第13話 どんな場所だろうと人が集まればパーティーするものなのです
結局、僕は長い時間、カモミールと何をするでもなく過ごしていた。一度寝て起きた後も変わらずに。
危険な魔界のイメージとはかけ離れたのんびりとした時間で、気付かない内にいつしか空が薄暗くなっていた程。それも綺麗な、向こうと変わらない夕焼け空だった。
丁度その頃に食事の準備が整ったと呼ばれ、一番大きなテントに集まる。そして皆の中心には、火にかけられた鍋。
ふわりと広がる香りが食欲をそそる。空腹を刺激され、唾を飲み込んだ。何処からか大きな腹の音も聞こえる。
だから挨拶も軽く済ませ、小さな集落の中で、賑やかな食事が始まった。
「おいひい! ふっごくおいしいよ!」
「カモミール落ち着きなさい。喋るのは全部飲み込んでからだ」
「ふぅ、ふぁい」
「まあまあ、魔界ならマナーとか無いんだし。それに、こういうの可愛いでしょ?」
「シャロ?」
「だからサルビアもやってみて。絶対可愛いから」
「……そう?」
鍋を囲んで輪になって座っており、皆自由にしている。笑顔が溢れる楽しい宴会だ。
その中心である料理は誰からも好評だった。
メインとなるのは湖で獲ったと思わしき魚と貝だ。当然興味深い、初めて見る種。だが見た目も味も、今まで食べていた食用の魚貝と大きな違いはない。
それに僕も道中で採ったような、香草などの植物類。これまた魔界特有のもの。その爽やかな香りのおかげで、臭みはなく味にも深みが増していた。食感の良い葉物も良い役目を果たしている。
鍋には大きな貝殻をそのまま使っていた。匙は木製。細かな模様が彫ってあるが、恐らくグタンだろう。
この道具も手作りするしかない環境でこの良質の仕事振り。感心するしかない。
その料理人の一人に、僕は賛辞を送る。
「見事な料理の腕前ですね。慣れない食材のはずなのに、それぞれの特性をよく理解しています」
「ありがとうなのです。足りなかったら足すのですよ。だから、どんどん食べていいのです」
にこやかに答えてくれた相手の名前はベルノウ。
ほんわかとした雰囲気の、女性の獣人。明るい色の毛皮に、垂れた耳。親近感があるからかカモミールも人見知りしなかった。年齢は僕より上でアブレイムよりは下といったところ。独特な紋様が入った服装をしている。国の中心地から離れた、随分な僻地の出身らしい。
異端でも重罪人でもなさそうな人柄。気にはなるが詮索はすまい。
信頼出来る相手として接する。
「僕も様々な植物を採取してきました。後で情報交換しましょう」
「あなたも料理するのです? お料理仲間が増えるのは嬉しいのです」
「ハハハ。済みませんが僕の食べ物は美味しくないと言われていまして」
「あらあら、言ったのはあの子なのです? 子供にはちゃんとした物を用意しないといけないのですよ」
「いや、全く面目ない」
にこやかだがハッキリと意志の強い言葉。ベルノウの正論に、僕は反省するしかない。
研究はあくまで効能が中心で、僕が食べる物も味を度外視してきた、そのツケが回ってきた。いい加減味や香りも研究対象にすべきだろう。
そんな事を考えていると、ベルノウはカモミールと話を始めた。カモミールの方も懐いているようで、楽しそうに笑っている。
ここの生活に馴染めそうで本当良かったと思う。
それにしても、と思う。
僕、カモミール、シャロ、サルビア、ダッタレ、アブレイム、ベルノウ。これで七人。グタンとライフィローナが帰ってくれば九人。集落とも呼べない集まりだが、事前の予想以上の人数だ。
「思いの外大所帯だな」
「いやー、ここに立ち寄ったけど先に行っちゃった人もいたんだけどねー。あ、それにまだもう一人いるよ。いつも一人で食べるからここにいないだけで」
独り言のつもりだったがシャロが答えた。
こんな環境でも人間は一枚岩ではいられないのか。
僕としては、先に行った人、も気になる。安全を放棄するだけの理由。それはもしかしたら好奇心なのではないか、僕と同類なのではないかと。
「ほう。やはり様々な事情持ちがいるな」
「まー、色々とね、ちょっと、いやぶっちゃけ面倒臭いんだよねー。あの人」
一方、恐らくここにいないもう一人について語るシャロは強く顔をしかめた。まるで本音を隠さないが、それがかえって気持ちが良い。
しかも彼はすぐに表情を切り換え、朗らかに笑う。子供のような奔放さだ。
「だから今日は、とりあえず今いる人で親睦深めるって事で」
「そうだな。僕達は少ない人数の共同体。親睦を深めるのは重要だ」
「まー、オレとサルビアは抜けるけどね! ごちそーさん! 楽しみにしてて!」
「そうね、シャロ!」
「ぬぅ?」
妙な言葉を残し、自分の分を食べ終わった二人はさっさと飛び出していった。あまりの唐突さに僕はポカンとなってしまう。
そうして固まる僕に語りかけてきたのは、アブレイムだった。
「いやはや相変わらずな事で。本当に落ち着きのない人です」
「もう長い付き合いになるのですか」
「ええ。彼らが来て二月程になりますかね。私が流刑になった半年前と比べれば随分と賑やかになりました」
言って、遠くを見るように顔を上げた。声には苦労が滲む。
「……当初は大変な生活でした。生き残れたのは正に神のお導きがあればこそ。この地が神に見放された土地だなんて、出鱈目な話です」
「僕も同感です。この地でも神は僕達を見守ってくださっています」
「ええ、その通り。……っと、神への感謝だけでは失礼でしたね。あちらのお子さんのご両親……グタンさんとライフィローナさんにもお世話になりました」
「ほう。あの二人は貴方も一目置きますか」
「はい。この怪物魚を退治して安全な場所を作ってくださったのもお二人ですし、凄まじい活躍です。私では届かない高みにおられる」
真剣なアブレイムの様子からは、手放しで褒め、尊敬している事が伝わってくる。
ただ、僕は首を傾げるしかなかった。
「この、とはなんです?」
「ですから、この骨の事ですよ」
平然と上を指差すアブレイム。
僕がそれを追えば、革を張った屋根が見えた。その中心である基礎は、正しく骨。確かに巨大な魚の骨に見える。
「なあっ……!」
思わず立ち上がり、絶句する。
骨をそのまま使った、大人数が余裕で入れるテント。これだけ巨大な生物が、あの湖には生息していた。
そうだ。一日の探索で色々とあり過ぎて忘れていた。
元々大きなテントは大きな生き物の皮を使ったものみたいだとカモミールが言っていたではないか。
こんなに近くにあった興味深い研究対象に気付かなかったとは。
僕とした事が、なんという間抜けをさらしたのか!
「お、おおおおお……っと、“
「食事中ですよ。落ち着きましょう」
魔術を使おうとしたところ、アブレイムに肩を掴まれ即座に着席させられた。抵抗も出来ずに、魔法陣も霧散する。達人の手際だった。
僕はしゅんと小さくなり、謝る。
「……済まなかった」
「分かればよろしい」
「いやしかし食事ももう終わる頃合い。となれば静かに注意すれば研究するのも」
「あちらを見て下さい」
再びアブレイムに示された方を見やる。
するとそこには、微笑ましい光景があった。
「もっと食べたい! もっと! いいでしょ!?」
「あらまあ、嬉しい事を言ってくれるのですね。まだまだあるのです。たくさん食べるといいのですよ」
「うん、ありがとう!」
ふむ、確かにこの楽しげな空気は壊せない。
目を離して自分の事に集中するとは、つくづく失態だ。
これでは保護者失格ではないか。
またしても反省。カモミールやシャロを子供とは言えない。
「やはり、僕は未熟だ」
「そうですね」
「辛辣だな」
「いえ、私も含めて人は皆未熟ですよ。人だけでなく、あらゆる生物でさえも。そうでないのは天上の聖なる御方だけです」
敬虔な信徒の言葉に、息を呑む。
口だけでない確かな信心が、凛とした雰囲気に表れていた。
異端とは程遠いはずの彼が、しかし罪人とされてここにいる。
「おや、私の過去が気になりますか?」
「……いや。無闇な詮索はしない」
「構いませんよ。あなた方と同じです。私は、信じる道が教団と合わなかったが故に断罪されたのです」
淡々と言ってのける。
意外、でもないと、僕は冷静に受け止めていた。
アブレイムは信念の強さから道を違えたという事か。具体的にどの程度かは測りかねるが、最大の刑罰を受けるだけの罪を犯したのは確かだ。
だとしても危険人物とは思えない。彼が信じる道次第だが、僕達とも分かり合えるはずだ。
ただ、そんな考えを巡らせている間に。
「……ところで、流刑の理由と言えば、あちらの方は何をしたせいでここにいるのでしょう?」
アブレイムは唐突にダッタレの方を向いた。
彼の素性を確信しているように、見通しているように。凄みのある一睨みを向けた。
その迫力にダッタレはビクリと怯え、慌てて器を取り落とす。
「おっ、俺は改心したんだ! 聖女様に誓って!」
「……ふむ? それはどういう意味ですか?」
「僕の提案だ。教団に代わる秩序として、聖女、カモミール派を作ろうとしている」
「……成程」
細められた目が、気迫を放つ。
温かで賑やかだった食事の場が、冷たく硬く張り詰めた。
「確かに私は教団と決裂しました。しかし教団と異なる考えだからといって、認めるかどうかは別の話です」
「無論傲慢と言われかねない事は承知しているとも」
「それでは見極めさせてもらいましょうか。あなた方が聖女を名乗るに相応しいかどうか」
真剣な空気。
息の詰まるような対峙。
最早戦いの緊張感。
神の教えの理解と解釈、その議論はよくある。むしろ議論を通してこそ理解が深まると言っていい。
しかしこの状況は、単なる議論ではない。認められなければ、傲慢だと断罪する。そんな無言の圧力があった。
もしや流刑になるだけの罪とは……と嫌な想像が浮かぶ。
アブレイムを説き伏せられるか。納得させられるか。それが出来なければ、危険。
僕は知らぬ内にじっとりと冷や汗をかいていた。
難敵に挑もうと、覚悟を決める。
だが、そこに、
「レッディイース、エェーンド、ジェントルッメェーン!」
場違いに陽気で明る過ぎるシャロの声が響いた。
緊張感など瞬時に消失。全員が一斉に外を見る。
すると花で飾りつけられた華やかな衣装に着替えたサルビアの姿があった。そしてシャロがその前に出て、恭しく演技がかった礼をする。
「皆様長らくお待たせしました。これよりシャロビア劇団ディナーショーを開催致します!!」
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