 魔法? あーいや、その前に助けてくれてありがとっす」

「ははは。助けるのは当然です」


 誤魔化しのような笑顔。その細い目は笑っているのだろうか。

 籠の中に仕留めたフクロウを入れる。

 その所作には敬意があるのだ。もしかしたら僕達に対するよりも強いものが。

 シャロと目を合わせれば困惑が見えた。アブレイムは信用するし事実助かったが、なにやら不穏な感じがするのを、否定出来ないでいた。


 危機を脱した僕達は再び森を歩く。

 途中で休憩を挟んだり果物を食べたり、補給をしつつ、まだまだ探索を続ける。

 時間はとうに昼を過ぎただろうが、太陽の位置は見えないので時間感覚は怪しい。

 音に気を付け、警戒しつつ、森を行く。

 シャロの目当てはなかなか見つからないが、探索そのものは順調に進んでいく。


「あ、また見た事ない木の実。調べて先生」

「うむ。“展開ロード”、“生物研究サンクチュアリ”」


 手早く未知の果物を調べる。

 ここまで連続して使ってるので疲労が溜まってきているので、どうしても魔術が乱れる。それでも集中してやり遂げた。

 息を吐き、疲れを振り切って結果を告げる。


「そのまま食べても良いくらいだな」

「よーし、収穫収穫ぅ! ……ん? え?」


 元気に駆けていく、そのシャロの動きが不自然に止まった。彼自身も戸惑いの声をあげている。

 足が地面から離れないようだ。手も空中で上がったまま。

 よく見れば、うっすらと、か細い糸が見えた。獲物を絡めとる、罠。狩人の巣。

 シャロは見上げた顔が青ざめる。引きつっていく。甲高く悲鳴をあげた。


「うわあっ! ちょっ、助けてぇ!」


 現れる大きな影。

 細長い八本の足。不気味に光る複眼。黒光りする胴体。

 巨大な蜘蛛が、巣にかかった獲物に狙いを定めていた。

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