第ニ章 異端者は語り合う

第12話 仲間はいっぱいいるけど

 薄暗い森を、僕達五人とゴーレム三体は進む。


 カモミールを聖女、秩序の象徴と決めたが、今のところはただそれだけだ。必要以上に崇拝はせず、僕達は今までと同じ関係を続ける。他の人間に認めてもらうには細部まで詰める必要があるし、カモミールも心構えが出来ていないからだ。

 まあ、ゆっくり時間をかけてもいい。始まりの聖人アラソニルだって、数人の弟子から徐々に賛同者を増やし、長い年月をかけて教団の礎を造ったのだ。一朝一夕にはいかないだろう。

 ただ、ダッタレがやたらと低姿勢になっているのを止めはしない。

 そのダッタレの件以降特にトラブルはなかった。サルビアのおかげか虫も獣も襲ってこない。僕が興味を持った動植物を確保したり調べたりしようとしたら「夜になるから我慢して」と止められたぐらいだ。非常に残念である。


 そして、朝に森に入ってから半日以上は経った頃になって、とうとう開けた土地に出た。


「……ほおう」


 傾いてきた日差しで輝く湖のほとり。その前に広がる光景を見て、僕は目を見開いた。

 自然の中に自分以外の人の手が加わった物があったからだ。

 一番大きくて目立つのは、大きな骨組みの周りに板と革で屋根と壁を造ったと思しき、テントのように簡素だが立派な建物。他にも小さなテントや小屋が幾つか。道具もなく建築技術を持つ人間もいない環境で力の尽くされた建物が並ぶ。人の美しい努力の結果だ。

 炊事の煙が上り、畑らしき土を耕した痕跡もある。この危険な土地であっても、人の創意工夫は負けていない。


 この場所が、魔界にあって人の住む領域だ。


「おかあさーん! おとうさーん! いるー!?」


 いち早くカモミールは一人で走り出し、大声で呼びかけていた。

 確かに僕の感慨よりも、重要な事だ。

 弾む声と足取り。期待に胸を膨らませた眩しい笑顔。

 両親の元に飛び込みたい。抱き締められたい。幼くも尊い希望を全身で主張している。


 だが、願いは虚しく。


「済みませんね。残念ですが、お二人はいませんよ」


 細い目の男が一番大きな建物から出てきて否定した。

 彼の格好はゆったりとしたローブに木製の杖。落ち着いた雰囲気で物腰も柔らかい。聖円が刻まれた手製の飾りを見るに、元は聖職者だろうか。異端審問されても尚信仰を続ける気骨のある人物なのか。済まなそうな表情の口調からも性格が窺える。


 だが否定は否定。

 カモミールは目に見えてうなだれる。


「いないの……」

「ああ、悲しいなカモミール。悲しいが、寂しさを堪えて待つのだぞ」

「うん……」


 急いで僕はカモミールに追いつき、優しく頭を撫でた。

 シャロからも出発したばかりだと聞いた。すぐに帰ってきているはずはなかったとしても、期待はしていて当然だ。幼いカモミールなら尚更。

 ここは慰めるしかない。僕も助けを求めたという現地人への興味が尽きないがスッパリ諦め、せめて両親の代わりを努めようと思う。


「いや済まない。挨拶が遅れたな。僕はペルクス。こちらがカモミールだ」

「ええ、存じていますよ。ご両親からお話は聞いております。私はアブレイム。以後よろしくお願いします」


 やはり穏やかで丁寧な態度の挨拶。好感の持てる人物に僕は安心した。

 その内にシャロとサルビアも追いついてきて、アブレイムに声をかける。


「アブさーん。ごはんまだー?」

「アブレイム。私も早く食べたいわ」

「はいはい。食事の準備にはまだ時間がかかるようです。待っててください」

「はーい!」


 シャロはやはりおどけたような調子。サルビアはサルビアで遠慮がない。

 アブレイムも慣れた様子の受け答え。僕達が来るまでの間に長い付き合いとなっているようだ。


 返事をしたところでシャロはサルビアに向き合う。


「よーし、サルビア。今の内に例の準備しようか」

「ええそうしましょう! うふふ、楽しみね!」


 二人で並んで元気に走っていく。カモミールと同じような、感情に従った純粋な行動。何をしようとしているのか興味はあるが、彼らは本職の芸人エンターテイナー。楽しみに待っていよう。

 それよりも、原始的な集落とくれば、魔術師には山程仕事があるものだ。


「では僕も色々と見てこよう。ここにはまだ必要な物があるだろうから──」

「ああ、待ってください」


 アブレイムが杖で僕の胸を軽く押す。

 すると大した力でもないのに耐えきれず、どすんと尻餅をついてしまった。ぽかんと呆けた顔で青年を見上げる。


「あなた。自分で考えているより消耗していますよ。休んでいた方がいいです」

「む……」


 言われて、確かにどっと疲れが押し寄せてきた事を意識する。

 一日動きっぱなし。魔術もかなり使った。休息は少なく、食事も朝のトカゲ肉と道中の果物程度。

 無理のある行程。むしろ今までよく動けていたものだ。好奇心による興奮で麻痺していたのだろうか。


 カモミールが心配そうに覗き込んでくる。


「大丈夫?」

「ああ、心配は要らない」

「本当に? 嘘は駄目だよ?」


 ハッキリ答えたつもりだが、心配は解消されていない。信用されていないのか。もしかしたら相当顔色が悪いのだろうか。

 ならば自分の体調を管理出来ていなかった僕が悪い。魔術師失格に値する失態だ。


「落ち着けるようにあなた達の小屋をすぐに用意しましょう」

「いいや、もうしばらくこのままでいい。景色も素晴らしいのでな」

「そうですか。では私は食事の準備に戻ります。終わりましたら呼びますので」

「感謝する。アブレイム殿」


 アブレイムは足早に去っていく。隙のない歩き方といい、僕の体調の見極めといい、磨かれた心身と知識があると見た。只者ではない。

 彼がテントに入るまで見送ると、起こしていた上体を倒し地面に寝転がった。横ではカモミールも同じように大の字になっている。


「カンディ」


 寝たままで木製のゴーレムを呼ぶ。

 背負う籠を下ろさせ、中から果物を取り出した。


「ほら、カモミールも」

「うん」


 二人揃って大きく一口をかじった。

 爽やかな甘みが口に広がる。水分が喉を潤す。

 食べて改めて己の消耗を実感。体が不足分を欲している。癒やしと栄養を求めて行儀悪く食らいつきそうになる。だがカモミールの手前、欲を抑えて丁寧に食べ切った。


 風が吹く。少し湿った温かい風だ。眠気を誘う心地良さを感じた。


「……ねえ、ペルクス」

「なんだ?」

「おかあさんとおとうさんに、また会えるのかな……」


 カモミールの顔は暗い。声も力がない。失望からか心配からか、心が弱ってしまっている。

 確かに危険な土地だ。

 あの二人なら問題ないはずだが、そう言ったところで安心出来ないだろう。

 ああ、全く難しい。

 だから、難しく考えるのは止めて、素直な思いを口にする。


「僕も早く会いたい。大切な友だからな」


 目を細めて思い出を懐かしみつつの、本音。

 思い出すのは二人との他愛ない話や息抜き。素晴らしい日々。また同じ時間を過ごしたい。

 カモミールとも思いを共有出来るだろうが、多くは語らない。より寂しくなってしまうかもしれないから。


「必ずまた会える。だから、笑っているといい」

「うん」


 少し元気の出たカモミール。小さく笑って頷いてくれた。僕の気持ちは伝わったようだ。

 つられて、自然と僕も笑った。

 それからは、消耗を回復する為にも、語るより観察。二人が作り上げた居場所を見渡す。そこで気付く事もある。


「なあカモミール。あの小屋を見てみるといい。革はグタンの手によるものだ。そしてあっちにかけてある花の飾りはローナの細工だろう」

「あ、本当だ!」


 革の丁寧な処理。妖精の独特な飾り。

 二人の特徴を指摘すれば、カモミールは一気に明るくなった。起き上がって目を輝かせている。

 痕跡だけでこの喜びよう。やはり大好きなのだと実感する。

 僕では敵わないな。と、口元が緩む。

 この物資が限られる環境で実用より装飾部分にこだわったのは、このように、後から来るカモミールの為なのだろうか。親子の繋がりにこちらまで胸が温かくなる。

 別れてからの僕の対応は間違っていない。真っ直ぐに育ってくれている。

 だから僕は提案する。


「カモミールもなにか二人の為に作って、待っていよう。きっと驚くし、とても喜ぶ」

「うんっ!」

「そうと決まれば考えよう。木工、織物、さて何がいいか。すぐに工房を用意して──」

「だめだよペルクス。ちゃんと休まなきゃ」

「いやははは、済まん。そうだったな」


 頬を膨らませて叱られてはどうしようもない。大人しく休む。発想が次々浮かんできてウズウズしてくるが、今は我慢だ。

 と、そこにもう一つの声がする。


「えへへ……それでしたらワタクシめにお申し付けくだせえ」


 手を揉みながら笑みを浮かべるダッタレだ。

 すっかり小物の言動。元々野盗達の間でもこんな立ち位置だったのかもしれない。


「む、いたのか!」

「そりゃいますよお。是非ワタクシめになんなりと」

「ではアブレイム殿に一声かけて、さっき言った飾りを持ってきてくれ」

「はぁいぃっ!」


 良い返事をして駆けていく。

 極端な変化には大袈裟な感じもある。疑いたくなるシャロの懸念も理解するが、本当に改心したのだ。決して演技の表情ではない。


 待つ時間は短かった。急いで持ってきて、カモミールに渡す。

 すぐに、パッと花咲くような笑顔を見せてくれた。


「うん、やっぱり。おかあさんのだ」

「それを真似して作ってみるか?」

「ううん。おかあさんに教えてもらう」

「そうか、そうだな。それがいい」


 嬉しげに飾りを胸に抱いて、カモミールは寝転ぶ。するとしばらく後にそのまま寝入ってしまった。彼女も疲れていたのだろう。

 完全に落ち着いて、情緒は安定していた。不安は薄くなっていた。もう大丈夫だ。幸せな夢を見ているはず。

 僕も目を閉じ、眠気に身を委ねる。


 ゆっくりと時間が流れていく。気分は悪くない。

 やはり、魔界も神は見守られていて、愛がある。そうと実感するだけの心地良さがあった。

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