第14話 歌姫とは音で攻撃するジョブではありません
突然始まったのはシャロとサルビアによる“ディナーショー”。
野営地のような場であっても、確かに何処か品のある空気となっていた。劇場での経験があるからか、やはり慣れている動き。都の人々に評価された一流のショーを見せてくれるという事か。
水を差されたアブレイムも肩をすくめ、威圧感を収めて前を見る。大人しく鑑賞する事にしたようだ。ならばと僕も二人に集中する。
やはり歌姫の存在感が強く、自然と目が惹きつけられる。
それは僕だけではない。特にカモミールはうっとりとした顔で呟いていた。
「きれい」
ドレスは花で飾られ、化粧もしている。サルビアの美しさが引き立つ。だがなにより表情や姿勢、雰囲気、本人の発するものが吸い込まれそうな魅力を主張している。
「皆々様、歌姫サルビアのご登場に盛大な拍手を! ……はい、今回はこの魔界の会場を使わせて頂くのですが、観客の皆様には心より御礼申し上げます。我々シャロビア一座は立ち上げたばかり、このディナーショーが初めてのお仕事でございます。ですから此度のショーはサービス、お代は結構。その代わりに、ショーへのご協力をお願い申し上げます。いえ、難しい事は一切ございません。ただ皆様には、歓声と拍手により盛り上げて頂ければ結構でございます」
ペラペラと喋り倒すシャロ。完全に自分のペースで、妙に格式張った口上をよどみなく言い切った。
その技に感心したので、僕は求められるままに応じて拍手する。
だが当の歌姫が抗議するように冷たく睨んだ。
「シャロ。いいから早く歌わせて」
「はい、すみません姫! ……それでは早速参りましょう。一曲目は、歌劇『薔薇姫と鋼の騎士』より、『薔薇の愛歌』」
背中から手持ちサイズのハープを取り出したシャロ。
演奏も出来るのか、と驚く。
楽器の質は、正直良くない。音が安定性に欠ける。この場では素人の手作りしか用意できないのだから仕方ないだろう。
だが、演奏技術で十分に補っている。不安定な音さえ味として活かすように。
静かに始まり、澄んだ音色が湖のほとりに流れる。巧みな手さばきによって紡がれる、心地よい調べ。目を閉じてその世界に浸る。
観客の期待が高まってきたところで、遂に歌が。
「……っ」
僕は思わず息を呑む。呼吸さえ忘れた。
サルビアが口を開いて、その一音目から、違いが分かった。
まず、あまりの衝撃に放心した。
美しい、と感じたのはその後。これが人のものなのかと、ただただ驚愕する声だった。
人の技が作る芸術。
頭に、胸に、心に響く。強く揺さぶられる。意識が歌姫に繋ぎ止められてしまった。
詩の内容は愛の歌。
──あなたがいればそれだけで幸せなの。
純粋な思いが豊かな情感をもって歌われる。
それが直接的に胸の内へ響く。まるで当事者になったようで、圧倒される。
横を見れば、カモミールは満面の笑みだった。
「わあ……すっごい!」
周りもそれぞれに楽しむ。アブレイムさえも顔に素直な感情を表していた。
皆、ショーの世界に没頭するばかり。この場はもう、劇場と呼んでも間違いではない環境となっていた。
その内に、曲が転調。
──嗚呼、愛しいあなた。どうしていなくなってしまったの。
ハープも歌声も、小さくか細い音へ。しかし情念はしっかりと込められていた。
悲しみ。苦しみ。歌声は喪失を深く重く表現する。
歌に感情移入し、胸が締めつけられるよう。自然と瞳が潤んできた。
そうして、また転調。
──愛しいあなた、帰ってきてくれたあなたに口づけを。
打って変わって明るい音色。完璧な切り換えには舌を巻いた。
再び陽性の感情が流れ込む。希望が体を温かくする。
春の花畑さえ幻視した。
耳だけでなく、正に全身、魂にまで届く。
うっとりと、歌姫の技を心ゆくまで堪能する。
夢のような時間が過ぎ、歌が終わる。
サルビアとシャロは格式張った礼をした。
静寂。観客は未だ歌の世界に浸ったまま。余韻に痺れて動けない。
シャロがその余韻を壊さないよう、静かに語りかけてくる。
「さあどうぞ皆様、素晴らしき歌姫に盛大な拍手を」
僕は、いや他の皆も我に返った。
それぞれに手を打ち、称賛の音が鳴り響く。本当に心からの絶賛だ。心は見えずとも鳴り止まぬ拍手がそれを証明している。
その音が多少落ち着き出した頃、シャロは再び立て板に水の喋りでショーを進めた。
「ありがとうございます。ありがとうございます。皆々様どうもありがとうございます。皆様にお楽しみ頂けたようで、我々も本望でございます。それでは歌姫サルビアからも一言頂きましょう」
「みんなー、ありがとぉー! この場所は私の第二のふるさとだよー!」
妙な言い回しの台詞に困惑してしまう。
これも劇中の一幕なのか?
王都の劇場で人気だったと言うが、これが流行りなのだろうか?
どう反応すればいいのか測りかねる。
辺りを見てみるが、やはりアブレイムやベルノゥも困惑顔。
そもそもサルビアすらも戸惑い気味だったし、満足げなのはシャロだけのような気もする。
「お次は第二部となりますが、準備が整うまではもうしばらくお時間を頂きます。皆様どうかお待ちください」
未だ続く観客の困惑を置き去りに、二人は引っ込んだ。テントの出入り口も閉じていく。
それでも演奏は続いた。雰囲気を維持する背景音楽。飽きさせない工夫か。
シャロは適当なふざけた感じもあるが、音楽に関してはこだわりや誇りが感じられる。職人に近い。好感が持てる。
時間がかかるというので僕はカモミールに話を振った。
「カモミール、どうだった? 楽しかったか?」
「うん! すっごく! すっごいきれい!」
「そうだな。僕もそう思う」
「わたしも歌ってみたい!」
「そうか。だったらサルビアに教えてくれるよう言ってみるか?」
「うん!」
笑って頷くカモミール。
心から楽しんでいるのが伝わってきた。やりたい事が見つかったのは良い。娯楽は人生を豊かにする。僕にとっては研究もそうだが、やはり人は、己の道に人生をかけてこそ人なのだ。
改めてシャロとサルビアの二人とは良い出会いだったと実感する。かけがけのない友であり尊敬に値する人物だ。
暗くなったテントの内部。存在感を強める火。膨らんでいく期待。
そして背景音楽が、止む。
「皆様、大変お待たせ致しました。これより第二部を開始致します」
シャロの口上の後、幕が開いた。
追加された松明に火が灯っている。煌々と明るくなった舞台。
満を持して再び歌姫が登場する。が、
「なんだ?」
僕は目を白黒させて、驚愕。
サルビアは一変していた。
黒一色の、革の質感そのままの服。へそや足を大胆に露出している。尖った装飾があちこちに。まるで戦士のような衣装。
楽器も見た事がないもの。細く長く尖った形の弦楽器。リュートとも違う。
シャロも似た雰囲気の衣装。
そして大小幾つもの太鼓を組み合わせた不思議なものの前に座っている。
初めて見るものばかりに困惑。
それを突き破って、
「イイィッッエエェーイ!! 早速いくぜお前らぁ! 『レディウルフ』!!」
格式を捨て去って豹変したシャロが甲高く叫んだ。
そして太鼓を激しく乱打する。
豪雨や雷を連想する、強く速く攻撃的な演奏。しかしただ荒いだけでなく、きちんとリズムが刻まれていた。
歌姫はそんなシャロの演奏に合わせて、むしろ張り合って、より激しく叫ぶように歌った。
──馬鹿にするなら噛みついてやるわ。私は一人で生きていけるの。
詩の内容は怒りや不満をぶちまける物語。
先の歌とは真逆の、激情を主張する。
叫びのようでありながら、歌としての音程やリズムも正確。
サルビアは別人のように、しかし確かに歌姫として、歌いあげる。
表現力の凄み、幅の広さ。また歌の技術の高さに驚く。
──認めなさいよ私はか弱い小動物なんかじゃないの。
ひたすらに圧倒される。
一曲目とは違う形で、ひたすらに激しく攻撃的に胸を打たれた。こちらの鼓動も激しくなり、体は熱くなる。汗が滲み、心に浮かぶは叫びたくなる衝動。
僕の知らない、新しい音楽がここにあった。興味深く、そして快感に酔いしれる。
ふと、カモミールはどうだろうかと様子を見る。
すると。
「やあ……これ、やあだぁ……」
体を丸めて耳を塞ぎ、すっかり怯えていた。青ざめた顔で、怪物でも目にしたかのように。
それを認めた瞬間。僕は冷水をかけられたように興奮から覚め、立ち上がった。
「済まないが止めてくれないか! カモミールが怖がっている!」
不粋を承知で大声を出し呼びかける。
すぐに二人はカモミールに気付き、音楽を止めてくれた。
「ええぇえあっと、っと、ごめーん!!」
「あ……その、ごめんなさい」
二人して真剣に謝ってくれる。シャロは慌てて駆け寄ってきて地面に突っ伏し、サルビアは力なく。
こちらの都合で止めさせたというのに、この狼狽振りでは申し訳なく思えてくる。
「落ち着いてくれ。別に怒ってはないんだ」
「いや自己満足に走ってお客さん傷つけちゃ、プロ失格だからさ。これは反省するよ。さっきのは気に入ってたみたいだし、またさっきの歌がいいかな?」
「そうだな、それが有り難い。カモミール、どうだ?」
カモミールはチラと見て、すぐに顔を背ける。ふるふると首を横に振った。
「ぃやあ……その格好やあ……」
「ふむ、服も怖いようだ」
「うん分かったすぐ着替えてくる!」
軽快に答えて、走り去るシャロ達。素早い対応には大いに感謝だ。
暗くうつむいたまま、カモミールはぽつりと言った。
「……ごめんなさい」
「謝らなくていい。自分の感情はな、良いものも悪いものも素直に表現するべきだ。隠したり誤魔化したりするのは自分にも周りの人間にも良くない。ほら、シャロとサルビアも気を悪くしていなかっただろう?」
「うん……」
我慢強い、とは美徳ではあるが、危うい。耐え過ぎればいずれ壊れてしまう。
だから許容を示すべく、優しく頭を撫でてやる。
思わぬところで、また未熟を痛感させられた。
やがて綺麗な歌姫が再登場。
春の美しさを祝福する穏やかな歌が響いた。
未だ落ち込んでいたカモミールも、少しずつ明るくなる。再び楽しめている様子だ。
まだ目は離せないが、ようやく一安心といったところ。
猛獣の森を抜け、娯楽の中にも一騒動。波乱続きの二日目も終わりが近付く。
素晴らしい音楽を伴に、夜はゆっくり更けていった。
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